Gルート:再世神ミストリア

第75話 心優しき農父アインス

 あれからどうなってしまったのだろう。気づけば僕は樹々に囲まれた地面の上で、うつ伏せになって倒れていた。立ち上がって周囲を見回してみるも、辺り一帯は薄暗く、現在地を特定できそうな目印もない。


「これは……。しょうか? じゃあ、ここはガルマニア?」


 しかしガルマニアで見た〝しょうもり〟は、森全体がうごめいているような様子だった。ここは瘴気の濃度こそ高いものの、そういったまがまがしさは感じない。



「そうだ、ディスクは? 僕はどういう状態だ?」


 まずは侵入ダイブの初心にならい、現状をあくしなければ。自分の顔を見る手段は無いが、着ている服は現実世界むこうの労働服のようだ。頭に〝接続器〟や〝差込口コネクタ〟は付いてはいないものの、視界に入る前髪は、普段のボサついた黒髪と変わりない。


「持ち物はか。どうにかディスクを〝頭〟から――うわっ!?」


 僕が自らの両手をながめていると、不意に右のてのひらの上に〝光り輝く円盤〟が出現した。どうやら〝全接続〟と〝うつろかぎ〟の使用には問題なく成功し、無事に〝光の鍵ディスク〟を持ち込むこともできたようだ。



「よし……。ここまでは、すべてが順調だ。……あとは誰にも会わないように、四つの〝はじまりの遺跡〟をめぐらないと」


 ミストリアスのアバターでない以上、いまの僕には、特別な力は何もない。試しに〝飛翔魔法フレイト〟を唱えてみるも、やはり発動させることはできなかった。


 しょうしんしょうめい、我が身ひとつでの冒険か。焦りや不安はあるものの、現在地が何処どこであるのかもわからない以上、しんちょうに進む必要がある。


「まずは街の位置を確かめよう。それで現在地を――」


 方針を決め、僕が歩きはじめたたん。周囲の草むらがはじめ、から鋭利な毒爪を持った魔物〝人狼ワーウルフ〟が飛び出してきた。


「くっ……!? マズイっ……! いまの僕では……」


 ワーウルフは正確に獲物ぼくを狙い、左右の凶器を振り回してくる。僕はかろうじて身をかわし続けるも、これまでのアバターの時とは段違いなほどに動きが鈍い――。



「なんだ? そこに誰か居るのかっ!? むっ、おのれ魔王の手先め!」


 そこへ、戦闘の気配を感じ取ったのか、剣を手にした見知らぬ若者が魔物の前へと飛び入ってきた。彼は魔物の爪を切り飛ばし、続いての首をねる。


 しまった。マパリタの予測では〝うつろ〟に関わった者は、最終的に消滅するとのことだった。――しかし、魔物を倒した若者は、剣を納めて何事もなく去ってゆく。


「どうした!? 逃げ遅れた者が居たのか?」


「いや、魔物が一匹だけだった! 少し様子が変だったが」


「魔王の〝気〟にやられたんだろう! 急げ、アルティリア戦士団と合流するぞ!」


 さきほどの彼には、僕の姿が見えていなかったのだろうか。あわただしい靴音と共に、だいに二人の若者の大声も遠ざかっていった。



 それにしても。この〝最後の世界〟には、どうやら〝魔王〟が現れているらしい。それではあたり一帯の瘴気と薄暗さは、だということか。


「さっき、彼らは〝アルティリア戦士団〟と……。じゃあ、ここはアルティリアか」


 あの戦士団は基本的に、アルティリア領内の自警を行なっている組織だ。僕が魔王リーランドと戦った際にも、彼らは王都やエレナの農園などを守ってくれていた。


「よし……。それなら一直線に森を抜ければ、海か、自由都市ランベルトスか、農園か――。には出られるはずだ。とにかく、立ち止まるのは危険すぎる」


 僕は意を決し、人や魔物の気配に注意しながら、素早く森の中を進むことにする。



 さきほどの若者を追うという案もあるが、まだ〝うつろ〟の詳細がわからない以上、安易に〝人の集まる場所〟へ近づくべきではないだろう。


 もしも本当に〝消える〟のならば、それは僕だけでいい。

 僕は独りでかねばならないのだ。


             *


 どれくらいの距離を進んだのか――。


 周囲の景色はいまだに樹々ばかりであり、上空には濃い〝闇〟が掛かっている。辺りに漂う瘴気の影響もあり、歩くだけでも体力がだいにすり減ってゆくのを感じる。


「そろそろ……、どこかに……。しまッ――!?」


 足元がふらついたひょう、僕は木の根につまづき、大きく前方へと倒れてしまった。


 さらに間の悪いことに、僕の周囲で〝瘴気〟が一点へと集結し、それらのかたまりが〝ワーウルフ〟と〝コボルド〟の姿へと変化する――。



「立って! こっちへ来て、早く――っ!」


 その時、女性の声が響くと共に、僕の目の前にコボルドの頭が落下した。僕は〝声〟に従って身を起こし、そのあるじもとへと走る。


「よかった、間に合った! 行くよ、走って!」


 長い黒髪をらしながら、女性が風の魔法ヴィストでワーウルフの胴を両断する。さらに彼女は片刃の剣を右手に構え、魔物の群れへと突っ込んでゆく。


 まさか、彼女の右手の剣は――。


 いや、そんなことよりも。彼女には僕の姿がはっきりと見えているようだ。女性は左手で〝来い〟のジェスチャをしつつ、森にうごめく魔物を斬り伏せながら突き進む。


 頭が〝長考状態〟に入りそうになるのをどうにかこらえ、僕は息を切らせながら、必死に女性のあとを追う。多くの疑問はあるものの、彼女に頼るしかないようだ。



「父さーん! 見つけたっ! どうにか間に合ったよー!」


 黒髪の女性は大声を上げながら、僕と共に森の中を一直線にひた走る。すると彼女の声に答えるように、落ち着いた男性の声が返ってきた。


「わかった! こっちに人が来る気配は無い。ここで合流しよう!」


 いったい、どういうことなんだ。

 声の男性はではなく、の気配を気にしている?


 それに、どことなく懐かしいような、この聞き覚えのある声は――。



「やあ。間に合ってよかった。まさか、ここでを見るとは思わなかったよ」


 女性と共に辿たどいた場所は、森の中の小さな広場。そこで目の前に現れたのは、右手にくわを、左手にかまを持った中年の男だった。


「まさか……。あなたはアインス、なのか?」


 つぶやくような僕の問いに、中年の男が静かにうなずく。かなり年齢を重ねたようにもみられるが、彼は確かに〝アインス〟本人で間違いないようだ。


             *


「疑問は多々あるだろうけど、この森は魔物のそうくつだ。とりあえず〝はじまりの遺跡〟に向かいがてら、順番に説明していこう」


「え……? ちょ、ちょっと待っ――」


「大丈夫! ちゃんと全部話すから! ねっ、行こっ?」


 疑問の言葉を制するように、女性が僕の左腕に、自身の右腕をからめてくる。


 確か、彼女はアインスのことを『父さん』と呼んでいた。それに彼女の腰に下がった片刃の剣は、まぎれもなく〝天頂刀・銭形丸ゼニスカリバー〟だ。


「うんっ。もちろん、わたしのことも。それじゃ父さん、出発出発ぅー!」


「了解。……その光景は、ちょっと複雑な気分になるけれど」


 アインスはわずかに苦笑いを浮かべ、ものの農具をぶら下げながら、森の中を早足で進んでゆく。彼の様子から察するに、ここは僕が最初にミストリアスへと降り立った世界。つまり、アインスとエレナが結婚した〝農夫〟の世界だったのか。



「もう随分ずいぶんと前になる。自宅うちを、ミルポルって人が訪ねてきてね」


「えっ、ミルポルが?」


 僕がミルポルと会ったのは、二回目の侵入ダイブの時だった。つまり目の前に居るアインスにとっては、それがとの初対面だったというわけだ。


「まだ、わたしが小さい時だったよね。二十年以上も前だっけ?」


「そうそう。あの時には、おまえが盗賊団に入るなんて夢にも思わなかったよ」


 アインスはチラリとを振り返り、優しげに目を細めてみせる。


「もー! いまは完全に足は洗ったから! それに悪い人たちじゃなかったし。わたしに〝風の魔法〟も教えてくれて。……団の名前はヘンテコだったけど」


 二十年以上も前。それでは現在いまのミストリアスは、僕にとっては〝未来〟の世界。つまり、この世界の終わる日が、もうまで近づいている――。



「ミルポルさんから、色々と聞かされてね。別のが世界を救うために必死で頑張ってることや、世界が終わる日のことなんかを。そして未来の――つまり〝今日〟の〝この場所〟に、きみが来ることを教えてくれた」


「それにアレフおじさんも! の活躍を、たくさん話してくれたんだー」


 僕の顔を見つめながら、が嬉しげに声をはずませる。


 アインスの娘ということは、の子供でもあるのだが。未来の世界ということもあり、彼女の背格好は僕と同年代のようにも見える。


「そういえば、君の名は……」


「あっ……! ごめーん……っ! そういえば、まだ言ってなかったね」


 彼女は僕の腕から離れ、小走りで前方へと駆けてゆく。そして、すぐにその場で立ち止まり、改めてを振り返った。


「ファスティアですっ! はじめまして。――父さんっ!」

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