第71話 逆転の発想

 本日の授業を終えた僕は、ミルポルとの友人〝マパリタ〟が暮らす部屋へと向かい、そこで彼女にこの世界ミストリアスへの想いを話した。


 どうやら〝アインス〟を探していたのはマパリタらしく、ミルポルから僕に関する話を聞いたことで、一度〝見てみたくなった〟のだそうだ。


「はーい、ピザいっちょお待ちぃー! やっぱこういう時は、ピザだよねー!」


 ソファに腰かけた僕らの前に、ミルポルが皿に載った円形のピザを置く。


 の言う〝こういう時〟が〝どういう時〟なのかは不明だが、カイゼルやドレッドといった戦友たちも、決戦の前には決まってピザを食べていた。これには異世界すらもまたぐような、強大な概念伝播ミームでも存在しているのだろうか。


「邪魔。そこ置くな。――サンディ、はじっこに退けてくんない?」


 マパリタはよくようのない声で、僕にピザを移動させるように言う。彼女は先ほどからテーブルの上に広げた茶色い紙の上に、熱心に暗号コード図画グリフを描いている。


「あっ、うん。マパリタは食べないの?」


「時間の無駄。あとで分解して、必要な元素だけ摂取する」


 相変わらず視線を紙に向けたまま、マパリタが淡々と言い放つ。彼女の言うような食事法は、まるで僕の世界の〝管理糧食レーション〟と同じなのではないだろうか。


 今朝から何も食べていないということもあり、僕はテーブルの隅に置いた皿から一切れのピザをまみげる。ミルポルいわく、こうしたこうひんたぐいは、授業の際に加算される〝点数ポイント〟を使って交換することができるのだとか。



「ミルポルって成績も良いんだね。いただきます」


「むぐっ? ピザそれっ? もちろんマパリタを使ったに決まってるじゃん!」


 マパリタは〝神童〟と呼ばれていたということもあり、この魔法学校でもかなりの好成績を残しているとのこと。もしかすると、次期〝リーゼルタ女王〟に選ばれる可能性すらもあり得るほどの快挙とまで言われているらしい。


「はぁ。やっかい世界とこに来ちまった。女王なんて、まっぴらゴメンなんだけど」


 たしか以前に会った〝女王ゼルディア〟も、似たようなことを言っていた。やはり彼女らのような研究者にとって、せいしゃの地位はかせにしかならないようだ。



「そういえば、ミルポルたちって何処どこに居るの? 見た感じ、二人の姿はミストリアスのアバターのようだけど」


「それね。これから話す。――よし、完成」


 マパリタは右手に握った大型のペンを置き、上半身をほぐすような動作をする。


「アウラが無いから苦労した。わざわざかなきゃなんないし」


「――デキス・アウルラの魔力素マナみたいなやつね! には、そこらじゅうにったんだけどなぁー」


 僕がいだいたばかりの疑問を、ミルポルが即座に解消する。一見するとタイプの異なるとマパリタだが、確かに相性は良いようだ。


             *


「さて。それじゃ、そろそろ作戦会議といきますか。――ほら、手を出して。私とミルポルこいつと、輪になるように」


 マパリタはわずかに口元を上げながら、こちらに向かって右手を差し出す。同時にミルポルも彼女と右手を繋ぎ、僕に左手を伸ばしている。


 僕は急いで制服ローブすそで両手をぬぐい、それぞれの手を握りしめた。


 その瞬間――。周囲の視界が真っ暗に染まり、二人の姿しか見えなくなった。僕が驚く暇もないままに、続いて闇の中に、無数の小さな光が浮かび上がる。


「わっ……!? これって、まさか〝大いなる闇〟と世界たち……?」


 この映像は、アルフレドのアバターで確かに目にした光景だ。すると僕の質問に答えるように、ミルポルの声がに響いた。


《そうそう! よく知ってるね! あっ、ここでは〝口〟を使うんじゃなくて、こうやって〝手〟に集中して〝頭〟でねんじてみて!》


 いまの僕らがどういう状態なのかはわからないが、とりあえずはミルポルの言葉に従って、手と頭に意識を集中させてみる。


《えっと……。こんな感じ?》


《ああ。上出来だよ。これなら財団の連中にも感づかれない》


 どうやら、マパリタたちも〝神の眼〟の存在に気づき、かいそうせいかんざいだんからの監視を警戒していたようだ。そもそも彼女たちの世界は、すでに連中によって〝終了〟させられている。いわば世界を跨いだ逃亡者というわけだ。



《まず、私らの居場所だけど――。だよ》


 マパリタが言い終えた瞬間、周囲の景色が高速で移動を開始する。厳密には僕らが動いているのかもしれないが、三人は〝空間に座ったまま〟の状態を維持しており、加速度のようなものは感じない。


《ワルダメトリア――。簡単に言えば、機械だらけの世界って感じだ》


 僕らのに現れたのは、巨大な金属の球体だった。その所々には銀色で無機質な建造物が生えており、赤や緑といった、色とりどりの光を放っている。


《これ、機械だらけってよりも、機械なんじゃ?》


《正解。私らはデキス・アウルラが消される直前、この世界に自分らの情報データだけを転送した。私だけの、とっておきの魔法を使ってね》


 つまり、いまのミルポルたちは〝情報データのみ〟の存在となっている――。すでに肉体は失われてしまったということか。


は悪いけど、けっこう快適なところだよ! きみも来てみるー?》


《ううん。えんりょしとく。似たようなものが、わたしの現実世界にもあるし……》


 仮想空間への移住計画は、世界統一政府からの通達でも度々取り沙汰されている。しかし、建設的な議論が進んではいないのか、計画は遅々として進んでいない。



《真世界テラスアンティクタスだっけ。せっかくだから見せてあげるよ》


 マパリタは目をじながら、繋いだ右手に力を込める。


 独自の〝宇宙〟を有する〝真世界〟ということもあってか、かなりの力を要するようだ。彼女のけんにはしわが寄り、わずかに汗がにじんでいる。


 そして闇よりもなお深い闇を抜け、いくつもの惑星を越えた先に、全体が〝緑色〟に染まりきった、巨大な球体が出現した。


 緑の正体は、もちろん植物。巨大な樹木は地表のみならず、すでに上空の大気までも貫いており、無数の〝手〟を広げるがのごとく、宇宙へ枝葉を伸ばしていた。



《ひゃー! すっごいよねー! これって、どうやって住んでるの?》


《わたしたちは地中に穴を掘って掘って、毎日毎日掘り続けて……。この〝地球〟の内側に、どうにか隠れ住んでる感じかな……》


 正直、ここまでの酷さだとは思わなかった。すでに地球も宇宙も、植物たちの世界となりつつある。あの巨大な樹木は別の惑星へと〝種〟を飛ばし、いずれはテラスアンティクタスという世界の、すべてを支配してしまうのだろう。



《見せるんじゃなかった。悪いことしたね。でも、お陰で良案が思いついたよ》


 マパリタは再び目をじ、映像を高速移動させる。すると今度はに、見慣れた世界が映し出された。


《ミストリアス……。わたしの大好きな世界……》


 なぜだろう。絶望的な状況の自分の世界を見た時よりも、もうすぐ失われてしまうであろう、この世界ミストリアスながめている方がつらい。


《救いたいんだろ? いいかい、よく聞きなよ。――かなり長くなるからさ》


《大丈夫。わたしは記憶力は良い方だから。そんな風に、し……》


 事実、僕ら〝最下級労働者〟こと〝TYPEタイプダブリュ〟は、記憶能力と容量を、最大限に発揮するよう設計されている。理由は単純明快で、その方が〝作業効率が良いから〟だ。僕らは最前線での使い捨て。作業内容の失念や、工程のミスは許されない。



《そうか。……ふふっ、はははっ! それは好都合かもしれないね》


 よほどの策を思いついたのか、マパリタは口元をゆるめ、白い歯を見せている。


《サンディ――いや、あんたはうさやま ろうってんだっけ。その生まれを喜びな。これは多分、にしかできないよ》

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