最終話 世界が今、動きだす

 箱庭の中の新たな世界、ミストリアスに空と大地と光が戻り、生命が再び息を吹き返した。よみがえった人類は新しい世界でも歴史を刻み、長い年月が経過した。


 人類は新たな歴史の幕開けとして、太陽ソルルナの周期をもとにした〝さいせい〟を使いはじめた。その記念すべき百年目のこと。


 この記念すべき年も、いつもと変わらず――多くの夫婦らが〝めいめい〟のため、新生児を連れて教会や神殿を訪れていた。



 かつて原初の地〝ダム・ア・ブイ〟と呼ばれた場所におこった国家〝ノインディア〟の神殿にて。赤子を抱いた一組の夫婦が、聖職者の前へと進み出る。聖職者は夫婦から希望の名を聞き、自身の背後のさいだんへ向けて高々と両腕をかかげた。


「クリオ? うん、オッケー! その子は〝クリオ〟に決定!」


 一組の夫婦と聖職者――三人の様子を見ていた銀髪の幼い少女が、指を立てながら宣言する。その瞬間、あたかも奇跡が起こったかのように、神殿内の照度が増した。


 その現象を確認した聖職者は夫婦へと向き直り、無事に〝命名の儀〟がされたことを二人に告げる。


「命名は神へ届けられました。新たに誕生した命〝クリオ〟に祝福を」


 少女の声や姿は三人には見えていないのか、彼女を気にする様子はない。そして夫婦は歓喜の言葉と神への感謝を述べたあと、幸福に満ちた様子で神殿から退出した。



 そして彼らと入れ替わるように、別の夫婦が聖職者の前へと進み出る。二人から〝名〟を聞いた聖職者は再び祭壇を振り返り、同様の儀式を繰り返す。


「アゼル? うーん、残念! その名前は、すでに使われてまーす!」


 銀髪の少女は言いながら、左右の人差し指で小さなバツじるしを作る。〝光〟が無いことで結果を察したのか、夫婦が短い議論のあと、改めて聖職者に名前を告げ直す。


「ふむふむ? それならオッケー! その子は〝アゼル・マークスター〟に決定!」


 少女の宣言のあと、再び神殿内に光が満ちる。聖職者から儀式のじょうじゅを知らされた夫婦は神への感謝と祈りを捧げ、ゆっくりと神殿から出ていった。

 

 二人を見送った聖職者はあとに続く者がいないことを確認し、静かに礼拝堂から立ち去ってゆく。この広く静かで真っ白な空間には、銀髪の少女だけが残された。



「ねぇ、さいせいしんさま!」


「へっ……? 僕のこと?」


 不意に声を掛けられた僕は、間抜けな反応を返してしまう。どうやら彼女には、僕の存在が認識できているらしい。


「うん! だって私、せいれいの女王だもん!」


 少女は無邪気に笑いながら、両手を広げて羽ばたくような動作をしてみせる。


 彼女こそが、僕の創った〝精霊〟たちを統べる存在。彼女は自我を持ったミルセリアが手放した〝権能ちから〟を元に生成された。いわば神の器ミルセリアの半身。



「いつから気づいていたんだい? 僕に」


「ずっと! 正確には、九十八年前から! 私、毎日ここで命名の儀してるから!」


 僕が復活させた人類には残念ながら、あるけっかんが残っていた。その欠陥を埋めるため、この世界に生まれた新生児は、必ず〝命名の儀〟を受ける必要があった。


 彼らの肉体は、いわば〝うつろうつわ〟の状態だ。その〝うつわ〟に名前を刻むことでアイデンティティを定着させなければ、からだを維持することができなかったのだ。


 超越的な力を持った協力者たちに支えられはしたものの、しょせん僕は〝最下級労働者〟にすぎない。完全な世界を創り出せるほどの力を有してはいなかった。今はそんなわずかな力すらも使い果たし、もはや奇跡も起こせない。



「ごめん。僕が力不足だったから。君にも迷惑を掛けてしまったね」


「ううん、みんな感謝してる! ずっと独りで頑張ってたこと、みんな知ってるよ! さいせいしんさまのおかげで、世界に戻ってこれたって!」


 少女がくったくのない笑顔を見せながら、我が子を抱きしめるかのように僕へ向かって両腕を伸ばす。真っ白なころもに、足元まで伸びた銀色の髪。口調や姿こそ幼いが、彼女は百年もの時を生きてきた。すでに立派な〝大人〟なのだ。



「その……。さいせいしんさまっていうのは?」


「みんながそう呼んでるの! だからあなたは〝さいせいしんミストリア〟さま!」


 そう彼女に告げられたたん、僕の視界に〝光〟があふれ、思考が鮮明さを増す。続いてバラバラだった意識とからだが一つに戻るかのように、が形成されはじめた。


「これは……。僕の手? 何年ぶり――いや、何千年ぶりだろう。自分の手なんて」


 僕は全身をひねりながら、半透明な自身のからだを観察する。手足や黒髪には懐かしさを感じるが、この〝監督官〟のような真っ白な服は、僕には似合わないだろう。



「そうか。さっきのは命名の儀。名無しの僕に、君が名前を刻んでくれたから」


 最後の侵入者となった際、僕は自身の名前を持ち込むことができなかった。そのため僕のアイデンティティはらぎ、存在が拡散しかけていたのだった。


 僕は目の前で笑顔を浮かべている少女の前に、自身の右手を差し出す。


「ありがとう。――えっと、ごめん。君の名前は?」


「私、リスティリア! よろしくね、ミストリアさま!」


 精霊女王リスティリア。それがミルセリアから生まれた彼女の名。リスティリアは小さな手で僕の右手を握り、力強く握り返してきた。



「あはは。痛い痛い。よかった、ちゃんと痛みを感じることもできる。――ねぇ、リスティリア。君に、お礼をさせてほしいんだけど。何がいいかな?」


「お礼!? いいの!? じゃあね――私、子供が欲しい!」


「こっ――!?」


 リスティリアの予期せぬ返答に、僕は思わず言葉をまらせる。


「うん! だって、みんな幸せそうだから! 私も、自分の子供が欲しい!」


 見た目は幼い少女とはいえ、リスティリアは百歳だ。――それに、これほどの長い期間にわたって多くの夫婦を見てきたならば、その願いも当然か。



「わかった。それじゃあ、その……。精霊きみも子供を産めるように……」


「私のデータを書き替えてくれるの!? やったぁ!」


 リスティリアは両手を挙げてねながら、その場で回転してみせる。


「あはは……。言葉を選ぼうとしたんだけど。――ただし、特別に〝一人だけ〟ね。ミルセリアのごんのうを継いだ君の力は、あまりにも大きすぎるから」


「はーい! それじゃあいつか、とっても大好きな人ができたら産むね!」


 元が魔力素マナである通常の精霊とは違い、リスティリアは神の器アバターを素体としている。時間こそ掛かるだろうが、力を使い果たした僕でもデータの変更は可能だろう。


 僕は意識を集中させ、〝神の眼〟を起動させる。

 しかしたんに視界がらぎ、強烈な眠気と疲労感におそわれる――。


「おっと……。ごめん、もう少しだけ待っててくれるかな? またしばらく、眠らないといけないみたいだ……」


 視界の四隅が白く染まり、リスティリアの姿しか見えなくなる。脱力感に負けて僕がひざを着くや、膝先から下半身にかけてが即座にさんしはじめる。



「大丈夫! その間に、素敵なだんさまを見つけておくね!」


「はは、そうだね。……ねぇ、リスティリア。もしも僕が目覚めたら、その時は……。君の子供が築く世界の未来を、僕にも見せてくれないかな?」


 リスティリアが僕のほほに右手を伸ばす。

 その手に触れたたん、僕の左手が〝白い霧〟へと変化する。


「もちろん! それじゃ、ミストリアさまが起きる頃に、元気な子供を産むね!――だからゆっくり休んでね。ありがとう、ミストリアさま!」


 僕のからだを抱きしめるように両腕を広げながら、リスティリアが僕の頬に口づける。そして僕の意識は白い光に包まれてゆき、眠りの中へといざなわれていった。



             *



 人類が新たな歴史を刻み始めて、およそ二千年が過ぎた頃。

 さいせい、二〇〇七年――。


 世界の中心である〝ノインディア〟から、はるか南東に位置するアルディア大陸。その中北部に位置する〝アルティリア王国〟の王都にて。



 霧に包まれた王都のまちはずれ。ひっそりと建てられた屋敷の前で、銀髪の幼い少年が〝白い空〟に向かって小さな両手を伸ばしていた。


 少年は家畜のさくそばに積まれた〝ワラ山〟に腰を下ろしており、彼のれた魔法衣ローブには、くずやニワトリの羽毛が付いている。


「エルスお兄ちゃん。またやってるの?」


「アリサ、また一人で来たのか? これ、神さま探しッていうんだよ。あの〝霧〟の中に神さまのお城があってさ、こうすると〝ミストリアさま〟がかなえてくれるんだ」


 エルスと呼ばれた少年が、の少女に手招きをしてみせる。茶色の髪をポニーテールにった彼女は、アリサという名前のようだ。



「そうなの? じゃあ、わたしもやる! エルスお兄ちゃんと、結婚できますようにって。――お兄ちゃんは? お願いは何にしたの?」


「うーん。俺は立派な魔法使いにもなりたいし、父さんみたいな〝冒険者〟にもなりたいし。〝ファスティア〟よりも、遠い街とかにも行ってみたいな――ッて!」


 冒険者とは、この世界・ミストリアスにおいて自由をおうする者たちの総称。すでに人類は神の手からは離れ、自らの力で世界を動かすまでになっていた。


 とりわけ〝冒険者〟と呼ばれる者らの存在は大きく、現在の世界は彼らの行動と発見によって、進化と発展を続けていると言っても過言ではない。



「おーい、エルスー! どこだー? ファスティアまで買い物に行くぞーッ! おまえの誕生日パーティー用に、新しい魔法衣ローブを買ってやるからなッ!」


 屋敷の中から、エルスを呼ぶ男性の声が響いてくる。


 隣町のファスティアは〝冒険者の街〟の異名で広く知られており、近年では王都を差し置き『アルティリア領内で最も活気のある街』として、急成長をげていた。


「はーい、父さんッ! いま行きまーすッ!――それじゃ、アリサ。俺は出かけなきゃだから。今度の誕生日パーティー、アリサも来てくれよなッ!」


「うんっ! 絶対いく! えへへっ、いってらっしゃい。エルスお兄ちゃん!」


 アリサはエルスの頬に軽く口づけ、ながら全身をひねる。エルスは自身の顔を乱雑に手でぬぐい、アリサに白い歯を見せた。



「それじゃ、またなッ! 気をつけて帰るんだぞ?」


「大丈夫だよ。わたし強いもんっ。じゃあ、楽しみにしてるね」


 言い終えるやいなや、アリサは家畜用の柵を軽々と飛び越え、エルスに大きく手を振ってみせる。そしてそのまま真っ直ぐに、林道へ向かって走り去っていった。


「すげェなぁ。まだ俺よりッさいのに。――よしッ、俺もたくしなきゃ!」


 エルスは魔法衣ローブに付いたごみはらい、父親の待つ屋敷の中へと駆けてゆく。


 いつの間にか、周囲をおおっていた〝霧〟も消えて青く晴れわたっており、天上の太陽ソルが柔らかな朝の陽光ひかりを降らせている。



 まだ、彼の物語は始まったばかり。いつかエルスと会える日を、彼が僕のところを訪れる日が来ることを願いながら。僕は再び、しばしの眠りへと落ちるのだった。





 ミストリアンクエスト:第0章/ミストリアンエイジ 【終わり】

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ミストリアンエイジ 幸崎 亮 @ZakiTheLucky

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