第二章:〝嵐の前のサイレントライン〟
EP17:〝シューティングレッドとの夜〟
初依頼が無事終わって、一週間が過ぎた。
『エッタ、どう?』
僕はというと内壁の上で、とある訓練を行っていた。
「うん、だいぶ使えるようになってきた」
両手に持つ、細長く、反りの入った一対の剣。
右手に持つ長剣――〝蒼翼〟を閃かせ、同時に左手に持つ短剣〝鶴刃〟の柄に力を込めて、魔法を発動。
蒼炎が僕の頭を正確に狙ったエーテル弾を掻き消し、剣閃に蒼い軌跡を描いていく。
「だいぶ、どころではないがな……。よし、今日はこれぐらいにしよう」
そんな声と共に、僕に攻撃を行っていた、やけにボロく古めかしいゴーレムからジルが出てくる。
ゴーレム専用スーツを身に纏うその姿はなんだか新鮮だ。
「使ってた人を間近で見ていたから、慣れたらこれぐらいはできる」
僕がなんでもないことだとばかりにそう言うと、ジルが呆れたような顔をした。
「そう言われると、納得するしかないが……、だが、〝蒼鶴〟が使えるようになれば、かなり対応力が上がるな」
あの依頼の報酬である一対の剣型触媒である〝蒼鶴〟。
それを使う為の訓練に、ジルも協力してくれた。
実戦形式の訓練でないと上手く使えないからと無理を言って、内壁の廃品置場にあったスクラップ同然の練習機を修理し、乗ってもらったのだ。
やはりというか僕の予想通り、ジルのゴーレム操縦は巧みだった。ついこないだまでゴミとしか思えないゴーレムに乗って、僕の動きに的確についてこられる人は多分そうそういないと思う。
おかげで〝蒼鶴〟とそれに宿る魔法――〝カヅチ焔〟がかなり使いこなせるようになっていた。
エーテル弾を斬れる……というよりエーテル干渉によって炎に変えてしまうというその特性は、僕の戦闘スタイル的にはかなりしっくりくる。とはいえまだまだ<オーガスレイ>ほどではないけども。
「もうちょっとだけ練習がしたかったなあ」
だからそうジルにお願いするも、彼は笑ってゴーレムから出てきた僕の頭を撫でるだけだった。
「熱心なのはいいが、あまりやりすぎるとまた〝エーテルアウト〟するぞ。それに今夜は出掛ける予定だろ? 少し休息を取った方がいい。俺も一回着替えに帰る」
「……はーい」
そう言われると僕としてはこれ以上ワガママを言えない。
どうやら、魔法というのはゴーレムに乗ってる本人にそれなりの負担を掛けるようで、使い過ぎると眩暈や頭痛を引き起こし、最悪気絶してしまうとか。
それをエーテルが枯渇している状態――〝エーテルアウト〟と呼ぶらしく、僕が初めてあの剣と魔法を使った時に起きたのもこれらしい。
「でも、だいぶ長時間使えるようになってきたよ」
「そうだな。凄いぞ」
ジルがわしゃわしゃと僕の頭を撫でてくる。
むー、本気でそう思ってるのかな。
「ああ、そうだ。今日の夜行くところは、ある程度正装する必要がある。前買ったあの黒のワンピースがあるだろ? あれを着るといい。髪は俺がやってやる」
ああ、そういえば前に街に言った時に、〝パーティなんかに参加することもあるから、ある程度フォーマルな服も買っておこう〟とかジルに言われて買ったっけ。
「はーい。あ、そういえば今夜はどこ行くの? 依頼?」
「ただの食事だよ……それだけで済めばいいが」
ジルが苦笑いを受かべるので、僕が首を傾げていると、彼が一枚のカードを差し出した。
そこにはとても綺麗な字で要約するとこんなことが書かれていた。
〝やあ、ジル。こないだは助かったよ。色々と話したいことがあるから、久しぶりにホテル・アルヒラで食事でもどうだい?――グレンより〟
「……誰?」
「こう言った方が早いか、〝シューティングレッド〟だよ」
「ああ、あの狙撃が上手い人」
「そうそう」
「分かった」
それからジルが去っていって、見えなくなると、レムが僕の耳元へとそっと囁いた。
「あれ……どう読んでも、ジルをデートに誘っているんだと思うんだけど」
「そうなの?」
「絶対そうだって! きゃああ! ジルとグレンってそういう仲なのかな!?」
レムが嬉しそうに僕の耳の傍ではしゃぐのでうるさい。
それになんだかそう言われると、モヤモヤしてくる。なんだろう、この気持ち。
「でも、デートなら僕を誘わないんじゃない?」
そう思って口にすると、なんだかスッキリした。グレンがどう思ってるか分からないけど、ジルは僕を誘ってくれた。それで十分だ。
「……それはそうね。ちぇっ、つまんないの」
「そういうこと言わないの。今日はラバンは休みだから、整備よろしくね」 「はいはーい」
まだ約束の時間まで少しあるし、ジルもすぐには帰ってこないだろう。
僕はとりあえず言われた通りに少しだけ仮眠を取ることにした。
夢はきっと見ない。
***
夜、七時。
僕はジルに連れられて、テュフォンの繁華街近くにある背の高いビル――ホテル・アルヒラへとやってきていた。
生温い夜風が首筋を撫でる。普段は下ろしっぱなしの髪を今日は珍しくアップにしているので、なんだかスースーする。
着ている服も、黒色で鎖骨と肩辺りがレースになって肌が透けて見える、なんだかちょっとかしこまったワンピースに、ドレスシューズ。
なぜか少しだけ居心地の悪さを感じるのは、着慣れていないせいだろうか。
ジルはというと、いつものスーツ姿だけど、普段みたいに着崩しておらず、ネクタイまで締めている。
その姿が頼もしく見えるけども、流石に手を繋がれると恥ずかしいので、少しだけ距離を置いておく。
「久々だな……ここも」
ホテルの中の落ち着いた雰囲気のロビーとかいう場所を抜けて、エレベーターに乗ると、ジルがそんな独り言をした。
「グレンと会うのも?」
「そうだな。こないだみたいに戦場で会うことがほとんどだから、こうして面と向かって会うことはほとんどないよ」
「そうなんだ」
「傭兵の宿命で、明日の友が明日の敵になることもあるからな。あまり私情を挟まない方が楽なんだよ。ま、あいつはサッパリした性格だから、問題ないが」
なんてジルが言っているうちに、浮遊感がなくなる。
チン、というベルの音と同時に扉が開くと、その先にはレストランがあった。
「ここは、ワンフロア丸々レストランになっていてな。絶品のテュフォン料理が食べられる」
ジルが譲ってくれて、僕が先にエントランスへと入っていく。奥にある全面ガラス張りになっている窓の向こうに、テュフォンの夜景が広がっていた。
その夜景をバックに、スカートに深いスリットの入ったドレスを纏う、鮮やかな金髪の美女。手にはしゅわしゅわした液体の入った細長いグラスが握られている。
彼女がこちらに気付くと、ゆっくりとまずは僕、そして次にジルへと視線を動かした。
初めて会うけども、すぐにそれが誰か分かった。
あの人がきっと――<シューティングレッド>、グレンその人だ。
「やあ、ジル」
「待たせたな、グレン」
「しかし、酷いじゃないか。人が勇気を出してデートに誘ったというのに……普通、こぶ付きで来るかね? しかもとんでもない美少女ときた。なに、隠し子?」
そう言いながらも、その美女――グレンが僕へと悪戯っぽい笑みを向ける。
「彼女が、今俺がサポートしている傭兵……コールサイン<ゴーレムラヴィ1>の――」
ジルが僕の自己紹介を始めたので、ゆっくりと前に出て、グレンのアーモンドみたいな目をまっすぐに見つめ、名乗った。
「ヘンリエッタだよ。よろしくね、<シューティングレッド>……じゃなかったグレン」
レムに散々、〝初手で舐められたら女は終わりよ! しっかりやんなさい〟という謎のアドバイスを受けて実行しただけなんだけども、それが妙に気に入ったらしく、グレンが盛大に笑い声を上げた。
「あははは! ……いいね、いい目付きだ。流石は噂の首狩り兎だね。見た目で騙されるところだったよ。さ、積もる話は飯でも食いながらにしよう」
そう言って、店員さんにテーブル席へと案内される。
「文句言いながらも、しっかり三人分の予約取ってるじゃないか」
テーブル席に用意されていた、三組のカテラリーを見てジルが苦笑する。
「はて、なんのことやら」
肩をすくめてとぼけるグレンの前にジルと共に座った。
それから、何やらドリンクが来て、僕達は乾杯することに。
「では……我らのささやかな成功に――乾杯」
グラスが打ち合わさり、清涼感ある音が響く。僕はしゅわしゅわしたブドウジュースで、ジル達は発泡したブドウ酒を飲んでいる。
「それで? 一体どんな話があって俺らを呼んだ」
前菜――なんだかよくわからない野菜と魚を酢っぱい感じに和えたものが出てきたところで、ジルがそう切り出した。
「せっかちだねえ。せっかくの料理が台無しだよ。まあいいや。こないだの依頼について、ちと気になる情報が手に入ってな」
「ほう? 聞かせろ」
ジルが食い付いたのを見て、グレンが一瞬、ニヤリと笑ったのを僕は見逃さない。
どうやら、ただの食事で済みそうにない話だ。
「ほら、そっちがあの剣をパクっただろ?」
「人聞きが悪いことを言うな。それに元々の所有者に許可も貰っている」
「まあ、実はうちも似たようなことをしていてな」
なんてグレンが言いながら、綺麗な所作で食事を口に運んでいく。前戦場で会った時には、なんだか豪快な人ってイメージだったけど、どうにもそれだけはないようだ。
「ほう? 何を持ち帰ったんだ」
「物ではなくて――データだよ。あの<オーガスレイ>の機体にあった、おそらくは……機密データ」
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