EP13:〝いつまで〟


「オオオオオオオ!」


 <オーガスレイ>が吼えながら、目の前にいる<デブリーズ>へと蒼炎描く一対の剣を払う。


 しかしその剣はあっけなく盾で弾かれた。


 その魔法の性質上――エーテル濃度が低い物質に対して、全く効果がない。ゴーレム内に流れる液化エーテルや大気中のエーテルならともかく、エーテルを微量にしか含まないただの鋼鉄である盾に干渉することは不可能なのだ。


 ゆえに何の変哲もない盾で、その魔法は無効化されてしまう。


 もちろん盾を持つ相手をこれまでに何人も相手にしてきたし、それらも全て撃墜してきた。


 だが目の前の者達は、先ほどまでの無謀な突撃をしていたとは思えないほどに、組織的な動きを見せている。


 重装甲で動きが鈍いゴーレムではなく、射撃武器しか装備していない装甲の貧弱なゴーレム達がなぜか前線に上がっていて、その全員が盾を装備していた。


 装甲が貧弱であるがゆえにその動きは機敏であり、さらに決して向こうから仕掛けてこず、時折威嚇射撃してくる程度である。


 その動きから、こちらの足止めを狙っているのは明白だった。


 その狙いは今は止んでいる狙撃手のエーテルキャノンの充填待ちであり、元より地上部隊でこちらを倒そうとする気はないのだろう。

 

 ならばバカ正直に相手に付き合う必要はなく、まずは厄介な狙撃手を破壊するために動きべきなのだ。


 だが<オーガスレイ>はその場から動かず、剣を振り回しては盾に弾かれるを繰り返していた。


「何をしている! 早く! 速く!」


 羅門重工製新型ゴーレムである【逸魔天ティルウェン】の中で、ヨミ・アラガミが苛立ちを隠さずに吼えた。


 その顔には激情が張り付いており、目は血走っている。


「いつまで……いつまで……速く……早く!」


 まるで死に急ぐようなその言動。


「早く……俺を……」


 血の涙を流すヨミは――もうとっくに正気を失っていた。


***


「――まだ?」


 僕が痺れを切らして、ゴーレムの調整を行っているレムへと尋ねる。


「急いでやってるってば! 下の方はどうなの? ヤバそう?」


 レムがそう聞いてくるので、僕はビルの上から戦場を俯瞰する。


「うん、ジルとみんなが頑張ってるね」


 上から見ればジルのその鮮やかな手腕がよく分かる。


『――<デブリーズ8>、次の交差点を東だ。<デブリーズ4>はそのままターゲットを引き付けろ。だが決して前に出るな。相手の攻撃をよく見て防御するだけでいい』


 通信機から聞こえるジルの指示によって、<デブリーズ>達がまるで一つの生物のように動いている。


 僕も研究所にいた時は、単身ではなく妹達と出撃することもあったけども、基本的にそれぞれが好き勝手に動いていた。


 だからこうして、指揮官の下で複数のゴーレムが組織的に動いているのを目の当たりにすると、なぜだか少しだけ感動してしまう。


「凄いね。まだ誰もやられてない」


 それを聞いて、レムが不思議そうな声を出す。


「へえ……というか通信を聞く限り、シンプルな作戦っぽいけど。<オーガスレイ>は気付いていないのかな?」

「うん。なんかあいつ、やっぱり変」


 僕は感じたことをそう言葉に表した。


 そう。あいつはなんか変だ。


 どういう理由で自分の務める企業や奥さんを裏切って、今に至るかは知らないし興味もない。


 でも、あの赤い狙撃手と組んでいた時はともかくとして、今のこの状況で逃げるでもなく、明らかに囮なゴーレム達に釣られて無駄な攻撃を繰り返している意味が分からない。


 あれじゃあまるで……死に急いでいるみたいだ。


「ま、なんであれ、倒すことには変わりはないか」

「だね~。よし、調整完了!」


 レムがそう言って、親指を立てた。


「ジル、いけるよ」


 僕がジルにそう伝えると、すぐに指示が返ってくる。


『了解した。<シューティングレッド>、いけるか?』

『――問題ないよ。あいつを大通りまで押し出せばいいんだろ?』

『その通りだ。既に<オーガスレイ>の位置から大通りまでの間の道は<デブリーズ>達に瓦礫で封鎖させている。さあ、始めるぞ』


 ジルの作戦はシンプルだった。


 <オーガスレイ>を倒す方法は二つ。

 <シューティングレッド>による狙撃か、機動力のある僕のゴーレムを使った近接戦。


 そのどちらを使うにしても、今の市街地だと少々やりづらい。ビルや建造物のせいで狙撃はしにくいし、僕の最大出力を活かすには広い方がいいからだ。だったら話はシンプルで、奴を戦いやすい大通りまで追い詰めて、そこで倒す――そういう作戦だ。


 だから軽装甲の<デブリーズ>達が囮をしている間に、他のデブリーズが移動、大通りまでの間にある道を封鎖した。


 あとは奴を大通りまで追い込むだけ。


『――兎ちゃん、いける?』


 <シューティングレッド>からの通信に答える代わりに、僕はビルの屋上を蹴って飛翔。出力を最大にしたおかげで、スラスターからの推力でどんどん加速していく。


 目指すは大通り。追い詰められた<オーガスレイ>を今度こそ、僕が倒す。


『じゃあ、始めようか! オラオラオラ!』


 赤いエーテルキャノンの軌跡が、次々と下を通り過ぎていく。それらは<オーガスレイ>を狙ったものだけども、少しだけ回避する余地を残している。


「やっぱりあの人、上手だ。ちゃんと<オーガスレイ>が大通りへと誘導されてる」


 <オーガスレイ>が狙撃を躱す為に回避行動を行っているが、それが大通りへと誘導されていることに気付いている様子はない。


 それぐらいに、絶妙な位置へと<シューティングレッド>が狙撃を行っている。


 その間に、僕は大通りへと着地。すぐに、<オーガスレイ>がやってくるであろう方角へと振り返った。


 見れば、奴がいる道路との交差点の左右に<デブリーズ>達が待機している。


『あと二発!』


 そんな声と共に、道路から<オーガスレイ>が飛び出してくる。


『――封鎖しろ』


 ジルの指示と共に、待機していた<デブリーズ>達が、携帯していた対ゴーレム用手榴弾を起爆。


 道路の左右にあった建物が崩れ、<オーガスレイ>の背後の道が封鎖される。


 これで奴に逃げ場はない。


『またもや弾切れだよ。しかし、一応当てるつもりで撃ってはいたんだけどねえ……あたしの腕も落ちたか。というわけであとはよろしくね、兎ちゃん』


 シューティングレッドの狙撃が止み、大通りには残されたのは僕と奴だけ。


『……やれるな、<ゴーレムラヴィ1>』


 ジルからの通信に、僕は頷く。


「もちろん。今度は全力でやる」

『ああ。君の本当の強さを見せ付けてやれ』 

「――了解」


 それが合図だった。


『そうか、やはりお前か!』


 狂気の声と共に、<オーガスレイ>がこちらへと突撃してくる。いつ狙撃されるか分からないような開けた場所なのに。


 そこで僕は気付く。

 ああ……そうか。こいつは最初から……逃げる気なんてなかったんだ。


『速く! もっと速く!』


 通信機から聞こえる、<オーガスレイ>の叫び。


 それとともに、薙ぎ払われる一対の刃。

 その軌跡を蒼い炎がなぞり、視界を蒼く染め上げていく。


 何度も剣閃が走り、蒼炎の尾を引いた。それは一種の円舞のようにも見え、僕は一瞬見蕩れてしまう。


 だけどもすぐに正気に戻って、僕は丁寧にその攻撃を手に持つ剣で弾き、蒼炎を躱す。

 

 一撃一撃が重く、そして鋭い。少しでも回避が遅れれば、待っているのはあの蒼炎による地獄だ。


『いつまで! いつまで! そうしている気だ! 速く、早く!』

「うるさいなあ」


 何かに焦る<オーガスレイ>の攻撃が一瞬止んだのを見計らって、今度は僕が反撃を開始。


 踏み込みと同時に、スラスターを全開。青いエーテル光と共に、ヒュン、という鋭く甲高い音が響く。


 ありったけの加速と同時に、剣を叩き込んだ。


『まだだ! まだ足りない!』


 <オーガスレイ>は左右に持つ剣を交差させてがそれを防ぐも、その勢いまでは殺せず、そのまま後ろへと機体が流れていく。


 すかさず、僕は左手の〝チェーンドクロー〟から爪を発射。


 五本の爪がレムの誘導によって、正確に<オーガスレイ>を狙う。


『オオオオオオオオ!』


 <オーガスレイ>の左右の剣が閃く。


『うっそ!?』


 レムの驚く声と共に鎖が切断され、爪が全て叩き落とされた。


「大丈夫」


 だってそれは、結局囮でしかないから。僕は再び全力で加速し、<オーガスレイ>の背後へと回り込む。


 しかしそれをまるで読んでいたかのように、見もせずに僕へと剣が振るわれた。


「それは僕も分かっているわけで」


 その剣を、僕は左脚で思いっきり蹴り上げる。


 下からの掬うような蹴りで、<オーガスレイ>の右腕部が破壊され、握っていた剣が宙を舞った。


 出力全力で行った僕の蹴りの威力と速さを、奴が読み切れなかった証拠だ。


 ここで、出力を最大にしたことの意味が効いてきている。奴はまだ僕の速さをさっきと同じだと勘違いしている。


『……!? ! 』


 なぜか<オーガスレイ>が、戦闘中にも関わらず急に殺気を消して、僕を無視して、真上へと蹴り上げられた剣へと潰れた手を伸ばした。


 まるでそれは――離れていく我が子へと手を伸ばす親のようにも見えた。


 だから僕は。


「そっちも貰うよ」


 容赦なく、無防備に晒された左手へと剣を振るう。


 だけども、それが失敗だった。


『貴様ああああああああああ!! よくもをおおおお!』


 突如<オーガスレイ>激昂し、再び殺気を放つ。同時にまるで蛇が絡みついてきたと錯覚するような動きで、<オーガスレイ>の左手の短剣が――僕の剣を弾き落とした。


「え?」


 意味が分からない。力も何も感じなかったのに、まるで当然とばかりに僕の剣が手から弾かれた。


 見れば相手の短剣の刃の片側がなぜか櫛状になっていた。


『ソードブレイカーか!』


 その形状を見て、ジルがその正体を口にした。


『あの櫛状の刃は相手の剣を折る、あるいは弾き落とすのを目的とした形状だ。まさかそんな変形機能が付いているなんて』


 なるほど。

 こちらの剣をあの櫛状の刃に絡め取ってから引くことで、少しの力だけで相手の剣を手から落とせるようになっているみたいだ。


 ただ、あの刹那の攻防でそれをやってのけてしまうのは、流石としか言えない。剣を使った戦いについては、相手の方が一枚上手なのは明らかだった。


 でも、まだ戦いは終わっていない。


 僕の武器は剣だけじゃないし、剣が落とされたぐらいで動揺なんてしない。


 だから最速の動きで――今度は左脚を使った蹴りを叩き込む。

 狙うは相手の左腕部。


『アアアア!』


 <オーガスレイ>が咄嗟に左手の剣で防御するけど、もう遅い。


 それよりも速く僕の蹴りが奴の左腕部を破壊、潰れる音が響く。手から離れ、地面へと落ちようとする櫛状の刃を持つ短剣を掴み、さらに僕は蹴った勢いで後方へと宙返。同時に――未だ宙を舞っていた、


「今度こそ、その首貰うよ」


 僕の両手には、<オーガスレイ>の一対の剣が握られている。


 その時。

 なぜか、両手から力を吸い取られるような感覚を覚えた。


 同時に、幼い女の子の声が聞こえた気がする。

 

 〝お願い……早く……お父さんを――〟


 僕はそれの意味を考えることすらせず、地面を蹴った。


 最大出力で一気に最高速度へと到達した僕は、血が沸くような音が頭の中で弾けるのを聞きながら、両腕が潰れて立ち尽くしている<オーガスレイ>へと両手の剣を一閃。


『やっとか……ありがとう』


 そんな言葉が通信機から聞こえると同時に、<オーガスレイ>の首が飛んだ。


 なぜかその剣の軌跡に……が宿る。


「あ……れ? 」


 それと同時に、体から力が抜けていく。 


 おか……しいな……どこ……やられ……てい……ない……のに。


『エッタ!? どうしたの!? エッタ!』


 遠くでレムの叫ぶ声が聞こえる。

 視界が、黒く塗り潰されていく。


 そうして僕は――気絶したのだった。

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