最終話 世界が今、動きだす
箱庭の中の新たな世界、ミストリアスに空と大地と光が戻り、生命が再び息を吹き返した。
人類は新たな歴史の幕開けとして、
この記念すべき年も、いつもと変わらず――多くの夫婦らが〝
かつて原初の地〝ダム・ア・ブイ〟と呼ばれた場所に
「クリオ? うん、オッケー! その子は〝クリオ〟に決定!」
一組の夫婦と聖職者――三人の様子を見ていた銀髪の幼い少女が、指を立てながら宣言する。その瞬間、あたかも奇跡が起こったかのように、神殿内の照度が増した。
その現象を確認した聖職者は夫婦へと向き直り、無事に〝命名の儀〟が
「命名は神へ届けられました。新たに誕生した命〝クリオ〟に祝福を」
少女の声や姿は三人には見えていないのか、彼女を気にする様子はない。そして夫婦は歓喜の言葉と神への感謝を述べたあと、幸福に満ちた様子で神殿から退出した。
そして彼らと入れ替わるように、別の夫婦が聖職者の前へと進み出る。二人から〝名〟を聞いた聖職者は再び祭壇を振り返り、同様の儀式を繰り返す。
「アゼル? うーん、残念! その名前は、すでに使われてまーす!」
銀髪の少女は言いながら、左右の人差し指で小さな
「ふむふむ? それならオッケー! その子は〝アゼル・マークスター〟に決定!」
少女の宣言のあと、再び神殿内に光が満ちる。聖職者から儀式の
二人を見送った聖職者は
「ねぇ、
「へっ……? 僕のこと?」
不意に声を掛けられた僕は、間抜けな反応を返してしまう。どうやら彼女には、僕の存在が認識できているらしい。
「うん! だって私、
少女は無邪気に笑いながら、両手を広げて羽ばたくような動作をしてみせる。
彼女こそが、僕の創った〝精霊〟たちを統べる存在。彼女は自我を持ったミルセリアが手放した〝
「いつから気づいていたんだい? 僕に」
「ずっと! 正確には、九十八年前から! 私、毎日ここで命名の儀してるから!」
僕が復活させた人類には残念ながら、ある
彼らの肉体は、いわば〝
超越的な力を持った協力者たちに支えられはしたものの、しょせん僕は〝最下級労働者〟にすぎない。完全な世界を創り出せるほどの力を有してはいなかった。今はそんな
「ごめん。僕が力不足だったから。君にも迷惑を掛けてしまったね」
「ううん、みんな感謝してる! ずっと独りで頑張ってたこと、みんな知ってるよ!
少女が
「その……。
「みんながそう呼んでるの! だからあなたは〝
そう彼女に告げられた
「これは……。僕の手? 何年ぶり――いや、何千年ぶりだろう。自分の手なんて」
僕は全身を
「そうか。さっきのは命名の儀。名無しの僕に、君が名前を刻んでくれたから」
最後の侵入者となった際、僕は自身の名前を持ち込むことができなかった。そのため僕のアイデンティティは
僕は目の前で笑顔を浮かべている少女の前に、自身の右手を差し出す。
「ありがとう。――えっと、ごめん。君の名前は?」
「私、リスティリア! よろしくね、ミストリアさま!」
精霊女王リスティリア。それがミルセリアから生まれた彼女の名。リスティリアは小さな手で僕の右手を握り、力強く握り返してきた。
「あはは。痛い痛い。よかった、ちゃんと痛みを感じることもできる。――ねぇ、リスティリア。君に、お礼をさせてほしいんだけど。何がいいかな?」
「お礼!? いいの!? じゃあね――私、子供が欲しい!」
「こっ――!?」
リスティリアの予期せぬ返答に、僕は思わず言葉を
「うん! だって、みんな幸せそうだから! 私も、自分の子供が欲しい!」
見た目は幼い少女とはいえ、リスティリアは百歳だ。――それに、これほどの長い期間にわたって多くの夫婦を見てきたならば、その願いも当然か。
「わかった。それじゃあ、その……。
「私のデータを書き替えてくれるの!? やったぁ!」
リスティリアは両手を挙げて
「あはは……。言葉を選ぼうとしたんだけど。――ただし、特別に〝一人だけ〟ね。ミルセリアの
「はーい! それじゃあいつか、とっても大好きな人ができたら産むね!」
元が
僕は意識を集中させ、〝神の眼〟を起動させる。
しかし
「おっと……。ごめん、もう少しだけ待っててくれるかな? またしばらく、眠らないといけないみたいだ……」
視界の四隅が白く染まり、リスティリアの姿しか見えなくなる。脱力感に負けて僕が
「大丈夫! その間に、素敵な
「はは、そうだね。……ねぇ、リスティリア。もしも僕が目覚めたら、その時は……。君の子供が築く世界の未来を、僕にも見せてくれないかな?」
リスティリアが僕の
その手に触れた
「もちろん! それじゃ、ミストリアさまが起きる頃に、元気な子供を産むね!――だからゆっくり休んでね。ありがとう、ミストリアさま!」
僕の
*
人類が新たな歴史を刻み始めて、およそ二千年が過ぎた頃。
世界の中心である〝ノインディア〟から、
霧に包まれた王都の
少年は家畜の
「エルスお兄ちゃん。また
「アリサ、また一人で来たのか? これ、神さま探しッていうんだよ。あの〝霧〟の中に神さまのお城があってさ、こうすると〝ミストリアさま〟が
エルスと呼ばれた少年が、
「そうなの? じゃあ、わたしもやる! エルスお兄ちゃんと、
「うーん。俺は立派な魔法使いにもなりたいし、父さんみたいな〝冒険者〟にもなりたいし。〝ファスティア〟よりも、遠い街とかにも行ってみたいな――ッて!」
冒険者とは、この世界・ミストリアスにおいて自由を
とりわけ〝冒険者〟と呼ばれる者らの存在は大きく、現在の世界は彼らの行動と発見によって、進化と発展を続けていると言っても過言ではない。
「おーい、エルスー! どこだー? ファスティアまで買い物に行くぞーッ! おまえの誕生日パーティー用に、新しい
屋敷の中から、エルスを呼ぶ男性の声が響いてくる。
隣町のファスティアは〝冒険者の街〟の異名で広く知られており、近年では王都を差し置き『アルティリア領内で最も活気のある街』として、急成長を
「はーい、父さんッ! いま行きまーすッ!――それじゃ、アリサ。俺は出かけなきゃだから。今度の誕生日パーティー、アリサも来てくれよなッ!」
「うんっ! 絶対いく! えへへっ、いってらっしゃい。エルスお兄ちゃん!」
アリサはエルスの頬に軽く口づけ、
「それじゃ、またなッ! 気をつけて帰るんだぞ?」
「大丈夫だよ。わたし強いもんっ。じゃあ、楽しみにしてるね」
言い終えるや
「すげェなぁ。まだ俺より
エルスは
いつの間にか、周囲を
まだ、彼の物語は始まったばかり。いつかエルスと会える日を、彼が僕の
ミストリアンクエスト:第0章/ミストリアンエイジ 【終わり】
ミストリアンエイジ 幸崎 亮 @ZakiTheLucky
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