第4話 過去の事件と未来への希望(前編)
空が厚い雲に覆われて、辺りが暗くなってくる。雨の予報はなかったはずだ。もしかしたら通り雨に降られるかもしれない。
作業着に着替えたアリッサは、二人の男性たちの間に漂う、微妙な空気を感じ取っていた。三人で申請書の中身やその事業者に対してどう対応するか話し合いたいのだが、どこかピリピリした雰囲気がする。とりあえず、まずはお礼からする。
「二人とも忙しい中、明確な証拠がないにも関わらず、お付き合いくださり、ありがとうございます」
「いいってことよ。あの処分場の魔法使いが証言したんだろう? 最近土だけでなく、おそらく風属性も魔力断ちした可能性があるって。それに立ち入りの時期としては悪くないから、同行するって言っただけだ」
ジェイドが腕を組みながらピースを見下ろす。彼よりも背の低いピースは、背筋を伸ばして、毅然とした表情で見返した。
「風属性の廃棄物を捨てた人物を特定できないのは当然です。そこの処分場の魔法使いでさえ、ぱっと見でわからないほど、巧妙に隠されていたと聞きました。常習犯なら、そう簡単に証拠を掴ませてくれませんよ」
ピースはちらりと横目でジェイドを見上げる。
「……立ち入りするには、指導課の人間がいた方が望ましいということで、ジェイドさんに同行をお願いしたと聞いています。お忙しいのにお手間をとらせてしまい、申し訳ありません」
「だから別に無理矢理予定をつけて来たわけじゃねぇって。立ち入りするときは、現場をよく知る指導課の人間が同行するべきなんだ。審査課だけじゃ、段取りわかっていないだろうし、視野が狭いだろう」
「狭いって、失礼ですね!」
「……二人とも、こんなところでいがみ合わないで」
アリッサは二人の間に入り込むように立ち、両手で彼らの体を軽く突いた。
「天気が悪くなる前に、さっさと済ませましょう」
交互に顔を見ると、二人は渋々頷いていた。
以前から二人の関係は良好とは言い難かったが、まさかここまで良くないとは思わなかった。他の人に声をかけるべきだったかと、一瞬思考する。
だが、指導課で一番親しくしているジェイドと、魔法を扱え、事情を知っているピース以外の人間を選ぶのは、なかなか考えにくいことだった。
郊外にある暗雲社の敷地内には、使い込まれた五台の車両が止まっていた。全部で十台の車を使用すると届出がでているため、他の五台は運搬に行っていると推測できる。
敷地内に踏み込み、ジェイドが事務所とおぼしき、小さな建物の扉を叩いた。全体的に建物は古びている。利益はあると申請書には書かれていたが、設備にはあまり投資していない会社なのかもしれない。
「こんにちは、魔法道具管理局です。廃棄物の運搬許可の関係で少しお話を聞きたく、お伺いしました。どなたかいらっしゃいますか?」
反応はない。車両が半分出払っているのだから、人もいない可能性はある。
冷たい風が吹き抜けていく。アリッサは思わずぶるりと肩を振るわせた。そのとき、鋭い視線を感じた。即座に背後を振り返る。そこには物置らしき小屋がぽつんとあるだけだった。
「どうかしましたか、アリッサ先輩」
ピースが小声で話しかけててくる。アリッサは指で軽く小屋をさした。
「誰かに見られている気がする」
「そうですね。僕たち以外にも、この敷地内に人はいますね」
「わかるの?」
「土の魔法を使って、周囲の足音の状況を調べました。あの物置付近に三人くらいいると思います」
「すご……」
さらりと魔法を使っている後輩を見て、思わず感嘆の声をあげる。
一方、ジェイドは何度か扉を叩くのを繰り返していた。やはり中から反応はない。しばらくして、一歩下がった。
「日を改めるか。さすがに悪いことをしたとは言い切れない中で、無断で敷地内を歩き回るのは気が引ける」
アリッサはピースと顔を見合わす。つまり相手がいれば、立入は続行すると読み取れる。ならば、何とかしてあの物置付近にいる人たちを引っ張り出して、話をしたい。
その時、一台のトラックが敷地内に入ってきた。振り返って見ると、荷台に何かを積んでいる。
ジェイドは眉をひそめて、そのトラックの前に歩いていった。二人も続く。
ある程度近づいた瞬間、アリッサは激しい頭痛に襲われた。思わず頭を抱えて、その場にしゃがみ込む。隣を歩いていたピースが焦った表情で寄り添い、声をかけてくる。ジェイドも異変を感じ、駆け寄ってきた。
自分のことは構わずに、あの車を運転している人間に話を――と言いたかったが、呼吸まで荒くなっていた。
全身で訴えてくる。あの車は何か悪い感じがする――と。
人でも轢いたのか? それとも魔法道具に関する悪い事件を起こす契機を作った?
車に乗っていた人物が、こちらに気づいたのか、ハンドルを切って来た道を戻ろうとしている。
「あ、待て、ゴミを積んでいるだろう! 現場から処分場に直接持っていく許可しか持っていないんだから、こんなところで寄り道をするな!」
ジェイドが猛ダッシュで駆け寄っていく。違反車にはその場で厳重注意だ。
アリッサはピースの背中を押した。
「先輩っ」
「少し感じ過ぎて、頭が痛くなっただけ。痛みも引いてきたから、大丈夫。ピースはジェイドに着いていって」
「でも……」
「ピースも傍に行けば、あのトラックの感じの悪さがわかると思う」
何か言いたそうな顔をしている後輩の背中をぽんぽんと叩く。彼は頷き、急いでジェイドの元に向かった。
呼吸が少し落ち着いてきたところで、アリッサはゆっくり立ち上がる。
感じが並のピースであっても、おそらく近づけば察するはずだ。そうすれば先に行った二人が、トラックの運転手から何かを聞き出してくれるだろう。
それよりも依然として突き刺さる視線が気になった。少しだけ顔を動かして、小屋にいる人間の様子を伺う。特に動きはない。思い違いであればいいが、油断せずに警戒した方がいいだろう。
「おい、そこに乗っている人間、話を聞かせろ!」
ジェイドは走っていくが、アクセルを踏まれた車はあっけなく遠ざかっていく。
それを見ていたピースは手を前にかざし、横に動かした。すると地面の一部分が陥没し、トラックはその溝にはまりこんで動けなくなった。
ジェイドが目を丸くして、ピースを見る。彼は顎を動かし、前に進めと促していた。
ピースの援護もあり、どうにか追いついたジェイドは、運転席から降りて逃げようとしていた男性の腕を掴んだ。
「ちょっと待てって言っているだろう!」
「突然なんだ! 放せ!」
男は思いっきり腕を上下に振って、ジェイドの手を振り払った。
「この事務所の人間から話を聞きたいだけだ。建物内に人はいないようだからな」
「いない? いや、話だと? どうしてお前たちに話をしなくちゃいけねぇんだ?」
男が睨みつけてくるが、ジェイドの方が体格は大きく、こういうやりとりに慣れているからか、まったく驚いていなかった。
ジェイドは大きく息を吐き出す。
「呼びたければ結構。こちらはきちんと許可を得た上で、立ち入りしているから、別にやましいことなど何もない」
ジェイドは身分証明書を男の前に突き出した。
男はうっと声を詰まらせる。しばらく逡巡した後に、口を尖らせた。
「……聞きたいことって何だ?」
「まず、その荷台にゴミを積んでいるな。寄り道せず、処分場に直接運搬するべきものだ。どうしてここに戻ってきた?」
「……トイレも行っちゃいけねぇのか?」
「極端なことを言えば、そういうことになる。まあ、百歩譲って、トイレくらいは許そう。生理的なことは、誰も予想ができないからな。仮にトイレなら、わざわざ郊外にある、この事務所に来る必要はあるのか? どこからどこに運搬しようとしていた? 帳簿を見せてもらってから、話を進めようか?」
次々と繰り出すジェイドの質問に、男はたどたどしく答える。
「……トイレに行きたくなったが、そこら辺で用を足すのはどうかと思って、一度戻ってきた。そこら辺の店に入るのは気がひけてな。帳簿は……ある。その前にトイレに行ってもいい!?」
「仕方ない、行きたいのなら行ってこい。戻ったら、続きを聞かせてもらう」
ジェイドは手で促しながら、男に道を作る。あっさり許可が出て驚いたのか、男は「お、おう……」と言って、建物に向かって走っていった。途中でアリッサをちらりと見つつ、建物の中に入った。
ジェイドとピースは、その間にトラックの周りを歩き出す。
アリッサもトラックに近づこうとしたが、あまり近づきすぎると、また調子が悪くなる可能性がある。そのため、適度な距離を保ちながら、トラックを眺めた。
濃い灰色の装飾。暗がりの中に入れば、目立たなくなる気がする。あのトラックはどんな種類の道具を運搬しているのだろうか。感じからして、複数の属性を持っている気がする。しかも分離していないようだ。
混合している方が処分費は高くなり、属性ごとに分離している方が安くなる傾向にある。だから現場で、できる限り分離している人が多い。
それにも関わらず、あのトラックには何も手を加えられていない状態で乗せられているようだ。
それに気づき、違和感の正体が少しずつ明確になってくる。
もし、処分場に運搬する気がないのならば、つまり不法に投棄するのが前提で集めていたならば、分離する必要などない――。
ぽつりぽつりと、頭に雨が降り注いだのに気づいた。そこで考え事を中断する。
背後から足音が聞こえた。とっさに振り返りながら後退する。
男が一人、腕を伸ばして舌打ちをしていた。右手には鋭利な刃物が握られている。
アリッサは息を飲む。
あと少し気づくのが遅れていれば、押さえ込まれて、刺されていた。
「こちらも話がしたいんだよな。お嬢さんが痛い目にあってくれれば、そこの男たちも大人しく話を聞いてもらえるか!?」
――私を人質にするつも!?
男が一気に詰め寄ってくる。アリッサはとっさに肩掛け鞄を投げつけた。男は腕で顔をかばって、鞄を受け止める。足が止まった。
その隙にアリッサは男に背を向けて、ジェイドとピースの元に走った。
「くそっ、待て!」
男は悪態をつきながら、追いかけてくる。
ジェイドがアリッサに向かって、駆け寄ってきた。あと少しで彼の元に辿り着く。
しかし、その前に背中を押されて、顔から地面につっこんだ。
すぐに起き上がろうとするが、既に男が刃物を振り下ろしていた。
思わず目を瞑る――。
「アリッサ先輩を守れ!」
ピースの声が聞こえるなり、何かがアリッサの周囲を覆う。そして刃物が堅い物に当たる音がした。
おそるおそる目を開けると、アリッサの周囲は薄い半球状の膜で覆われていた。目を大きく見開く。
刃物を振り下ろそうとしていた男は唖然としていた。刃先が折れているのだ。
男の手が止まっている隙に、アリッサに追いついたジェイドが男に体当たりをして、押し倒した。倒した衝撃で、刃物が手から離れ、地面に落ちる。ジェイドは男に馬乗りになって、動きを封じた。
「人を刺そうとしたな。傷害未遂の現行犯で同行してもらおう!」
「いい気になるな! 俺だけ捕まえて終わりかと思ったら、大間違いだ!」
小屋の方から車に乗っていた男も含め、四人の男たちが刃物を手にして走ってきた。
ジェイドの顔から血の気が引く。しかし、覚悟を決めたかのように歯を食いしばる。男の腹を一度殴り、悶絶しているうちに立ち上がった。
「まとめて相手をしてやるよ!」
「――ジェイド先輩、無理しないでください」
ピースが静かに言葉を発する。彼の方を見ると、正面に突き出した両手から淡い茶色の粒子が地面に落ちていた。
「土よ、柔らかくなれ」
近づいてくる男たちの足下が途端にぬかるむ。勢いよく走っていたため、地面にこける人が多発した。
「土よ、動きを封じろ」
さらに呟いた瞬間、男たちの足に土がまとわりついてきた。膝まで達すると、土は固くなった。
男たちは足を何とか動かそうとするが、まったく動かなかった。
ジェイドは口をぽかんと開いて、ピースに視線を向ける。
ピースはジェイドを見て、それからアリッサに対してにこりと微笑んだ。
「ほら、魔法使いがいた方が、助かるときもありましたよね?」
鮮やかな彼の振る舞いに、二人はお互いに見合って、口をパクパクとしあっていた。
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