第79話 トゥルーエンドは闇の中で

 世界の終わりは一瞬だった。


 〝闇〟が空を、大地を、人々を――あらゆる〝すべて〟を包み込み、続いて大きな〝光〟がはじけて消えた。そして、それはにとって、ごく日常のまつごと


だん博士はかせ。植民世界ミストリアス、全データの消去が完了いたしました」


「そのようですね。は少々特殊な性質を持ってはいましたが、やはり〝真世界〟にはいたらずですか。まぁ、終了はとうでしょう」


 大いなる闇へと流れてくる、若い女と、老いた男らしき声。女が『だん博士はかせ』と呼んだことから察するに、老人の名は〝だん はる〟だと思われる。


 かいそうせいかんざいだんそうせいかんもん。――だん はる

 かつて僕の居住室へ送られてきた、文書に記されていた名前。


 彼らにとっては植民世界を一つ消し去ることなど、文字通りに不要な〝データ〟を消去する程度の――。の感覚でしかないのだろう。



 しかし、全接続を行なった僕のデータが、彼らに検知されることはなかった。結果として、僕だけは消去をまぬがれ、この〝僕自身〟をミストリアスのあらゆるデータを収めた、記録媒体と化すことができたのだ。


 あの〝うつろかぎ〟の正体は、ミストリアが自己のメンテナンス中に見つけた欠陥エラー。ミストリアは財団に悟られぬよう、その断片を愛する世界へと散りばめ、神の眼をあざむく手段として利用することを思いついたのだった。



「はぁ。何度やっても嫌になるわね。世界を消すっていうのは。……ねぇ、博士。あなたも気に入ってらしたのではなくて? ご自身の〝神の器アバター〟まで降臨させて」


 さきほどまでの口調と違い、女が砕けた様子でだんに話しかけている。

 古の賢者バルド・ダンディ。おそらくは、だん神の器アバターだったのだろう。


「〝とき宝珠オーブ〟ですか。期待の表れ、といったところではありますね。最後にが使われたけいせきはありましたが、終了をめる手段にはなり得なかったようです」


「……よく言うわね。消した当人のくせにっ!」


 彼女はどういう立場の者なのか。感情的に振舞う様子からは、植民世界へ心を寄せているとも受け取れなくはないのだが。



「さて、今回の結果を踏まえ、次のそうせいに入りますよ。我々には、もう時間がありませんからね。あなたも、いずれ慣れるでしょう。――むつ博士はかせ


「そうはりたくありませんね。絶対にっ……!」


 むつと呼ばれた女の大きなためいきを最後に、一切の声が聞こえなくなる。――どうやら僕は、無事に〝財団〟による観測から逃れることができたようだ。



 今なおあまの世界が光輝いている、広大な〝大いなる闇〟の中。


 現在、の周囲にただよっているのは、砕け散った世界の断片と、粒子と化した僕のからだ。僕は無数の小さなからだで、の〝素材〟を集めてゆく。


 まずは世界の〝核〟となる、うつわを用意しなければならない。僕は〝大いなる闇〟の中から闇色をした〝世界の素材〟をかき集め、小さな球体を形づくる。


 財団かみの眼をあざむくためには、闇に潜み続ける必要がある。

 新たな世界が闇の中で成長し、いつかからやぶる日まで――。



             *



 どれほどの時間がったのかは定かではないが、闇と同化した小さな球体は少しずつ大きさを増し、かつてのミストリアスと同じ程度のサイズとなった。僕はすべてのからだを球体の中へい、内部のくっさくぎょうへと移る。


 遠い昔に暮らした世界では〝絶望的な作業〟であったと記憶しているが、現在の僕は希望に満ち満ちながら、この掘削を行なっている。



 世界のないへきがわに山を、平地を、海をり、中空に〝いつわりのそら〟を創る。これが僕の暮らした世界をヒントに、マパリタの考えた作戦だった。


 大地の奥深くには巨大な暗号コード図画グリフまんべんなく刻み、てきな重力を発生させる。ミストリアスの記憶の中には、マパリタがのこしてくれた独自魔法も記録されていた。かつて彼女が、僕の首を締め上げるために用いた魔法。あれを応用させた形だ。



 また、球体の中の箱庭という関係上、方角を把握するための基準点が必要だ。旧世界の神話にならい、まずは原初の地〝ダム・ア・ブイ〟を復活させる。続いて、この島を中心に、南東方向へあたる位置に〝アルディア大陸〟をそうする。


 こうして原初の地を囲うように、かつての大陸群を復活させた。ただ、世界が〝外側〟にった時と比べ、全体的なサイズがわずかに小さくなってはしまったが。


             *


 だいに大地の形が整いこそはしたものの、いまだ世界は闇の中。

 しかし、まだ光をともすには早すぎる。


 僕は魔力素マナと自身のからだの一部を融合させ、〝確たる意思を持った魔力素マナ〟とも言える〝せいれい〟たちを創りだす。これはサンディが精霊魔法をもとに〝精霊論〟を確立し、認知と研究を進めてくれたおかげに他ならない。



 さらに長い時間を要し、暗闇の世界で育った精霊たちは、最初に大陸のすきを〝海〟で満たしはじめた。そこで僕は、より作業を効率化させ、永続的な世界管理システムとしても作用できるよう、それぞれに特化した精霊たちを誕生させる。


 炎、水、風、土、雷、氷。この六つの要素を司る精霊たちは、成長と学習を繰り返し、幼いながらも自我を発揮しはじめた。やがては精霊たちにも〝王〟たるが発生し、僕の指示を要することなく、世界を動かし続けてくれるだろう。


             *


 世界には大地が戻り、海と大気も構成された。

 精霊たちによって気候や天候が生まれ、世界がたいどうしはじめる。


 ここで世界に光を灯し、生ある者たちを迎え入れる準備を行なう。


 まずはダム・ア・ブイをおおっていたぼうだい魔水晶クリスタルを再利用し、封印都市オルメダにった〝太陽晶球ソルスフィア〟と結合する。巨大となった球体にマパリタの魔法を刻み、これを擬似的なたいようとすべく、新たな世界のちゅうてんにて静止させる。



 旧世界にて信仰されていた〝光の男神ミスルト〟と〝闇の女神アリスト〟のふたはしら。その正体は、偉大なる古き神々こと〝財団〟が創造した、管理システムの一種だった。これらの記録を流用し、同名の二柱を創り、太陽晶球ソルスフィアの管理をになわせる。


 元々〝時間〟を司っていた光と闇の神々は、昼夜によって〝太陽ソル〟と〝ルナ〟の二つの状態を使い分け、世界に〝時〟を刻んでくれることとなった。あとは愛する人類たちが復活すれば、新たな世界に、新たな歴史が刻まれてゆくはずだ。



             *



 僕が創った新しい世界。さいせいされたミストリアス。大地には光が照らされ、植物が育ち、海が青くきらめいている。アルティリアやランベルトス、ガルマニアといった人類のきょてんも復活し、この箱庭は、着々と完成へと近づいている。


 ここまでの過程は順調そのもの。

 だが、問題はここからだ。



 ミストリアスには、数多くの〝平行世界〟が存在した。しかし、この〝やみかご〟たる〝新たな世界〟はせまく、平行世界すべてを収めるスペースはない。


 そう――。僕の全身を使った記憶領域をってしても、それらの世界に住まう、すべての人々のアイデンティティを受け入れることは不可能だったのだ。


 幸か不幸か、レクシィが〝とき宝珠オーブ〟を用いて世界を早期に滅亡させ、多くを〝間引いた〟お陰で容量限界を超えることはなかったものの、救いきれなかった者らを思うと、やりきれない気持ちに包まれる。



 また〝うつろ〟状態の僕と関わってしまった者はもちろんのこと、〝世界の記憶そのもの〟ともえる、ミストリアの全情報を留めることもできなかった。


 僕の中にのこったものは、世界を愛したの強い想い。そして、あらゆる構造物オブジェクトを再生させる〝勇者の技〟と、の世界管理のノウハウのみ。


 しかし、たとえ僕がすべてを記憶できなくとも、よみがった人々の記憶の中で、歴史や神話、伝説として生きるだろう。せめてアバターだった〝ミルセリア〟と〝大神殿〟だけは復活させ、世界を愛した〝そうせいしんミストリア〟の物語を伝え続けよう。



             *



 それからさらに年月は流れ、ついに世界に生き物たちが復活した。一足先に舞い戻った植物らに加え、人類や動物たち、そして魔物たちも戻ってきた。


 かつての創世神ミストリアも〝てんせいしゃ〟という外敵らをせいしはしたが、人々の身近なきょうともいえる、魔物には手を出さなかった。この魔物という存在も、世界の大切な一部。やはり新たなミストリアスにとっても、無くてはならぬものなのだ。


 人類は生命の営みを続けるかたわら、魔物たちと激しく争い、生と死のりんの中で成長する。一見すると無慈悲とも思えるが、この戦いこそが、人類の〝生命体〟たる本質なのだ。それに〝誰かに生かされているだけ〟の人生ほど、残酷なものはない。


 ヒュレイン、マナリエン、アルミスタ。そして、それらの混血種族たち。僕が記録データから再構築したは、まだ生命のほうにすぎない。しかし、いずれは生命体として完成し、僕が創った〝世界の殻〟すらも破ってくれることだろう。



             *



 こうして僕は力を使い果たし、からだは世界に散った状態となってしまった。すでには誰でもない。この意識も拡散を始め、もはやを維持できない。このままは、世界を漂う〝きり〟となり、愛する世界を守り続けよう。だから――。


「だから、いまは、少しだけ。ほんの少しだけ、眠らせて」




 神ルート:さいせい/ようこそ、ミストリアンクエストの世界へ 【つづく】

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