間話
EP16:〝地下深く、罪深く〟
テュフォンより東に位置するエステオン帝国の領内――所在地不明。
その研究所――〝エステオン帝国陸軍兵器開発局第十三課所属秘匿技術研究所〟は、地下深くにあった。
まるで世界から隠れるように。
その罪を外へと晒さないように。
『<
備え付けの通信機から発せられた怒鳴り声が、部屋の中に響く。
その部屋の内装はシンプルだった。デスクと椅子、そしてモニターが三つある端末が置かれているだけ。
ただ壁面に掛けられた、機械を組み合わせて造った十字型のオブジェだけが、この空間のなかで異彩を放っている。
部屋の主である白衣を羽織った妙齢の女性が、ズレた眼鏡を指で直しながら、深く座っていた椅子から立ち上がった。
首から掛けている十字型のペンダントと、長く伸びっぱなしの赤髪が揺れる。
「あっはっは。いやあ、それがどうにも付随しているグレムリンが発信装置を取り外したみたいでね。優秀なのも考えものだ」
赤髪の女性――この研究所の所長という立場にいる、マリエッラ・ストロヴェリが笑いながら、通信相手に答えた。
『笑い事ですまんぞ! アレらにどれだけの金と素材がつぎ込まれていると思っているのだ! もし〝アリスの仔〟計画のことが外に漏れたら、貴様だけじゃなく、俺の首まで飛ぶのだぞ!?』
「分かってるさ。だが計画を早めたのはそちらの都合だろう? そもそも巫女をロストしたのは軍部の暴走のせいだ。まだ時期尚早だと忠告したのに無理矢理進めたせいで、あれらにバグが生じたのだろうが」
マリエッラがそう答えると、通信機が沈黙する。
彼女は口酸っぱく何度も上層部に対し警告を発していた――〝神を使った冒涜行為にはリスクが伴う〟、と。
だがそれを彼らが真に理解したことはない。
だから結果だけを求め、不安定で危ういままに実験を進めてしてしまったのだ。
『……神そのものを素材に造り上げた特別なゴーレム、〝
通信相手に答える代わりに、マリエッラは端末を操作して通信を切った。
「言われずとも、だよ。可愛い
マリエッラが部屋の奥にある、壁全面が強化ガラス窓となっている方へと歩いていく。窓の向こうには地下空間があり、機械仕掛けの遺跡がライトによって暗闇の中に浮かび上がっている。
「やれやれだ。これの一体どこまでが君の筋書き通りなんだい――アリス」
マリエッラが窓に手をつきながら、その遺跡の中心にある巨大な祭壇へと視線を向けた。
そこには人の形を模した歪な機械が、寝かされている。
しかしその四肢の一部は欠損し、さらに表面の装甲が剥がされ、痛々しい姿を晒している。
あれの発掘および調査……そして冒涜は、このエステオン帝国の技術開発を誇張抜きで百年は早めただろう。
だが早くもその弊害が出始めている。
「神から神を造るなんて、人に許される所業ではないということか」
そう呟いて、マリエッラは振り返った。
部屋の入口には、一人の背の高い少女が立っている。
長く白い髪に、赤い瞳。細い体躯のわりに女性らしい曲線を、惜しげも無く晒している。
「ま、というわけでね。困ったもんだと思わないかい――セオフィラ」
「――動きますか? 姉さんが相手なら、我々でないと対処は不可能だと思いますが」
少女――セオフィラがそう尋ねるも、マリエッラは首を横に振った。
「いや、君達が出るのはまだ早い。というかそれをすると、彼女の思惑通りになってしまう。まずは干渉対策を施さないと、<
「その彼女とやらは何者なのですか。なぜ姉さんは……」
それ以上のことをセオフィラは聞くことができなかった。
答えを知るのが怖かったからだ。
それを知ってか知らずか、マリエッラはその疑問に答えず、違う問いを口にする。
「もし人を、その構造そのものを神に限りなく近付け、さらにその頭脳へとあらゆる〝神の知識〟をインストールできたとすると、それは何になると思う?」
「……分かりかねますが、ろくでもないものになるだろうことだけは確かでしょう」
「そうだね。その通りだよ、セオフィラ。だからそうなる前に、止めないといけない。それが製造責任者の務めというものだ。いずれ君達に動いてもらう必要性も出てくるだろう。だからそれまでは、大人しくしておいてくれ」
そのマリエッラの言葉に対し、セオフィラ――この研究所が所有する最高戦力の一つ、秘匿された非人道的実験機部隊〝
「……かしこまりました」
それからセオフィラがその部屋を後にした。
「姉さん。貴女はどうして……私達を捨てたのでしょうか」
セオフィラの悲痛な呟きはしかし、遠く西の地には届かなかった。
***
傭兵独立都市テュフォン地下――〝
その地下街はかつてこのテュフォンにあった古い遺跡を元に造られた。
地上に住めないような罪人や傭兵崩れの犯罪者が隠れるように住みつき、長い年月をかけて拡張した結果――現在、その地下街の全容を把握しているものはここの住民を含め、誰もいなかった。
そんな複雑怪奇に掘られた通路と階段が無数に繋がったその地下街の奥深くに、その場所はあった。
埃と鉄さびが積もる白いモルタルの通路を、フード付きのローブを目深に被った女性が歩いていた。
その通路は行き止まりとなっているが、その壁にある装置へと彼女は当然とばかりに手を翳す。
すると、ノイズ混じりの音声が流れてくる。
『ザザッ……最高……管……権……を……確…ザザザ……』
その後、目の前にあった壁がまるで魔法のように左右の壁へと吸い込まれていく。
そうして壁が開いた向こうには小さな部屋があった。いくつもの端末とモニターが設置された部屋で、一部はまだ光を放っている。
「ようやく見付けたね。随分と苦労した」
少年の声が通路に響く。それは女の肩の上に漂う、丸い楕円形の謎のデバイスから発せられていた。どういう原理で浮いているのか不明だが、ふよふよと彼女に追随していく。
「――ここに鍵となるデータがあるといいのですが」
女がデバイスへと言葉を返し部屋の中へと入ると、背後で壁が再び閉じた。
それから彼女は中央にあった端末へと手を伸ばす。
「データはあるだろうね。ただ本体は別の場所だ」
デバイスがまるで覗き込むようにその端末のモニターへと近付いた。
その間に女の両手が端末に付属するキーボードを叩く。しばらくすると、モニターにとある画像が映し出された。
「ありました。やはり彼女はこのテュフォンの地に眠っていたようです。座標は――かなり北にズレているようですね」
モニターの端にテュフォン周辺の地図が映し出され、街から北に数十キロほど離れた位置に赤い光点が表示されている。
その画像に映っているのは、祭壇らしきものに胡座をかいて座っている女性だった。しかしその女性はゴーレムと同じぐらいの大きさで、かつその体の所々が機械化していて、右肩には巨大な筒のような物体が装着されている。
その背後には、戦場を破壊する嵐を描いた巨大な壁画があった。その嵐の中心に降臨する女神は――どこかその人形に似ている。
左右には台が設置されていて、人の頭ほどある、卵のような形の楕円形の機械が鎮座している。それはモニターを見ている女が連れているデバイスと、大きさは異なるがどこか似ていた。
「あはは、ビンゴだ! 状態も良さそうじゃないか! 流石は軍神と呼ばれただけはある! まさか破壊を免れているとは!」
デバイスが歓喜の声を上げ、その頂点からケーブルを伸ばし、端末へと接続する。
「データを全てコピーできたら……迎えにいきましょうか」
「うん、でもこれは封印を解くのにちと骨が折れるだろうね。少し時間が掛かりそうだ」
データをコピーしつつ、その中身を精査するデバイスが面倒臭そうに女へと告げた。
「構いません。封印を解いたらあとは……あの子を待つだけです」
「あの子、ねえ。そいつがこれのせいで死んだらどうするのさ。ま、代わりは何体かいるからいいけどさ」
「大丈夫ですよ。ちゃんと託してきましたから。それにあの子は強い子です。現に、鬼を倒してくれましたでしょ?」
女がここで初めてその声に感情を乗せた。それを聞いて、デバイスが拗ねたような声を出す。
「まあね。でも君も悪い奴だよ。エーテル干渉兵器はともかく、同調システムはこの時代の人類には早すぎる技術だよ? それをあんな女にリークするなんて」
データのコピーを終えたデバイスが伸ばしていたケーブルを収納した。
「必要があるからしたまでです。あの子には、もっと強くなってもらわないと困りますから」
「それは――母親として? それとも……プログラムとして?」
そのデバイスの奇妙な質問に、女は答えない。
「さ、終わったようですね。これ以上ここに用はありません」
壁にあった、通路側に設置されていたものと同じ装置に、女が再び手を翳す。
壁が開くと――通路から風が部屋の中へと吹き込んでくる。
その風に煽られ、女のフードが外れた。長く白い髪がふわりと浮き、広がっていく。
そのフードの下にあったのは、どこか人工物めいた整った顔だ。だが何よりも印象的なのは、まるでガラス玉のような瞳に宿る、無機質な赤い光だ。
その顔を見て、デバイスが満足気な声を出す。
「……じゃあ行こうか、アリス。いや、今はもうこう呼んだ方がいいんだっけ――〝赤の女王〟と」
「どちらでも」
冷たい言葉を放ち、白髪の女――〝赤の女王〟がなぜか斜め上へと向いた。
まるでその先に恋い焦がれる相手がいるかのような、真剣な眼差しだった。
彼女はその先になぜか――初めて愛した人と、愛娘が並んで歩いている光景を幻視した。
「……どうしたの?」
「いえ。ただのノイズです」
そうしてデバイスを連れて、〝赤の女王〟がその場を去っていく。
既に、彼女の中に眠る〝
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