第3話 子供の体は凄かった
朝食が終わるとすぐに習い事が始まる。
今日は水泳から始まり、空手、ピアノと盛り沢山だ。
だが。
「子供の体すごい」
水泳や空手は疲れるが、少し休めばすぐに動けるようになるのだ。
この体は筋肉質では無いので先生方のように彼は無いが、四十代を経験した私だから実感する。
子供の体ってこんなに軽いんだ!
「今日は頑張りましたね」
それに、誰かに褒められるというのは嫌いじゃない。
大人になると褒められるなんて、ほとんど無かったしな。
これだけで、また頑張ろうと思える。
「次もこの調子でがんばってくださいね」
空手の先生がそう言って帰っていった。
そういえば、この頃の私は習い事が嫌いだった。
元々器用な方では無かったし、嫌いなことを頑張る性格では無かった。
だから、色々と習い事をさせてくれていたが、どれも長続きしなかった。
でも、こういった努力が後々に自分の為になるとは子供では理解しづらいだろう。
それに、この家族とはもう一年も一緒にはいないしな。
「次は、ピアノか」
残念ながら私にはピアノどころか、音楽の才能がない。
リズムの取り方が分からないし、いつも演奏の途中でずれてしまう。
指の運びも上手くないし、小学校でのリコーダーのテストですら何度も落ちた。
つくづくお母様の血は入っていなかったと実感した。
「やれるだけ、やってみますか」
幸いな事に先生はお母様ではない。
昔お母様の先生をしていた方だ。
空手の先生にも引けを取らない体格のいい男性で、顔からも外国人かその血が入っているのが分かる。
それに。
「さあ、今日もレッスン始まるわよ」
女口調に濃い口紅が特徴のいわゆるオカマだ。
この時代、日本はまだトランスジェンダーに理解が乏しく、私も例外では無かった。
分からないものは怖い。
言葉一つ一つが恐怖のあまり入ってこなかった。
途中で指も動かなくなり、そこで切り上げていたのを今でも覚えている。
「それじゃ、きらきら星からやっていこうね」
「はい」
きらきら星。
?
とても簡単なやつだ!
「きらきら星、ですか?」
「え? そうよ」
あれ?
すごく難しい曲をやっていたような覚えがあったが、そんなの幼稚園の子供でも習う曲だ。
譜面を見ても子供用の簡単なものだ。
記憶との乖離が。
とにかく、弾いてみよう。
「うん、前よりすごくよくなってる! ぎこちなさがなくなった感じね!!」
先生は褒めてくれるが、やはりテンポの取り方、鍵盤の運び方が拙い。
「もうちょっと、がんばってみる?」
心配そうに先生が私の顔を覗き込む。
顔は未だにちょっと怖いが、普通にいい先生だ。
それに、苦手な事は子供の頃に克服した方が後に残らないと聞くしな。
「テンポの取り方が上手くいきません。それに、指の動かし方も」
「そうなの!?」
その声の大きさに一瞬驚いてしまう。
もしかして、叩かれたり!?
「テンポが早かったのね。ごめんね」
「えっと」
殴られない?
「テンポの取り方や指の動きって慣れるまでは意識してしまうものなの。最初はみんなそんなものなに、ミキちゃんの子供だからって、急ぎすぎてたのね」
メトロノームの速度を下げて、それに合わせて弾いていく。
幾分か弾きやすかった。
それに。
「指の動きは最初こそ習うけど、弾いていくうちに自分の弾き方、個性を見つけないといけないの。変な癖なら治さないとだけど、これだって固定概念で弾いていくとストレスになっちゃうわ」
なるほど。
まだまだ、満足には引けないけどこれなら。
「楽しい」
「その言葉を待ってたの!!」
「うわっ!」
いきなり、抱きしめられる。
だが、苦しさや痛みはなく、とても優しい。
どうしたんだ!?
「いつも辛そうに弾いてたからピアノ嫌いなんだと思ったの。でも、ミキちゃんのお願いだし、それにあの狸も関わっているみたいで、断れなかったの。それなのに。ああ、やっと私の想いが届いたのね」
泣きながら喜ぶ先生を見て、本当にいい先生だったんだなと思う。
それと同時に子供の頃どれだけ大人の気持ちを蔑ろにしていたのか、前の時間軸の自分に叱ってやりたくなったのだった。
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