第78話 名も無き最後の侵入者

 かつての僕のアバター・アルフレドとサンディの協力もあり、僕は合計三つの〝はじまりの遺跡〟を起動させることができた。そして僕はサンディと共に、最後の遺跡がるという〝しんじゅさとエンブロシア〟を目指して走る。


「もうすぐ日が暮れちゃいそう……。えっと、次はそこを右で……」


 サンディは僕の手を引きながら、魔法学校の迷路のようなろうを正確に進む。エルフの里であるエンブロシアへと繋がる転移門ゲートは、この学校内に隠されているのだ。


 今夜、この世界ミストリアスの空に〝あかつき〟が出る。


 が意味するところは定かではないが、あのルゥランが口にしていた以上、世界を救うための何らかの鍵をにぎっていることは間違いない。


             *


 長い廊下を走り抜け、僕らは大きな井戸の底のような、薄暗い中庭へと辿たどいた。庭の中央には一本の〝桜〟が植えられており、その根元にはドワーフ族がくぐれる程度の、小さな転移門ゲートが開いている。


「よかった、間に合ったぁ。……それじゃ、わたしはリーゼルタに残って〝この世界〟を守るから……。その……。いってらっしゃい」


 もうすぐ世界が〝終了〟するとはいえ、この〝農夫〟の世界も魔王の手から守り抜く必要がある。ここでサンディは女王と共に、決戦部隊の後方支援へと回るらしい。


「ありがとう。それじゃ、いってくるよ」


「ん……」


 サンディは僕の顔を見つめたあと、目をじながらあごを突き出してきた。一瞬、意図をはかりかねた僕ではあったが、彼女のの望みどおり、そのくちびるに口づける。


「えへっ、ミルポルの。消えちゃう前の、あいさつ……」


 青い瞳を濡らしながら、サンディがにっこりとほほんでみせる。


 彼女は僕の分身アバターとしての誕生こそしたものの、その後は自身のアイデンティティを獲得し、彼女の人生を歩んできた。〝うつろ〟と化した僕と関わりさえしなければ、今度こそは新たな世界で、自分サンディだけの人生をおうできたはずなのだ。


「ありがとう……。今度こそ本当に、わたしは大丈夫だから……」


「サンディ。――ああ、また会おう」


 けんめいに笑顔をつくる彼女に右手を振り、僕は一本桜へと向き直る。そして小さく身をかがめながら、転移門ゲートの中へと飛び込んだ。



             *



 白い空間の内部を進み続けると、やがて視界が、植物にまみれたエンブロシアの風景へと変化した。そこで僕を待っていた者は、大長老のルゥランだった。


「間に合ったようですね、名も無き旅人よ。さあ、約束どおり案内しましょう」


「えっ……? ルゥランさんにも僕の姿が? しかし、それでは――」


 驚く僕を制するように、ルゥランが右手で空を指さしてみせる。すでにエンブロシアを包む結界の外は黄昏たそがれに染まっており、夜の近づきを知らせている。


 僕はルゥランに小さくうなずき、彼に続いて評議会本部の中へと入ってゆく。リーゼルタのものと同様に、の遺跡も屋内へと隠されていたのだろうか。



「そういえばアレフさんが、エンブロシアの遺跡はルゥランさんが壊したって」


「ええ。ワタシが破壊しました。しかし例のかんぶんがんじょうでして、へ封印せざるを得なかったのです。結果的に、が功を奏したというわけですが」


 ルゥランに連れて来られた場所は、あの両開きの大扉の前だった。これが左手側にあるということは、ここは〝原初の地〟へと通ずるおおざくらの庭園か。


「さあ、お入りなさい。アナタのお知り合いも待っていますよ」


 僕はルゥランにうながされ、大扉を両手で開く。まず視界に飛び込んできたのは、満開の大きな桜。そしてにもたれ掛かって欠伸あくびをしている、マパリタの姿だった。



「あー。やっと来た。こっちは徹夜なんだから。そろそろ寝ちまうとこだったよ」


 マパリタは以前と変わらぬ姿のまま、小さく片手を挙げてみせる。まさか彼女とこの世界ミストリアスで、再会できるとは思わなかった。


「最後まで付き合うって言ったでしょ。ほら、急ぎな。このジジイにコキ使われたのはしゃくだけど、祭壇こいつは完璧に仕上げといたよ」


「ええ。アナタが〝天才〟だと聞き及んでいたもので。――さあ、あの樹のもとへ」


 僕はマパリタとルゥランに急かされるように、おおざくらの下へと走る。


「あっ……。まさか、こんなところにったなんて」


 その大桜の裏側、ちょうど入口扉からの死角となっていた位置に。樹木の中に埋もれるような形で、〝はじまりの遺跡〟の白いさいだんが隠されていた。



 僕は一呼吸を置いたあと、祭壇上の〝円形のくぼみ〟へ右手をかざす。てのひらから生じた光の円盤ディスクへと収まり、僕の頭に人工的なこえを響かせる。


《サイト・エプシロン、認証完了。……すべてのサイトへの認証を確認いたしました。デバッグルームへの転移ゲートを展開します》


 次の瞬間、大桜の花びらが白く発光し、樹の根元に虹色をした転移門ゲートが開かれた。これがデバッグルームへの入口なのだろうか。これで僕の長かった旅も終わる。


「安心すんのは早いよ。に〝あんたの相棒〟を召喚しておいた。――っても、以前の〝失敗の副産物〟ってやつだけど」


「向こう? 僕の相棒? それってまさか……」


 ここの転移門ゲートと通じる先といえば、原初の地ダム・ア・ブイ。あの場所と〝相棒〟という単語で思い当たるものといえば、おそらくは〝彼〟しかいない。



「名も無き旅人よ。どうやら、行くべき場所は理解できたようですね?」


「はい――。ルゥランさん、ありがとうございました。でも、僕と関わってしまったということは、もうあなたは……」


「この世界の結末には、非常に興味がありますからね。――なんとしても存在し続けてみせますよ。たとえワタシが、ワタシでなくなってしまったとしても、ね」


 ルゥランはニヤリと口元を上げながら、自信ありげにうなずいてみせる。


 思えば彼は、てんせいしゃだった頃のミストリアの子孫だったはず。たしかに僕の心配など、ただのゆうなのかもしれない。



「マパリタ、ありがとう。最後まで付き合ってくれて」


「私は、ある意味〝不死身〟だし。まー、ともがたいけどさ。――ほら、早く行ってきな。あんたの大好きなこの世界ミストリアス、しっかりと救っておいで」


 マパリタは優しげな笑みを見せたあと、気合いを入れるかのように僕の背中を強く叩く。僕は少しながら、虹色の転移門ゲートの前へと押し出されてしまう。


「それじゃあ、いってきます」


 僕の言葉にマパリタとルゥランが同時に頷く。もう、これ以上の言葉は必要ない。あとは僕自身が、成すべきことを成しげるのみなのだ。



             *



 虹色の転移門ゲートを抜けた先は思ったとおり、見覚えのある小さな島。

 原初の地〝ダム・ア・ブイ〟だった。


 しかし魔水晶クリスタルに覆われた大地は相変わらずではあるものの、空に鮮やかなオーロラは無く、しょうの闇が広がっている。


「あれは……。つきあかい」


 瘴気のすきうように、暗黒の空からは時おり真っ赤な光が射し込んでくる。その光が魔水晶クリスタルに触れるたび、島全体に小さな振動がはしる。



《待っていたぞ! 相棒! さあ、早く俺のもとへ! ここは魔王との決戦の地だ! もうすぐ魔王ヴァルナスめが現れてしまうぞ!》


 頭の中に〝光の聖剣バルドリオン〟の声が響く。やはりマパリタのいう相棒とは、彼のことだったようだ。


 僕は眼前にそびえる〝魔水晶クリスタルやま〟をえ、いちもくさんに透明な大地を走る。


 すると瘴気が意思を持つかのごとく、魔物の姿を形成し――僕の進行方向をさえぎるかのように、いきなりおそかかってきた。


《させるかッ!――今だ! 急げ、相棒!》


 バルドリオンの声と共に降り注いだ閃光が、周囲の魔物の群れを再び瘴気へとかえしてゆく。僕は彼の声に従い、いっしんらんに鋭利な山を駆け登る。



 山頂へと辿り着いた僕は火口へ下り、〝闇の大穴〟をおおっている魔水晶クリスタルの中央へと向かう。僕のからだは鋭い魔水晶クリスタルに切り裂かれ、すでにボロボロではあるものの、傷口からは白い霧のようなナノマシンが舞い散るのみで、いってきの血も流れていない。


《よし、間に合ったな! さあ、闇の大穴を穿うがち、世界の内側へと飛び込むのだ!》


 僕はさやに収まった状態で突き立っているバルドリオンのつかを握り、そのまま魔水晶クリスタルの〝まく〟を破るかのように、下方向へと力を加える。やがてバルドリオンと僕のからだが白い発光をはじめ、足元にひびが広がってゆく――。


「なぁ、レクシィよ! こんな時にくのもなんだが……」


「ええ。原初の地、ダム・ア・ブイ……」


 遠くから風に乗り、話し声が耳へと届く。

 どうやら、レクシィたちがへやって来たようだ。


《いいぞ、もう一息だ! 今こそ、闇をさえぎからを破れ!》


 僕はぜんしんぜんれいを両手に注ぎ、バルドリオンと一体化する。そしてついに足元の魔水晶クリスタルは砕け散り、僕は真っ暗な闇の中へと、どこまでも深く落ちていった。



             *



 深い闇の中へと落ちきった僕は、白い光で目を覚ました。

 僕の視界に、白く、白く、どこまでも光が広がってゆく。


 光の中には銀色の髪の幼い少女、ミストリアがたたずんでいた。



「私は、愛してしまいました。この世界を。そのすべてを」


 ミストリアが言う。

 何度も頭に響いた言葉。愛する世界への想い。


「安心して、ミストリア。もう準備は済ませてきたよ」


 僕が言う。

 素材、覚悟、その方法。すべての準備は整った。



「私は、重大なる罪を犯しました。私の選択により、あなたは犠牲となります」


 ミストリアが言う。

 世界を救う素材として、彼女は僕を選択した。


「いいんだ。僕も同じ気持ちさ。エレナやミチア、リーランドさん。皆がけんめいに生き抜いた、この世界を救えるなら安いものだよ」


 僕が言う。

 この選択は、僕自身が決めたこと。

 愛する世界を守りたいと、決めたこと。



「ありがとうございます。親愛なる旅人よ。さいに、あなたの名を私に」


「あはは、そうだったね。僕の本当の名前は」


 アインス。アルフレド。それからサンディ。

 そして最期まで伝える機会のなかった、僕の本当の名前をきみに。


 僕の――。名前は。

 僕の本当の名前は――。


「――ごめん。思い出せないや」

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