EP15:〝鬼を作った女の話〟
マユミ・羅門にとって――ゴーレム開発がその人生の全てだった。
幼い頃から叩き込まれた技術とセンスで、若くしていくつもの傑作機を造り上げてきた。
しかしヨミ・アラガミという青年に出会い、彼女はあっけなく恋に落ちてしまった。どこか陰があり、そして黒い炎でその心を焦がしている彼にどうしようもなく惹かれてしまった。
『俺は……君を愛しているかどうか分からない。だが君といれば……復讐は叶う』
そう暗い笑顔で言うヨミが好きだった。
結果として、二人は結婚。幸せな結婚生活を送っていた。
さらに娘の蒼鶴が生まれ、マユミは幸せの絶頂だった。
娘という存在がこれほど愛おしいとは想像すらしていなかったし、自分にそこまでの母性があるとは思ってもみなかったからだ。
だけども、そこが絶頂だった。
娘の死。それすらも利用して、復讐を行おうとする夫。
全てに絶望したマユミは――鬼となった。
「――私は、羅門も夫のヨミも、許せなかったんです」
そう静かにマユミはジルとヘンリエッタへと語り始めた。
「だから、復讐を考えました。娘を死に追いやった羅門に、そして娘を見殺しにした夫に。私には夫が鬼に見えたんです。だから鬼にしてやった。いつまで経っても、蒼鶴の死を弔わないあいつを」
「鬼に……した?」
ジルがその言葉の意味が分からず、そう問い返した。しかしマユミにすぐにそれに答えず、語り続ける。
「私は、ヨミの立てた〝新型ゴーレムの試験演習中に見学に来たヒュウガ・羅門を殺す〟という計画に乗るフリをして、ゴーレムと触媒の開発を行いました」
「それが、【
「はい。あの触媒は娘を死に追いやった研究成果でもあります。アラガミの血に流れる魔法の素質を分析、再構築し――ゴーレムに乗る必要はありますが、あの魔法が誰でも使えるように」
「なんだ……それは」
流石のジルも呆気にとられてしまう。
魔法を魔術士ではなく使えるとなれば、それはとんでもない技術である。
明らかに、現在の魔導技術を逸脱している。
「だから、僕も使えたのか」
ヘンリエッタが納得とばかりに頷いた。
「でも、誰でもすぐには使えるわけではないですよ? 本来ならある程度の訓練が必要なんです。多分、貴方も夫と一緒で特別なのでしょう」
マユミがそうヘンリエッタへと笑いかけた。
ジルは知っている。自分の推測が間違っていなければ……ヘンリエッタにもまた、魔術士の血が流れていることを。
「それで? そのゴーレムと触媒が完成していよいよ、復讐の時が来たわけだ。だがヨミはゴーレムを奪うところは成功しても、ヒュウガ・羅門は殺せていない」
「はい。そこに関しては私の計算ミスでした。まさか、あれほど早く……」
マユミが悲しそう声で、そう嘆いた。
だけども、その悲しみが夫の暴走や死に対するものではないことにもうジルもヘンリエッタも気付いている。
「計算ミスか。何を見逃したんだ。何を間違えた」
その問いに、マユミが答える。
「あのゴーレムには、とあるシステムを組み込みました。簡単に言えば、搭乗者をゴーレムそのものと同調させることを可能にしたものです。これにより、ゴーレムの操作性が大幅に向上しました。より精密で正確な動きが可能となります」
「それは……」
ジルが一瞬、ヘンリエッタへと視線を向けそうになってすぐに誤魔化すようにもう一本、煙草を取り出した。
それは……まさに【ヴォーパルバニー】に組み込まれているシステムじゃないか。
レムとヘンリエッタは、それを〝エーテル共振ユニットによる同調〟と簡単に言ってのけたが、はっきり言ってこれもまた現代の魔導技術ではとてもではないが再現できないものだ。
偶然、マユミが同じ技術を開発した?
そんなわけがない。
「それのおかげでヨミは更なる強さを手に入れました。直感的なゴーレム操作に、剣型の触媒による接近戦と魔法。よほどの相手でないと、勝てないでしょう」
「そうだな。それはその通りだ。だが答えになっていない。なぜヨミ・アラガミは復讐を完遂せず、あのように暴走した。明らかに奴は正気を失っていた」
そうジルが言葉にしながらも、その答えに自らたどり着いてしまう。
なぜ暴走したのか、ではない。ヨミ・アラガミはおそらく、暴走するように仕組まれたのだ。
「あんたが仕組んだんだな。その同調システムに奴が暴走するような、何かを」
「――はい」
マユミが思わず惚れてしまいそうなほどに綺麗な、笑みを顔に浮かべた。
「あの人には死んでほしかった。あの人には長く苦しんで欲しかった。娘の蒼鶴のように……だから同調システムを少しだけ弄ったのです。娘が味わった苦しみとその死に際に同調できるように。あはは、結果としてあの人は一時間と持たず、壊れましたよ! それが計算ミスです! もうちょっともつと思ったのに! 復讐すらも忘れて逃げ出すなんて!」
マユミの嬉しそうな声に、ジルは息を呑むしかない。
以前会った時、この女は地獄を纏っていると感じた。だがそれは間違っているとようやく気付く。
この女は地獄を纏っているんじゃない……地獄そのものだ。
「一度同調したら最後。自分からそれを切ることはできず、あの人は苦しみ抜いたと思います。その結果アレは正気を失い、ただ本能で剣を振るう鬼となった」
「で、あんたは依頼を出したわけだ。暴走した夫を殺してもらおうと」
ジルの言葉に、マユミが頷く。
「本当はすぐに死んでほしくなかったんですよ? でも立場上そうしないわけにはいかなかったし、どこかで惨めに死んでほしいとも思っていました。でも貴方達に依頼した時に気付いたんです。もしかしたら……貴方達ならアレを殺せるかもしれないと。だから、<シューティングレッド>に動いてもらいました。少しでも長くアイツを苦しませるために。貴方達に殺されたのならそれはそれで良し。死ななければ……延々と永遠、あそこで戦い続けるだけの悪鬼と成り果てたでしょう」
ジルは何も言葉を返せない。
マユミの言葉に潜む憎しみに、何を言っても無駄だと分からされたからだ。
しかしここまで黙っていたヘンリエッタが口を開いた。
「――あの人、ずっとこう言ってた。〝いつまで……いつまで……〟って」
「あはっ! そうですか! それはそれは!」
それを聞いて、マユミがはしゃいだような声を出す。
「ようやくアレは鬼となって気付いたのですよ。いつまでも娘を弔わらわなかった自分の罪に。バカですよね、【
しかしマユミに、冷や水を被せるような言葉をジルが煙草を吸いながら放つ。
「どうだろうな。俺には〝いつまでこの苦しみは続くのか、早く殺してくれ〟って言っているように聞こえたよ。それに奴は……最後まであの剣に執着した。きっとあいつは……」
それ以上を言わせぬ勢いで、マユミが言葉を被せてくる。
「どちらでも構いませんよ。あの人が苦しみ、死んだというのなら」
そう言って、マユミが話は終わったとばかりに立ち上がった。
「これ以上何も何もなさそうなので……私は失礼しますね」
「貴重な時間をありがとう。だが、最後に一つだけ」
ジルがマユミへと、今思い付いた質問を投げた。
「その同調システムも、ゴーレム用の触媒も――本当にあんた一人が一から造り上げたのか?」
それに対し、マユミは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
それはもう答えを言っているようなものだ。
そうして去ろうとするマユミが、途中で足を止めた。
そして背を向けたまま、こう言ったのだった。
「ああ、言い忘れていました。貴方達が持っているあの触媒ですが、そのまま持っていてください。もう、私には必要ないものですから」
「……いいの?」
ジルの代わりにヘンリエッタがそう言葉を返した。
「構いません。あれは確かに形見ではありますが、別に返してほしいとは一言も言ってませんし。きっと貴方のもとにいた方があの子は幸せだと思います。あの一対の剣型触媒は長剣が〝
そんな言葉と共に――マユミ・羅門が去っていった。
それがジルとヘンリエッタが見た、彼女の最後の姿だった。
後日、一人の女性による羅門重工本社での自爆テロで、ヒュウガ・羅門が暗殺されたというニュースが流れることになるが――それを二人がこの時点で知る由はない。
こうしてヘンリエッタは初依頼を無事こなし、一対の剣型触媒と莫大な報酬を得たのだった。
<ゴーレムラヴィ1>のコールサインが――この傭兵の街に轟くことになる。
*作者より*
第一章はこちらで完結となります。
次話は間話となりその次から第二章です!
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