間話
EP23:〝その神は嵐を起こし、獣を従えた〟
サイレントライン南部――〝風化した墓標〟
風が吹き荒ぶ暗い大地を、三機の黒い機体が駆けていく。それぞれの肩には黒ヤギのエンブレム――〝テュフォン総統府直轄治安維持部隊〟、<バフォメット>である証拠が貼られてある。
その三機のうちの先頭を行くものが通信を飛ばす。
『クソ……なんで治安維持部隊の俺達がこんなことをしないといけないんだ。テュフォン外の災害の観測調査なぞ、災害局の仕事だろうが』
そう愚痴るのは、東区部隊の隊長であるカルスだった。
『隊長、仕方ないっすよ~。うちの区画で〝壁破り〟があったうえにその相手を取り逃がしているんすから』
『最近冷遇されてるよなあ、うちの部隊』
そんな部下達の通信に、カルスが唾を飛ばす。
『黙れ、<バフォメット23>、<バフォメット21>! そんなことは分かっている! クソ、あの傭兵め……』
目の前にいながら、結局捕まえることができなかったあの兎のゴーレム。その姿を忘れた日はない。
更に腹が立つことに、あのゴーレムとそれを駆るあの傭兵は、最近傭兵達の間でも持てはやされているらしい。
『傭兵風情が……クソ』
『あはは、あの傭兵、<ゴーレムラヴィ1>でしたっけ? もうCランクらしいっすよ。いやあ、強かったっすもんねえ』
『街に蹴落とされてヘラヘラ笑っていられるのは貴様だけだぞ、<バフォメット23>!』
カルスがそう部下を叱責していると――アラーム音が鳴り響く。
『――前方より異常な魔力反応を感知。ただちに警戒を』
随伴させているグレムリンからの無機質な声に、カルスが顔をしかめる。
『ちっ、またエーテルタイドか? 総員、衝撃およびエーテル干渉に備えろ!』
『――了解』
『了解です』
カルス達が、最近配備された最新のエーテル干渉防止壁発生装置――通称エーテルシールドを起動させる。
これは外部からのエーテル干渉をある程度防ぐ最新パーツであり、エーテルタイドの影響を受けている場所では必須の装備となる。
今回はこのパーツのテスト兼エーテルタイドおよび、南下しつつある嵐の観測調査が目的なのだが――
『――エーテルタイド感知できず。前方、嵐の中心地らしき場所に異常な魔力反応。未知の反応です』
グレムリンからの報告に、カルスが眉をひそめた。
『あん? 未知の反応ってなんだ』
『分かりません。ですがこれはゴーレムに近しい反応です』
『は? なんで嵐の中心にゴーレムなんていやがるんだ。何かの間違――』
カルスがそう言葉を返そうとした瞬間――
『極度の魔力反応、回避してください』
そんなグレムリンの冷静な声を掻き消すよう轟音と共に、暗闇を緑の渦巻く何かが引き裂いた。
『え? なにこ――』
それが<バフォメット21>の最後の通信だった。
渦巻く球体状のそれが<バフォメット21>へと命中。エーテルシールドを張り、さらに耐熱、耐衝撃に優れているはずのゴーレムが、一瞬で跡形もなく消し飛んだ。
同時に爆発的な速度の風が周囲に撒き散らされる。
『な、なんすか今のは!』
『<バフォメット21>!?』
カルスも部下も、轟風に機体を吹き飛ばされて、地面を転がっていく。
『未知の兵器による攻撃と判断。すぐに退避してください』
『どういうことだ!? なぜ攻撃される!?』
すぐに起き上がったカルスの目に、<バフォメット21>が立っていたはずの場所が、まるで爆弾でも落とされたかのように抉れているのが映る。
なんだ、何が起きた。
『警告します。更に未知の魔力反応多数――来ます』
風が荒れ狂う前方で、何かが蠢いている。
そしてカルスは見てしまった。
大地が風で削れ、そこに埋もれていた兵器の残骸や鎧人形のパーツがまるで風で操られるように一カ所に集まり、何かを模した形に組み上がっていく様を。
それは、四足の獣のような姿になると――頭部に二つの赤い光を宿した。
そんな残骸の獣とも言うべき存在が、次々と現れてくる。
『何が……起こっている』
『とにかく撤退しましょう! 絶対にヤバいっすよ、あれ!』
残骸の獣達が、不気味なほどに同じタイミングでカルス達へと視線を向けた。
それが合図となり、獣達が金属を軋ませる音を響かせながら疾走を開始。
『<G-7>、すぐに録画していたデータを本部に送れ』
カルスがそうグレムリンへと命令する。
『かしこまりました』
『隊長、逃げましょうって!』
『分かってる! だが誰かがこれを記録し、送らな――くそ、応戦しろ!』
すぐに追い付いてきて獣達へと、カルスがアサルトライフルを放ちながら、光子ブレードを抜いた。
もはや逃げることは不可能だ。
『クソが!』
カルスが前方を睨み付けた。分厚い、逆巻く風の壁の向こうに、何かがいるのは分かっている。
せめて、その正体だけでも。
『――<バフォメット23>、貴様はさっさと撤退し、ここで見たことと記録を全て本部に伝えろ』
『は? 隊長はどうするんすか!?』
『……せめて<バフォメット21>の仇の顔を一目見てくる』
『いや、ダメですって!』
『いけ!』
その言葉と同時に、カルスがゴーレムのスラスターを全開にして、前方へと駆けていく。
別にこの任務に対する義務感だとか、職務をまっとうしたいとか、隊長という立場の責任感だとか、そういう考えは一切ない。
ただ部下をあっけなく殺した相手に、一発でも弾をブチ込みたい――その一心だった。
『ああああああ!』
雄叫びを上げながら、カルスが獣の群れへと突っ込んでいく。迫る獣を蹴飛ばし、斬り捨て、前へ前へと進んでいく。右腕が獣によって噛み千切られても、その足を止めない。
『警告。周囲のエーテル濃度が急上昇。エーテルシールドの許容範囲を超えます』
『あと少し……あと少し!』
アラーム音が鳴り響き、エーテル干渉のせいでゴーレムの反応が悪くなっていく。それでも、カルスは止まらなかった。
そうして分厚い風の壁の向こうへと、足を踏み入れたその先。
そこは明るく、無風だった。
「――誰ぞ」
凜とした女性の声が響く。聞いただけで、跪きたくなる衝動に駆られるような、圧力の籠もった声。
それでもなおカルスは顔を上げて、ソレを睨み付けた。
それは美しい女だった。
否、女ではない。その体は機械化していて、歪な形の翼が背中から突き出ている。左手には背中の翼と繋がっている、巨大な筒のような武器が握られていた。
何より、ゴーレムを一回り大きくしたようなその巨体が、人間であるはずがない。
その左右には、人の頭ほどある、まるで卵のような楕円形の物体が二つ浮いている。
『なんだお前は……』
活動限界に近付き、動くことすら叶わないゴーレムの中で、カルスが精一杯の虚勢を張る。
分かっている。ここからどう足掻いたところで、目の前の存在に勝てないことを。それでもカルスは目を逸らさなかった。
「ああ……戦場に風が吹く」
女の左右の翼が合わさって輪となり回転、エーテル光が放たれる。その回転が風を生み、やがて暴風となったそれが翼を通して左手の砲へと集まり、圧縮されていく。
細長い長方形型の筒が――中心部から上下に割れていく。まるで、竜がその細長い顎を開くが如く。
上下に割れた砲身に、エーテルが雷のように走っていく。
砲身が竜の顎だとすれば、それはまるで牙のようだ。
雷牙を持つ竜の顎に――渦巻く風の砲弾が装填される。
カルスはすぐにそれが、<バフォメット21>を消し飛ばした、あの謎の攻撃の正体だと気付いた。
だが気付いたところで――もう手遅れだ。
「神に挑むその気概や良し。だが其方のその行為――愚行と知れ」
圧縮された風が砲身内で加速し、砲弾となって射出。
それは言わば、砲弾サイズとなった、一つの嵐だ。
とんでもないエネルギー量と破壊力を秘めたそれが目の前に来てなお、カルスは膝を折らなかった。
代わりに最後の力で、アサルトライフルのトリガーを引く。
だがカルスの撃った弾は、彼女の左右に浮く卵型のデバイスから発生したシールドにあっけなく阻まれてしまう。
そうして圧縮された嵐がカルスへと着弾。その瞬間ですら、カルスは笑っていた。
『かはは……デタラメすぎるだろ……くそっ……たれが――』
それが――カルスからの最後の通信だった。
神が再び……世界へと降臨した瞬間である。
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