第72話 最後の仕上げ

 マパリタから語られた作戦。それは途方もなく異質で、とっぴょうもないものだった。しかしどれだけ実現が困難であろうとも、僕はやり抜かなければならない。


 現実世界テラスアンティクタスでの絶望が、異世界ミストリアスでの希望となる。

 ただ一つだけ違うのは、僕は望んでを行なうということだ。



「サンディ! 聞いているのですか? 返事をなさい!」


「あ゙ー、あ゙ぃっ。ずびばぜん……!」


 魔法学校で迎える三日目――。僕は本日の〝特別授業〟を受けるため、僕が初日に火災を起こした〝屋外演習場〟を訪れていた。


 今日はミルポルはらず、この場の問題児は僕一人だけのようだ。


「なんですか? まさか体調不良ですか? それでも失敗は認めませんからね」


「あ゙っ、あ゙ーッ。――はいっ、大丈夫です!」


 マパリタからの作戦を聞いたあと、僕は念のため〝うつろのかぎ〟についても確認すべく、ミルポルたちに〝実験〟へ協力してもらったのだ。


 おそらく〝鍵〟の正体は、あの違和感のあった言葉。それは僕の意識がアバターから離れようとした時にのみ、一部が〝欠けている〟かのように聞こえていた言葉。


 エレナ、ドレッド、そしてレクシィ。僕の記憶に刻まれている、三人の台詞せりふを思い出し、まずはを抜き出した。ミストリアからの〝せんたく〟では〝鍵は八つ〟だと知らされていた。しかし記憶に残った〝鍵〟の数は、それ以上もあったためだ。



『んじゃ、私があんたをから。クソ野郎がテキトーにって』


『おっけー! えーっと、アインス! ヴァルナス! ミストリ――』


『まっ、待って待って! まずは安全確認を……って、ぐぇっ!?』


 マパリタの魔法で首を締めつけられながら、ミルポルの並べる単語に意識を集中させる。こうしてからだを張った実験を繰り返し、ようやく〝答え〟を手に入れたのだ。



『ゔぇぇ……。どどいだぃ……』


『おつかれさまー! でもわかってよかったじゃん! これで万全だねー』


 得られた答えは〝欠けた言葉〟を〝五十音順〟に並べ替え、最初の八音だけをすくげたもの。偶然にもエレナが市場で使っていた、あの〝合言葉〟と同様だった。


『偶然でもないかもね。〝誰か〟がを誘導してる。私には感じるよ』


 それは、おそらくミストリア。それともこの世界ミストリアスの存在すべてが――、滅びゆくたちの運命が、この僕を導いてくれたのだろう。


 しかし、たとえけが〝誰か〟の意志であったとしても、いまはまぎれもなく〝僕〟の意志と決断によって、現在の行動を起こしている。


             *


「それでは実技を始めます。魔力素マナで火球を発生させ、あのマトへ命中させなさい」


 本日の特別授業の内容は、僕が初日に失敗した〝マトて〟か。今度こそ失敗は許されない。僕は両腕を静かに広げ、ゆっくりと呪文を唱えはじめた。


「な……!? 待ちなさいサンディ! 呪文は――!」


「フォルス――っ!」


 炎の魔法・フォルスが発動し、僕の周囲に複数の小さな火球が出現する。


 火球それらは舞い踊るかのように宙で回転を続けたあと、前方に並ぶ〝的〟へ向けて、一直線に駆け抜けてゆく――。そして命中した火球は炎を巻き起こすこともなく、わずかなあとだけをのこし、れいから消滅した。


「ごめんなさい、魔法を使っちゃいました。でも、この方が良いかなって」


「あっ……、貴女あなたは……。いつの間に、それほどの技能を身に着けたのです?」


「先生の授業のおかげ?――だと思います。ほら、『魔力素マナは最愛のパートナー』っておっしゃってたので。だから、ちゃんと〝お願い〟すれば大丈夫かなって……」


 この世界の魔法は呪文で魔力素マナに指令を与え、特定の現象を引き起こすというものだ。もしも魔力素マナが僕らの意思を理解できるのなら、が意志を持った存在であるのならば――。さきほどの魔法は、そう思い至ったがゆえの行動だった。



「いまのは魔術? いえ、それとも少し違う。いったいどういう原理なのですっ!?」


「ぅわっ!? なんていうか、神さま? たましい? のをイメージして」


 僕の世界ではとっくに〝神〟や信仰は消滅してしまったが、それでも概念だけは記録として刻まれている。それに、このミストリアスには、神や人知を越えた存在が実在する。魔力素マナに意志があったとしても、何ら不思議なことではない。


「せっ、せいれい! そう、精霊です先生! さっきのは〝精霊魔法〟ですっ!」


「精霊……。なるほど、ありえないではないですね。お見事です、サンディ」


 教師は満足そうにうなずきながら、両手をななめにパチパチと叩き合わせる。これはある意味〝け〟ではあったが、こうそうすることができたようだ。


魔力素マナと――いえ、精霊と対話を行なう。これは魔法界の、大きな革命が起きるかもしれませんね。サンディ、貴女あなたは学校に残り、このまま研究を続けてください」


「ええっ!? ちょ……、それは困ります! わたしはどうしても、学校から出なきゃいけないんです……! この世界を、ミストリアスを救うために!」


 実績を挙げた今ならば、この教師にも、僕の話を聞いてもらえるかもしれない。それにせっかくの好成績が、真逆に作用してしまっては意味がない。


 僕は全身で〝こと〟の重大さを表現しつつ、いっしんらんに彼女に事情を説明した。



貴女あなたは……。そうですか、これまでの行動がちました。それならば、これから理事長の元へお行きなさい。すでに時間はちょうだいしています」


 そういえば、僕は理事長の元へ謝罪に行くことになっていた。目的は少し増えてしまったが、この機会を生かしてたんがんなりじきなり、可能な行動を試してみよう。


わたくしいちぞんでは、貴女あなたの卒業を認めるわけにはまいりませんからね」


「ありがとうございます、先生!」


 僕は教師に深々と頭を下げ、魔導盤タブレットに示された〝理事長室〟へと歩きだした。



             *


 魔導盤タブレットに表示された地図マップに従い、入り組んだろうを正しい順番で進む。どうやら理事長室へ辿たどくには、この迷路のような仕掛けを突破する必要があるらしい。


 もしかすると、前にリセリアから〝目隠し〟をされて歩かされたのも、魔法学校には〝こうした仕掛け〟が散りばめられていたせいだったとも考えられる。



「ふぅ……。やっと着いた。……よしっ!」


 な装飾のほどこされた扉の前で、僕は息を整える。なぜか扉には〝営業時間〟の記された木板プレートが掛かっており、理事長の名前と、『在室中』の表示がされている。


 どうやら魔法学校の理事長は、ドルチェという名の人物らしい。扉をノックし、自身の名前を伝えると、やがて扉の向こう側から、女性の声が返ってきた。


「はぁい、開いてるわよん。どうぞ入ってねんー」


 この声は――。どこかで聞き覚えのあるこわいろに、僕ののうに一人の人物が浮かぶ。そして僕は言われたとおりに、理事長室の中に入る。



「失礼します。あっ……。やっぱり、あなたはゼルディアさん?」


 こうかれた薄暗い室内。その中央にある重厚な机に着いていた人物は、やはり僕の思ったとおり、リーゼルタ女王の〝ゼルディア〟だった。


 しかし僕の言葉を聞いたたん、なぜか彼女はおおな動作と共に、「キャハハ!」と大笑いをはじめてしまった。


「それって〝一発ギャグ〟ってやつぅ? アタシが女王様は、無理があるわよんー」


「えっ!?……あっ、そっか。――しっ、失礼しましたぁっ!」


 そういえばゼルディアという名は、代々の女王が名乗る〝称号〟のような扱いだったはず。つまりは〝ドルチェ〟が、あの時の女王の本名だったということか。


「いいのよんー。悪い気はしないしねん。――サンディだったかしら? マグガレダ先生から聞いてたとおり、面白い子みたいねん」


 おそらくは、さきほどの教師のことだろう。僕はドルチェに頭を下げ、初日に起こした事故の謝罪と、魔法学校へ来た目的を説明した。



「ええ、マグガレダ先生からも大体の事情は聞いてるわん。……って言っても、ついさっき長文のメッセージが送られてきたばっかりなんだけどんー」


 ドルチェは魔導盤タブレットの画面を僕に向けながら、おどけた表情をしてみせる。どうやら例の〝精霊魔法〟のことが、早くも彼女にも伝わっているようだ。


 さらにメッセージには僕が転世者エインシャントであることや、神から世界を救う〝使命〟を与えられた、選ばれた人物であることなども記されていたらしい。


 やや大袈裟ではあるものの――。ミストリアから『この世界を救ってほしいと』せんたくを受けたことは間違いない。僕はの言葉を肯定し、改めてドルチェに僕の〝卒業〟を嘆願した。



「うぅーん。もはや貴女あなたを手放しちゃうことは、学校ウチにとって大きな損失になっちゃうのよねん。アタシも研究者として、いずれは博士ドクタになってほしいんだけど」


 ドルチェは指を触手のように動かしながら、視線を天井へと向ける。


「そうだ。その〝遺跡〟さえ確認できればイイのよねん? 転世者あなたたちの仕組みはよくわからないけど、ようするに〝魂〟みたいなモノが元の世界に戻ったら、〝いまの貴女あなた〟は学校ここに残っても大丈夫ダイジョブなんでしょ?」


「へっ? はいっ、たぶん……。いえ、絶対に大丈夫です! 頑張りますっ!」


 中身ぼくが現実世界へ戻ったあと、遺されたサンディがどういう行動をとるのかまではわからない。しかし背に腹は代えられない。僕は両の拳を握り、力いっぱいに肯定する。


「あはっ、イイわよん。悪いようにはしないから。それじゃ交渉成立ねんー」


 ドルチェは独特な鼻歌を口ずさみながら、魔導盤タブレットを操作しはじめる。すると少しの間も置かず、僕の背後の入口扉がノックされた。



「相変わらず早いわねんー。さあ入って? アタシたちって特別な仲でしょ?」


「そのような心当たりはすじほどもいませんが。――失礼いたします」


 新たに理事長室へとやって来たのは、なんと以前に〝勇者〟の世界で会った、あのリセリアだった。魔法衣ローブ眼鏡めがね姿すがたの彼女は、大きな魔導盤タブレットを百科事典のようにかかえ、相変わらずの無表情で、直立不動の姿勢をとっている。


「それで。わたくしの研究を中断させてまでの緊急の御用件とは? 理事長」


「もうっ、つれないわねん……。リセリア、ちょっとお願いがあるんだけど、このサンディを、貴女あなたの〝遊び場〟に連れていってもらえないかしら?」


「正しくは〝封印都市オルメダ〟です、理事長。あの地へ立ち入らせるということは、この者はの資質を有していると?」


 リセリアは僕をいちべつし、すぐに視線をドルチェに戻す。するとドルチェは満面の笑みを浮かべながら、自信たっぷりにうなずいた。


「ええ、もちろんよん。これは魔法界全体の――いえ、世界全体の、大きな変革となるかもしれないわん。うふふっ、アタシたちは〝歴史の目撃者〟になるってワケ」


 ドルチェは無表情のままのリセリアに対し、身振り手振りを交えながら、サンディの功績との目的を説明しはじめる。そして、話を聞き終えたリセリアは大きな眼鏡を指で押し上げ、小さなためいきをついてみせた。


「わかりました。そこまでの自信がおありなら。ちょうど助手の研修もひかえているところです。彼女のということならば、同行を許可しましょう」

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