第2話 団らん
「翔吾さん起きてください」
懐かしい声だ。
この声は。
「トネさん、おはようございます」
「あら、今日はお寝坊じゃないんですね」
トネさんはこの家の家政婦さんだ。
元両親は共働きで父が政治家の祖父の手伝いをし、母がピアニストだ。
かなりお金持ちだったし、不自由はなかったが。
あまり、いい思い出がない。
「今日は二人とも朝ごはんを召し上がるそうですよ」
「そうか」
少し、気分が落ち込む。
あの重い空気のなかに行かなくてはいけないのか。
でも、行かない、という選択は無いな。
「すぐ、準備する」
「、、、」
「どうした?」
「いえ、なにかありましたか?」
何か変だろうか?
いつもの私だが、五歳の頃の自分なんて覚えてないから、何かおかしかったかもしれない。
「問題ない、あまり待たせるわけにもいかない。準備を手伝ってもらえるか?」
「はい」
自分でできなくも無いが、この家に住んでいたのも随分と前の事だ。
何処に何があるかも分からない。
ここは甘えるのが得策だろう。
「ありがとう」
「いえいえ」
着替えが終わったが、少し甘いな。
元両親達は身だしなみに厳しかった。
これで、よし。
「おはようございます」
挨拶をしてダイニングに入るが、言葉は返ってこない。
そうだった。
こんな感じだった。
子供の頃、この空気が嫌いだった。
お父様は常に額に皺を寄せて新聞を睨んでいるし、お母様はヘッドホンをしながら譜面を追っている。
「翔吾さん、どうぞ」
トネさんが朝ごはんを持ってくる。
それをフォークとナイフで食べる。
ここで音を出して食べるとお母様は舌打ちをして、お父様は鋭い目で一瞬睨む。
これが嫌いだった。
「トネさん、箸をもらえないか?」
「箸、ですか?」
「ああ」
いつも出される食器は大人用だった。
銀食器は子供の自分には重くて上手く使えなかったのだ。
それに気付いたのはこの家を出てしばらくしてからだった。
この頃はまだ箸も上手く使えていなかったが。
今の私なら、余裕だ。
うん、美味しい。
昔はこの空間が嫌いだし、緊張して味しないし、食事が嫌いだった。
トネさんの食事もよく覚えていなかったが、かなり美味い。
「今日もご飯美味しいよ」
「ありがとうございます」
、、、うん?
いつの間にか新聞の端からお父様の目線が私を捉えていた。
何かあったのだろうか?
「いつの間に箸が使えるようになったんだ?」
「え、えと」
急に使えるようになれば驚くか。
でも、お父様が私に関心があった事などほとんど無かった。
箸が使えることなんて気にも留めないと思っていたが。
「練習をしまして」
「練習、お前がか?」
「はい」
少し驚いた顔をするが、すぐに新聞へと視線を戻してしまった。
よくよく考えるとお父様との会話なんてほとんどなかった。
それにあったとしても事務的なことばかりだった。
何かあったのだろうか?
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