第12話:memory【歩みを聞かせて】
焼きたてのチョコパンを片手に、公園のベンチに座る
二人の視界に映るのは元気に遊ぶ子ども達の姿。
あるいはアプリ能力を使って遊ぶ子どもや、配信用カメラを起動している中高生の集団。
動画配信サイトの影響で、アプリ能力を使ったバズチャレンジに挑む者は後を絶たないのだ。
そんな他人の日常を眺めながら、来翔は手に持っていたチョコパンを一口齧る。
来翔が表面のサクサクとした食感を楽しむ隣で、ユキは足をパタパタさせて美味を表していた。
「おいひー! これおいひいよー」
「そりゃ良かったな」
口周りにチョコをつけて、ユキは幼子のように満喫している。
そんな彼女を見て、来翔は小さな温もりを感じていた。
しかし今はその温もりを抑え込まねばならない。
「ユキ、ちょっと過去掘り下げてもいいかな?」
「……なにが聞きたいの?」
「許されるなら、前の俺がどんな奴だったのかについて」
両手で持ったチョコパンを一口齧り、ユキは数秒考えてから口を開いた。
「変わらないかな〜、全部忘れちゃってもライトは何も変わってないよ」
「そうか?」
「そうだよ。前も今も変わらない、ボクの大好きな人」
花が咲くような笑みで来翔の方を見てくるユキ。
その愛らしさに心臓が大きく跳ねるが、来翔は途方もない後ろめたさを感じていた。
「俺は、その言葉を向けられて良い人間じゃない」
「そんなことないよ。だって」
「俺は何も知らない。覚えてない……だったらきっと、コレは俺の罪で罰なんだと」
「違う!」
ハッキリとした声で否定するユキ。
彼女も大きな後悔を抱いている。それは理解できていても、来翔は自分自身の責任を重く受け止めていた。
とはいえユキには上手く伝わらない。
伝える手段も、今の来翔には不足していた。
「ライトは悪くない……悪いのは」
「なら、正しく判断するためにも教えてくれないか? 前の俺について」
真剣な様子でそう問いかける来翔。
これはきっとユキの傷を抉る行為だろう。それでも来翔は過去を知るべきだと考えていた。
自分のためと言うよりは、ユキ達の失ったものを補うために。
「ライトはね、すっごく強くて、優しくて……それで」
前の来翔を思い出し、ユキは少し辛そうな顔になる。
だがそれを堪えて、彼女は続けた。
「自分を大事にしない人」
「だろうな。じゃなきゃ今に繋がってない」
「ライトはね、目に見える範囲なら全部救おうとしちゃうの」
それがたとえ、本当にどうしようもない事であっても。
そう続けながら、ユキは過去の出来事に思いを馳せる。
「俺はそんなヒーローみたいな人間じゃないけどな」
「ヒーローだよ。少なくともボクにとっては、未来を変えてくれた人だから」
「未来?」
それは来翔にとって奇妙なワードだった。
目の前にいる女の子の未来を変えるような何かを、前の自分はしたのだろうか。
いや、ナニかはしていた疑惑はあったなと、来翔は変な納得をしていた。
「今のライトは覚えてないだろうけど、ボクはね……施設で育った子なんだ」
(先輩との関係が義妹だって聞いてたから予想はしていたけど、直接聞くと重いんだな)
「『
「なんかのニュースで聞き覚えはあるな」
「ライトが戦った
七瀬家。
その名前を聞いた瞬間、来翔は猛烈に嫌な予感がした。
少なくともここまで七瀬家に関しては悪い話しか聞いていない。
そんな家が養護施設の運営に関わっていたとなると、碌な事をしていないだろうと察したのだ。
「表向きは親がいない子達が住む普通の養護施設」
「けど中身は違った、とか?」
「うん。七瀬家が主導していた人体実験の施設……それが弊倉養護院だった」
出てきた答えは想像を絶するものであった。
人体実験。少なくとも現代の日本で許容されるような内容でない事は明らかである。
だがそうなると気になる事も出てくる。
「前の俺って、どうやってユキと知り合ったんだ?」
「聞く? ボクとライトの馴れ初め聞いちゃう!?」
「いきなりテンション上げないでくれ。雰囲気台無しだからさ」
「それではお聞きください! ボクとライトの出会いを!」
来翔は真顔で「聞けよ」とツッコむが、ユキはノリノリで馴れ初めを語り始めた。
「始まりはライトを暗殺しようとボクが近づいたところから」
「俺暗殺されそうだったの!?」
「そこは気にしないで。色々あってボクは空腹状態で町を彷徨ってたんだけど」
「多分ユキは暗殺者に向いてないよ。あと気にしないのは流石に難しい」
「それまで何度か戦った相手だったのに、偶然通りかかったライトはボクに優しく接してくれたんだよ」
そこまで聞いて来翔は内心「絶対に捨てられた子犬みたいな状態だっただろ」と思っていた。
「最初はすごく驚いた。施設の家族はみんな他人を蹴落とすことばかり考えてたから」
「そんなに酷い状況だったんだな」
「ボクも大概だったけど、他の施設の子はもっと酷かった。だからね、同い年の男の子に手を差し出してもらえるって事が初めてだったの」
そしてユキは当時の出来事を語る。
一度も暗殺を成功させていない事を叱責されて食事を抜かれたユキは、スマホを施設に置いたまま外に追い出されてしまった。
夜中の町を空腹に耐えながら当てもなく彷徨っていると、少女趣味の男達に絡まれてしまった。
施設で仕込まれた体術を使えば、目の前の男くらいユキでも簡単に殺す事ができる。
元より人の死は何度も見てきたユキに、殺人という選択肢への躊躇いは薄かった。
「でもね、結局ボクは何もできなかったの……誰かさんが割って入ってきたから」
「俺か?」
「とーぜん、ライトだよ」
はにかむような笑顔で答えるユキ。
その場の勢いで割って入った来翔だったが、流石に大人の男性が相手ではどうにもならないと判断した。
結果、来翔はユキを担いで必死にその場から逃走をしたのだ。
「逃げ切った後にね、ライトに聞いたの」
どうして『
力を使わずに逃走を選ぶという事は、当時のユキには考えられない事だったのだ。
「そしたらね、ライトはなんて言ったと思う?」
「……傷が出ない選択があるなら、俺はそっちを選ぶ」
「うん。あの時と全く同じ答えだ」
来翔の発した答えるは、当時のユキにとって衝撃的であった。
なにも傷つけずに終わらせる。そしてそれを実行する意思を持つ。
間違いなく、ユキが初めて高杯来翔という少年を気にし始めた瞬間でもあった。
「それでね、その時ボクはライトに『ここで殺さないの?』って聞いたの。だって何度も殺そうとしてきた相手がスマホも武器も持っていない状態だったんだよ」
「それ言ったあと、メチャクチャ俺に怒られただろ」
「うん。すっごく怒られた」
来翔はやっぱりと言い納得をする。
ユキ曰く、その言葉を聞いた来翔はこう叱ったらしい。
『死んで終わらせようとするな! 悪い事したと思うなら生きて向き合え!』
死と隣り合わせで生き続けていたユキだったが、この時彼女は初めて「生きろ」と言われた。
それはユキにとって絵本や漫画の中にしか存在しなかった言葉。
決して自分に向けられるとは思っていなかった言葉だった。
「なんかね嬉しかったの。そういうの、本でしか見たことがなかったから」
そして当時のユキは腹の虫が鳴ってしまい、見かねた来翔がコンビニでパンを買って来たのだった。
「その時にライトが買ってくれたのがチョコパンだったの。ずーっと不味いレーションばっかりだったから、ボクにとっては初めての甘いもの」
(あぁ……だから俺も無意識に食うようになってたんだな)
自分自身の行動に納得がいく来翔。
だからこそ、来翔は内心罪悪感が膨らんでいた。
「その後は……本当に色々。ライトのおかげでボクが施設から逃げられたり、『SaviorX』と契約して一緒に戦ったり」
それから……とユキは『何か』を飛ばすような間を置いてから続ける。
「ライトと恋人になれたり」
「……ごめん」
「ライトは悪くない。ボクがもっと強かったら変えられた未来だもん」
ユキは虚空を見つめて「ボクが止められたら、良かったのに」と呟く。
「先輩も言ってたけど、前の俺って強かったんだよな?」
「うん。すっごく強くてタクマやトーカさんも助けてたもん」
「その二人も助けてたのか俺。ただ気になる事があってさ……なんで俺は相打ちになったんだ?」
桃香曰く、敵が来翔への対策をしていたからだという。
しかし来翔はそれだけとは思っていなかった。
まだ何かある。ユキはきっと知っている。
来翔はユキから答えを求める……そして少しの思考の後、彼女は口を開いた。
「これはわかると思うんだけど『SaviorX』って能力付与アプリの一種なの」
「それはそうだな」
「変身の時にアイコンが出たと思うんだけど、持ち主の適性や心情によって増えたりもするの」
それは『SaviorX』に限らず『
アプリ能力というものは、個々のユーザーの適性によっても変化するが、ユーザーの感情に応じて変化や発現が起きたりする。
基本的にはユーザーが最も欲する能力が出てくるとも言われているが、実際には未解明な事項が多い。
「それは『SaviorX』も例外じゃない。持ち主が力を望んだ時、アプリがそれに応じると新しいアイコンが出てくる」
「所謂パワーアップか」
「良い力ならそう。でもアプリが与える力は絶対に良いものとは限らない」
ユキは苦々しい様子で続ける。
「強い力を出せる代わりに、使った人の命を削るようなアイコンが出てくる事もあるの」
「俺は、それを使ったのか」
頷き肯定するユキ。そして来翔はようやく色々と腑に落ちていた。
恐らく当時の来翔は、その力を「奥の手」として伏せていたのだろう。
そして対策を取ってきた敵に対して「奥の手」を使用。
結果として相打ちになってしまい、アプリ代償を支払う事となってしまった。
「ごめんねライト。ちゃんと止めていれば」
「選んだのはその時の俺だ。ユキが責任感じなくていい」
「感じるよ。だからもう……ライトが戦わなくて良いようにするから」
どこか濁った瞳で、そう宣言するユキ。
そんな彼女に来翔はよくない危うさを感じていた。
自分自身の事だからこそ来翔には理解できる。きっとこの前のようにイロージョンに遭遇すれば、躊躇いなくアプリを使って戦うだろう。
事情を聞いても、きっとそれを選んでしまう。たとえそれがユキ達の心配を招こうとも。
来翔はそういう確信を抱いていた。
『何か』を失った俺達のリスタート〜やたら好感度が高い仲間達(知らない人)と、恋人を自称するヒロイン(知らない人)と、何も知らない俺〜 鴨山兄助 @kudo2121
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