第73話 ノーマルエンドは光と共に

 リーゼルタ魔法学校の理事長・ドルチェと、かつて〝勇者〟の世界でも出会ったリセリア。彼女らと共に、僕は〝封印都市オルメダ〟なる遺跡へおもむくこととなった。


 その入口は〝理事長室〟への道順よりもさらに複雑極まりない迷路を進んだ先にるという。僕は二人から遅れぬように気をつけながら、魔法学校のろうを進む。


「あの、そのオルメダって場所は、この学校にあるんですか?」


「厳密には〝リーゼルタ〟の内部にあります。それよりも前を見て歩いてください。ここで迷ってしまえば、永遠に彷徨さまようことになりますよ」


 リセリアからのおどしを受け、いやおうなしに僕の背筋が伸びる。しかし、僕が探している〝はじまりの遺跡〟と〝オルメダ〟に、何の関係があるのだろうか。



現在いまから千年以上も昔のことです。ミストリアスには〝古代人エインシャント〟なる、人知を越えた力を操る者らが存在し、世界を荒らし回っていました」


「ええ……。でも、たしか新たな神となったミストリア――様が、しん殿でんたちを率い、彼らをちくしたんですよね?」


 てんせいしゃとも呼ばれる古代人かれらは〝権能チート〟と呼ばれる超常的な力を振るい、この世界を好き放題にじゅうりんしていた。リセリアの話の腰を折ってしまう形にはなるが、その出来事ならば、おそらくは僕が最も存じている。


「そうです。では、説明は不要ですね」


「もうっ、イジワルねんー。これから向かうオルメダは、その古代人エインシャントたちが創った唯一の街よん。もちろん、いまは見る影もなくちちゃってるけど」


 つまり、オルメダは異世界からのてんせいしゃの街の。そんなものが、このリーゼルタの中で眠っているということか。


貴女あなたの言う〝はじまりの遺跡〟の特徴にがっするものには、見当がついております。おそらくのことでしょう。――さて、お待たせしましたね」


 ようやく辿たどいた鋼鉄製の大扉の前で、不意にリセリアが立ち止まる。見れば扉の前に、すでに二名の〝助手〟が待機していた。



「おっすー!」


「あー。ねみぃし遠いし。こっちは徹夜なんですけど」


 どうやらリセリアの言う助手とは、ミルポルとマパリタのことだったらしい。


「マパリタ。貴女あなたに来るようには言いましたが、そちらの者は――」


「まーまー! ほら、ぼくは助手の助手ってことで!」


 前言撤回。やはりミルポルは、勝手について来たのようだ。しかし、ここから一人で帰らせるわけにもいかず、リセリアは渋々ながらにの同行の許可をする。



「まったく。それでは開きますよ。――ここからが本番です」


 リセリアは手にした大型の魔導盤タブレットを操作し、扉のロックを解除する。すると、間もなく扉が電子的な音と共に、ゆっくりと左右に開いてゆく。


「素早く入ってください。すぐに閉じてしまいますので」


 扉の中には広大な闇の空間が広がっており、一歩先すらも確認できない。しかしリセリアは魔導盤タブレットを抱えたまま、ちゅうちょなく闇の中へと入ってゆく。


             *


 リセリアのあとに続き、僕ら四人も暗闇の空間へと入る。そして最後尾のマパリタが入ったたん、彼女の背後で扉が閉まりはじめた。


「わわっ。あかり灯り……」


 僕は先日の授業で作った〝しろうさぎ短杖ワンド〟を取り出し、先端部に照明魔法ソルクスの光をともす。しかし周囲の圧倒的な闇には及ばず、他の四人の顔しか照らせない。


「そんなものは役に立ちません。これから点灯します。目をつぶしたくなければ、くれぐれも〝上〟を見ないよう」


 リセリアは言いながら、淡く光る魔導盤タブレットの盤面を操作する。


太陽ソル、点灯を」


 そう彼女が口にした直後、僕らの頭上で凄まじいばかりの〝光〟が弾けた。


 僕はまぶしさから思わず目をじるも、だいに人工のたいようこうのような、この白い光にも慣れてくる――。



「えっ……? ここは……。まさか……」


 目の前に広がっていた光景は、ひび割れたアスファルトの道路と、くずれかけたビルの群れ。それらはすでに〝色〟すら失くし、この停滞した時の中で不気味な芸術作品のごとく、地中の低い空へ向かってそびっている。


「おや。やはり異世界の者にとっては、この光景に見覚えがあるのですか?」


「いえ……。わたしは頭の中の〝記録〟でしか知りません。でも……。なんだか、とても懐かしいような……。悲しいような……。うまく表現できないんですけど……」


 この感情は、なんだろう。まるでとても親しい人の、むくろを見てしまったかような。もしも〝僕の世界の墓〟があるならば、このような感じなのだろうか。


             *


「このオルメダは、ご覧のとおり〝神の裁き〟によって滅ぼされ――。現在では太古の歴史や異世界からの技術を研究するための、貴重な史料庫となっております」


「ええ。そして、ここはリーゼルタのちゅうすうでもあるのよん。この魔法王国全体が浮いていられるのも、あのっきな太陽晶球ソルスフィアのおかげ」


 ドルチェは左手で目をかばいながら、右手で頭上の〝光〟を指してみせる。


「あれって、教室にあった〝大水晶球ヴィジョンスフィア〟の……」


「正解です。あれは太陽晶球ソルスフィアを研究し、ディクサイスの魔導技術を加えてわたくしたちが開発したもの。いわば粗末なほうひんに過ぎません」


 リセリアの話によると、このオルメダから発見された遺物を元に、学校ここで使われている魔導盤タブレットや昇降機などが開発されたとのこと。そして彼女のかかえている大型の魔導盤ものだけが、ここで見つかった唯一の原型オリジナルらしい。



「いまのわたくしたちの知識と技術では、と同じものを創ることは不可能です。しかし貴女あなたが開発したという、精霊魔法を応用すれば――」


「うっ……。がっ、頑張ります。それで、肝心の〝はじまりの遺跡〟はどこに?」


 僕の目的は一刻も早く〝最後の遺跡〟を発見し、元の世界へと戻ることだ。リセリアによる魔法技術に関するうんちくが続く前に、僕はすかさず話題を変える。


「ああ、そうでしたね。こちらへ」


 リセリアはズリ落ちかけていた眼鏡を正し、観光案内をするかのように四人を案内しはじめる。そして僕らがかわききったアスファルトを踏みしめながら、ようやく辿り着いた先は、もはや原型も留めていない崩れたビルの内部だった。



 無機質な立方体の内部には、記録の中にある〝電化製品〟に類似したざんがいが、いくつも打ち棄てられている。これらの遺物を踏まないようにとうないを進んでゆくと、どこか宗教的な施設を思わせるしょうのついた、天井のない部屋へと到着した。


「あっ、間違いない! これだっ……!」


 目の前にあったのは、これまでの冒険で見かけた石の台座と魔水晶クリスタル。僕は脇目もふらずにへと駆けだし、すぐさま状態を確かめる。


「よかった、ちゃんと〝くぼみ〟もある……!」


「当然です。わたくしが厳重に管理しているのです。――いいですね? くれぐれも、二度と、遺跡の内部で、勝手に走りだすことのないように」


 リセリアからの厳重注意を受け、僕は彼女に頭を下げる。これでようやくすべての〝鍵〟と〝鍵穴〟がそろい、あとは世界を救うのみとなった。



「よかったねー! サンディ! じゃあ、これできみともお別れかな?」


「うん……。ありがとう、ミルポル。マパリタ。――そして、理事長にリセリアさん。連れてきてくれてありがとうございました」


 まさかリーゼルタの〝はじまりの遺跡〟が、リーゼルタの内部・オルメダに存在していたとは。もしも当初の計画どおり、学校を抜け出してリーゼルタの街へと飛び出していれば、この場所を見つけることは完全に不可能だっただろう。


「まぁ、私の〝実験〟のためでもあるからね」


 マパリタは左手で自身の髪をかき上げながら、僕に右手を差し出してくる。すると僕が手を握った瞬間、頭の中に彼女の声が流れはじめた。



《サンディ。いちど消えてしまったものを元通りに復活させんのは、はっきり言って不可能だ。だからね、再び世界を創りなおすんだ。あんた自身の手で》


《再び世界を……。わたしが、創りなおす……》


 僕の手を握るマパリタの目が、真っ直ぐに僕を見つめている。


《私にも〝大好きな世界〟があった。だからあんたを、最後まで応援させてもらう》


 マパリタの冷たく悲しい色をたたえた瞳の中に、かすかに熱い光を感じる。彼女も自身の世界や愛する異世界を失いながらも、こうして行動を続けているのだ。


《あの〝うつろかぎ〟を使えば、あんた自身も〝うつろ〟の存在になっちまうだろう。――そして〝虚〟と関わった奴の情報も異常を起こし、あとかたもなく消されちまう》


 つまり、最後の侵入ダイブでは、誰の力も借りられない。僕だけの力でミストリアスの〝さいせい〟をやりげなければならないということか。


《それでも忘れるんじゃないよ。あんたは決して、ってことを》


 どうやらマパリタは徹夜で思考や考察を重ね、さらに計画を練りあげてくれたらしい。この使い古された応援さえも、彼女から言われると不思議と勇気がいてくる。


 マパリタとの無言の作戦会議ブリーフィングを終え、僕らは軽いほうようを交わす。


「ああー! いいなぁー! それじゃ、ぼくとも最後にキスしとく?」


「ちょ……! そういうのはいいからっ! でもミルポル、本当にありがとうね」


「へへー! まっ、ぼくはしばらく学校ここに居るし、それに〝サンディ〟もでしょ?」


 たしかに、元の世界へ戻るのは〝僕〟だけだ。――するとミルポルの言葉を聞き終えたたん、僕の意識が軽い浮遊感に包まれはじめた。



「あっ……。そろそろはお別れみたいです。皆さん、お世話になりました」


「もう行っちゃうのねんー。それじゃこの娘サンディには、バリバリ働いてもらうわよん」


「ふむ。全身を発光させながら昇天する様子でも見せていただけるのかと思いましたが。あとでどのような変化が起きたのか、事情聴取インタビューを行なわせていただきます」


 初日の失敗は取り返したとはいえ、まだまだサンディにとっては、苦難の日々が続いてしまうようだ。やがて僕の意識は完全な分離状態となり、ゆっくりと天上の光の中へと吸い込まれるように上昇し続ける。



「わたしなら大丈夫だからっ! あとのことは任せてね?――ろう!」


 僕の眼下でサンディの長い金髪がれ、青い瞳が笑いかけてくる。どうやら彼女の心配は無用らしい。あとは他ならぬ僕自身が、成すべきことをげるのみ。


 僕は頼もしい四人の仲間に見送られながら、光の中へとかえっていった。




 魔法使いルート:探求/解き明かす者 【終わり】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る