EP18:〝依頼がある〟

「そう、持ち帰ってきたのは……機密データだ」


 そのグレンの言葉に、ジルがピクリと反応する。データなんて持ち帰ってどうするんだろう? としか僕は思わないけど。


「機密データね……さては企業に売るつもりだったな」

「あはは! 正解! なんせこっちはあの時点で赤字近かったからね」

「それで? ただの機密データなら、わざわざ俺らを呼ぶこともないだろう」

「その通り。まあ売り物になりそうなデータもあったが、羅門重工も手が早い。そういう情報はさっさと公表しやがったよ。一バゼルにもなりやしない」


 グレンが拗ねたような口振りでそう言って、肩をすくめた。ちなみにジルに教えてもらったんだけど、バゼルとはこのテュフォンおよび周辺国で流通する共通通貨のことだ。


 帝国とは別の通貨だけど、僕も最近ようやく慣れてきたところだ。


「じゃあ問題は、そもそもの方か」

「嫌だねえ……頭の良い奴と話すのは。勝手に先回りして結論を求める。ヘンリエッタちゃん、こういう男は止めた方がいいぞ。結婚した途端、ロジハラしてくるからな」


 グレンが当てつけとばかりに僕にそう言ってくるので、僕はこう答えるしかなかった。


「……覚えておく」

「ふふふ……ヘンリエッタちゃんは可愛いなあ……なあ、うちに来ないか? その腕とランクなら良い給料だすよ?」

「ランク?」


 ランクってゴーレム乗りの指標であるGRのことかな? 


「あん? なんだよ、まだ通達行ってねえのかよ。おいおい……独立傭兵界隈では今、その話題で持ちきりだぞ? FランクからいきなりCランクに上がった新人がいるって」

「僕が? Cランク?」


 えっと確か一番上がSで、次がA、その次がBだから……。


「上から四番目で、グレンと一緒だな」


 ジルが静かにそう言うと、グレンが笑った。この人は本当によく笑う人だ。


「あはは! ま、あたしはあんなランク、クソだと思っているけどね! だがそれはそれとしてFランクからCに上がるのは異例中の異例さ。ギルドの連中も頭を抱えただろうね。なんせ最新型の機体に乗ったAランクの傭兵様がほぼタイマンでFランクの新人に負けたわけだからな。凄いやつだよ、ヘンリエッタちゃんは」


 そう褒めてくれても、僕はそれをどう表現したらいいか分からない


「Cランクなんざ過程にすぎないさ。それはそれとして、ヘンリエッタは当分外には出さないぞ」

「過保護だねえ。それとも、そうしたい理由があるのかにゃあ?」


 ニヤニヤするグレンを、ジルが睨み付ける。何の話かイマイチ分からないので、僕は目の前に置かれたお肉にナイフを入れる。驚くほど柔らかいそれにフォークを突き刺して、口に運ぶ。


「いいから、さっさとそのデータとやらについて話せ」

「せっかちな男は嫌われるよ? ふふふ……どうヘンリエッタちゃん、美味しい? それワッギュバッファローのステーキだってさ」


 私の顔を見てから、グレンが嬉しそうに微笑んだ。どうやら美味しいと感じたことが顔に出ていたらしい。


「美味しい……すごい」

「それはよかった。復元品だから、貴重なものなのよ」

「復元品?」

 

 僕がその意味が分からずに首を傾げると、ジルが補足してくれた。


「前飲んだコーヒーと一緒だよ。これの場合は遺跡内に保存されていた牛の古代種であるワッギュを現代の家畜と掛け合わせることで復元されたものだ」

「へえ……昔の人はこんな美味しいものを食べていたんだね」


 コーヒーといい、このステーキといい、昔の人はかなり舌が肥えてそうだ


「それはどうだろうな……前も言ったが、ワッギュもコーヒーも、世界中のあらゆる古代語にはない言葉なんだ。つまり古代にはそんな言葉が存在しなかったということになる」

「ふーん……」


 じゃあその言葉は一体どこからやってきたのだろうか。なんだか不思議な話だ。


「まあ、御託はいいじゃない。美味しいんだから」


 グレンの言葉に僕は頷いた。美味しければ、細かいことはどうでもいい。


「とはいえ、これからする話に実はそれが少し関連があってね」

「ワッギュが?」

「復元品が、だよ」


 それからグレンは一口、ぶどう酒を飲むと、顔から笑みを消した。


「<オーガスレイ>の機体……ありゃあとんでもない代物だよ。搭乗者の脳波を直接読み取って、各部位が動くようなシステムが積まれている。道理で、動きがおかしいと思ったさ。ついでに本人の精神もな」


 グレンが思い出すのも嫌といった風の表情を浮かべる。どうやら、彼女もあの機体に搭載されていた同調システムに気付いたようだ。


「それについては、こちらも情報を持っている。なんせ開発者から直接聞いたからな」

「なら話が早い。結論から言うと、間違いなくあのシステムは――だ。現代のゴーレム技術では絶対に作ることができない」

「テュフォンでも五本指に入るゴーレム技師のグレンが言うなら、間違いないだろうな」

「復元品ゆえに、あれはまだまだ未完成な部分が多い。そもそも何を元に復元したのかも定かではないし、ノイズデータも膨大でな。だが問題はそこじゃない。あのシステム自体もヤバいんだけど、あれの一部に、意図的に入れられた不自然なデータがあったんだよ」

「ほう?」


 ようやく話が核心に近付いたことを予感して、ジルが手に持っていたナイフとフォークを置いた。


「それの解析を進めていたら、面白いデータが出てきた。これはそのなかでも解読できたものを文字に起こし、まとめたものだ」


 グレンがどこから取り出した携帯デバイスを、こちらへと放り投げた。それをジルが空中で掴むとその画面へと目を落とす。


 僕も横から覗き込んでみる。


 それは誰かの日記だった。


*――*


*真星暦1252年5月21日*

〝サイレントライン〟にてついに我々は神を発見した。やはりあの詳細不明のデータは正しかったんだ。すぐに聖遺物管理課のダルム氏に連絡し、発掘作業を具申する。


 ああ、神とはかくも美しいものなのだな。これに比べるとゴーレムはなんと醜いことか。


*真星暦1252年6月4日*

 発掘作業が遅々として進まない。墳墓の死鎧共があまりに邪魔すぎる。業を煮やしたダルム氏が、ついに〝蜘蛛〟の導入を決意。


 これで発掘も進むだろう。ああ、早く神を解放したい。


*真星暦1252年10月12日*

 くそ! くそ! どうすれば封印が解除できる!? なぜ我らが神を縛る!?

 ダルム氏は強硬案を出しているが、神を一部とはいえ傷付けるなぞ言語道断である。


*真星暦1253年1月9日*

 愚かなり! 神の一部を競売に出すなど、許される行為ではない! 発掘資金なぞどうにでもなるではないか!


 あれは決して武器ではないのだぞ!


*真星暦1253年2月27日*

 ああ……我が神よ……我に言葉を、力を授けてくれるのですね。大丈夫です。貴女は例えその一部ですら、信仰心無き猿どもの目には触れさせませぬ。


*真星暦1253年4月1日*

 もう俺はおしまいだ。きっとこれから異端審問官どもによる凄惨な拷問が行われるだろう。だが我が神イスカの名に誓って、決してあの聖遺物の場所を口にするつもりはない。


 どうか、風とともにあらんことを。


*――*


 日記はそこで途切れていた。


「この日付からして、五年前の話か。おそらく内容からして、遺聖教団の誰かなのだろうが……なぜそんな個人のデータが?」


 ジルが困惑した様子で、そうグレンへと尋ねた。


「あのカルト集団――遺聖教団の信者のものであることは間違いない。そこそこの地位にいたんだろうが……実はもう一つ、最近入手した別のデータがあってね」


 グレンの携帯デバイスに、別のデータが映し出される。

 それもまた遺聖教団とかいう団体のメールデータらしい。


*――*


送信者:セリカ・ウィルサーム

1258/6/25 17:52

宛先:ラブサル・アイゲン

件名:テュフォン闇市場における聖遺物の出品について


 導師、お疲れ様です。

 五年前に起きた、リベルト導師による神イスカ聖遺物強奪事件についてですが、ついに進展がありました。結局死ぬまで隠した場所について口を割らなかったリベルト導師ですが、かの聖遺物番号1465号――〝嵐縮砲ウラカン〟が見付かったようです。


 問題はそれを見付けたのがうちの傘下であるテュフォンの盗掘グループ〝地底の星〟で、しかも〝エーテレールキャノン〟なぞという名前で勝手に闇市場に出品している点です。


 すぐに動く必要があるかと。

 

*――*


「つい、先日のメールじゃないか。内容からして、ここでいう聖遺物が上の日記で書かれていたものか?」

「だろうね。そして偶然にも――。山分けした報酬を使ってね……面白いだろ?」


 グレンがおかしそうにそう笑った。


「……そんな偶然あるわけないだろ。ちょっと待ってくれ……このメールはどこで入手したんだ」

「勝手に送られてきた。もちろんメールサーバーを辿ってみたが……どこにも繋がらない。かなりの情報操作技術を持った奴だろうさ。ただ、一つだけ分かることがある。送信者の名前だ。まあ明らかに偽名だがね」

「偽名?」


 ジルがそう聞くとグレンが少し間を置いて、こう答えたのだった。


「――〝〟。そう書かれていたよ。ああ、そういえば……<オーガスレイ>の援護依頼……あれは結局マユミ・羅門からだったってことだが、あれもね、実は〝赤の女王〟とかいう奴を通した依頼だった」


 赤の女王……なぜだか、その言葉で僕の心がざわつく。どこで聞いたことがあるような気もするし、初耳な気もする。


「〝赤の女王〟……まさか」


 ジルは心当たりがあるらしく、顔色が悪くなっていく。


「どうにもあたしにはね、この一連の出来事に作為的な何かがある気がするんだ。五年前に遺聖教団が神とやらを見付け、そしてその一部が外部へと流出。それが今になって闇市場へと出品され、そしてそれはどう見てもあたし好みの武器で、なぜか金のないあたしに突如やってきた謎の依頼。その依頼で得たデータにその武器の由来や過去が混じっていて、送られて謎メールも依頼も同じ偽名を名乗るやつから送られてきた――さて、どういうことだろうね」


 グレンがジッとジルを見つめた。まるで、お前は何かを知っているのだろう? と言わんばかりだ。


「……確かに、〝赤の女王〟という名前に覚えはある……あるが……だが……」


 珍しくジルが言い淀んでいる。何かを恐れている、と言ってもいい。

 それを僕はなぜか気に入らなかった。


「そいつが誰か知らないけど、見付けて殺せばいいんじゃないの」


 だから僕はそう言い放つと、ジルとグレンが言葉を無くす。

 沈黙が場を支配した。


 あれ、僕なんか変なこと言ったかな?


 なんて思っていると、グレンが笑い始めた。


「……あはは、確かにその通りだ! だがそれが出来たら苦労しないんだよ。まあとにかくだ、明らかにあたしも、そしてあんたらもこいつに。明後日、このエーテレールキャノン……いや〝嵐縮砲ウラカン〟か、これの受け取りを行うことになっていてさ。指定された場所――サイレントライン」


 サイレントライン。さっきも出た名前だ。テュフォン北部の遺跡群がある荒原をそう呼ぶとか。


 確か、かつては戦場で、沢山の人が死んだとジルが言っていた気がする。


「サイレントライン……〝今は静かな戦線〟か。また厄介な場所だな」

「だからさ、ジルとヘンリエッタちゃんに――この〝嵐縮砲ウラカン〟の受け取り現場に同行、および護衛を依頼したい。一緒に……釣られてやろうぜ」


 そう言って―― グレンは艶やかな笑みを浮かべたのだった。

 

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