魔道管局の処分許可
桐谷瑞香
第1話 窓口と許可
「いいですか、その属性の道具はここに書いてある処分場には持っていけません。別の処分場に書き直してください」
「どうして駄目なんだ? 安く処分してくれる、いいところなんだ!?」
体格が大きい男は、机を両手でバンッと叩いて、立ち上がった。
応対していた二十代前半の女性は、顔色一つ変えずに男を見上げた。男の眉間にしわが寄っている。口調や態度から見ても、不満そうなのは明らかだ。
ため息が出そうになるのを我慢して、手を前に出した。
「まずは座ってください。それから説明をします」
ゆっくりと言うが、男は座ろうとしない。女性は姿勢を正して、男をじっと見た。
しばらく硬直状態が続く。周囲はざわめいているが、ここだけは別空間のように静かだった。やがて男はしびれを切らしたのか、椅子の上にぞんざいに座り込んだ。
女性は息を吐き出し、呼吸を整えてから口を開いた。
「この処分場は、水の属性の魔法道具だけを処分しています。土や風の属性が多少付いていても、付着物と見なして良しとしています。しかし、火の属性だけは厳禁です。絶対に運んではいけません」
「だから、何で――」
「水と火は相反します。水属性の道具を処分している中に火の道具を入れれば、反発し合い、最悪の場合、大爆発が起きかねません。この処分場一帯をすべて吹き飛ばすほどの規模になるかもしれません」
「なっ、そんなことあるわけ――」
「過去にあったから、こんなにも厳しく言っているのです!」
男が口を開く前にぴしゃりと言い放つ。男は女性に圧倒されて、若干後退った。
これで男の勢いは完全に衰えた。女性は過去の出来事を淡々と話し、書類を再度提出するよう言いくるめて、男には帰ってもらった。
「アリッサも言うときは言うよな。あんな大男にも怯まなくて、感心していた」
椅子に座っているアリッサに対し、背後から数歳上の金髪の青年が話しかけてきた。アリッサはちらりと彼を見る。背が高いため、少し傾斜をつけて、見上げる必要があった。アリッサは綺麗に揃えられた肩くらいの長さの紺色の髪を揺らしながら、目の前にある紙の束に視線を戻した。
「当たり前のことを指摘しただけです」
「もし、あの男の頭に血がのぼって、殴りかかってきたら?」
「警備員を誰かが呼んでくれるはずです。……ジェイドさん、近くまで来て、見守ってくれていましたよね。お気遣い、ありがとうございます」
軽く頭を下げると、ジェイドは軽く目を瞬かせた。
「よく気づいているな。目の前にいた男に、集中していたんじゃないのか?」
「逆に神経が研ぎ澄まされて、周囲のことがよく聞こえるんですよ」
もともと色々な人の会話を断片的に聞くのが得意である。男の様子を見ているだけなら、意識を他に向けてもあまり支障はない。だから気配を察することができていた。
もし何かをされたら、逃げるか、もしくは助けを呼ぶかの二択に迫られる。
助けを呼ぶ場合、手っ取り早く、今喋っているジェイドか、棚の後ろから様子を伺っている後輩に助けを請うつもりだった。
「――ピースも様子を見ていたんでしょう? ありがとう」
呼ばれた赤毛の少年は、頭をかきながら棚の横から出てきた。彼は今年ここで働き始めたばかりの新人。経験も浅く、まだ十代のため、あどけなさが残る顔つきである。
「アリッサ先輩はすごいなって思いながら、見ていました。参考になります」
「ああいう場合は、いかにこちらが平静さを装えるかが勝負よ」
コップを口に付けて、一口飲み込む。冷え切った紅茶が喉を潤していった。意外と喉が乾いていたことに気づく。鼓動がいつもより速い。心を落ち着かせながら、窓の外に見える青い空を見上げた。
* * *
魔法使いの手によって魔力が込められた道具―魔法道具が普及している国にて、とある一つの問題が起こっていた。それは魔法道具の処分についてだ。
魔法道具というのは、魔力が尽きれば動かなくなる。
例えばランプの炎。火の属性の魔力が込められており、その魔力があれば、熱と光を発して、燃え続けることができる。しかし、道具の中に入っている魔力は有限であるため、底がつけば炎は消えてしまうのだ。
枯渇した魔法道具に魔力を込めれば、再び使うことはできるが、魔力を込められる人間は多くなく、さらに思った以上にお金がかかるため、使い捨てている人が多いのが現状だった。
一方、魔力が尽きたと思い、そこら辺に道具を捨ててしまったが、実は僅かに残っている場合もある。それが時として人々に被害を及ぼす時があった。
有名な事故は、三十年前に発生した埋め立て場での爆発である。おそらく水属性の道具と火属性の道具の魔力が残っており、それらが反発しあったため、爆発が起きたのではないかと推測されている事故だ。
被害は埋め立て場で作業をしていた人間が数名負傷、彼らが持ち歩いていた魔法道具が数十個壊れてしまった。それだけで済んだ―というのが、魔法道具の処分に関する仕事をしている者たちの感想だった。
もし、たった一回の爆発ではなく、連鎖するように多数の爆発が続けて起きたら、被害は尋常ではないことになっていただろう。複数名の死者が出てもおかしくはない。
だからその事件を教訓にして、魔法道具を廃棄するための法律が制定された。
その法律は、主に三点から成り立っている。
一つ、処分する魔法道具の所有者は、他者に依頼する場合、許可を持っている業者に依頼し、適切な処分場に運搬してもらうこと。
一つ、運搬業者は、処分できる属性の処分場に必ず運搬すること。
一つ、処分業者は、取り扱える属性のみ受け入れること。
これらを破る、もしくは不法に魔法道具を投棄すれば、処罰されるという法律だ。
細かい内容はかなりの長文で書かれているが、すべてがこの内容に凝縮されていると考えて問題はないだろう。
そのような法律を所管しているのが、アリッサたちが働いている魔法道具管理局―通称‟
* * *
アリッサは高等学校を卒業後、魔法道具管理局に入局してから、そろそろ五年が経過する。当初は総務関係の仕事をしていたが、ここ二、三年はこうして業者を前にして、申請書の審査をしていた。
駆け出しの頃は知識不足で、業者に言いくるめられたり、怒鳴られたりして、固まってしまうことがあった。だが、最近は平静を装いながら、書類に問題があれば、適切に指摘をしている。
嫌な思いをしたことはたくさんあった。女だからと舐められ、悔しく、歯噛みをしたこともある。丁寧な説明をありがとう、とお礼を言われたこともあった。良いことも嫌なことも、それらすべてが経験だと思いながら、日々仕事をこなしていた。
今日の応対内容をノートに書き残していると、受付窓口の方から怒鳴り声が聞こえてきた。
アリッサは今日の窓口の当番を確認する。今の時間帯は三十過ぎの先輩が当番だ。
肩をすくめながら、受付に目を向ける。相手は彼の年齢の倍以上、六十代くらいの男性で、機嫌が大変悪そうだった。対して先輩は、アリッサ以上に飄々とした表情をしていた。
「若造が、現場を見たこともないのに、よくそんなことが言えるな! 一つの道具に属性が混合している場合、それを属性ごとに分離できるわけないだろう!」
「先ほどからも言っているとおり、分けるのが難しいのはわかっています。ですから、混合している属性を取り扱っている処分場に持って行ってくださいと、お伝えしているのです。混合している属性だと言わないまま、この処分場に捨てた場合、万が一のことが起きたら誰が責任をとるのですか?」
「はあ? 万が一なんか起きるはずがないだろう。今まで何回運んだか――」
先輩の目の奥が光った。そして口元に笑みを浮かべる。
「今の言葉、いただきました。これまで運搬していたのですね?」
先輩の声音が一段低くなる。その威圧感に押されて、男はやや後ろに仰け反った。
「は、だったら――」
「更新だから、おとなしく聞いていましたが、法を破る行動をしていたというのなら、聞き流すことはできません。詳しくは隣の課で話してもらいましょう」
先輩が振り返ると、すぐ後ろにジェイドともう一人屈強な男が待機していた。二人が前に出ると、申請をしに来ていた男は立ち上がり、二人から離れるように後退する。
「な、なんだ、お前らは」
「廃棄指導課にて、じっくり話を聞かせてください。最近、たちの悪い業者が多く、こちらも指導に手を焼いているのです」
ジェイドたちが一歩一歩近づく度に、男は後ずさりしていく。
アリッサたちの仕事は、許可を出すための書類等の審査まで。許可後の不適切な運搬や処分をしている人間に対しては、ジェイドたち廃棄指導課の方で指導しているのだ。
時折、この先輩は申請者の口から漏れた不適切な行為を拾い上げ、指導課に案件を回していた。誘導尋問で言わされたと苦情がくることもあるが、それ以上に不適切事業者の撲滅に役立っているため、指導課からも感謝されるほどだった。
午後も半ば、本日最後の窓口業務が入っていた。担当は赤毛の少年―ピースだ。相手方はおばあさんのようで、孫と祖母のような年齢差だった。
「あらあら、そうなの? こう書くのは、どうしてかしら?」
「それはですね、属性が反発し合わないように、対処するためですよ。反発しあうと、運搬中に爆発する可能性がありますから」
「それは怖いわね」
おばあさんはピースからの指摘に疑問を投げかけたりしながら、申請書の修正を行っていた。丁寧に書いているからか、だいぶ時間がかかっている。それでもピースは苛立ちもせず、おばあさんの字を目で追っていた。
ピースは入局してからの一年で、かなり成長した。入局当初は少し頼りない少年だったが、学ぶことにどん欲で、わからないことがあればアリッサたちに積極的に聞くことで、急成長していった。今では進んで電話の対応に出て、外部からの質問にも的確に回答している。
あと一年もすれば、課でもかなり頼りがいのある人間へと成長するだろう。
今日も様々な人が窓口に来たと振り返りながら、アリッサは上司から返ってきた申請書に目を通した。
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