EP21:〝模倣するもの、されたもの〟
気付くと、いつの間にか僕とゴーレムの拘束が解かれていた。
そこはいわゆるゴーレム用の整備ドックで、特に周囲を武装したゴーレムに取り囲まれているわけでもなかった。
そのドックもその先に広がっている空間も、言われなければ地下だとは思えない場所で、元々僕がいたあの研究所とよく似ていた。金属製の壁や床、よく分からない機具、どこか焦点が合っていない人々。
違う点があるとすれば、ここにいる人々は白衣ではなく、どこか宗教めいたローブを着ているところぐらいだろうか。
『――出てきてください。心配せずとも、悪いようにはいたしませんよ』
僕の隣のドックにあの蜘蛛が静かに佇んでいる。そこから出てきたのは、長髪の痩せ細った男だった。
眼鏡を掛けているので知的に見えるけども、どこか人を不安にさせるような雰囲気を纏っている。
さてと。問題はここからどうするかだ。
周囲を見る限り、脱出できそうな場所はない。無理やり突破したとして、果たしてエーテル残量がもつかどうか。当然の如く、通信機は全く機能していない。
だけども、なぜだか僕はあの長髪の男は嘘を言っていないような変な確信があった。
多分、いきなり拘束したりなんだりはしてこない気がする。
いずれにせよ、ここにいたところで何も事態は好転しない。何より、お腹が空いてきた。
「出てもいいけど、僕のゴーレムに指一本でも触れたら殺すからね。あとお腹空いたからなんかご飯」
そう言いながら、僕がゴーレムから出ると――なぜかその長髪の男が驚いたような表情を浮かべた。
「おお……その髪、その瞳、その顔……やはりですか。〝
「……というか、あなた誰」
僕がそう聞くとその男は大仰な仕草で、まるで神に祈るかのようなポーズを取った。
「これはこれは失礼いたしました。私は遺聖教団聖遺物管理課所属執行部隊、<土蜘蛛>のラブサル・アイゲンと申します。どうかお見知りおきを――白巫女様」
「……シロミコじゃなくて、ヘンリエッタって名前だけど。誰かと間違えてない?」
僕がそう返すと、その男――ラブサルがクツクツと笑い始めた。
「くくく……確かに仰る通りですな。まるで記号のような呼び方は気に食わないと。ならば、ヘンリエッタ様とお呼びしましょう。では、どうぞこちらへ。食事を用意いたします。それと、言われずとも誰も貴方の天使に触れはしないでしょう。無許可で聖遺物に触れようとするような自殺志願者はここにはいませんから」
今、この人、僕のゴーレムのことを天使と言ったな。
やっぱりここ……僕が元いた研究所と繋がっている気がする。今さらだけども、あの蜘蛛みたいなゴーレムもいかにもあの研究所の所長であるマリエッラが作りそうな機体だ。
「ここはエステオンと繋がりがあるの?」
僕がドックを抜けて、通路へと入っていくラブサルの後についていきながら、そう聞いてみた。
「おや? どうしてそう思うのですか」
「元々僕がエステオンの研究所にいたから。ここはそことよく似ている」
「なるほど。ですが、それは少し間違っていますね。ここが研究所に似ているのではありません。研究所が――ここの模倣なのですよ」
研究所がここの模倣? それはどういうことだろうか。
でもそれを聞く前にラブサルが一つの扉の前で立ち止まった。部屋の前には兵士らしき男が立っている。
「こちらで、食事にしましょう」
扉の先は沢山の書物と祭壇が置かれた、こじんまりとした部屋だった。多分だけどラブサルの私室な気がする。
僕はその中央にあるテーブルの前にある椅子を勧められたので遠慮無くそこへと座るった。
「食事を」
ラブサルが部屋の前にいた兵士にそう命令すると、彼は無言のまま頭を下げて、どこかへ去っていった。どうやらラブサルはそれなりの立場の人間らしい。
「ヘンリエッタ様のような方を迎え入れるにはいささか見苦しい場所でありますが……あまりその御姿を他の信者達に見せるのは得策ではないので、どうかご寛恕を」
「別にここでいいけど」
「ありがたき御言葉……さて、何から話しましょうか。まさか聖遺物回収任務で、こうして天使と白巫女に出会えるとは思ってもみませんでした。今から思えば、少し乱暴な招待の仕方だったと反省しております」
ラブサルが不器用な笑みを浮かべる。いや、招待というかあれはもう完全に強奪とかそういう感じだったけども。
「あ、とりあえず、通信機借りたいんだけども」
「構いませんよ。ただし、ここから出ていくのは少し待っていただきたい」
どうやら通信機は使わせてくれるらしいけど、すぐに解放する気はないみたいだ。
「なんで? ご飯食べたらすぐ帰りたいけど。みんな心配しているだろうし」
「ええ、ええ。お気持ちはよーく分かります。私も、〝
その時のことを思い出したのか、ラブサルの顔に怒りの表情が浮かぶ。心配というより、激怒って言う方が正しいんじゃないかな……?
「ですが――今出るのはあまりオススメできません。どうにも〝祭壇〟周りが騒がしくて」
「どういうこと?」
「どこから説明したものか……とりあえず食事でも取りながらゆっくりと話しましょう」
丁度、さっき出ていった兵士がトレーを持って戻ってきていた。僕とラブサルの前に、深めの皿に入ったスープが置かれる。乳白色のスープの中には、麺らしきものが混じっていて、何かの肉を焼いたものがその上に載っている。
「これは?」
「おや、リメンをご存知ないのですか? 人類が生み出した最高の料理ですよ。どうぞ、温かいうちに」
僕は勧められるがままに、添えつけのフォークでその麺を掬って口へと運ぶ。不思議な味わいだけども、確かに美味しい。多分、このスープが凄く美味しいんだ。
ラブサルはというと、二本の細長い棒を器用に使って、麺を啜っていた。その顔には歓喜の表情が浮かんでいる。
それから無言でしばらく麺を啜ったあと、ようやくラブサルが口を開いた。
「さて、色々と聞きたいことはあるでしょうから、どうぞ質問してください。答えられる範囲で全てお答えいたします」
「えーっと。とりあえずさっき言ってた、研究所がここの模倣ってのはどういう意味?」
僕がそう聞くとラブサルが、ふむ、と少し考えた後に口を開いた。
「簡単に言えば、聖遺物研究の第一人者である我々遺聖教団の技術を盗用したのが、かのマリエッラ・ストロヴェリその人です」
「所長が?」
「ええ。とても優秀な研究員でしたが、まさか東のスパイだとは。だから、彼女がエステオンに戻り、聖遺物の研究を続けていたのであれば、当然それがここと似通うのも無理はない。聖遺物研究の最前線は――依然としてこちらにあるのですから」
どうやら遺聖教団という連中は、僕の想像以上に大きい組織だと分かる。あのエステオン帝国の研究所の前身となるぐらいなのだから。
しかしそうなると……やっぱり僕と僕のゴーレムにその聖遺物とやらが関わってくることになる。なんせ僕達はマリエッラ曰く、〝最高傑作〟なのだから。
「ですが、驚きましたよ。まさか巫女様の複製を成功させ、さらに聖遺物から天使を生み出してしまうとは。素晴らしい技術です。流石はマリエッラ」
「むー、さっきから言っているその巫女様って何。さっきも僕のことをそう呼んだよね」
そう不満そうに聞くと、ラブサルが驚いたとばかりに目を見開いた。
「おや、それを知らないとは意外でした。とはいえ、説明すると長くなりますな。簡単に言えば……この世界にはかつて偉大なる神々がいたのです。」
「それは物理的に?」
「ええ、物理的にです。遺聖典によると、真星暦345年……今から千年以上も前の話ですが、神達を束ねていた偉大なる創造神がお隠れになったのです。これにより神達は自身の意図で動きはじめ、それぞれの領地の人間を率いて、百年以上戦い続けた。のちにこの戦争は偽神神争と呼ばれるようになりました」
それは僕が全く知らない歴史の話だった。どこまで本当かは分からないけども。
「この戦争によって人類は神より授かったエーテル操作技術――のちの魔法技術の礎を造り上げました。そうして真星暦896年に偽神神争は、神達の必要以上の戦闘行為および、その活動限界によって、終結。ほとんどの神達が破壊されたなか、一部の神は他の神のパーツを取り込むなどで、破壊を免れました。しかしその消耗は大きく、残った神達も全て眠りについた……結果、当時アジーラ大陸で最も大きな領地を持つグランゼンが西部を、そしてエステオンが東部支配するようになりました。あとの歴史は、まあ皆様が知る通りですね」
「待って。神が他の神のパーツを取り込む? それってどういうこと?」
まるで……神が機械か何かみたいな言い方だ。
だけども僕のその予測は――正しかった。
「ええ、ええ。その通りです。神とはすなわち、創造神がこの世界を創造するために造り上げた、機械仕掛けの存在なのです。そうですね、我々が乗るゴーレムも、エステオンが発明したものですが、これも元々聖遺物に使われている技術の解析研究から副次的に生まれたものです」
「え、じゃあゴーレムって」
「神の模倣――人が造り上げた、神の偶像なのですよ」
信じられない話だった。でも今思えば……あの研究所にあったあの機械人形……あれはもしかしたらラブサルの言う、神だったかもしれない。
「もちろんただの模倣で、今のゴーレムに神性など微塵もありません。ですが……貴方のものは違う」
「どういうこと」
「貴方が乗るあの機体は――神のパーツを使っているのです。つまりは聖遺物そのものなのですよ。冒涜にも程がある」
ラブサルが静かに怒っている。
なるほど……彼らからすれば、神は崇拝、研究するものであって、それを利用するものではないということかな。
「もちろん、ヘンリエッタ様には罪がありません。貴方はただ、そうあれかしと作られただけですから。貴方は遥か昔にお隠れになった創造神の依代たる巫女様の、その模倣なのです。だから我々はそれを白巫女と呼んでいます。なんせ巫女様は赤いですから」
僕が造られた存在だと彼は知っている。
ならば――僕があと聞くべきことは一つだけだ。
すっかりリメンを食べ終えた僕は、ラブサルにこう問うた。
「――僕は母を探すためにテュフォンに来た。その巫女様が多分僕の母なんだと思う。彼女は今、どこに」
すると――轟音と共に部屋が揺れた。
「さきほど、すぐにここを出るのが得策ではないと私が言ったことの意味に繋がりますが……貴方の母上、つまり巫女様――〝赤の女王〟は……」
ラブサルが意味深な笑みを浮かべ、手をスッと真上へと伸ばし、こう言ったのだった。
「すぐ上にいますよ。やれやれ、巫女様もやることが強引だ。まさか封印を解き……神を目覚めさせるとは」
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