第76話 正義の英雄アルフレド

 まなむすめファスティアと、二名の父親。

 僕ら三人は彼女を中心に、暗い森を並んで歩く。


 もしも世界がでなければ、家族みんなで食卓でも囲みたいところでもあるのだが。残念ながら、僕らに残された時間は多くはない。


「そういえば、エレナは――お母さんは、どうしてるの?」


「母さんは去年、病気で……。だからわたしも家に戻って、農園で父さんのをすることにしたの」


「おいおい。僕は、まだじゃないだろう。でも、おかげで助かってるよ。きっと母さんが、ファスティアを呼び戻してくれたんだろうな」


 そうか――。

 僕が愛したエレナは、すでにいなくなってしまったのか。


「わたしが盗賊団に入ったあとも、母さんが野菜を送ってくれて。……みんな喜んでたなぁ。団長だけは『ハッ! 盗賊がほどこしを受けられるか!』って言ってたけど」


「母さんは、誰よりもファスティアを愛していたからね。愛される子は、愛する心を持つ子に育つ。だから盗賊になったと聞かされた後も、ずっとおまえを誇りにしていたよ」


 どうやらエレナはアインスの名前が〝イチ〟を意味していることにちなみ、娘にも同様の名付けを行なったらしい。『わたしたちの宝が世界を愛し、世界中の人々からも愛されますように』――そんな願いと、想いを込めて。


             *


 ファスティアとアインスに守られながら、最初の〝はじまりの遺跡〟を目指して進む。僕らは人目を避けるため、足場の悪い森の獣道を通り抜ける必要がある。魔物は断続的におそってくるが、二人の活躍のお陰もあり、あまりきょうには感じない。


 そして、ついに僕らの目の前に、見覚えのあるかくすいの建造物が姿を現した。


「暗いな……。アレフさんたちは居ないのかな?」


「もう〝旅人〟が来ることもないからね。かなり前に、大神殿に戻っていったよ」


 いつもはこうこうとしたあかりがれていた〝はじまりの遺跡〟だったのだが、今は不気味なうすやみに包まれた、白い廃墟と化している。



「それじゃ行くねっ。――わたしは向こうを!」


 まずは遺跡の周囲の魔物を掃討すべく、ファスティアとアインスが群れの中へと突撃する。ファスティアは風の魔法を織り交ぜた、流れるような剣技で次々と敵を斬り払い、アインスは農具をたくみに操りながら、一体ずつ仕留めにかかる戦法だ。


「使い慣れた道具の方が、戦いやすくってね――!」


 アインスはくわによる突きで体勢をくずし、かまで魔物ののどもとを切り裂いてゆく。続いて別の一体の足に鍬を引っ掛け、りょりょくって引き倒す。そして最後は両手で鍬を握りしめ、魔物の首を目掛けて振り下ろした。


「こっちも片づいたよ! 父さんたち、いまのウチに!」


 ファスティアからの合図に従い、僕とアインスも遺跡の中に走る。内部は暗闇に包まれており、僕らは照明魔法ソルクスの灯りを頼りに〝石の祭壇〟の元へと向かう。


             *


「そんな、すっかり荒れ果てて……。遺跡ここには何度も世話になったな」


「時々片付けてはいるんだけど。人が住まないと、ね」


 足元に散らばる瓦礫がれきけながら、もっの並ぶ通路を進む。時おり魔物や〝ならず者〟が入り込んでしまうのか、扉には人為的なきずあとも刻まれている。


 あのさいだんが無事ならば良いのだが、ネーデルタールの祭壇それが〝野ざらし〟だったことを考えると、かなり頑丈に造られてはいるのだろう。



「祭壇って、だよね? 昔から魔水晶クリスタルなんて付いてなかったけど」


 ファスティアの指す方向へと視線をると、うすやみの中でもほのかに魔水晶クリスタルの光が確認できる。どうやらミストリアスで生まれた者には、魔水晶あれが見えていないらしい。


「アインスは? 祭壇のてっぺん魔水晶クリスタルが見えるかい?」


「いや、僕にも〝何もない〟ように見える。僕はこの世界ミストリアスで、アインスとしての生を受けたあとだから――って、ことなのかな」


 僕らは周囲への警戒を強めながら、静かに祭壇へと近づいてゆく。そして僕は祭壇それの前で立ち止まり、ゆっくりと〝くぼみ〟に手をかざした。


 その瞬間、僕のてのひらから光り輝く円盤が出現し、円形の窪みにピタリとまる。そして祭壇からは低い駆動音が鳴り始め、僕の脳内にこえが響いた。


《サイト・アルファ。認証完了。デバッグルームへの進入は許可されません》


 これは残り三つの認証を獲得し、デバッグルームとやらへの〝鍵〟を解除しろということか。――つまり、が僕の最後の目的地。


 そして、このこえが終わった直後、祭壇上部の魔水晶クリスタルからは光が飛び出し、砕けた天井から天空へと飛び出していった。



「わっ、いきなり光った!? よくわからないけど、成功したってことでいいの?」


「うん、多分ね。ありがとう、二人のお陰で助かったよ」


 正直なところ、僕ひとりでは、まで辿たどくこともできなかっただろう。しかし〝うつろ〟と化した僕の姿を、なぜ二人だけは見ることができたのか。


「それは――。だって僕は、でもあるからだろうね」


「だってわたしは、父さんの娘だから」


 アインスとファスティアは口をそろえて言いながら、同じ笑い声をあげる。


「でも、うつろに関わった者は。最終的に〝消えて〟しまうことに……」


「ああ、ミルポルさんから聞いてる。もちろん覚悟の上だよ。だって僕は、ね?」


 僕はアインスでもあり、アインスは僕でもある。それはアバターとしてのくびを逃れた後であっても、変わらず彼のアイデンティティとなっていたようだ。



「わたしも。だって、この世界が大好きだから。それに、父さんにも会えたし!」


 ファスティアは長い黒髪をらしながら、屈託のない笑顔を浮かべている。


「巻き込んでしまって……。本当に申し訳ない。ありがとう、ファスティア」


「もー。いいからっ! ほら、次の場所に行くんでしょ? 一緒に行こっ!」


 彼女は再び僕の腕にしがみ付き、悪戯いたずらのように歯を見せた。



「僕は遺跡ここに残って、祭壇これの見張りをしよう。どうやら、まだ駆動音は鳴り続けているようだ。万全を期した方がいいだろう」


 アインスは祭壇に手を触れながら、僕と娘にうなずいてみせる。


 ここはアインスの提案が正しい。この場の見張りを彼に任せ、僕とファスティアは、次の〝はじまりの遺跡〟のある、ネーデルタールへ向かうことにする。


「どうか気をつけて。この世界のこと、頼んだよ」


「アインス……。ありがとう」


 元は〝ひとつ〟だったのだ。もはや言葉は必要ない。――そして僕らはアインスと別れ、ファスティアの飛翔運搬魔法マフレイトに乗り、南東方面へと飛び立った。



             *



 風の結界に包まれながら、しょうに煙る森や岩山の上を突き進んでゆく。魔物や人目を避けるために針路を細かく変えてはいるものの、どこへ行っても魔物があふれ、武器を手にした勇士たちが、そこかしこで戦闘を繰り広げている。


「魔物がこんなに……。冒険者の皆が頑張ってくれてるけど……」


 ファスティアの話によると、冒険者とは、この世界ミストリアスでの自由をおうする者たちの総称らしい。特定の国家や組織に属さぬ彼らは、このミストリアスの危機に際し、国境をまたいでいちがんとなって戦ってくれているとのことだ。


 僕の隣でくちびるみしめながら、ファスティアは飛翔運搬魔法マフレイトの速度を上げる。彼女も世界を愛する者として、この現状を〝見て見ぬ振り〟はできないのだろう。



 やがて僕らは広大な森を抜け、な高原地帯へと到着した。こちら側は瘴気の影響が薄いのか、空には〝青〟が広がっている。


「まだ日中だったのか……。ありがとうファスティア。ここで充分だよ」


 僕の声に反応し、ファスティアが結界の速度を落とす。


「いいの? だって父さんは戦えないし……」


「大丈夫さ。ここは明るいし、いざとなったらどうにでもしてみせる。それよりも、冒険者かれらの元へ行ってあげて? 君の力が必要としているはずだから」


「あっ……。気づいてたんだ」


 ファスティアは完全に結界を停止させ、飛翔運搬魔法マフレイトを解除して僕を大地の上に降ろす。そして彼女はおもむろに、僕にきついてきた。



「父さん……! わたし、絶対に消えないから……! だから、忘れないで……」


「ああ。愛するファスティアのことは、絶対に忘れない。それに君が世界を愛したように、世界も君を愛している。――忘れたりなんか、するもんか」


 僕はファスティアの涙をぬぐい、彼女の背中を優しくさする。やがて彼女も落ち着いたのか、はかないながらも笑顔を見せた。



「父さん。えてよかった。……愛してる」


「僕もだよ、ファスティア。――それじゃあ、お互いに頑張ろう」


 最後に軽いハイタッチを交わし、僕は娘に別れを告げる。そしてファスティアは飛翔魔法フレイトを発動し、アルティリアの方向へと飛び去ってゆく――。


「最高の記憶おもいでを、ありがとう。……よし、行こう」


 僕はゴワついた労働服のそでで顔を拭い、前方に広がる森へと駆けだした。



             *



 かつて〝アルフレド〟として訪れた頃とは打って変わり、森の中には魔物やぎょうの敵の姿はなく、樹々の枝葉の触れ合う音が響いている。


 この辺りの魔物は討伐されたのか、それとも侵攻の手が回っていないのか。いずれにしても、僕にとってはぎょうこうであると言えるだろう。


「たしか、こっちの方向に。……そう、この道に沿って行けば」


 以前に聞いた道案内を思い出し、僕は〝祭壇〟のある場所へと向かう。確かネーデルタールの〝遺跡〟はすでてており、祭壇あれだけが残っていたはずだ。


 とはいえ、二十数年もの間、魔物に荒らされていないとも考えがたい。僕はいちまつの不安をいだきながら、あぜみちの上を進んでゆく。



 すると僕の不安が的中したのか、前方の茂みから、剣を手にしたハイコボルドが飛び出してきた。あまり強い魔物ではないが、今の僕の手には負えない。


「くっ……!? 見つかった!?」


 あわてて引き返そうとするも、後方からも別の一体が現れる。どうやら魔物の眼には〝うつろ〟は効果がないらしく、真っ直ぐに僕をえながら、突進を開始する――!



「ハッハッハ! 来たぞ! ついに時がやって来たぞ! とうッ!」


 その時。とつじょ、高笑いと共に、全身を真っ赤な衣装で包んだ〝謎の怪人物〟が空から舞い降りてきた。彼は輝く拳でハイコボルドをたおし、続いて投擲槍ジャベリンごとき鋭さをもった飛び蹴りで、別の一体に風穴を穿うがつ。


「間に合ったようだな! もう大丈夫だ! この正義の守護者ジャスティッキーパー・アルフレドがる限り、悪しきものどもの好きにはさせん――ッ!」

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