第70話 冷たい決意と熱い心

 リーゼルタ王立魔法学校で過ごす二日目。僕は大失敗のペナルティである〝特別授業〟にて、かつて〝ようへい〟の世界で知り合った、ミルポルとの再会を果たした。


 無事に特別授業を終えた僕はミルポルと別れ、午後の通常授業のために曲がりくねったろうを進む。周囲には女生徒の香りがただよっており、彼女らの声が耳に。僕はずかしさと申し訳なさを感じながら、伏し目がちに次の教室へと急ぐ。


 当時は〝目隠し〟をされていたのだが、リセリアに学校ここへ連れて来られた際にも、同じようなルートを歩かされていた気がする。もしかすると神樹の里エンブロシアに通じている〝あの中庭〟も、この廊下のどこかにあるのだろうか。


             *


 円形教室に着いた僕は自らの席へ着席し、ほおづえを突いて今後の事を考える。


 たしかルゥランの話では『すべての〝はじまりの遺跡〟を発見した後に、再びエンブロシアを訪れるように』と言っていた。つまりは魔法王国ここの遺跡を発見し、その足で〝報告へ来い〟ということなのか。


 いや、おそらくはルゥランならば、わざわざ報告に向かわずとも、現在のサンディの行動もあくしているはずだ。あの時、ルゥランはレクシィへの忠告の中に、僕への助言も含ませていた。彼の口ぶりから察するに、次に僕がエンブロシアへ向かうべきタイミングは、ミストリアスの〝つきあかく染まる時〟なのだろう。



 やがて中央の舞台に若い女性の教師が現れ、つつがなく授業が開始される。


「うふっ。カワイイが集まってくれて嬉しいわぁ……。今日もステキな〝お仕置き〟を用意したの……。うふっ。真面目にしないと……、わかってるよね?」


 今回の教師も、午前に負けず劣らずの奇妙奇天烈エキセントリックさを放っている。これ以上ペナルティを増やされてしまうわけにもいかず、僕は真面目に授業に取り組むことにした。


             *


 午後の授業の内容は、魔法を扱う際に必要となる特殊な道具、杖や指輪といった〝しょくばい〟に関するもの――。そして、物体に暗号コードを刻むことで超常的・奇跡論的な事象を起こす、主に〝魔法陣〟と呼ばれる図画グリフの仕組みや原理についてだった。


 こうした魔法陣は戦闘に関する分野のみならず、この世界のあらゆる生活用品や、構造基盤にも応用されているらしい。この教室の大水晶球ヴィジョンスフィア魔導盤タブレットなどにも、動力源となる魔水晶クリスタルと共に、複雑な暗号回路が刻み込まれているのだそうだ。



 次は実習ということで、教師が僕らに素材と工具の〝キット〟を配布しはじめた。


「うふっ。上手にデキるかなぁ……? の部分は太すぎても、っきすぎてもダメよ……。にぎりやすい太さに仕上げるの……。うふっ」


 僕は教師に言われたとおり、配られた教材を設計図どおりに組み立てる。


 まずは金属製のグリップに、硬いてっぴつで〝照明魔法ソルクス〟の暗号コードと制御用の図画グリフを刻む。次になめらかなうすがわを巻き、金属繊維の糸でしばって見栄えを整える。そして最後の仕上げとして、先端に〝白いウサギのかざり〟の入った魔水晶クリスタルを取り付けて完成だ。



「いいカンジよぉ……。これで照明魔法ソルクスを発動できる〝しろうさぎ短杖ワンド〟の完成よ……。完成品は持って帰ってイイけど、変なコトに使っちゃダメよ?」


 作業を終えた生徒らは自作の短杖ワンドに光をともし、口々に歓声を上げている。僕も短杖ワンドを握った手に魔力を込めてみると、魔水晶クリスタルの多面体から淡い光が発せられた。


「それじゃぁ、今日の授業はオシマイよ。ふぁぁ……。それじゃまたね?」


 生徒らの成果を確認し、教師は大きな欠伸あくびと共に床下へとゆく。


 その様子を見送った後、僕は作製した短杖ワンドをベルトに下げる。そして、次にミルポルとの連絡を行なうべく、ポケットから魔導盤タブレットを取り出した。



『おっすー! ぼくは無事に終わったよ! 疲れたぁ。それじゃ待ってるね!』


 通信機能を起動すると、すでにミルポルからのメッセージが届いていた。には地図マップてんされており、目的地と思われる場所に、乱雑な丸印が描かれている。


「さてっと、また遠くまで歩かなきゃだ。……よしっ、頑張ろう!」


 僕にとってはが本番なのだ。ミルポルの口から、いったい何が語られるのか――。期待と不安を胸の底にいだきつつ、僕は円形教室をあとにした。



             *



「――ええっと、ここで合ってるよね?」


 宿しゅくとうへと戻った僕は、ミルポルに指定された部屋の前で魔導盤タブレットを確認する。


 外見の様子から察するに、僕の個室と同じ小部屋のように思えるが。に友人と二人で住んでいるのだろうか。とりあえずノックをしてみると、中からミルポルの声が響き、続いて本人がドアから顔をのぞかせた。


「やぁ! 待ってたよ! 入って入って!」


「お邪魔しま――っ! だから引っ張らないでっ……!」


 ミルポルに手首をつかまれながら、僕は部屋の中へと引きずり込まれてしまう。


「えっ? なにこの部屋……。ちょっと豪華すぎない……?」


 なんと、その部屋の広さは僕の部屋の三倍以上はあると思われるほどに広く、ソファやテーブルや飾り棚といった、一般的な家具一式まで揃っている。さらに白い天井にはシャンデリアが吊り下げられ、床には柔らかなじゅうたんまで敷かれているありさまだ。


「まぁー、それは気にしないで! マパリタのつくっただから!」


 ミルポルは僕を掴んだまま、部屋の中をどんどん進む。そして窓際の丸テーブルで本を読んでいる、黒い髪の女生徒の前で立ち止まった。



「マパリタ! ほらほら、約束どおり〝アインス〟を見つけてきたよ!」


「あー。イチイチ騒ぐなクソ野郎。……ってか、サンディでしょ? 彼女そいつの名前」


 黒髪の女生徒――マパリタは僕をいちべつすることもなく、じっと本に視線を落としている。ミルポルの友人というからには、と〝似たようなタイプ〟を想像していたのだが。この一瞬で、二人が正反対の性格であることが理解できる。


「はっ、はじめましてっ。マパリタさん。……えっと、じゃあ〝アインス〟を探してたのって、もしかしてマパリタさんの方なんですか?」


「マパリタ。タメでおけ。――まぁ、そんなところ。ミルポルからアインスあんたのこと聞いて、実験のついでに〝見てみたいな〟って」


 実験という単語は気になるが、とりあえずは彼女のことは呼び捨てで、敬語も必要ないらしい。言い終えたマパリタは本を閉じ、あんせいしょくの眼で僕の顔を覗き込む。


「ふーん……。やっぱ思ったとおり〝イイ眼〟してんじゃん。絶望の闇を受け入れながらも、希望の光も持ち合わせてる。……うらやましいね」


 最後はボソリとつぶやくように言い、マパリタは僕から視線をらした。



「あんた、この〝ナントカ〟って植民世界を救いたいんでしょ? 自分の世界ってワケでもないのに。――理由を聞いてもいいかい?」


「えっ? うーん。やっぱり〝大好きな世界だから〟かな……」


 僕がこの世界ミストリアスを救いたい理由は多々あるが、やはり一番の理由はだろう。


 この世界に降り立った時、初めて感じたたいようの暖かさや、大地や風から香る生命に満ちたにおい。エレナやミチアをはじめとする、ミストリアスで生き抜く愛おしい人々。それらのすべてが〝大好き〟なのだ。


 なにより――マパリタの言うように――絶望すら感じぬほどの深い闇の底にいた僕を、このミストリアスが〝本物の人間〟にしてくれた。


 それに魔物や敵対者といった存在も、この世界を構成する大切な一部。時にはと対立し、全力で命を奪いあうこともあった。


 ただ〝生かされているだけ〟だった僕は、との戦いを通じて〝生きる〟という意味をみいした。この世界にるすべてが、僕を成長させてくれたのだ。


 だからこそ、必ずこの世界ミストリアスを守ってみせる。

 僕はマパリタに包み隠さず、これらの胸の内を打ち明けた。



「そう……。あー、やっぱそっか……。ふふっ、あはははっ……!」


 僕の話を聞き終えるや、マパリタが突然に笑いだす。しかし彼女の眼から流れ落ちる涙が、僕を馬鹿にしているわけではないことを物語っている。


「いいね。私にはの良さは理解できないけど、あんたの熱い心は伝わったよ。よし、かつてデキス・アウルラの神童とおそれられた、このマパリタも協力してあげる」

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