EP20:〝人形劇〟


『<シューティングレッド>は援護射撃、<デブリーズ>はすぐに西側へと移動しろ!』


 <バーゲスト>の叫びが通信機から聞こえてきた。


『僕は?』


 そう聞くと<バーゲスト>からすぐに命令が返ってくる。

 それは短く、シンプルなものだった。


『<ゴーレムラヴィ1>――


 同時に、鎧人形が二体同時に襲いかかってくる。片方は剣、もう片方はメイスのような武器を持っている。


 だから僕は腰から一対の剣を抜きつつ、その命令に応える。


『――了解』 


 左手の防御用短剣〝鶴刃〟で迫る剣を弾き、メイスを避けつつ右手に持つ〝蒼翼〟を薙ぎ払う。


 蒼炎纏う一閃が、二体の鎧人形の首を切断。その体が蒼炎に包まれていく。


『着火したということは、やはりエーテルで操られた無人機か』


 それを見た<バーゲスト>が確信を得たかのようにそう呟いていた。


 まあなんであれ、カヅチ焔が効くなら何の問題はない。


 僕は加速し、渓谷の出口がある西へと疾走。ただし全力ではなく、箱を持ったせいで機動力が少し落ちている<バーゲスト>がついてこられるレベルの速度だ。


 当然、鎧人形達が僕達へと殺到してくるが――


『動きがトロいね』


 赤いエーテルのレーザーが迫る鎧人形達を薙ぎ払った。


『左右と背後の敵はこっちで抑えるから、あんたらは前だけ向いて走りな!』


 <シューティングレッド>がそう叫ぶと同時に、再びエーテルキャノンを放った。


 流石の狙撃精度だけあって、的確に鎧人形を落としていく。


『渓谷出口まで、約千五百メートルだよ!』


 レムが残りの距離を教えてくれる。僕だけならすぐにいける距離だけども、今回はそうはいかない。


 僕は前から突撃してくる鎧人形の胴体を斬り飛ばし、そのまま飛翔。背後にいた<バーゲスト>は斬られて地面へと倒れたその鎧人形を飛び越えながら、ハンドガンを乱射。


 それは槍を投てきしようとしていた鎧人形の手を的確に狙ったもので、次々と槍を撃ち落としていく。


 やっぱりジルは只者じゃない。


『まだまだ、うじゃうじゃいるよ!』


 レムが言う通り、進路は鎧人形で埋め尽くされていた。しかし、僕達の上を何かが通り過ぎる。


 それは僕達の前方に次々と黒い物体を発射していき、その飛翔体の群れが地面に触れた瞬間に爆発が起きる。


『あ、こないだ買った〝爆撃型噴進弾〟撃ったらから避けてね』


 爆炎の中を突き進む僕らへとそんな通信が届いた。どうやらさっきの奴は<シューティングレッド>が撃ったものらしい。


『言うのが遅い!! あとちょっと速く進んでたら巻き込まれていたじゃない!』


 レムが文句を言うが、少なくとも敵はかなり減ったので僕としては問題ない。


『悪い悪い。つい興奮して撃っちまったからさ。いやあ気持ちいいねえ、雑魚をまとめて吹っ飛ばすのって。でも、これで脱出路は出来ただろ?』

『それはそれ!』


 敵の数を見るかぎり、このままいけば無事この場から脱出できるはずだけども……果たしてこれだけなのだろうか。


 そんな僕の危惧を、やはり<バーゲスト>も感じていたようだった。


『油断するな。敵の攻勢がこれだけとはとても思えない。まだ本命は来ていないと思え』

『僕もそう思う。もし来るとしたら――下からだよ』

  

 僕は爆撃で左半身が吹っ飛んでなお、襲おうとしてくる鎧人形を斬り捨てる。


 さっきから蒼炎の動きを観察していると、まずは胴体が燃えたあとに、炎が足へと移動しているのが見えた。その後、地面に当たって消えている。


 あの鎧人形は無人機で、エーテルによって操れられていると言っていたけど、じゃあそのエーテルがどこから来ているかというと、炎の移り方からして――足下……つまり地面から来ていることになる。


 だからそれを<バーゲスト>に伝えようとした瞬間――遅すぎたことに気付く。


『エッタ! 前方の地面から魔力反応!』


 レムの警告と同時に、渓谷の出口付近で地面が爆発。砂と土が舞い、砂塵の中に、何か歪な影が見えた。


 肌を刺すような感覚。


 あれは多分、ヤバい奴だ。<オーガスレイ>と対峙した時ですら感じなかった、危機感。


 だから僕は一気に加速。


『<ゴーレムラヴィ1>!?』


 <バーゲスト>が驚いたような声を上げるけども、それに説明している暇はない。


 僕は砂塵の中で蠢くそれへと、剣を放った。


 火花が散り、それが止められた。ならばと左手の短剣を差し込む。それも弾かれてしまう。


『援護する!』


 同時に<バーゲスト>による射撃が行われるが――おかしい。

 それすらも何かに阻まれて、防がれてしまう。


 僕の両手の剣は別々に止められた。相手がゴーレムだとすると、それで両手は塞がれているはず。なら、どうやってエーテル弾を防御した?


 そう疑問に思った瞬間に、風が吹いた。


 砂塵が消え、僕はその答えをまざまざと見せ付けられる。


『なに……これ』


 レムが唖然とするのも仕方がない。


 僕の両手の剣は、爪状になっている二本のに止められていた。視線を上げると、相手が左手に持つ盾には<バーゲスト>の放ったエーテル弾が着弾した痕が残っていて、右手には槍のような杖が握られている。


 普通に考えればゴーレムには不可能な行動、そして体勢だ。


 だけどもそれはいとも簡単にやってのけた――なぜなら。


『……蜘蛛だと?』


 <バーゲスト>の言葉通り、それはの形をしていた。その横の地面には縦穴が空いている。どうやらずっと地下に潜んでいたようだ。


 その下半身は蜘蛛のような形状をしていて脚部が六本あり、その上に人型の上半身が生えている。そのせいか普通のゴーレムの二倍の大きさがある。

 

 だから前脚を防御に使っても立っていられたわけだ。


 あまりの異形さに一瞬驚くも、止まっている暇は僕らにはない。


『――<バーゲスト>、走って!』


 僕は剣を引きつつ、そう叫んだ。この蜘蛛はさっきまでの鎧人形とは訳が違う。おそらく誰かが引きつけておかないと、絶対に抜けられない。


『こっちは弾切れ!』


 タイミング悪く、<シューティングレッド>は充填中で動けない。


『……無茶をするなよ<ゴーレムラヴィ1>。倒す必要はないからな!』


 そう言いながら<バーゲスト>が横を通り過ぎようとするも――


『――ダメですねえ。それは渡せません』


 そんなねっとりとした男性の声が通信機から響き、蜘蛛が動く。


 その右手に持つ杖槍を<バーゲスト>へと向け、放とうとするので――僕は地面を蹴って飛翔。カヅチ焔を発動させる。剣が効かないなら魔法だ。


『……ちっ。魔法ですか、当たったら厄介ですね』


 舌打ちしながら、蜘蛛が盾で僕の攻撃を防ぐ。さらに軌跡に残った蒼炎を躱すべくバックステップ。


 明らかに慣れている動きだし、カヅチ焔の特性がもうバレている。やっぱりこの機体といい、その判断の速さといい、かなり異質な相手の予感がする。


 でも、だからどうした。


『お前の相手は僕だけど?』


 僕はスラスターを吹かし、空中でさらに加速。一対の剣から放たれる蒼い炎を翼のように広げ、蜘蛛を強襲。


『……おや? その魔力反応……まさか』


 相手が何かに気付き、ようやく目標を<バーゲスト>から僕へと切り替えた。そう、それいいんだ。


 その間に、<バーゲスト>がついに渓谷の出口に到着。既に<デブリーズ>と脱出用のトラックが待機している。


『これはこれは。まさか聖遺物を取り返しに来たら、に出会うとは……これも神のお導きでしょうな。二兎追うものは一兎をも得ず。狙うならば――未知の方でしょうな!』


 その言葉と同時に、僕の一撃が再び盾で防がれた。<オーガスレイ>の時もそうだけど、この剣と魔法は盾に弱い。


 ならば。


 僕は〝蒼鶴〟を腰に戻すと、背負っていた大剣―― 斬甲刀〝ジャヴァウォック〟を振りかぶった。こういうデカい相手には、これが丁度いい。


 加速しながらの一撃が、相手の盾をあっけなく弾き飛ばした。おそらく咄嗟に手から離したのだろう。でなければ、その衝撃で手ごと叩き潰していた。


『ふふふ……怖いですねえ。でも無駄ですよ』


 そんな言葉と共に魔力反応を感知。蜘蛛の腹部からエーテルが糸のような形で広がっていくのが見えた。


『あれ、当たったらマズいかも!』


 レムがそう叫ぶので、僕は急停止し、後退。


 僕が立っていた位置に糸が群がる。


『気を付けろ! あの糸でおそらく鎧人形を操っている! こちらももう撤収準備ができているから<ゴーレムラヴィ1>も脱出を優先しろ!』


 <バーゲスト>からの指示を聞いて、素早く周囲を見渡した。


 僕を狙った糸はそのまま地面へと潜っていく。次の瞬間、おそらくその付近に埋まっていたであろう鎧人形が飛び出てきた。


『面白いでしょう? さあ貴方も私の可愛い人形におなりなさい』


 鎧人形が僕へと殺到。<シューティングレッド>は充填中で動けない。自分で処理するしかない。


 僕は目の前にいた一機を叩き伏せて、そのまま跳躍。<バーゲスト>の乗るトラックへと向かおうとした瞬間。


『逃がしませんよ?』


 倒れた鎧人形の中から糸が噴き出す。


 しまった。この鎧人形は――罠だった。


「あっ」

 

 糸が機体に絡まっていき、制御が効かない。これはマズいかもしれない。


『!!!! 過度のエーテル干渉を観測! 私もヤバいってこれ!』


 右肩にいるレムがそう叫ぶ。僕は動かなくなりつつある感覚の中、なんとか動く左手で、レムの体を掴む。


「――レムは逃げて」


 僕は最後の力でレムを放り投げた。


『エッタ!』


 レムが叫ぶ。


『ではこちらも撤退しましょう。あの狙撃は流石にマズそうですなので』


 赤い光が見えた。おそらく<シューティングレッド>の狙撃だろう。

 

 しかし僕の体はあっけなく蜘蛛に捕らわれ、そのまま横の縦穴へと引き込まれた。

 視界が真っ暗になり、何も見えない。


 


 こうして僕はあっけなく――蜘蛛によって鹵獲されてしまったのだった。



 


 








 

  

 




 

 



 


 















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