EP22:〝ヘンリエッタの帰還〟


「ラバン、レム!」


 ジルがそう叫ぶと同時に、内壁の上の倉庫へと飛び込んだ。


 開けた扉から強風が中へと吹き込む。


 外は昼間だというのに暗く、北の空で何かが渦巻いていた。


「ジル! すまんが、もう通信は切れてしもうた」


 倉庫内にある通信機の傍にいた作業服を着た老人――ラバンが汗だくのジルを見て、そう残念そうに声を掛ける。


「でも、エッタ無事だったよ!」


 レムがはしゃいだような声で、ようやくジルが安心したかのように大きく息を吐いた。


「そうか……よかった……本当によかった」


 サイレントラインでの依頼、およびヘンリエッタの失踪から既に二日が経っていた。

 

 〝嵐縮砲ウラカン〟を回収、撤退後、すぐにヘンリエッタの捜索と救助を行おうとしたジルとグレンだったが――その後、とんでもない天災に見舞われることになった。


「まさか、あのタイミングでサイレントラインに小規模とはいえが起きるなんてな……偶然にしても不吉すぎた」


 ラバンが静かに口にしたその天災の名は――エーテルタイド。

 

 それはこの世界……とりわけ大陸の中央部に位置するテュフォンで生きていくうえで避けることのできない、災害の一種である。


 簡単に言えば、それは大陸の地下深くを走るエーテル環流の突発的噴出である。地面より噴出したエーテルはまるで津波のように周囲に広がっていき、あらゆるものをエーテルの海に沈めてしまう。


 高濃度のエーテルは人体には有害であり、さらに魔導技術の基盤とも言えるエーテルドライブもこれの前では全て無力化してしまうため、現代の人類にこれに対抗する術はない。


 当然、街や村の近くで起きれば、間違いなくその街も村も全滅してしまう。それほどの災害なのだ。


 未だにそれが起きる原理は解明されておらず、予測も不可能。出来ることは、エーテル環流が流れているであろう付近には街を作らない――この程度である。


 ライフラインをエーテルに頼る人類であるがゆえの、皮肉な結果ではあるが。


 結果として、サイレントラインで突如起きた小規模なエーテルタイドによって、ジル達は防壁のあるテュフォンまで避難せざるを得ず、地下へと連れ去られたヘンリエッタの自力での帰還は絶望視されていた。


 さらに大気もこれの影響を受けてかサイレントライン周辺一帯には嵐が発生し、二日経った今も消えずに吹き荒れている。


「しかしどこから、それにどうやって通信を?」


 このエーテルタイドのおかげで、通信機は軒並み使えないはずだ。しかしそれに対する答えは、ジルにとって信じがたいことであった。


「遺聖教団の地下施設からだってさ。ただ、流石に大気のエーテルが乱れすぎて、ノイズだらけだし、すぐに切れちゃったけども。まあそもそもここまで通信を届けられたのが奇跡だよ。どんな出力の通信施設を持っているのやら」


 レムのその説明に、ラバンが補足を加える。


「どうやら捕虜ではなく、客人待遇で過ごしているそうだ。なんか、リメンが美味しくてそればっかり食べているとかそんなことを言っておったわ」

「……どういう状況なんだそれ」

「わからん。だが、今日中には戻ると言っておったぞ」

「この嵐の中をか? エーテルタイドもまだ収まっていないのに」


 観測によると、嵐の中心地のエーテル濃度は依然として高く、近付くのはかなりの危険が伴う。そこから脱出するとなると、当然ゴーレムも車両も動かず、無理矢理やるとすれば防護服を着ての徒歩になる。


 だが距離を考えればあまりに非現実的すぎる。


「なんかエッタのゴーレムは特別製だから、エーテルの影響を受けにくいとかなんとか」

「……そうなのか?」


 確かにヘンリエッタのゴーレムは特別製であり、ジルですら知らないようなシステムやパーツが沢山使われている。


「私にも分かんない……そんな仕様なかったと思うけど」

「……不安だ」


 ジルが一度安心したもののソワソワが隠せず、思わず煙草に手を伸ばしてしまう。


 この二日間、ずっと自分を責めていた。


 全ては自分のミスだった。遺聖教団が介入してくることは分かっていた。だがどこかで、何とでもなるとタカをくくっていたのだ。結果として、サポートするべき相手を、大事な人を敵勢力に鹵獲されてしまった。


 それは作戦立案および指揮を任された自分の責任だ。


 何が元英雄だ。


 ヘンリエッタと関わり、少し欲を出してしまった結果がこれだった。


 また同じ過ちを繰り返すというのか。


「とりあえず希望はある。どんな状態か分からんから、まずは北門まで迎えに行こうじゃないか、なあジル」


 悲壮感を出すジルの背中を、ラバンが力強く叩いた。


「ああ……! すぐに行こう! トラックを回してくる!」


 そう言って走り出したジルを見て、ラバンとレムがお互いに目を合わせ、無言で肩をすくめたのだった。



***


 テュフォン北区――外壁北門。


 トラックを乱暴に止めると、運転席からジルが飛び出した。


「ヘンリエッタ!」


 ジルの視線の先で、ヘンリエッタが何やら門の警備兵達に囲まれていた。傍らには一見すると無事な様子の【ヴォーパルバニー】がある。


「いや、だから、嵐の中を突っ切ってきただけだって」

「そんなわけあるか! この身分証も偽物だろ!? 大体その若さでCランクとかありえん」

「そう言われても……あ、」


 どうやらこの嵐の中、外からやってきたことを警備兵達に不審がられたようだ。ジルは慌てて駆け寄ると、ギルド証を取り出した。


「傭兵のジルだ。彼女も傭兵で俺の仲間だよ。ギルドに問い合わせてくれてもいい」

「いや、そうは言われてもハイそうですかで、解放なんてしてたら仕事になら――」


 警備兵が言葉の途中で、ジルのギルド証に書かれているランクを見て、目を剥いた。


「え、Sランク!? こ、これは大変失礼いたしました! おい、すぐに解放しろ!」


 あっという間にヘンリエッタが解放され、関わってはマズいとばかりに警備兵達が足早に去っていく。


 その場に残されたのは、ヘンリエッタとジルだけだった。


「……ただいま」


 無表情のまま、ジルを見上げるヘンリエッタ。それを見てジルは微笑むと、彼女の頭を撫でた。


「おかえり。怪我はないか?」

「うん。ゴーレムも無事」


 ヘンリエッタの答えにジルが満足そうに頷いたあとに、後ろへと振り向いた。


「トラックに乗ってきたから、そこまで運ぼう。話はそれからだな」

「分かった。ジル……ごめん、すぐに戻ってこれなくて」


 ジルの背中に、ヘンリエッタが申し訳なさそうにそう謝罪した。


「いや、謝らないといけないのこっちの方だ。俺の作戦のせいで……」


 ジルが重苦しい声でそう返す。無事で済んだからよかったものの……下手すればヘンリエッタは命を失っていたかもしれない。


「僕のミスでもあったよ。それに……遺聖教団に捕まったことも結果的に、悪いことじゃなかった」

「それはどういう意味だ?」

「だって直接は会えなかったけど……


 その言葉を聞いて、ジルが足を止めてしまう。


 見付かった?


「ヘンリエッタ、それはどういう意味だ」


 ヘンリエッタへと顔を向け、ジルは無意識のうちに彼女へと詰め寄っていた


「そのまんまだよ。お母さんは、遺聖教団の施設のすぐ近くまで来ていたんだ」

「本当か!? 顔は見たか!?」


 気付けば、ヘンリエッタの細い肩を掴んでいた。


「ジル……痛いよ。さっきも言ったけど、直接は会えなかった。でも気配は感じた」

「す、すまん」


 慌ててヘンリエッタから手を離すジル。その手が微かに震えている。


「ねえジル。ジルって僕のお母さんのこと――何か知っているんでしょ」


 ヘンリエッタがやはり無表情のまま、ジルをまっすぐに見つめた。


「それは……」


 ジルは言葉に詰まってしまう。まさか、勘付かれていたとは思っていなかった。だけどもそれは……ヘンリエッタを自分が軽視していたことに他ならない。


「別に、無理に話さなくても大丈夫だよ。きっと、ジルにはジルの考えがあったと思うから。それを悪いとも思ってない」

「俺は……」


 それ以上の言葉が出て来ない。

 なぜか風が強くなってきていて、その音と鼓動の音がやけにうるさい。


「ジル。多分お母さんは……


 そう呟いたあとに、ヘンリエッタが北へと視線を向けた。


「ほら――来た」


 その言葉と共に――テュフォン中にサイレンが鳴り響く。


『テュフォン災害局より速報です――サイレントラインにて停滞していた嵐ですが、。予想進路にこのテュフォンも含まれており、甚大な被害が予想されます。繰り返します、サイレントラインにて――』



*作者からのお知らせ*

次話は間話となり、その次からはラストとなる第三章となります。

引き続きお楽しみいただければ幸いです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る