第三章:〝さびし神の戦場〟
EP24:〝風と豊穣のイスカ〟
テュフォン中央区――テュフォン災害局内、特別対策室。
そこはまるで戦場のようだった。
今回発生したエーテルタイド及び、嵐。さらにその中心に存在する未知の存在とそれが操っているらしき、機械獣。
それらがゆっくりとテュフォンへと向かってきており、テュフォン総統府が全力でその対策を立てていた。
「データ解析まだか!?」
「ほんとにゴーレムなのか、これ」
「知るかよ。どっちしろ厄介だ」
局員や科学者達が怒鳴り合いながら対策を講じているなか、その隣室には、物々しい雰囲気の者達が集められていた。
そのなかに、ジルとヘンリエッタ、そしてグレンの姿があった。
「皆、集まってくれたことに感謝する。ここにいるのは、いずれもこのテュフォンにおいて優秀な傭兵だろう」
そう皆の前に立って演説しているのは、テュフォン災害局の次期局長と噂される小太りの男――ディードだった。
彼は今回の災害対策の責任者に任命されており、その責任は重い。しかし、そんなものを微塵に感じさせない口調と態度で言葉を続ける。
「さて、今日諸君に集まってもらったのは他でもない。つい先ほど、ギルドを通じて全傭兵に出された緊急依頼についてだ」
だろうな、という顔を傭兵達が浮かべる。ジルもそうだったが、ヘンリエッタは横で首を傾げている。
ヘンリエッタが帰還したその日。
ただの嵐だったはずのものが、とんでもないものに変化……否、成長する。
なぜか嵐が三つに分かれ――お互い少しずつ重なり合いながら、巨大な多重嵐となって、テュフォンに迫っていた。
高濃度のエーテルを撒き散らすそれは、まさに破壊の化身だが――どう考えても自然発生的なものではないとの見解が出た後に、テュフォン総統府はこのエーテルタイドを起因とした嵐を特級災害と認定。
さらに謎の機械獣の出現により、テュフォン総統府は全傭兵へと緊急依頼を出した。
それは簡単に言えば――〝避難行動の支援および危険の排除〟。
テュフォンの民を街から逃がし、かつ襲ってくるであろう機械獣の撃滅しろという依頼だった。
一部の傭兵は一足先に逃げ出しており、真面目なものはこの依頼に応えるべく動くのだが――なぜか一部の者はこうして今日呼び出された。
ジルが見る限り、この場にいるのはディードが言う通り、皆が名の通った腕利き達だった。
そんな者をこうして秘密裏に呼び出すということは――さらに厄介な、あるいは危険な依頼があるということだろうことは、簡単に推測できる。
「これから見てもらうものは、まだ何処に出していない機密情報だ。見れば、強制的に依頼を受けることになるので、辞退するなら今のうちだ」
ディードの言葉を受けてなお、誰も動こうとしない。その程度の覚悟ならそもそもこんなところにノコノコと顔を出さないだろう。
「よろしい。ならば、まずは見ていただこう」
ディードの背後にあったスクリーンに映像が映し出される。
それはあまりにも絶望的な交戦の記録映像だった。
嵐の中に現れた機械獣。謎の兵器。
それらを操る――神を名乗る謎の存在。
「あの人……黒ヤギの人だ」
ヘンリエッタが見覚えのある声とエンブレムに、思わず言葉を漏らす。
「ああ……カルスだ。いけ好かない奴だが……死んでしまったか」
立場上は仲良くなれない人間ではあったが、決して悪人ではなかった。
その場にいた傭兵全員が、沈んだような顔で沈黙している。
ある意味、それは勇敢だった男への黙祷だったかもしれない。
「――我々はこの映像と状況、観測結果から、エーテルタイドおよび嵐は人為的に起こされたと考えている」
沈黙を破ったディードの言葉に、一瞬どよめきが起こる。
エーテルタイドを、嵐を、人為的に起こす? そんなことありえるわけがない――そう一蹴したいところだが、先ほどの映像がそれを許さない。
「我々は、この未確認存在をこの地の古い神話に出てくる女神になぞられて、イスカと呼称する。さらにこのイスカにより大規模エーテル操作……おそらくは魔法の類い、によって生成された機械獣をストームビーストと命名した」
――イスカ。その名をジルは知っていた。
かつてこの地を統べていたという女神の名だ。彼女は常に獣を従え、嵐を起こすという。そのおかげでこの乾いた地であるテュフォンに恵みと豊穣をもたらしたそうだ。
ゆえに、神話ではこう呼ばれている――〝風と豊穣のイスカ〟、と。
だがそれはあくまで神話に出てくる空想の存在だ。
そんなものが実在するわけがない。
だがそんな常識はどうやらこの事態の前では通用しないようだ。
「イスカ及びストームビーストは明確な意思を持って、行動している。目標はおそらくこの街。我々はなんとしても、これの進行を止めなければならない」
そのディードの言葉でこの場に居た全員が、ようやく彼が何を言わんとしているかを察した。
「つまりだ。俺達に、三つの嵐の真っ只中に突っ込んで、あのデカブツと獣どもを倒せと。そう言いたいわけだな」
一人の傭兵がそう発言すると、ディードは頷くもその顔色は明るくない。
「その通り。だが、残念ながらそう簡単なことではない」
そう言って、ディードがスクリーンに資料を映し出す。
そこには嵐の中心に浮かぶ、楕円形のまるで卵のような物体が映し出されている。それが二つ。つまり本体であるイスカが起こした嵐とは別の嵐が発生したのはこれのせいだった。
「別の観測班が命と引き換えに記録した映像だ。先の交戦記録にあったイスカが持つ兵器の一種だろう。これらはどういう原理か自律的に行動しており、それぞれが一つの嵐を生み出している。この兵器を以後、【嵐の卵】と呼称するが、これがとにかく厄介だ、なんせ――」
「防御機能を持っているんだな」
先ほどの映像を見て、ジルがそう先回りして口にする。ディードが苦い表情でそれを首肯した。
「正解だ。この【嵐の卵】は独立して動いているが、イスカに対するあらゆる攻撃を無効化するシールドの発生源である――と推測されている。現にカルス隊長の攻撃は無効化され、観測班の行った狙撃も効かなかった」
「つまりこの卵をどうにかしないと、イスカにダメージは与えられないと」
「だがこれを、これが発生させた嵐とストームビーストが守っている。さらにイスカは迎撃として先ほどの映像でも使用された未知の兵器――〝
やはりあれは〝
ということは、その名称からして既にグレンがそれについての情報を流したのだろう。
「本体を守る卵を狩ろうにも、本体から超威力の砲撃が飛んでくるわけか。しかも厄介な獣がうろちょろしている嵐の中でだ」
「そもそもエーテル干渉が強すぎて、ゴーレムもまともに動けないんだろう? どうにも無理じゃないか」
傭兵達が次々と声を上げていく。
それにディードが答えた。
「エーテル干渉については、本体であるイスカが起こす嵐以外は、影響が少ないレベルだと観測している。だが本体に関しては……近付くことさえ不可能だ。カルス隊長の二の舞になるだろう」
「じゃあどうするんだよ」
それに対する答えとして、グレンが前へと進む。
「ここから先はあたしが話させてもらう。まず結論から言うと、この【嵐の卵】はのうちの一つは、超々遠距離狙撃で撃墜する」
「おいおい、それが出来たら苦労しねえよ。あの嵐の中でそんな狙撃ができてたまるか」
「それが出来るんだよねえ――〝
そうしてグレンの背後のスクリーンに、〝
「実はこいつを入手していてね。だから本来イスカはあれを二本ぶっ放すようなやべえ奴だったわけだ」
「……嘘だろ?」
「本当だとも。だが、こいつが本当にとんでもないスペックでね……たぶん、現状のゴーレム技術では一発撃つだけで精一杯だ。しかも本来の威力の五分の一程度の威力に抑えてやっとだ」
「……それで、どうするんだ」
「これで、まず【嵐の卵】の一つを撃墜する。さっきは威力が五分の一程度しかないと言ったが、はっきり言ってそれで十分だ。さらに副次効果で、おそらく嵐を一瞬だけだが、かき消せる」
そうして、次の画像が映し出された。今回行われる作戦の概略図だった。
「まずあたしが〝
「……最初の狙撃を外したらどうするんだよ」
「あはは、そうなったらもうまさしく、神のみぞ知るってやつだな。そういうわけで、狙撃の精度を上げるためにも、ターゲットの位置を出来る限り正確に分かる必要がある。つまり、誰かが突っ込む必要がある」
そこまでグレンが説明すると、場が再び沈黙に包まれた。
あまりにも無謀な作戦だ。
「……我々としても、他の方法を模索したが、これが一番確度が高いと判断せざるを得なかった。腕利きかつ経験豊富な諸君だからこそ、頼める仕事である。第一段階である【嵐の卵】の位置把握、および周辺のストームビーストの排除。第二段階である、もう一つの【嵐の卵】の撃墜。そして最後にイスカ本体の破壊。これらをここの者達でやってもらいたい」
「おいおい、テュフォンの正規部隊は動かないのかよ」
「残念ながらテュフォン防衛と避難活動に手一杯だ。知っての通り、この街は規模のわりに軍人が少ないからな。誰のせいとは言わないが」
ディードの皮肉ったジョークに、誰も笑わない。
「間違いなく被害が出る依頼であることは承知だ。だが、力を貸してほしい。テュフォンを守ってほしい」
そんな言葉と共に、ディードが頭を下げた。
「……ジル」
ヘンリエッタがジルの服の裾を引っ張った。
分かっている。分かっているさ。
「――俺は参加する」
ジルがまっ先にそう声を上げた。全員の注目が集まると同時に、その横にいたヘンリエッタがそれに続く。
「僕も。多分、僕と僕のゴーレムならイスカを何とかできる」
その発言を皮切りに、傭兵達が次々と参加を表明した。
「よろしい。では、これから詳しい作戦を伝えるが――そこの君」
ディードがヘンリエッタへとその太い指を差した。
「なに?」
「さっきの発言は、どういう意味だ? 君はジルの要請で特別に参加させたが、本来なら新人には出番のない依頼だ」
そのディードの疑問に答えようとジルが口を開く前に――ヘンリエッタが当然とばかりに、こう答えたのだった。
「僕のゴーレムなら、エーテル干渉を無効化できる。現にそれであの嵐を突っ切ってきた。だから卵と獣は任せるけど、あの神は――僕が殺す」
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