第15話
決闘結界。その名の通り決闘を行う時に展開する魔法結界である。内部でどんな激しい戦闘が行われても外に影響を及ぼさないための処置であり、決闘の立会人や観戦に来た阿呆共に危険か及ばないようにするために用いられる。
ダンは屋敷の庭に結決闘用の結界を張る。直径50メートルほどのドーム状の結界だ。
「なかなか頑丈な結界ね」
マリアレーサは結界に触れる。触れても特に痛みなどはないが、目に見えない壁を押している感覚は確かに感じる。
「それで、なにをするのかしら?」
「何がしたい?」
「そうね」
マリアレーサは考えるような仕草をしてから、にこりと笑う。
「あなたの心をへし折りたいかしら」
「そうか。ならそれを条件にしよう」
条件。ダンはそう言うと結界に一つ手を加える。
「勝利条件。相手の心をへし折った者を勝者とする」
決闘結界とはその名の通り決闘を行う際に用いる物である。そのため必ず勝利条件を設定する必要がある。
今回はダンかマリアレーサのどちらかの心を折ること。つまりは相手に負けを認めさせたほうが勝ち、という至極わかりやすい条件である。
「条件を満たせばここから出ることができる。簡単だろう?」
「そうね。とても簡単」
マリアレーサはダンを見据えて不敵な笑みを浮かべる。
「すぐに後悔させてあげますわ」
「さて、どうだろうな」
二人は結界の中央で向かい合う。
「一つハンデをやろう」
ダンはそう言うと自分を囲うように地面に円を描く。
「俺はこの円の中から一歩も出ない。もし出たら俺の負けでいい」
その言葉を聞いたマリアレーサは顔を引きつらせる。
「わたくしを侮ってまして?」
「ああ」
「そう、ですのね……」
ギリッ、とマリアレーサが奥歯をかみしめる。どうやら彼女の逆鱗に触れたようだ。
「さあ、いつでもいいぞ。どこからでも」
そう言うとダンは腕を広げる。ダンのそんな舐め腐った態度にマリアレーサはなぜか嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「それでは、遠慮なく」
そう言うとマリアレーサはその言葉通りダンの腹に拳を叩きこんだ。
「……どうした? こんなものか?」
凄まじい音がした。人間の腹を殴ったとは思えない爆音と衝撃が結界内に響いた。その音と衝撃がマリアレーサの一撃の重みを物語っている。
しかし、ダンは動かなかった。一歩どころか1ミリも動いていない。
「言うだけのことはありますわね」
マリアレーサは容赦なくダンの顔面を蹴り飛ばす。だが、ダンは全く動かず表情すら変えていない。
「まあ、なかなかだ。普通の人間なら頭が弾け飛んでいただろうな」
休むことなくマリアレーサはダンの体を打ち据える。殴り、蹴り、あらゆる場所を攻撃していく。
「魔法による肉体の強化。魔法術師の接近戦の基本だな。よく勉強している」
だが、全く動かない。どんなに殴っても蹴ってもダンは動くことはなく表情も変えることはなく、それどころか攻撃してくるマリアレーサの動きを冷静に分析していた。。
「どうした、本気で来い」
マリアレーサはギリリッと奥歯を噛みしめる。その表情には最初の頃の余裕はなく、額には汗がにじみ始めていた。
「そうですわね。手加減は、必要なさそう」
そう言うとマリアレーサは一度動きを止め、大きく息を吸いゆっくりと吐き出す。
「二度と立てないようにしてさしあげますわ」
マリアレーサの威圧感が増す。象でも泡を吹いて失神するほどの威圧感だ。
しかし、そんなものダンにとっては慣れたもの。そよ風のようなものである。なんら動じることはない。
「涼しい顔ですわね」
マリアレーサは強く拳を握る。その拳が光を放ち始める。
「発っ!」
掛け声とともにマリアレーサは拳を突き出す。するとその拳から太い光の激流がダンに襲い掛かった。
「……それで?」
光がダンに直撃した。しかし、全く何も変わらない。
「この程度なら防御魔法も必要もない」
「この、程度……」
マリアレーサは続けざまに魔法を放つ。魔力を炎に変えダンを焼き、風の刃でダンを斬りつけ、鋭い岩の槍をダンに叩きつける。けれどもやはりダンには全く通じない。防御魔法で防御している素振りもない。
そう、つまりは生身。ダンは生身でマリアレーサの魔法をすべて受け切っているのだ。
「ふざけんじゃ、ねえ、ですわ……!!」
マリアレーサの気迫がさらに増していく。その気迫が強固な結界をビリビリと震えさせる。
「ふざけてなどいないさ。キミがその程度だというだけだ」
何かが切れた。マリアレーサの中で何かが切れた。
「ふううううがああああああああああ!!」
凄まじい速さだった。閃光が走ったと錯覚するほどのスピードだった。隕石同士が激突するような音がした。
「まあまあだな」
「ふざ、けるなあああああああああ!!」
怒涛の連撃。最初の攻撃とは速さも威力もまるで別人と思えるほどの連撃がダンを襲う。しかし、やはりダンは待ったく動く気配がない。
「よく学んでいる。しかし、実戦経験が少ないせいだろうな。動きがまだまだ荒い」
基礎的な魔法接近戦は知っているようだ。教本をよく読みこんでいる証拠だろう。
だが、それだけではダメ。座学と実技はセットでなくては意味がない。
「そろそろ諦めたらどうだ?」
「うるさいうるさいうるさい! 誰が諦めるか!」
マリアレーサは何度も何度もダンに攻撃を加える。けれども何度やってもダンの体に傷ひとつつけられない。傷だらけのダンの体に新たな傷を刻むことができない。
「しかし、飽きてきたな」
どれだけの時間が経ったのかわからない。相変わらずマリアレーサは一方的にダンを打ち据えているが、ダンは全くダメージを受けていない。
何の変化もない。マリアレーサも諦める様子がない。
「隙ありだ」
「!!!」
激しく動き回るマリアレーサ。その動きはまるで暴風のように荒々しく、まさに目にもとまらぬものだった。
だが、ダンはその動きを難なく捉えた。そして、その額にデコピンを食らわせたのだ。
そう、デコピンだ。マリアレーサの額を指で弾いたのだ。弾いただけでマリアレーサは吹き飛ばされ結界に叩きつけられた。
「が、はっ……」
叩きつけられた衝撃で咳き込みその場に膝をつくマリアレーサ。しかし、まだその目は諦めていない。
「いい根性だ」
マリアレーサは立ち上がる。その足はふらふらとよろめいている。
攻撃していたのはマリアレーサだったはずだ。しかし、攻撃していたマリアレーサのほうが見るからに疲弊していた。
それに対してダンのほうは最初の頃と全く変わらなかった。身に着けていた服がボロボロになっている以外は全く変わっていない。
「だが、こんなものではないだろう?」
ダンは感じていた。
マリアレーサはまだまだこれからだ、と。
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