幕間:最後の侵入者

第74話 永遠なる旅立ち

 異世界ミストリアスへの六度にわたる侵入ダイブを終え、ついに僕は〝愛する世界〟を救うための、すべての鍵を手に入れた。あとは僕自身が〝全接続〟を行ない、光の鍵たる〝ミストリアンクエスト〟のディスクを持って、最後の侵入ダイブを行なうのみ。


 全接続によって、無事に〝僕自身〟をミストリアスへと転移させられるのか否かは不安の残るところではあるが、こればかりは自らの身で試してみる以外にない。


「それにしても、頭が痛い……。まずは接続器のスイッチを――」


 すでに本日の掘削義務の時間が迫りつつあるが、今日に限って〝大きな事故〟に出くわさないとも限らない。僕は続けて最後の侵入ダイブを行なうべく、接続器の内側についている、ディスクの挿入口スロットを開いた。



「えっ……! ディスクが無い!? そんな! いま取り外したばかりなのに……!」


 なんと接続器の内部にあるはずの、ミストリアンクエストのディスクが無くなってしまっている。この挿入口スロット脳電組織接続端子エンセフェロンアダプタそばに存在し、僕の頭と繋がっている間は、決して取り出せないはずなのに。


「誰が――違う、だ……。それなら僕は、どうやって……」


 そもそも、最後にディスクを確認したのはだっただろう。たしか〝勇者〟の世界への侵入ダイブを行なった際に、ディスクとスイッチを確認した記憶はあるのだが――。



「最下級労働者、ID:XY01B-AC00D3-TYPE-W10-NIJP000015-0C520A-H。速やかに労働へ向かってください。世界統一政府は、規律ある行動を求めています」


 全自動ベッドから、労働時間を知らせるアラームが流れはじめる。これ以上は考えていても仕方がない。このまま〝ディスクなし〟での侵入ダイブを試すか、通常どおりに出勤し、どうにか今日を生き残るか。


 僕は意を決し、接続器内部のスイッチを〝全接続〟へと切り替える。そしてからのままの挿入口スロットを閉じ、自身の後頭部へと持っていく。



 その時――。いきなり僕の居住室の扉が開き、真っ白な軍服を着込んだ、少年姿の監督官が姿をみせた。そして彼は真っ直ぐに、冷徹な視線を僕へ向ける。


「監督官どの……。申し訳ございません。ただちに出勤いたします」


 まさか、いきなり扉を開けられてしまうとは。徹底管理された現実世界テラスアンティクタスでの暮らしとはいえ、最低限のプライバシーは保証されていたはずなのに。


「ID:XY01B-AC00D3-TYPE-W10-NIJP000015-0C520A-H。出勤は必要ない。政府より、貴様への終了命令が下された。荷物を持って出ろ。廃棄居住区へ移送する」


 監督官は職員専用の大型端末に表示された、世界統一政府からの命令書を僕に見せる。そこには〝終了方法・デコイ〟とのもんごんが記されている。つまりは放棄された区画に僕を放置し、〝〟の侵攻に対する時間稼ぎとして使うのだ。


「光栄に思え。貴様の死は、世界のために活用される。――行くぞ」


 言い終えた監督官は端末を僕のベッドの上へと投げ、その場でくるりときびすを返す。僕はくちびるを噛みしめながら、接続器だけを両手で抱えて部屋から出た。


             *


 死した大地の体内を、監督官に続いて歩く。相変わらず頭痛は酷く、視界には〝黒い線〟のようなノイズや、英数字らしきものまで浮かび上がって見える。


支配者の眼ルーラーズアイズを手に入れた気分はどうだ?」


「えっ? あっ……! しっ、失礼いたしました! 監督官どの」


 前方を行く監督官の言葉が理解できず、僕は不用意にも間抜けな返答をしてしまう。ここは異世界ミストリアスではない。彼に対する失礼は、即時の死すらあり得るのだ。


「理解できんか。ならば〝神の眼〟と言えば伝わるか?」


 本当に理解が追いつかない。なぜ監督官の口から〝神の眼〟という言葉が出てくるのだろう。それに彼の口ぶりからは、あたかも僕がそれを持っているとも受け取れる。


「なぜそれを……。その、ご存知なのですか?」


「質問をしているのは私だ。――まあいい。最後に教えてやろう。すでに貴様のからだ生身トルソも含め、すべてがナノマシンと化している。脳電組織エンセフェロンまでも、な」


 僕ら〝人間〟の肉体において、部分は〝トルソ〟と呼ばれる胸と頭の部分のみ。それ以外はナノマシン群によって構成されており、トルソの部分が損傷寿命を迎えない限り、半永久的な修復や再生が可能となっている。


「貴様を検体として提出すれば、愚かな上官どもは大いに喜ぶであろう。しかし私は忠実なる政府職員エージェントだ。政府からの命令には絶対に逆らわん。ククッ……」


 後ろ手に両手を組みながら、前をゆく監督官が砂の上にぐんの跡をつけてゆく。わずかに肩を震わせているところを見るに、彼は含み笑いをしているようだ。



「どうやら気づいていなかったようだな。それに貴様のものならば、すでに脳電組織エンセフェロンの中にるだろう。文字通り、粒子と化したがな」


「まさか……! あのディスクが!?」


 僕の言葉には反応せず、監督官は両腕を広げて高らかに笑いはじめる。彼の表情は見えないが、声には狂気と歓喜の感情が込められているのがわかる。


「ハッハッハ! 待望の〝メシア〟が、まさか〝最下級クズ〟の中から誕生するとはな! ファック! じつに痛快! 非常に〝いい気味〟ではないか――ッ!」


 彼は何を言っている?

 最下級ぼくらの前では決して見せないような感情的な姿に、僕は困惑を隠しきれない。



「フッ、もはや貴様には関係のないことだ。これから去りゆく貴様にはな。――どういう仕掛けだかは知らんが、貴様のからだは完全なる〝ナノマシン群体〟となった」


「それが……。いったい……」


わからんか? 進化だ――。貴様こそが新たなる人類。まさしく救世主メシアだよ」


 監督官の言葉を要約するに、どうやら僕の肉体は〝すべてがナノマシン〟と化してしまったらしく、その状態の僕こそが、彼の言う〝新人類メシア〟という存在らしい。


 それでは、これまでの頭痛や不調は、変性のきざしだったということか。しかし僕に思い当たる出来事といえば、異世界ミストリアスへの侵入ダイブを繰り返したくらいなもの。


 いずれにしても、監督官の言うとおり、もはや僕には関係ない。それに、本当に〝ディスク〟が僕の脳内にあるならば、最後の侵入ダイブを実行できる可能性もある。


             *


 その後はもくして廃トンネルの内部を進み、ようやく僕らは廃棄居住区へと辿たどいた。周囲にはひび割れた扉や壊れた隔壁がずらりと並び、白く無機質なライトだけが、これらの〝墓場〟を照らしている。


 壁や天井には大小様々な円形の穴が穿いており、ここが〝根〟によって襲撃され、滅ぼされたことがうかがえる。天井に並んだライトは獲物をおびき寄せるための仕掛け、そして餌は〝僕自身〟となるのだろう。



「馬鹿め。さっそく釣られたか」


 監督官は足を止め、いまいましげに周囲を見回す。


 すると周囲の〝穴〟から、茶色い触手のような〝根〟の群れが伸びてきた。意思を持った根は数本が寄り集まり、あたかも槍の束のごとく、監督官へとおそかる。


「草ふぜいが。人類をあなどるなよ――!」


 監督官は根に向かって右手をかざし、なにやら不明な暗号コードを唱える。直後、手から放たれた光の波動に押し戻され、根がきしむような悲鳴をげる。


 やがて〝根〟は黒煙を噴き出しながらしなて、その場で灰となってちてゆく。監督官は軍服についたほこりを神経質そうにはらとし、軽く左右に頭を振った。



「あの〝根〟を一瞬で……。お見事です、監督官どの」


「当然だ。私は貴様ら最下級クズとは違う。いや――」


 そこで彼は言葉を切り、ゆっくりとこちらを振り返る。


「たしか貴様は単独で、植物やつらと渡り合っていたな。うさやま ろうよ」


 振り返った監督官の両眼からは、真っ赤な液体が流れ出している。見たところ、さきほどの〝根〟との戦いで、彼が負傷した様子は確認できなかったのだが。


「フン。欠陥品というやつだ。すでに集合的情報網ネットワークからは除外され、遺伝人格集積所ライブラリからも抹消された。そして明日からは、晴れて〝最下級クズ〟の仲間入りというわけだ」


 監督官は廊下に並ぶ部屋の一室へと進み、僕に室内へ入るよううながす。


「だが、本日いまは誇り高き政府の職員だ。貴様への終了命令には従わせてもらう」


 部屋に入った僕の尻を、監督官が蹴り飛ばす。僕は前方へと、埃の積もったベッドに頭から突っ込んだ。



「ここで貴様の命は間違いなく終わる。――そうだな? うさやま ろう


 もはや疑う余地はない。この監督官は、僕を手助けをしようとしてくれている。彼はライトの白光を背負いながら、軍服から〝なにか〟を取り出した。


「誰が貴様に、物資を届けていたと思っている? さあ、DISKディスクツーをくれてやる。最後の接続には、を使え」


 投げ渡されたケースをつかり、僕は即座に中身を取り出す。そしてスイッチが〝全接続〟へ切り替わっていることを確認し、新たなディスクをそうてんする。


 その時、監督官のいる廊下の方から、敵の襲来を知らせるごうおんが響きはじめた。



け。うさやま ろうを救ってこい」


「監督官どの。……ありがとうございます……」


 まさにたんで現れた、最後の協力者。

 僕は急いで接続器を装着し、埃まみれのベッドであおけになる。


全接続オールコネクト。――侵入ダイブ、転生開始」


 起動の暗号コードを唱えた直後、僕の視界が真っ白な霧に包まれる。続いて、あたかも全身が変形し、足の先から頭の中へと押し込まれるような、強烈な不快感が迫る。


 そして僕の意識は白き海の中へと沈み、見慣れた空間へといざなわれていった――。



             *



「ようこそ、ミストリアンクエストの世界へ」


 聞き慣れたミストリアの無機質な声。ここでの行動は〝財団〟によって監視されていると思って間違いない。不用意な会話は避けた方がいいだろう。


 まずはミストリアスへの侵入手続きを進め、〝名前登録〟の手順まで辿たどく。すべてを成功させるためには、まずは〝最初の賭け〟に勝つ必要がある。


「それでは、あなたの情報を登録いたします。八文字以内で名前を決めてください」


 ついに〝うつろかぎ〟を使う時がやってきた。ミルポルとマパリタの協力によって得た答えは『アススタミナナル』という、意味のない文字列。


 それを僕が口にしたたん――。

 不意に周囲の〝白〟が、一面の〝黒〟へと変化した。



 これまでには経験したことのないような、まるで〝無の空間〟へと落ちてゆく感覚。下方向への加速度と共に、全身を引きちぎられるような痛みが襲ってくる。


「僕は……。ろう……! 僕は、うさやま ろうだっ……!」


 これがマパリタの言っていた〝うつろ〟の存在となりゆく道程か。僕は必死に自己の存在を繋ぎ留めるかのように、自身の名前を連呼し続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る