第77話 革命の魔女サンディ

 第二の〝はじまりの遺跡〟を起動させるため、僕はかつて〝アルフレド〟として訪れた、ネーデルタールの森へとやって来た。


 しかし、そこで僕は魔物に往く手をさえぎられ、絶体絶命のきゅうおちいってしまう。


 その時、とつじょとして空から舞い降りた、真っ赤な衣装の怪人物に助けられ、どうにか僕は難を逃れることができた。――その〝アルフレド〟と名乗った男は奇妙なポーズを決めながら、僕に親指を立てている。


「どうした、同志よ! まだ立ち止まるべきではないだろう! さあ、手を伸ばせ! 共に世界救済のための〝鍵〟を開く時だ!」


 まさか彼は――。

 かつて僕のアバターだった、あのアルフレド本人なのか?


 彼は全身を包み込むような真っ赤なスーツを着ており、さらに頭部全体を〝どうへい〟を思わせる、赤いヘルメットでおおっている。声や背格好は確かに〝アルフレド〟で間違いないのだが、その声色は、どこか〝機械音声〟のようだ。


「ああ、この姿か? 実は、ディクサイスとの戦争に参加してな! そこで不覚にも敵に捕まり、悪の科学者によって改造手術をほどこされてしまったのだ!」


 アルフレドは身振り手振りを交えながら、慣れた様子でけいを説明しはじめた。


 要約すると、彼は魔導国家ディクサイスによって〝魔導兵〟へと改造されかけたものの、施術中に自力で脱出し、ネーデルタールへと逃げ延びることに成功した。そして、今はスーツで全身のしゅじゅつこんを隠し、正義の英雄ヒーローとして戦っている――とのことだった。



「どうだ? わかってくれたか? 親愛なる同志よ!」


「あっ、うん……。なんとなくわかった。――とにかく、ありがとうアルフレド。もしかして、君もミルポルから事情を聞いて……?」


 とにかく、いつまでもで立ち止まるのは得策ではない。僕はアルフレドに先導を頼み、あの〝さいだん〟の場所へと向かいながらの会話を続ける。


「ノン! 俺は、俺自身の〝正義〟に導かれるままに戦っている! たとえ我が身がけがされようとも、この熱き正義の心までもが、悪にちることはないぞ!」


 アルフレドは宙返りをしながら前方へと飛び出し、再び奇妙なポーズを決めてみせる。彼のアイデンティティは元々強固ではあったのだが、くだんの改造手術の影響なのか、さらに磨きが掛かっているようだ。



「どうだ、かっこいいだろう? 子供たちにも人気でな! 絵本もあるぞ?」


「えっと……。うん、かっこいいと思うよ。すごく」


 ああ、駄目だ――。どうにも調子が狂ってしまう。

 僕は彼の自慢話を適当に受け流し、目的地への到着をうながすことにした。


 しかし、や方法はどうあろうとも、アルフレドが子供たちに勇気と希望を与え、世界を守ってくれていたのは間違いないようだ。このネーデルタールの空に〝光〟が射しているのも、彼の活躍あってのものなのだろう。


             *


 アルフレドの護衛によって、魔物の襲撃も難なくかわし、ついに僕らは二つ目の〝鍵穴〟である〝祭壇〟の前へと辿り着いた。祭壇それは相変わらずの野ざらし状態ではあったものの、薄茶色だった外観はれいに磨かれ、白い色身が戻っている。


「俺の活動を聞きつけて、有志が清掃を手伝ってくれてな! どうだ? このウサギのぬいぐるみは、街の子供たちが飾ってくれたものだ!」


「そうなんだ……。君は本当に、皆から愛されているんだね」


 僕は〝くぼみ〟に座ったウサギを優しく両手で移動させ、へ自らの右手をかざす。てのひらに生じた〝光の鍵〟は問題なく収まり、続いて僕の頭にこえが響く。


《サイト・デルタ。認証完了。デバッグルームへの進入は許可されません》


 アルティリアの時と似たメッセージ。それと同時に魔水晶クリスタルから光が放たれ、上空へ向かって昇ってゆく。これでようやく、鍵を二つ解除できたということか。


 しかし次に訪れるべき場所は、あの〝魔法王国リーゼルタ〟の中にある。空も飛べない今の僕が浮遊大陸に入る方法を、どうにか見つけなければならない。



「うむ! 正義は成されたようだな! 同志よ、もっと歓喜してはどうだ?」


「うん。実は問題があって。次の〝はじまりの遺跡〟の場所なんだけど――」


 僕はアルフレドに次の〝遺跡〟がリーゼルタにることや、そこへ行く手段が無いことを告げる。すると彼は両手を腰に当てながら、高らかに笑いはじめた。


「なんだ、そんなことか! 案ずるな、には〝同志〟が居るだろう?」


 アルフレドは言いながら、左腕に内蔵された魔導盤タブレットを操作しはじめた。続いて魔導盤それをヘルメットの下部へと近づけ、なにやら通信を開始する。


「こちら、レッド。クエスト完了だ! 親愛なる同志が迎えを希望している!」


「はーい、了解っ!……座標確認! それじゃ、そっちに転移門ゲートを開くね!」


 魔導盤タブレットかられ聞こえたのは、若い女性の声。


 ――いや、違う。僕は〝さっきの声〟を、間違いなく知っている。


 間もなく僕らの付近の空間に、見覚えのある白いひび割れが生じはじめる。そして、だいに大人ひとり分ほどの大きさへと開き、白く渦巻く転移門ゲートの中から、黒い魔法衣ローブまとった金髪の少女が現れた。



「よしっ、成功! たくさん実験しておいてよかったぁ!――お待たせっ!」


「そんな予感はしてたんだけど。……やっぱり君は〝サンディ〟だね?」


 僕の問いかけに対し、少女が満面の笑みでしゅこうする。未来の姿ではあるものの、ハーフエルフ族であるサンディには、目立った変化は無いようだ。


 それでは僕が〝アルフレド〟や〝サンディ〟として降り立った世界は、すべて〝農夫〟の世界だったということになる。思えばアルフレドでの侵入ダイブの際、初日のはずのランベルトスにはミチアやソアラ、そしてガースの姿があった。


 もしや、ディスクが頭の中へと移動したことにより、侵入ダイブの規定時刻にズレが生じてしまったのか。――いずれにしても、今はを考えている場合ではない。



「この転移門ゲート模倣品ものまねだから、そんなに長くたないよ。さっ、急いで急いで!」


 僕はサンディに促され、急いで〝渦〟の中へと入る。そしてアルフレドの方を振り返り、彼に向かって親指を立ててみせた。


「ハハッ! いいぞ、その意気だ! 幸運を祈る。――同志よ!」


「アルフレド……。ありがとう。この世界を守ってくれて」


 やがて転移門ゲートの出口がすぼみ、彼の頭部が見えなくなる。僕は急いできびすを返し、サンディの小さな背中を追いかけた。



             *



 即席の転移門ゲートを抜けた先は、こうにおいの残る、薄暗い部屋だった。


 ここは確か、リーゼルタ王立魔法学校の理事長室。サンディが着ている上等な魔法衣ローブを見るに、今は彼女が〝理事長〟を務めているようだ。


「現在、リーゼルタは魔王ヴァルナスとの最終決戦に備え、ネーデルタール東の海上で待機しているの。でも――」


 サンディは言葉を切って小さく首を横に振り、机の上から大型の魔導盤タブレットを持ち上げる。これは以前にリセリアが使っていた物を、彼女が譲り受けたらしい。


「まずは封印都市オルメダの〝遺跡〟に案内するね! 歩きながら話そ?」


「ああ、もちろん。……まぁ、さっきの言葉で大体は察したけれど」


 僕が苦笑いを浮かべると、サンディがと笑みを返す。そして僕も彼女に続き、迷路のようなろうへ出た。



 まさか魔王の正体が、あのヴァルナスだったとは。〝勇者〟の世界では一応の〝救い〟を得た彼ではあるが、この〝農夫〟の世界でははならなかったらしい。それに、彼を真に救済できる者は、を除いて他にはいない。


「もしかして、その最終決戦にはレクシィさんも?」


「ネーデルタール王国騎士団と一緒に居るみたい。この世界では、彼らが魔王との最終決戦における〝決戦部隊〟をになってるから」


 僕が魔王と戦った際には、すでにネーデルタールは滅ぼされてしまっていた。以外によしもないことだが、今回は、そのせつじょくせんというわけだ。


「レクシィさんが表舞台に立ったということは、つまり……」


「うん……。今夜は〝あかつき〟が出る。急がなきゃ、ね?」


 ルゥランの言葉によると、レクシィも世界を救うための、重要な鍵をにぎる人物。その彼女が行動を起こした〝今〟こそが、僕にとっても〝最後の機会〟なのだろう。


             *


 僕らは道を間違えぬようしんちょうに、早足で迷路の中を進んでゆく。そして、ようやく二人の目の前に〝オルメダ〟を封印している自動扉が現れた。


「ふぅ、遠かったぁ。それじゃ、すぐにひらくねっ」


 サンディは魔導盤タブレットを操作し、自動扉のロックを解除する。僕らはそれが開ききる前に内部へと滑り込み、続いてサンディがオルメダに光をともす。


太陽ソル、点灯を」


 まばゆい白に染め上げられた、僕らの〝現実世界〟のざん。それらを振りほどくかのように、二人は一直線に〝はじまりの遺跡〟を目指して走る。


「また、リセリアさんに怒られちゃうな」


「うっ……。あとで〝ゼルディア様〟に謝っとく。――ほらっ、着いたよ!」



 くずれた廃墟ビルの中に、ひっそりと建てられた白い祭壇。

 僕は静かにへと近づき、窪みに右の掌をかざした。


《サイト・オメガ。認証完了。デバッグルームへの進入は許可されません》


 三度目のこえが脳内に流れ、光が太陽晶球ソルスフィアへと昇ってゆく。暗闇の世界でたいようごとく、大地を照らしている光。おそらくはも、世界を救うための〝鍵〟となる。



「ありがとう、サンディ。が居てくれて助かった。一人でやり遂げる覚悟はあったけれど、僕だけじゃ絶対に無理だったよ」


「あはは。でも、マパリタが言ってたでしょ? 『あんたは』って!」


 確かにマパリタは言っていた。しかし、あれがだったとは。ここまで見通していたなんて、さすがは天才――いや、まさしく神童と言ったところか。



「それじゃ、ごりしいけど――。最後の〝はじまりの遺跡〟に行こっ!」


 最後の遺跡のある神樹の里エンブロシアへの転移門ゲートは、魔法学校の中にる。僕はサンディに手を引かれながら、封印都市オルメダをあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る