ロマンス詐欺チームマネジメント

浅賀ソルト

ロマンス詐欺チームマネジメント

俺達はグループでロマンス詐欺をしているんだが、グループでは取り分で不満が溜まりがちだ。

俺の取り分が一番多いのは問題ないとして、甘いメールやメッセージを書く係とターゲットを探す係はお互いの仕事が分かりにくい上に自分の方が重要だと思っている。

ちょっと考えれば分かるように、どちらも大事だしどちらも大事じゃない。そしてどういうわけか一人で両方できる奴はあまりいない。そこそこできる奴はいるけどやっていくうちに得意分野が出てくる。

俺はその得意分野を見つけるのが得意だ。あと使えない奴もすぐに分かる。仕事を誤魔化している奴もだ。そして、不満を抱いて裏切ろうとしている奴もすぐに分かる。

アサンテが笑いながらパソコンの前でガッツポーズを取った。椅子から立ち上がり拳を握っている。「よしっ」

「どうした?」

「アメリカのおっさんが毎月500ドルの生活費援助をしてくれるそうだ」

「やったな」俺達はハイタッチした。

アメリカの価値観はよく分からない。毎月500ドルは出してもいい金額なんだろうか? もちろんこっちが美人の女子大生だからこその援助だとは思うが、アサンテがその援助したいという欲望を刺激するテクニックはよく分からない。

メッセージの内容は俺も見れる。いつ読んでも、よくこれで騙されるなというくらいガバガバの設定なんだが。

「素晴らしい。この調子で頼むぞ。報酬はもちろんアップだ」

「助かる」

「この相手……こいつを見つけてきたのはアーサーか。お前にもボーナスだ」

「うす」アーサーが無愛想に礼を言った。

仲の悪い違う係を一箇所に集めているのは理由がある。一つは電気やネットをまとめて使いたいから。しかしガーナはそこまで遅れてる国じゃない。それぞれが自室で作業することも接続料金で割には合わないが不可能じゃない。もう一つとして、危険な空気をすぐに感じたいからというのがある。それにマネジメントはやはりそいつの顔を見てこその部分がある。

それに席はちゃんと離している。同じ部屋で作業させると険悪になり効率が落ちる。

そしてアーサーへのボーナスを口にしたとき、アサンテがちょっと反発するような表情をしたのを見逃さなかった。

こいつは危ないな。そろそろコントロールが必要だ。

ここでロマンス詐欺について簡単に説明しておく。アサンテのようにこっちが若い女になって男を騙し学費や生活費などを継続的にいただくもの。同じようなタイプだが留学や入学のための一発の大金を狙うもの。そしてこの男女逆で、留学できたら結婚しようなどと若い男になって女を騙すものもある。俺が知る限り騙される方は男女両方あるが、騙す方は男だけだ。女を騙すなら同じ女の方が上手な気もするがそういうわけでもないらしい。

そして騙すのが得意な奴は別に相手が男でも女でも関係ない。アサンテも、アメリカに留学するために1万ドル必要なの、これがあれば今の生活から抜け出せるのとメッセージを書いたあとで、こんなに俺のことを分かってくれる人は初めてだ、俺達は運命だったんだ、結婚しよう、などと普通に書ける。

俺は初めての奴のためにマニュアルも作成している。新人にはこの通りに書けと指導する。そのうち成功体験が重なると自分に自信がつく。送金されるとガッツポーズも飛び出す。仕事に誇りを持つようになる。そしてやがて勘違いして自分一人でもやれると思い始める。

アーサーのようにあちこちのSNSやマッチングアプリに偽アカウントを作って釣る係も不可欠だ。写真もネットから取ってくるのだがこういうのも流行があるのでちょうどいい美人やちょうどいいイケメンを用意する必要がある。AIも導入していいと思うのだけど、まだ俺たちはそこは導入していない。そういう技術的な仕事がアーサーの役割だ。AIっぽさが出てしまうのでよくないそうだ。インスタから適当にパクる方がいいらしい。

ネットで顔も見たことない奴らと組むというのも流行りだ。しかし俺達は知り合いやその知り合いといったツテで仲間を探して加えている。みんな失業中で仕事を探しているし、騙されるのは西側諸国の金持ちだということで良心も痛まなければ、そもそも警察も被害者が海外の金持ちってことで見逃している。地元で仲間を揃えた方が結束は固いし安全だ。どっかよその奴と組むとそこから捜査されるかもしれないし、俺達のように必死ではないかもしれない。気の緩んだ奴と組むのはリスクだ。

俺達は全部で6人のチームを作って活動していた。基本給という言い方はしてないが——何もしなくても給料をやるというのはこういう仕事では意味が変わってしまう。犯罪をしているのは自覚している。手を汚さない奴に払う金はないということだ——この仕事は成功不成功が運次第で、数で確率を上げるしかないところがある。妙に運のいい奴と、本当に騙すのが上手い奴というのがいて、仕事の報酬を決めるのが難しい。成果がないけど数を稼いでいるならいずれ当たるので報酬はやるべきで、二度と通じないようなガバガバのメッセージを送ったのに相手が間抜けだったので一発で1万ドル稼いじゃったという奴にも報酬はやるべきだ。アメとムチを使いわけるのはどこの世界でも基本だが、地元の仲間にムチはあまり使いたくないのでアメをたくさん用意するようにしている。俺を慕って仲間に入れてくれと言ってくる奴も多い。残念なことに使える奴というのは5人に1人いればいい方というのが実情ではある。俺は使えない奴はすぐに分かるので「ああ、忙しくなったら頼むぞ」とやんわり言って断る。実際には人はいくらいてもいい。俺は20人くらいまでは増やしたい。そこまでは面倒を見れる自信がある。ただ、使えない奴を入れると安易に減らせないだけだ。使えないからといって他の仕事もない奴をクビにしたらどういうことになるか、ちょっと考えれば分かるだろう? クビにするときのそういうヤバさを考えると簡単に増やせない。

それでもサボってばかりの奴を何人かクビにしたが、逆恨みをやめさせるために痛めつける必要があった。

いい仕事をすればアメをやるのだが、そのうち何もしなくなって、アメだけ欲しがる奴というのがいる。さすがに雇う前でもそこまでは分からない。そういう奴は痛めつけて仕事をさせるのではなく、ほかの奴らが同じような真似をしないように見せしめにする。そうやってチームの空気を引き締める。

俺は全員に飯を振る舞い、今日の仕事は終わりにした。

アサンテなどの接客チームにはスマホでの対応もやらせている。ただし24時間対応は義務にしていない。やっていくうちにそれぞれのスタイルが身についていく。こっちが保護者になって世話を焼くスタイルと、向こうに保護者になってもらってこっちの世話を焼かせるスタイルがある。即レスが常にいいとは限らない。とはいえ、ちょっと今はしんどいからと後回しにした数分が1000ドルを分けることになるのがこの世界だ。面倒くさいと思ったときが踏ん張り所でもある。

「アサンテ、ちょっと話があるから来てくれ」

「はい。分かりました」

食事も終わり、そのあとで酒とハッパをきめていた。チームでこうやって毎晩ダベるのがお約束だ。クラブに行って踊ることもあるが、こんな風に職場で飲むことも多い。

俺はアサンテを別室に呼び出して二人きりになった。

「ボス、俺が何かしましたか?」

「今日の学費と生活費の支援はよかった。さすがだった」

「はい。ありがとうございます」

「毎月の仕送りがあれば、そこからの三割は毎月お前の取り分だ」

「はい」

「今はほかにマトがあるか?」

「たくさんあるといえばありますが、今月中で見込んでいるのは4件です」

「いいね。大口もあるか?」

「全部大口です。7万ドルっていうのが1つあります」

「よし。順調だな」

その日の活動ログは俺は夜中に押さえている。まったくメッセージを送らずにガールフレンドと喋っているだけというのもたまにあるからだ。だからアサンテがどれだけ働いて、そろそろ留学の費用の話を切り出すタイミングだというのも把握している。

アサンテは緊張していた。もちろん何も後ろめたいことが無い奴などいないから怯えるのも仕方ない。どの件だろう?という顔だった。

俺は言った。「何か俺に言うことはないか?」

「えーっと……」アサンテの目が泳ぐ。「とくには……」

「オポクがうちのチームに接触を取ろうとしている。客の情報じゃなく、お前の情報だ。アサンテ」

「俺の?」

「そうだ。心当たりはあるか?」

「いや、まったくありません」

オポクというのは隣町で同じロマンス詐欺をしている出っ歯のキモオタだ。喋り方が気持ち悪いくせに妙に人を集めて俺の真似事をしたがる。

まったくありませんというアサンテの反応に嘘はなかった。

「そうか。それならいいんだ。すまなかったな。行っていいぞ」

「……失礼します」

アサンテはみんなのいるリビングに戻っていった。言い忘れていたが俺は職場に寝泊まりしている。仕事場が俺の家だ。寝室以外はほとんど共用スペースになっている。

オポクがアサンテの情報を狙ってきたというのはハッタリではない。実際にはあちこちでうちのチームの情報を嗅ぎ回っているのが判明している。当人に直接アプローチをしている可能性も考えたが、まだそこまでは動いてないようだ。

オポクを潰してメンバー全員を引き抜くというのも悪くない手だな。

というかオポクがそうこうしているうちに動くかもしれない。先に動かれる前に先手を打つ必要がある。

といっても、ここだけの話だが、オポクたちの仲間は全員使えないんじゃないかと思う。俺にはピンとこない。あれを集めても売上はそんなに上がらないというか、まともに仕事をするのかも怪しい。

オポクたちを潰してもあまり利益にならないが、変な動きをされてヘッドハンティングされても厄介だ。

「おい、アーサー!」

「はい」リビングから声がした。

しばらくしてアーサーが部屋にやってきた。

「オポクたちに偽のカモ情報を食わせることは可能か?」

アーサーははっとして、それから考え込んだ。

「難しいですが、なんとかやってみます」

「よし。頼んだぞ。報酬は弾む」

「はい」


※参考資料 名字由来net https://myoji-yurai.net/worldRanking.htm?countryCd=GH

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