第16話

 自分が嫌いだった。大嫌いだった。


 生まれた時からマリアレーサは特別だった。一般的な魔法術師の10倍以上の魔力を生まれながらに持ち、歳を負うごとにその魔力量は増大していった。


 けれどマリアレーサはその魔力を制御できなかった。強すぎるその力が彼女の意思に反して周りの者たちを傷つけた。


 マリアレーサは自分の持つ力が大嫌いだった。誰も傷つけたくないのに他人を傷つけてしまう。


 辛かった。けれど、どうすることもできなかった。


 寂しかった。けれど、誰かと共にいることはできなかった。


 傷つけてしまうから。どんなに辛くても寂しくても、怯えた目を向けられても化け物と言われても耐えるしかなかった。


 次第にマリアレーサは自分から人を遠ざけるようになった。ワザと相手を威圧し、怯えさせ、自分から逃げ出すように仕向けた。誰も近づいてこないように、誰とも親しくならないように。


 マリアレーサはひとりぼっちだった。けれどそれは仕方ないと彼女は思っていた。


 ひとりぼっちなら誰も傷つけない。誰かを傷つけて自分の心を傷つけなくて済む。


 傷つけず、傷つかず。そうやってマリアレーサは今まで過ごしてきた。家に引きこもり、書物で魔法を学びながら、いつか、いつか普通に暮らせるように、そう思って生きてきた。


 なのにこいつは、この男は。


「振り絞れ。その程度ではないはずだ」


 全力全開、全身全霊。マリアレーサは自分の力の限界を見ようとしていた。そうしなければ勝てないと悟ったからだ。


 今まで彼女は全力を出したことはなかった。自分の力を制御し、抑え込むために魔法を独学してきたが、全力を出すことは考えてもいなかった。出す機会も出せる相手もいなかったから。


 けれど今は違う。


 マリアレーサはダンの腹に食らわせた最初の一撃で悟った。


 強い。ダンは強い。手加減をしている余裕はないし、する必要もない。


 けれど、迷っていた。マリアレーサは躊躇っていた。全力の出し方がわからなかったからだ。


 だが、時間が経つにつれ少しずつ、だんだんと力の振り絞り方がわかってきた。


「うああああああああああ!!!」


 叫ぶ。マリアレーサは叫ぶ。恥も外聞もない。大貴族のひとり娘としの振る舞いも、高貴な者の淑やかさも、何もかもをかなぐり捨てて腹の底から叫びをあげる。


「ぶっ殺してやりますわ!!」


 マリアレーサは拳に力を込める。魔法による格闘戦、魔法により身体能力を強化し物理で殴る。現代魔法使いの基本戦術だ。


 マリアレーサはよく学んでいた。いつか自分の力を正しく制御して、普通の人になるために。普通の人間と同じように、触れ合い笑い合うために。


 しかし、今はそれとは真逆。抑えていた力のすべてを解き放つ。


 爽快だった。清々しい気分だった。


 自分の力に自分の体が悲鳴を上げていた。筋肉に激痛が走り、骨がギシギシと軋む。時折意識が飛びそうになるたび、遠ざかる意識を呼び戻すようにマリアレーサは叫んだ。


 痛い、苦しい。でも、とても楽しい。


「いい顔だ」


 マリアレーサは笑っていた。自然と笑みがこぼれた。


 楽しくて、楽しくてたまらない。


「ああ……」


 そうか。


「いた……」


 いたのだ。


 全力を出しても壊れないものが。


 壊してしまうことを恐れていた。怖かった。怯えていた。


 馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿だった。


 何を恐れていたんだろう、とマリアレーサは思った。殻に閉じこもっていた自分が恥ずかしくなっていた。


 これは壊れない。壊そうとしてもビクともしない。逆にこちらが壊れてしまいそうだ。


 攻撃しているはずのマリアレーサの骨にヒビが入る。自分の力に足られず筋繊維がぶちぶちと切れていく。


 血を吐く。目から血の涙を流し、鼻から血を吹き出し、耳からも血が流れだしている。


 12歳。まだマリアレーサは12歳なのだ。強化魔法を使っているとは言え、幼い体が激しい戦闘に耐えきれず崩壊し始めていた。


 それでもマリアレーサは止まらなかった。だって、ダンはまだ壊れていないのだ。


 壊れていないなら、まだ遊べる。まだ遊びたい。いつまでも、いつまでも、いつまでも。


「このままだと死ぬぞ?」

「それが、なんだって、いうんですの?」


 死ぬ。死ぬまで遊ぶ。全力で、死力を尽くして、限界まで。


 死んだってかまわない。だって、楽しいのだから。


「そうか、残念だ。俺よりも強い奴はまだまだいるのにな」


 一瞬、ほんの一瞬マリアレーサの動きが止まる。


「世界は広いぞ。お前もまだまだこれからだ」


 これから。まだ、これから。


 これからもっと、楽しくなる。


 楽しく。


 楽しく。


「だが、いい度胸だ」


 ダンと目が合う。全身の痛みを忘れてしまうほどの悪寒が全身を駆け巡る。


「安心しろ、一瞬だ」


 逃げられない。本能がそれを悟る。


 逃げる必要などない。心がそう語る。


 逃げるわけにはいかない。意思がそう告げる。


 ダンが拳を握っていた。それを見てマリアレーサは笑った。目を見開き歯をむき出しにして笑いながら力強く拳を握った。


 マリアレーサは逃げなかった。最後まで逃げずに立ち向かった。


「があああああああああああああああああ――!!」


 最後までマリアレーサの心は折れなかった。


 そう、最後まで。


「おやすみ」


 それがマリアレーサが最後に聞いた言葉だった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔導剣士ダンは平和に暮らしたい 甘栗ののね @nononem

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ