EP14:〝答え合わせ〟
不思議な夢を見た。
それは、見知らぬ男の一生だった。
ヨミ・アラガミというその男にとって、それは〝呪い〟であった。
「ヨミ……八十二年ぶりに生まれた、カヅチの血の子よ……お前には使命がある。お前にはやるべきことがある――かの悪鬼羅刹たる羅門への復讐だ。灼き尽くせ、灼き尽くせ……それでこそ、荒神の子だ」
そう生まれた時から呪詛のように囁かれ、ヨミは復讐者として育った。
卓越した剣術とゴーレム操縦技術も――全ては復讐のためだった。
そして彼はずっと牙を隠し続けた。
古い、古い魔術士の血統であるアラガミ家の血による魔法――〝カヅチ
かつてあった火の魔法に比べると派手さは欠けるが、その干渉力は他の比ではない。エーテルが溢れる現代においては、脅威とも呼べる魔法だ。
「俺は……羅門を燃やす。会社も一族も全て」
後に妻となる羅門の娘に、ヨミがそう告げた時――その娘、マユミは愛おしそうに彼の胸に顔を埋め、そして甘い笑みを浮かべた。
「ならば、私を利用してください。その炎が羅門に届くように……」
結果としてヨミは評価され英雄となり、そして羅門一族へと迎え入れられた。
しかし、そこで思わぬ誤算が生じる。
「おめでとうございます。可愛い女の子ですよ。ですが、腕に少し痣が」
マユミとの間に子――蒼鶴と名付けられた娘が生まれた。
しかも蒼鶴は、二代続くことが滅多にない魔法の才能の持ち主だった。
それを羅門一族の現当主であり、マユミの叔父に当たるヒュウガ・羅門は見逃さなかった。
〝せっかく羅門の血を引いた魔術士が生まれたのだ。ゴーレム技術に応用できないか研究しよう〟
皮肉にも、ヨミとマユミが隠し磨き続けていたゴーレムと魔法の融合という発想に、ヒュウガも思い至ってしまったのだ。
「待ってください、当主様! まだ蒼鶴は幼く、そのような実験をすれば命に関わります!」
必死にそれを止めようとするマユミだったが、ヨミはそれすらも復讐の好機だと考えていた。
結局――彼にとってマユミも娘の蒼鶴も、羅門への復讐を完遂させるための道具でしかなかった。
その結果、度重なる実験によって蒼鶴は幼くして死亡。
愛娘の死に心を壊したマユミは、とあるゴーレムの開発にのめり込むようになった。
亡き娘の生きていた証明とも言うべき研究結果を使い、造り上げた剣の形をした、一対の魔法の触媒。さらにそれを扱うことを前提としたゴーレム――【
こうして、復讐の準備は全て整った。
あとは【
だったはずなのに――
「……あれ?」
僕が夢の途中で目覚めると、そこは僕が住居にしている、あの内壁の上の倉庫だった。
「あ、起きた? もう……三日も眠っていたんだよ」
ソファから起き上がった僕の顔を、レムが心配そうに覗いてくる。
「えっと……僕って確か、<オーガスレイ>を倒したよね?」
最後の記憶がそれだ。
だけどもその後のことを一切覚えていない。
「うん。見事だったって、ジルもみんなも褒めてたよ」
「なんで僕、気絶したんだろ」
「……分かんない。確かにエーテルの残量はギリギリだったけど、そもそも切れたところで気絶するような仕様じゃないし。でも多分……あれが原因だと思う」
そう言って、レムが視線を倉庫の隅へと向けた。
そこには僕のゴーレム――〝ヴォーパルバニー〟が置かれていて、その傍に一対の剣が壁に立て掛けられていた。
「あの剣……<オーガスレイ>のやつ」
「うん。ジルが言うには、魔法の触媒でもあるらしいけど……エッタ、覚えてる? あの剣使った時に、あいつみたいに刃に蒼炎を纏わせていたの」
「……覚えてるよ」
そうだ。確かあれは魔法で、普通の人は使えないもののはずだった。なのに、僕は意図せずそれを発動させていた。
手から力が抜ける感覚。女の子の声。
今ならなぜか分かる。あの声はきっと……<オーガスレイ>の亡き娘の声だ。
「今、ジルが色々調べてくれているけど……どうにもあの依頼には色々と裏事情があったみたい」
「裏事情?」
「うん。詳しくはジルが――ってほら、丁度いいタイミングに」
僕が振り返ると、倉庫の入口にジルが立っていた。
「ヘンリエッタ、目が覚めたか」
僕の顔を見て、微笑するジルを見て、僕は頷いた。なぜだか急に、ホッとしたような気持ちになる。
「うん。もう大丈夫」
「そうか。話はレムから聞いているみたいだな」
どうやら僕とレムが話していたのを聞いていたみたいだ。
「ある程度は。でも、ちょっとだけ気になることがある」
そう僕が言うと、なぜかレムが意外そうな顔をしていた。
「なら一緒に行くか。今から、凱風亭で依頼者であるマユミさんと会うことになっている」
「行く」
それからすぐに出ようとする僕を、ジルがなぜか押し止めて、ソファに座らされた。
「……なんですぐ行かないの」
「そんなボサボサな髪で行く気か? 一応は依頼人なんだから、ある程度は身嗜みは整えないとな」
……確かに鏡を見れば、僕の頭は鳥の巣みたいになっていた。それを、ジルが前みたいに丁寧でブラシで梳かしてくれた。
その心地良い刺激に、思わず目を閉じてしまう。
「ヘンリエッタ」
ジルがブラシを動かす手を止めると、なぜか僕の頭を撫でた。
「なに」
それが妙に気恥ずかしくて、僕は思わずそう不服そうに言葉を返してしまう。
「よくやった。君はすごいよ。あの<オーガスレイ>を一対一で倒したのだから」
ジルが柔らかい声でそう褒めてくれて、それから再び手を動かしはじめた
「うん。ありがとう」
「君は良い傭兵になれる。グレンも……ああ、<シューティングレッド>のことな。彼女が君のことをえらく気に入っていたよ。<デブリーズ>の連中も褒めちぎっていた」
「そっか。でもジルに褒めてもらえるのが一番嬉しいかな」
僕がそう素直に返すと、またジルの手が止まった。
「そ、そうか」
「うん」
「……よし、これでいい」
それから少しして、ジルがポンと僕の肩を叩く。
振り返るとジルは煙草に火を付けて、なぜか天井を見上げていた。
天井に何かあるのかな?
「ありがとう、ジル」
「気にするな。さ、行こうか」
ジルの言葉で僕は立ち上がり彼と共に、倉庫を出た。
向かうのは凱風亭。
聞きたいことは――山ほどあった。
***
凱風亭につくと、すぐにキリスが僕とジルを奥のテーブル席へと通してくれた。
「お待たせしたようで」
ジルの第一声を聞いて、そこに座っていた黒い喪服を纏う女性――依頼者のマユミが立ち上がった。
「いえ。お気になさらず。どうぞ、座ってください」
座りながら、僕はすぐに気付いた。
マユミの表情は前と比べ、晴れ晴れしているのを。
「まずは依頼を達成していただき、ありがとうございます。おかげで我が社の重要技術が漏れることなく、全てが処理できました」
そう頭を下げるマユミへと、ジルが煙草を吸いながら言葉を投げる。
「それが仕事だからな。報酬も確認できたし、そこに関しては文句はないんだが……少し気になる点がいくつかある」
そうジルが切り出すと、頭を上げたマユミの顔には曖昧な笑みが張り付いていた。何かを誤魔化すためか。あるいは……諦めているのか。
そんな顔に思えた。
「何がでしょうか?」
「まずは、ヨミ・アラガミに味方がいた件についてだ。奴に<シューティングレッド>および<デブリーズ>が組みしているという話は聞いていない」
「それはそうでしょう。私もあの時点では知らなかったわけですから」
そうマユミが笑顔のまま返す。
「だろうな。だが<シューティングレッド>から話を聞くと、<オーガスレイ>を援護しろという匿名の依頼があったのは、俺達が依頼を受けた日の翌日だったそうだ」
「あの女を手なずけるとは、流石はジルさんですね。そこまで聞きだしていたのですか」
「ああ。そして、その匿名の依頼も依頼者も完璧に偽造されていて、それが誰かまでは突き止められなかった」
どうやらこの三日間、ジルは色々と調べ回っていたらしい。
そしてその答え合わせが――今行われている。
「そうですか。ふふふ……しかし一体、誰があんな男を守れと言ったのでしょうか」
口元を隠しながら笑うマユミを、ジルがまっすぐに見つめた。
「普通に考えて、彼に死んでほしくない者だろう。該当する者はそれなりにいる。なんせ、ヨミ・アラガミは英雄だったからな。だが最初に思い付くのは……やはり身内だろうさ。例えば……妻である貴方とかな」
ジルが煙草を吸って、吐いた。煙の向こうで、マユミがおかしそうに笑った。
「おかしなことを仰いますね。あの人を殺せと依頼を出した私が、どうして?」
「分からない。だがそれを聞きたくて、こうしてやってきたんだ。それにあんたも気付いているんだろう? 現場から<オーガスレイ>の剣が無くなっていることに」
ジルがそうニヤリと笑った。なるほど、あの剣を回収したのにはそういう意図があったのか。
僕はてっきり、カッコいい武器だから持って帰ってきたとばかり思っていた。
「やはり貴方でしたか。困りましたね、あれには新技術が沢山詰まっています。何より……形見なんです」
「全て話してくれ、マユミさん。どうにも今回の依頼はしっくり来ないことが多過ぎるんだ。謎の匿名依頼者。様子がおかしかったヨミ・アラガミ。あの魔法とその触媒」
「それを知る意味は?」
マユミさんが笑顔を貼り付けたまま、そう問うた。
確かにそれは彼女の言う通りかもしれない。だって報酬も得たし、傭兵としての仕事は終わったはずだ。
「……俺の気分の問題だ。昔、そういうことを全部曖昧なままにして、痛い目に合っているからな。あの剣もまだ触れてすらいない。そのまま返すことを約束する」
そのジルの言葉を聞いて、マユミがため息をついた。
「はあ……そうですか。仕方ありませんね。確かに……<シューティングレッド>へと依頼を行ったのは私です」
そうマユミは自白し、そして今度こそ――作り笑いじゃない、本当の笑みを浮かべたのだった。
「――だって、あの人には……一秒でも長く生きて苦しんで欲しかったから」
それはそれは……本当に嬉しそうで、そして悲しそうな笑顔だった。
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