第78話 名も無き最後の侵入者
かつての僕の
「もうすぐ日が暮れちゃいそう……。えっと、次はそこを右で……」
サンディは僕の手を引きながら、魔法学校の迷路のような
今夜、
*
長い廊下を走り抜け、僕らは大きな井戸の底のような、薄暗い中庭へと
「よかった、間に合ったぁ。……それじゃ、わたしはリーゼルタに残って〝この世界〟を守るから……。その……。いってらっしゃい」
もうすぐ世界が〝終了〟するとはいえ、この〝農夫〟の世界も魔王の手から守り抜く必要がある。ここでサンディは女王と共に、決戦部隊の後方支援へと回るらしい。
「ありがとう。それじゃ、いってくるよ」
「ん……」
サンディは僕の顔を見つめたあと、目を
「えへっ、ミルポルの
青い瞳を濡らしながら、サンディがにっこりと
彼女は僕の
「ありがとう……。今度こそ本当に、わたしは大丈夫だから……」
「サンディ。――ああ、また会おう」
*
白い空間の内部を進み続けると、やがて視界が、植物にまみれたエンブロシアの風景へと変化した。そこで僕を待っていた者は、大長老のルゥランだった。
「間に合ったようですね、名も無き旅人よ。さあ、約束どおり案内しましょう」
「えっ……? ルゥランさんにも僕の姿が? しかし、それでは――」
驚く僕を制するように、ルゥランが右手で空を指さしてみせる。すでにエンブロシアを包む結界の外は
僕はルゥランに小さく
「そういえばアレフさんが、エンブロシアの遺跡はルゥランさんが壊したって」
「ええ。ワタシが破壊しました。しかし例の
ルゥランに連れて来られた場所は、あの両開きの大扉の前だった。
「さあ、お入りなさい。アナタのお知り合いも待っていますよ」
僕はルゥランに
「あー。やっと来た。こっちは徹夜なんだから。そろそろ寝ちまうとこだったよ」
マパリタは以前と変わらぬ姿のまま、小さく片手を挙げてみせる。まさか彼女と
「最後まで付き合うって言ったでしょ。ほら、急ぎな。このジジイにコキ使われたのは
「ええ。アナタが〝天才〟だと聞き及んでいたもので。――さあ、あの樹の
僕はマパリタとルゥランに急かされるように、
「あっ……。まさか、こんなところに
その大桜の裏側、ちょうど入口扉からの死角となっていた位置に。樹木の中に埋もれるような形で、〝はじまりの遺跡〟の白い
僕は一呼吸を置いたあと、祭壇上の〝円形の
《サイト・エプシロン、認証完了。……すべてのサイトへの認証を確認いたしました。デバッグルームへの転移ゲートを展開します》
次の瞬間、大桜の花びらが白く発光し、樹の根元に虹色をした
「安心すんのは早いよ。
「向こう? 僕の相棒? それってまさか……」
ここの
「名も無き旅人よ。どうやら、行くべき場所は理解できたようですね?」
「はい――。ルゥランさん、ありがとうございました。でも、僕と関わってしまったということは、もうあなたは……」
「この世界の結末には、非常に興味がありますからね。――なんとしても存在し続けてみせますよ。たとえワタシが、ワタシでなくなってしまったとしても、ね」
ルゥランはニヤリと口元を上げながら、自信ありげに
思えば彼は、
「マパリタ、ありがとう。最後まで付き合ってくれて」
「私は、ある意味〝不死身〟だし。まー、
マパリタは優しげな笑みを見せたあと、気合いを入れるかのように僕の背中を強く叩く。僕は少し
「それじゃあ、いってきます」
僕の言葉にマパリタとルゥランが同時に頷く。もう、これ以上の言葉は必要ない。あとは僕自身が、成すべきことを成し
*
虹色の
原初の地〝ダム・ア・ブイ〟だった。
しかし
「あれは……。
瘴気の
《待っていたぞ! 相棒! さあ、早く俺の
頭の中に〝光の聖剣バルドリオン〟の声が響く。やはりマパリタのいう相棒とは、彼のことだったようだ。
僕は眼前に
すると瘴気が意思を持つかの
《させるかッ!――今だ! 急げ、相棒!》
バルドリオンの声と共に降り注いだ閃光が、周囲の魔物の群れを再び瘴気へと
山頂へと辿り着いた僕は火口へ下り、〝闇の大穴〟を
《よし、間に合ったな! さあ、闇の大穴を
僕は
「なぁ、レクシィよ! こんな時に
「ええ。原初の地、ダム・ア・ブイ……」
遠くから風に乗り、話し声が耳へと届く。
どうやら、レクシィたちが
《いいぞ、もう一息だ! 今こそ、闇を
僕は
*
深い闇の中へと落ちきった僕は、白い光で目を覚ました。
僕の視界に、白く、白く、どこまでも光が広がってゆく。
光の中には銀色の髪の幼い少女、ミストリアが
「私は、愛してしまいました。この世界を。そのすべてを」
ミストリアが言う。
何度も頭に響いた言葉。愛する世界への想い。
「安心して、ミストリア。もう準備は済ませてきたよ」
僕が言う。
素材、覚悟、その方法。すべての準備は整った。
「私は、重大なる罪を犯しました。私の選択により、あなたは犠牲となります」
ミストリアが言う。
世界を救う素材として、彼女は僕を選択した。
「いいんだ。僕も同じ気持ちさ。エレナやミチア、リーランドさん。皆が
僕が言う。
この選択は、僕自身が決めたこと。
愛する世界を守りたいと、決めたこと。
「ありがとうございます。親愛なる旅人よ。
「あはは、そうだったね。僕の本当の名前は」
アインス。アルフレド。それからサンディ。
そして最期まで伝える機会のなかった、僕の本当の名前を
僕の――。名前は。
僕の本当の名前は――。
「――ごめん。思い出せないや」
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