第2話 処分場と魔法陣
「なあ、アリッサ、再来週、時間あるか?」
「なんですか、突然?」
昼休みを終える頃、アリッサはジェイドに話しかけられた。昼休み中は、持ってきたお弁当を自席で食べたり、外食したりして、午後の仕事に備えている。彼は同じ課の青年と外で食事を済ませたのか、後ろにはニヤニヤとした顔つきの同僚が立っていた。彼はジェイドの肩をぽんぽんっと叩くと、その場を去っていった。
再来週は仕事以外、特に予定はない。時間はあると言ってもいいだろう。
いったい何が目的だろうか。内容によっては断るかもしれない。
ジェイドはカレンダーを見て、再来週を指で示した。
「今度、現場に行くから、久々にアリッサも一緒に行かないかって」
私的な用かと思い身構えていたが、仕事の話とわかり、あっさり構えを解いた。
「つまり仕事中に外出しても、課として問題はないかってところですね」
「そのとおりだ」
「確認しますので、少し待っていてください」
申請の予定表が貼ってあるコルクボードの前に移動する。窓口での受付は、常に毎時間入っているわけではないが、それなりに詰まっていた。だが人の調整をすれば、現場に出ることは可能だろう。
アリッサが抜けても問題はない日を探し出す。週の中頃なら、抜けても大丈夫な日があった。そこを指で示す。
「この日なら大丈夫かと思います。ですが、私は既に何度か行っていますし、よかったら、ピース君も誘――」
「車の人数的に、追加で一人くらいしか乗せれないんだ!」
途中で話を遮ってくるので、アリッサは目を丸くした。ジェイドが必死に訴えかけてくる。
「それなら、私ではなくピース君だけを連れて――」
「いや、少し癖がある処分場かもしれないから、ある程度経験があるアリッサの方がタメになるって!」
またしても畳みかけるように言われる。そこまで言われるならば、若干腑に落ちないところもあるが、首を縦に振った。
「わかりました、審査課からは私だけ行きます」
「よし……!」
「よし?」
ジェイドが嬉しそうに小さな握り拳を作っているのを見て、首を傾げた。
彼は慌てて首を横に振る。
「なんでもない。同行する人に、この日程で大丈夫か聞いてみるな!」
「ええ、よろしくお願いします」
今にも小躍りしそうな勢いで、ジェイドは廊下を走っていく。そんな彼の背中を眺めながら、アリッサは午後の業務の準備を始めた。
* * *
アリッサたち、運搬審査課は書類の審査が主であり、毎日のほとんどがその業務で追われている。一方、実際の現場に関しては、廃棄指導課の人間が見回り、何か問題があれば指導していた。
それぞれの仕事に特化することも大切だ。ただ、審査課の人間が現場を見れば、さらに意欲的に仕事ができるようになるのではないかという提案があり、こうして審査課の人間も時々処分場などに連れて行ってもらっているのだ。
アリッサがジェイドと他の指導課の男性二人に連れてこられた場所は、建設廃棄物の処分場だった。
頑丈な建物を造るため、建築する上で必要となる木材には、土属性の魔力を込めなければならないと、法律で決められている。また、魔力は年々減少していくので、定期的な修繕の度に魔力を込める必要があった。そのため、建物を壊すときに出る建設廃棄物には、土の魔力がある程度残っているのが大半であった。
そのような廃棄物を中心に、ここでは処分している。
「では、行きましょうか」
ジェイドの上司が声をかけてくる。皆で揃って、「はい」っと返事をした。
今回は事前連絡が無い、抜き打ちでの立ち入りだった。事務所から出てきた人間は驚きつつも、処分場の方に案内してくれた。
許可を取得しているとはいっても、全員が全員、適切に処分や運搬をしているとは限らない。もし、不適切に処理をしていた場合、事前連絡無しで行った方が、その現場を目撃できるかもしれなかった。そうなったら適切に処理するよう、指導するのだ。
「運搬された廃材については、まずここで積み降ろしてもらいます」
案内された場所は、天井が高い、広い建物の内部だった。少し奥の方に円形の魔法陣が描かれている。そこにトラックから降ろされた廃材が山のように積まれていた。見ている間に、二、三台のトラックが現れては、次々と廃材を下ろしていく。
廃材がある程度溜まると、作業着を羽織った三人の男女が出てきた。彼、彼女らは廃材の山に対して三方向に散らばり、手のひらを廃材の前に向けた。
三人の手のひらから温かな色合いの光が漏れ出てくる。その光は下へと落ち、魔法陣に沿うようにして広がっていった。そして魔法陣の中にある廃材がすべて輝きを放ち、一人の女性が「バニッシュ!」と叫ぶと、光は霧散した。
三人は手を下ろし、その場から急いで離れる。すると魔法陣の中心に亀裂が入り、下に向かって床が開いていった。それと共に廃材は落下していく。廃材は下にある物と接触したのか、激しい音をたてていった。
床は再び元の位置に戻る。順番待ちをしていたトラックが、再び魔法陣の上に廃棄物を積み始めた。
「ここで三人の魔法使いを見られるなんて、いったい何人雇っているのかしら」
アリッサはあらかじめ渡された、処分場に関する概要を読んだ。
魔法使いの常勤は十人。仕事としては魔力を断つ作業が主だ。魔力断ちは心身共に負担がかかるため、交代制で行っているとのことだった。
魔法道具を処分するには、まず魔力を断たなければならない。魔力が残っていると、たとえ一つの属性だけでも、何かが起きる可能性があるからだ。
仮に土属性の魔力が地面に漏れれば、土が汚染される場合がある。それを防ぐために、魔力を断つ必要があった。
指導課の中年の男性が、足で地面を叩く。
「この下にある空間は傾斜になっていて、奥に設置してある焼却施設に続いている。そこで灰となった廃棄物を集めて、外に埋め立てているそうだ」
もう一人の眼鏡をかけた青年は、トラックの受け入れが一段落ついたところで、魔法陣に近づく。そして陣に沿いながら、歩き出した。
「あの人はたしか……魔法を扱える方ですよね」
ジェイドはああっと相槌を打ってくれた。
アリッサは彼の様子を目で追う。青年は陣をじっくり見ているようだ。
魔法陣の構成については、凡人のアリッサたちにはよくわからない。しかし、魔法を扱える者で、ある程度知識があれば、異変を読み取れるらしい。そのため、こうして現場に出ては、魔法陣に間違いがないか、確認しているそうだ。
彼は何か気になったのか、ある場所で立ち止まった。処分場の職員の顔がひきつる。
「おい、どうした?」
中年の男性が青年に駆け寄っていく。アリッサとジェイドも彼に続く。青年は眼鏡を軽く上下して、男性たちを見上げた。
「この部分、陣が消えている箇所があります。中心も先ほど遠目から見ましたが、やはりかすれているところがありました」
青年は立ち上がり、遅れて歩いてきた処分場の職員を見据えた。
「魔法陣がきちんと作動するよう、定期的に書き足しをしなければなりません。特に外側の円については、毎日行う必要があります。そうしなければ魔力を断つ時に、効果が薄れてしまいますから。―この帳簿は嘘ですか?」
青年が一冊の冊子を職員に向かって突きだす。毎日の点検を記録した書類だった。そこに‟魔法陣の確認”という欄があり、チェックが入っていた。
職員は口を一文字にして、その帳簿を受け取った。それを一枚一枚めくっていく。
「……実施している魔法使いの不手際かもしれません。確認してきます」
背を向けて歩き出そうとしたところ、ジェイドの上司が男の前に立ちはだかった。
「魔法陣の確認は、魔法が扱えない者でもできることです。この確認者欄には、貴方の名前が書いてありますよね?」
男性はとっさに名札を隠そうとしたが、横に来ていた青年が手首を握り、阻止した。指摘通り、同じ名前が帳簿の確認者欄に書かれていた。
「事務所の方で、詳しくお話を聞きましょうか」
そう言って、男性の背中を軽く叩きながら、歩くよう促す。二人は職員を逃がさないよう、両隣について歩いていった。
あっという間の出来事に、アリッサはぽかんとして眺めていた。
「ジェイドさん、これは点検が不適切だったから指導が入ったんですよね?」
「そうなるな。虚偽の報告は法律違反だからな。今回は陣が少しかすれていたらしいから、厳重注意程度で済むと思う。もう少し酷かったら、受け入れ中止にするだろう」
「そうなんですか?」
ジェイドは首をしっかり縦に振る。
「陣がしっかり描かれていないと、魔力を断ち切れないらしい。魔法使いにそれなりに力があれば、陣に魔力を上乗せして、魔力を断ち切ることはできるが、その人物にいつも以上に負荷がかかるそうだ」
「なるど、だから魔法使い側に休みが多いのですね」
事務室に入ったときに、職員の出勤の有無が書かれた掲示板を垣間見た。休、の文字が魔法使い側に多い気がしたのだ。
「アリッサ、よく見ているな……」
「職業柄、細かいところに目がいくんですよ。―陣がさらにかすれていたら、魔力の上乗せをしても、魔力を断つことが難しくなる。だから受け入れ中止を勧告するということですね」
「そのとおりだ。魔力が残っているがために、万が一のことがあったら大変だからな。完全に魔法陣が修復するまでは、中止になるだろう」
今まで何度か現場を見たことはあるが、ほとんどが問題なしで終えているところばかりだった。今日はある意味、貴重な場面に遭遇しているようだ。
「こんな調子だと、焼却施設や埋め立ての方にも、問題があるかもしれねぇな」
ジェイドが歩きながら肩をすくめる。アリッサは目を瞬かせた。
「焼却は炎の魔法道具で燃やして、埋め立ては土の魔法道具で周辺の土壌への影響を定期的に管理しているんですよね? どんな問題が出てきそうなのですか?」
「思いつくところとしては、完全燃焼できない低い温度で焼却しているとか、決められた点からずれて管理しているとか」
ジェイドは軽い調子で言ってくれた。よくある指摘事項なのかもしれない。
「今日は長くなるかもしれねぇな」
二人で歩いている途中、濃い灰色のトラックが入ってきた。トラックに書かれている会社名‟暗雲社(あんうんしゃ)”という名が目に入る。通り過ぎた瞬間、妙な感じがした。眉をひそめて、立ち止まる。トラックは廃材を積み下ろしており、特に変わった様子はない。
ジェイドに声をかけられると、後ろ髪がひかれつつも、アリッサはその場を離れた。
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