EP19:〝今は静かな戦線〟
そこは確かに古戦場と呼ぶに相応しい場所だった。
そこは土と岩ばかりの渓谷地帯で、いたるところに武器らしき鉄屑が転がっている。
元々は塹壕か砦だった何かが丘の上に今も放置されていて、どこか寂しげな光景を作り上げていた。
「不思議だよな。大体こういう古戦場って時間が経つに連れ、緑に覆われて少しは元の景色に戻ろうとするんだがな」
横でジルが煙草を吸いながらそんな風に声を掛けてきたので、僕はよく分からないまま相づちを打った。
「そうなんだ」
「最近の研究だと、この周辺一帯だけ極端に土壌のエーテル濃度が低いそうだ。そのせいで植物も成長せず、ここだけ時が止まったかのように見えるらしい。一説によると古代にあった戦争でエーテルを使い過ぎて、土地ごと〝エーテルアウト〟したとか」
ジルの話を聞きながら、いい加減お尻が痛くなってきて、僕は座り方を変える。目の前にはレムが調整中の僕のゴーレムと、訓練中にジルが使っていたあのゴーレムが置かれている。肩には、黒い犬をモチーフにしたエンブレム。
そう。なんと今回はジルもゴーレムに乗ってくれるそうだ。理由は色々だけど、シンプルに手が足らないからとか。
ゴーレムもラバンとレムの手によって、実戦でも耐えうるようにチューンナップされていて、駆動系統と武装面も良くはなっている。ただハンドガン二丁とエーテルナイフだけというシンプルな装備かつゴツくて遅そうなその見た目は、ちょっとだけ不安を感じさせる。まあジルなら大丈夫なんだけども。
だから今乗っているのは、前に使ったトラックよりも大型のもので、ゴーレムが最大で五機搭載できて、簡易の整備道具まで置かれている。ただとにかく揺れが酷い。おかげで二時間乗っているだけでお尻が割れそうなほどに痛くなる。
横の窓から外を見ると、僕らの乗っているトラックに並行して同じものが走っていて、そちらには依頼主であるグレンとその部下が乗っているはずだ。
今回の依頼は取引への動向および護衛なので、少なくとも移動中は厳戒態勢を取る必要はないらしい。
「でも、エーテルアウトって時間と共に治るんでしょ? だったらこの辺りも元に戻っても不思議じゃないと思うんだけど」
僕はお尻の痛みを誤魔化すためにジルの雑談に乗ることにした。
「そこが長年謎とされているところだな。この戦場の地下には遺跡が広がっていて、今もまだ学術調査が進んでいない場所がほとんどだ。地下に何か秘密があるのかもな」
「そこで、今日の武器が発掘されたんだね」
「その通り」
「じゃあ神様も土の中にいるんだね」
僕がそう聞くと、ジルが複雑な顔をする。
「そこに関してはなんともだなあ。そもそも神のいう概念についての解釈次第ではある。自然災害やら天災が神格化され、神となったというのが通説だが……遺聖教団の解釈はちょっと違う。あいつらは神が実在したと主張している」
「そもそも、その遺聖教団ってなに」
何やら怪しい宗教団体ってことは知っているけど、それ以上は何も知らない。
「カルト集団だよ。だけども、バカにできない数の信者と組織力がある。彼らの教えによると、かつてこの世界に神が複数いたらしい。その神達は嵐や地震、噴火などの天災を意図的に起こせるほどの力があったとか。だが神は人類の愚かさを嘆き、各地で眠りについたという」
「凄い神様なんだね。魔術士なのかな」
「まあ古代にはそういう現代では考えられないような強い力を持った魔術士がいて、それが神格化されたのかもしれないな。いずれにせよ、彼らはそうして遺された神や神の残滓たる聖遺物を探し、復活させることを目的としているんだ」
なるほど。だから、遺聖教団という名前なのか。
「でも、遺聖教団は実際に神を見付けたんだよね? そしてその一部が今日、取引される」
「うーん。現代のゴーレムでも使えるような武器が発掘されるなんて、にわかに信じがたいけどな」
なんてジルが言うと――通信機のスピーカーからグレンの声が響く。
『なんだい、あたしの話を信じていないのかい?』
どうやらちゃっかりこの車内の会話を聞いていたらしい。
「まあな。古代の戦場にはゴーレムの原形とも言われる、エーテルによって操作される鎧人形達が兵士として使われていたという記録も残っている。それらが使っていたと思わしき武器がいくつも発掘されているが――」
その続きをグレンが口にする。
『どれも現代では使い物にならない――そう言いたいんだろ?』
「そうだ。大体が剣だとか槍だとかそういう類いのものだ。使えなくはないが……現代の技術で作られた武器の方が性能はいい」
『ま、それは間違いないがね。だが今回のは違う――まあスペック通りであれば、の話だが』
ジルによると、闇市場で流れてくるそういう曰くつきの武器やパーツは、大体が粗悪品だったり偽物だったりするらしい。
「それが問題だろうが……」
『だが、あの日記とメールが信憑性を高めている』
「そのせいで、遺聖教団が介入してくるかもしれない」
『……それ言われるとねえ』
「さて、そろそろ現場に着く頃合いだろ、ブリーフィングを始めるぞ」
『へいへい』
そうして僕とジルがゴーレムへと乗り込んでいく。
『調整はいつも通りだよ。今回はエッタの任意で最大出力に切り替えられるようにしているけど、いざという時まで使っちゃダメだよ』
レムの言葉を聞きながらエーテル共振ユニットを起動させる。ゴーレムに全身が接続されていく感覚。
この同調システムも復元品らしいって確かグレンが言っていたっけ。となると僕がかつていた研究所が復元したものなのだろう。
だけども、テュフォンに来て色々と他のゴーレムを見てきたけど、やっぱり僕が知っているものより随分とレベルが低いな、と感じてしまう。
僕のゴーレムもそうだし、妹達の乗っていたものもそうだけど、今の最新型ゴーレムよりもハイスペックになっている。
仮にあれら全てが復元品だとすると……研究所は一体何を元に作り上げたのだろうか。
そんな疑問がふと頭をよぎる。そんなこと、これまで考えたこともなかったのに。
『ではブリーフィングを始める――今日の依頼は、<シューティングレッド>の行う武器の取引現場への同行および護衛となっている』
ジルの声が通信機から聞こえてくるので、僕は返事する代わりに無言で頷いた。それを見て、ジルも頷き返す。
『――取引現場はサイレントライン中部にある、〝嘆きの渓谷〟』
僕の視界に、周辺地図が映し出される。マーカーが置かれているのは、名前の通り渓谷となっている場所で、南北を高い崖に囲まれている。東側も途中で崖に阻まれるので、西側から進入するしかない。
『事前調査では周囲に魔力反応はなかったが、油断はできない。取引相手は遺聖教団と繋がりがある盗掘グループ〝地底の星〟。しかし彼らは〝
『つまり――遺聖教団があたしの可愛い〝
グレンが冗談っぽく言うので、ジルが顔をしかめる。
『場所が場所だけに、交戦となると非常に危険だ。進入後に西側を封鎖され、南北の崖を取られたら、ほぼ詰み状態になる』
『だからそうならないように、動いてるだろ?』
地図上で、北上しているマーカーが二つ。一つは僕らが乗るトラックで、もう一つはグレン達が乗るものだ。
だけどもさっきまで横を走っていたはずのグレンのトラックが、大きく東側へと迂回し始めている。
『……武器の受け取り側である俺達の安全性がなあ』
そうジルが愚痴る。
『あはは、まあ傭兵ってのはそういうもんだ。その代わりに色々と報酬には色は付けただろ? そもそもあたしの機体はそういうのに向いていないし、立案したのはそっちだろうが』
『それが一番成功確率が高いから、仕方なくだ。さ、ブリーフィングを続けるぞ――遺聖教団は独自の技術で開発したゴーレムを多数所持している。彼らが介入、武器の強奪をする可能性を考慮し、機動力に優れた<ゴーレムラヴィ1>および<バーゲスト>――ここではA班と呼称する、が指定場所にて武器の受け取りを行う』
事前には聞いていたけども、どうやら僕とジルが武器を受け取る役らしい。
『B班である<シューティングレッド>および<デブリーズ>は東側の崖側で待機。万が一、遺聖教団の介入が確認された場合、A班は速やかに武器を回収後撤退。B班はその援護を行う――以上だ』
『了解』
『了解だよ、<バーゲスト>。さてさて鬼が出るか、蛇が出るか』
なぜか楽しそうな<シューティングレッド>の声。まあでも、あの人が上から見てくれているなら、少しは安心ではあるけども。
『何事もなければいいが』
ジルはそう言うけど、多分、きっと何か起こる。なぜだかそんな予感がする。
僕とジル――<バーゲスト>がトラックから降りて、渓谷へと入っていく。
暗くて冷たい風が吹くそこも、これまでと同様に様々な残骸が落ちていて、なぜだか、それらが誰かのお墓のようにも思えた。
きっとここで激戦があっただろうことが窺える。
『――配置についたよ。今のところ南北の崖に魔力反応はないけど、油断はしないで。さらに〝地底の星〟のものらしき輸送車とゴーレムが二機、既に現場に到着しているのが確認できた』
<シューティングレッド>から送られてきたデータが即座に僕の視界に反映される。
『了解だ。こっちらA班、これから現場へと向かう。<ゴーレムラヴィ1>、準備はいいか?』
『問題ないよ』
『では行こう』
僕は後方を、<バーゲスト>が前方を警戒しながら、低速でゆっくりと渓谷の中を進んでいく。進めば進むほど、残骸が増えていき、良く見ればゴーレムらしきものも埋まっている。
でも、当時の戦争時にゴーレムなんかなかったはずだから、おそらくあれがジルがいっていた鎧人形ってやつだろう。
そうして進んだ先に、トラックとゴーレムが二機、僕らを待ち構えていた。
『――止まれ』
そんな通信が入ってくる。おそらくは〝地底の星〟の一人だ。
『<シューティングレッド>の代理で受け取りにきた。すぐに渡して欲しい』
『話は聞いている――おい、出せ』
その指示を受け、〝地底の星〟側のゴーレムの一機が、トラックから鉄製の箱を取り出した。
『中を見せてくれ』
<バーゲスト>からの通信に舌打ちをしたあとに、ゴーレムがその箱を開けた。
その中には、不思議な形状の鈍色の筒が収まっていた。一見すると細長い、角張った筒のようだが、中心に亀裂のようなものが走っている。なんだか口を閉じたワニのような印象を受ける。
『――確認した。それで間違いないよ』
<シューティングレッド>からの通信を聞いて、<バーゲスト>が僕へと視線を向けた。
分かってる。それが本当に〝
肌がチリチリと焼けるような感覚。
これまでに感じたことがない……嫌な感覚だ。
僕はすぐにレムと<シューティングレッド>へと通信を入れる
「周囲に変化は?」
『ん? 今のところ何もないけど』
『あたしの方でも観測できないね。どうしたんだい?』
……気のせいかな。でも、その嫌な感覚は――下から来ている気がする。
そうしているうちに――<バーゲスト>が〝
その瞬間。
『っ!? 魔力反応!?』
レムが叫ぶ。同時に地面が揺れる。
『な、なんだ!?』
『ど、どうなってやが――』
そんな通信の途中で――僕の目の前で〝地底の星〟のゴーレムが……串刺しになった。ゴーレムを貫いているのは、地面から生えた、錆び付いた無骨な槍だった。
『クソ……敵は下にいる!』
そう<バーゲスト>叫んだ瞬間――地面が爆発すると共に、そこから次々と鈍色の何かが飛び出てくる。
『っ! こりゃあマズい! すぐに、撤退しな!』
<シューティングレッド>が叫ぶ。
僕達の前に現れたのは、地面に埋もれていたあの鎧人形だった。ゴーレムと姿は良く似ているけど、どちらかというと石像という印象を受ける。
その手には錆び付いた槍や剣を握っていて、目らしき部分に淡い光が宿っている。
『撤退と言っても……これは無理じゃない!?』
レムの声と共に、視界の端の地図に敵影を現す赤いマーカーが表示されていく。
『流石にこれは――多過ぎる』
渓谷の入口まで……地図はマーカーによって真っ赤に染まっていた。
その数、約百機。
あまりに絶望的な撤退戦が始まろうとしていた。
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