EP25:〝イン・トゥ・ザ・ストーム〟


 ジルと共に、〝イスカ討伐〟の依頼を受けた僕は、ブリーフィングを受けたのちにテュフォン北側の外壁へとやってきていた。


 既にゴーレムには乗り込んでいて、迫る嵐を睨み付ける。


 蠢く三つの嵐が重なったそれは、まるで空を覆う分厚い風の壁のようで、ゆっくりとこちらへと迫ってきていた。


 あの嵐の中に――イスカがいる。


 ジルにはまだ詳しく話せていないけども、僕は知っている。

 あの神は……お母さんによって目覚めたもので、お母さんの意思によって動いていると。


 それが何を意味するのかまでは僕には分からない。


「だけども、だってことは確かだよ」


 そう呟くと、聞いていたのか、右肩に座るレムがため息をついた。


「はあ……。エッタの言う事は信じるし、その遺聖教団のなんやらが言ってたことも、研究所のことを考えると整合性もあるけどさ。それ以外についてはさっぱり理解できない。そもそもエッタのお母さんは何者なの? 神を目覚めさせてテュフォンを襲わせる理由は?」

「分かんない。でも僕がテュフォンに戻ったら、あいつもこっちに向かってきた。多分、あいつの狙いはテュフォンじゃなくて――

「なんで、エッタを」

「それも分からない。でもラブサルは言わなかったけど、きっと僕はイスカを倒さないといけないんだ。それをお母さんは求めている気がする」

「お母さん……ねえ」


 レムが疑うような声を出す。その気持ちも分かる。僕も結局お母さんに直接会えたわけじゃない。エーテルタイドが直撃して、あの地下拠点もそれどころじゃなかったしね。


 ただ本当にその存在を感じることができた。


「多分、イスカを倒せばお母さんに会える。だから倒す。それだけだよ」

「うん、私も出来る限りサポートするね」


 なんて会話していると、向こうから一機のゴーレムがやってくる。肩には黒い犬のエンブレム――ジルだ。


「ヘンリエッタ」


 ジルは確か別働隊のはずだ。というか、僕は単騎での突入なので他に行動する仲間はいないのだけども。


 だとしたら、ジルはわざわざ僕に会いにきてくれたのだろう。


「ジル、大丈夫なのこっち来て」

「すぐに戻る。少し、話がしたくてな」

「うん」

「……君の母親についてだ」

「……うん」


 それから少しの沈黙のあと、ジルが語り始めた。


「昔……まだ俺が本当に若かった頃の話だ。俺は元々西の出身でな。俺と俺の幼馴染みであるフィルはこの街で一旗上げるべく、無理矢理外壁を突破したんだよ」

「壁破りだっけ」


 そういえばラバンがそんなことを言っていた気がする。


「そう」

「そうして傭兵となった俺達は、次々と依頼をこなすようになった。俺は主に作戦立案する後方支援で、フィルが主力。楽しかったよ。俺達は無敵だった。そんな時に、俺達は依頼中にとある少女と出会った。不思議な雰囲気を持つ素敵な子だった。彼女は困っていて、俺達は依頼とは無関係だった彼女を助けることを選択した」


 ここまで聞けば、それが誰のことを指しているのかぐらいは分かる。


「それが……お母さん」

「……ああ。彼女はアリスと名乗った。東の研究所から逃げてきたんだ。まるで、誰かさんと同じだ」

「アリス……それがお母さんの名前」

「彼女は自分が造られた存在だと言っていた。俺達はそれを笑って流したけど、きっとそれが真実なのだろうな。俺達はアリスを保護し、しばらくの間共に暮らした」


 お互いゴーレムの中にいるせいで、顔は見えない。でもジルが悲しげな顔をしているのは分かった。


「ジルは……お母さんが好きだったの?」

「ああ。好きだった。そしてフィルも同じだ」

「……それでどうなったの」

「色々あった」


 それ以上をジルは告げなかった。

 でも、きっと語れないほどの何かがあったんだ。


「色々あって……フィルとアリスは共にテュフォンから去った。それから俺は独りで傭兵業を続けた。そして再びアリスと出会った。それが丁度四年程前だ」

「……そうなんだ」

「だがアリスは出ていった。ただ自分の子供がもしこの街に来たらよろしく、とだけ言い残して」

「だから……ジルは僕の世話をしてくれたんだね」


 きっとあそこでジルと出会えたのも、お母さんのおかげだ。


「どうだろうな。例えヘンリエッタがアリスと似ていなくて、その娘じゃなかったとしても……今と同じことになっていたと思う。だから……だから……。なんだろうな……俺は何を言おうとしているんだろう」


 迷うようなジルの言葉を聞いて――僕はジルのゴーレムに近付き、頭部をソッと彼のゴーレムの頭部に当てた。


「大丈夫。ちゃんと僕は帰ってくる。だからジルも死なないで」

「……ああ。ヘンリエッタも、死ぬなよ」

「うん」


 それがその時、僕達が交わした言葉だった。


 ***


『さーて、準備はいいかい、野郎ども』


 <シューティングレッド>の通信が響く。僕はそれに素早く答える


『女子もいるんだけど』

『おっと、失礼。可憐な淑女である我々のことを失念していた』

『子兎はともかく、あんたは可憐ってガラじゃないでしょ……』

『卵の前にお前の頭を吹っ飛ばすぞ、<デブリーズ13>』


 通信機越しに笑い声が届く。


『ぎゃははは! 御託はいいから、やろうぜ』

『お前らは無駄話が多過ぎる』

『緊張感ねえなあ』

『調子狂うぜ』


 他の傭兵達も会話に混ざってきて、なんだか独特の高揚感に僕は包まれていた。


 緊張はない。恐れもない。

 

『じゃ、ブリーフィングでも言ったけど、あたしの狙撃はあんたらの働きに掛かっているんだから、せいぜい死なずに頑張りな』

『てめえこそ、外すんじゃねえぞ』

『分かってるって。で、<ゴーレムラヴィ1>、覚悟はいいかい? 多分、あんたが一番、負担が多い部分を担っている』


 そう聞いてくる<シューティングレッド>。だけども、僕はそれに当然とばかりにこう返した。


『――問題ない。さあ、跳ねよう』


 それが合図となって、〝イスカ討伐〟が開始された。


 外壁から二つの部隊がそれぞれが担当する嵐へと向かっていく。


 僕が行くべきは――中央の大嵐。


 一気にスラスターを噴かして、僕は空を駆ける。


 今は出力は抑え気味だけども、おそらくイスカとやり合う時は全開にする必要が出てくる。なるべく節約していきたい。


 風が周囲で荒れ狂い、機体が揺さぶられる。


 嵐の中へと入った証拠だ。


 同時に、いくつも機影が目に映る。

 残骸でできた、嵐の獣――ストームビースト。


 当然、僕がイスカへと向かうとなるとその道を阻んでくる。


「悪いけど、雑魚の相手はするつもりはないよ」


 飛び掛かってくるストームビーストに、僕は〝蒼鶴〟を抜いた。今は威力よりも手数重視だ。


 抜刀した二つの刃がストームビーストを斬り捨て、さらに加速。


『エッタ、エーテル濃度が高まってる!』

「了解。レムはシールド張っておきなよ」


 僕がそう言うと、右肩にいたレムが頷き、エーテル干渉を防ぐシールドを展開した。僕はともかく、エーテル生命体であるグレムリンにとって、高濃度のエーテルによる過度な干渉は命取りになる。


 そうして、嵐の中を進んでいくと――


 急に世界が明るくなった。


「あれが――」


 渦巻く風に囲まれた無風地帯。そこに機械仕掛けの女が佇んでいた。


 ところどころが錆び付いているが、どこか神々しい雰囲気を纏っている。


 左手の〝嵐縮砲ウラカン〟はいつでも撃てるように既に極小の嵐が装填されているのが見えた。


 そう僕の一段階目における役割はシンプルだ。【嵐の卵】が破壊されるまで、イスカの援護射撃をできるだけ撃たせないこと。


 攻撃の効かない、超威力の兵器を持つ相手に一人で立ち向かわなかればならない。


 だけども、やれるのは高濃度のエーテル内で動ける僕だけだ。


「おや……? 懐かしい匂いがしたと思ったら……ネレウスの仔か」


 その機械仕掛けの女――イスカがまるで友人とばかりに声を掛けてくる。


 ネレウス。そういえばラブサルがそんなことを口にしていたな。研究所にあったあの機械人形のことだろうか?


 どっちにしても、僕は僕だ。


「――それが誰か知らないけど、多分違うよ」

「そうか……ならば、遠慮はいらないか。お前が神を冒涜したというのなら、それを裁くのもまた、神の定めなのだろう」

「なんでもいいよ。あんたはここで倒すから」


 僕は蒼鶴を構え、地面を蹴った。


「……あはは! そりゃあいい! ならば見せてくれ! この千年でどれだけ人が進化したかを!」


 そうしてイスカが吼え、迫る僕へと――〝嵐縮砲ウラカン〟が放ったのだった。




 



 






 

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傭兵の街のゴーレムラヴィ ~秘匿された実験部隊から抜け出した強化人間の少女は、元英雄に拾われ傭兵となるようです~ 虎戸リア @kcmoon1125

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