EP12:〝かつてバーゲストと呼ばれた男〟


 <オーガスレイ>の剣の軌跡に蒼炎が宿るのを見て、ジルはまたもや混乱を強いられた。


 それが大気中にあるエーテルへの干渉の結果だと分かっていても、その事実は受け入れ難い。


 エーテルとは何か。

 それについては、未だに議論が続けられているところであり、まだ結論は出ていない。だが古よりエーテルと共に文明を築き上げて人類は、それを――万能物質と呼んだ。


 エーテルはあらゆるものに含有されていて、ゆえにそれは、〝あらゆるものに置換できる〟という性質を持つ。


 エーテルを電気に。

 エーテルを水に。

 エーテルを炎に。


 その性質を利用し、古の人々は触媒を通しエーテルを操作することで、あたかも無から有を生み出す技術を生み出した。


 触媒――例えば杖、例えば剣……を使い、大気のエーテルを任意のものに置換する、物理法則を無視した魔の法則。


 それはやがて、魔法と名付けられた。


 しかし絶大な威力と引き換えに不安定で未熟だったその技術を扱う才能は、一部の人類にしか発現しない、先天性のものだった。


 彼らはと呼ばれ、当時、最も恐れられた存在だったという。


 やがて、のちに科学と呼ばれる錬金術が台頭し、魔法は錬金術と融合した結果、魔導技術へと発展する。


 魔法を導くというその名の通り、人類はかつて一部の者にしか扱えなかったエーテル操作技術を、誰でも扱えるものにまで簡素化できたのだ。


 そうして魔法の代替品とも言うべきエーテル兵器が生まれ、ゴーレムという人型の兵器まで造れるようになった歴史の流れで、魔法と魔術士の存在は自然と消えていった。


「だが……あれは」


 ジルは一人だけ……魔術士に出会ったことがある。

 そして何度もその魔法を目の当たりにした。


 〝あはは、魔法と言ってもジルの煙草に火を付けることぐらいにしか使えないけどね〟


 そう彼女が猫のように笑ったのを今でも覚えている。


「まさかあやつは……魔術士なのか?」


 <オーガスレイ>……ヨミ・アラガミの特異性に気付いたラバンがそう横で口にしているのを見て、ジルは険しい表情を浮かべる。


「間違いない。さっきの攻撃はエーテル兵器では不可能なものだ。ならば……魔法と考えるのが自然だろうさ。それに確か、ヨミの出身国であるキヨト国は長い歴史を持つ国で魔術士も多かったと聞く。あいつが魔術士の血筋の者でも不思議じゃない」

「だが、魔法というものはゴーレムに乗りながらも扱えるもののか?」


 ラバンの疑問に、ジルは力無く首を横に振った。


「分からん。俺も……初めて見た」


 だが、理論上では不可能ではないはずだとジルは直感していた。


 ゴーレムは言わば鎧のようなものであり、さらに人体でいう血液の代わりにエーテルを極めて安定した形――この場合は液体、にしてその全身に巡らせている。


 あとは、剣自体にエーテルへと干渉できるような細工をすれば――ゴーレムとその剣を触媒だと捉えることは可能かもしれない。


 しかし現代の魔導技術でそこまで出来るかと言われれば……分からない。


「もし奴が魔術士で、あの蒼い炎が魔法の産物だとすると厄介なことになる――<ゴーレムラヴィ1>、聞こえるか」


 飛翔した先にあったビルの屋上に着地し、上から<オーガスレイ>の様子を伺っているヘンリエッタへとジルが通信を送る。


『うん。聞いていたよ。レムからあの魔法? の分析結果があるってさ』

「レム、教えてくれ」


 ジルの言葉に、レムがすぐに答える。


『うん。結論から言うと、あれはシンプルに物質内に含まれているエーテルを炎へと置換する魔法だと思う。大気中のエーテルとか、に干渉して、それを蒼い炎へと変質させている』

「あの蒼炎自体はただの炎か?」

『違うと思う。あの蒼い炎自体も魔法みたいなもので、あれに触れるだけで同じ現象が起きちゃう。本来なら外部からの影響を受けても変質しないほどに安定化している液化エーテルや、硬質化されたエーテル弾すらも置換しちゃうなんて……とんでもない干渉力だよ』


 その説明で、ジルは全てを理解した。


 さっき剣を地面に突き刺したのは、近代都市なら必ず道路の下に埋め込まれてある、エーテル導線内の残留エーテルへと干渉するためだろう。そしてここまでの道中にあった、内部から何が噴き上がったようなあの妙な破壊のされかたをしていたゴーレムはおそらく、エーテル脈管に干渉され、内部から燃やされたのだ。


 ゴーレムの装甲は外からの熱や衝撃には強いが、内部で起こった熱――しかも全身に張り巡らされたエーテル脈管全てが燃え上がるというような事態は、想定していない。


 ゆえに一度でもあの剣あるいはそれによって起こされた蒼炎を喰らってしまうと、その干渉に抗う術はない。


「<ゴーレムラヴィ1>、あの炎とその触媒である剣は危険だ。当たったら終わりだと思った方がいい」

『了解。結局、やることは一緒だね』

「……場合によっては撤退も視野に入れろ。あれは……もはやただのゴーレムじゃない――バケモノだ」


 ジルがそう通信を終え、次に<シューティングレッド>へと繋げる。


「そういうわけで、<デブリーズ>はさっさと撤退させろ。あの魔法の前では重装甲も無意味だ」

『あはは、あたしもそう言っているんだけどね』


 何がおかしいのか笑う<シューティングレッド>の声を聞いて、ジルが怪訝そうな表情を浮かべてしまう。


「犯罪者みたいなものとはいえ、奴等もまた傭兵ってことだ」


 ラバンの言葉の意味を、ジルはモニターを見て理解する。


『俺は撤退しないぞ!』

『あのクソ裏切り野郎は俺らが仕留める!』

『いや、でも俺達はあくまで援護だろ?』

『どっちでもいい! あいつをぶっ殺せ!』


 <オーガスレイ>へと、そう息巻きながら<デブリーズ>達が突撃していく。


 その先頭には、ヘンリエッタが助け、そして彼女を庇ったあの<デブリーズ13>がいた。


「……馬鹿ばっかりだな。<シューティングレッド>、あいつらの無意味な突撃を止めさせて、こっちに足並みを合わせてくれ」


 しかしそれに対し<シューティングレッド>が苦笑しながら通信を返してくる。


『くくく……おいおい、さっきと話が違うんじゃないか。あくまで今回は<オーガスレイ>の暴走による、即席の共同戦線だ。だからお互いを攻撃しない代わりに好き勝手動いていいって話だったはずだろ?』


 確かに<シューティングレッド>の言う通りなのは、交渉した本人であるジルが一番よく分かっていた。


 <オーガスレイ>と<シューティングレッド>が組んでいて、そして今は敵対していることを利用し、一時休戦かつ共同戦線を張るべく交渉した結果――報酬を山分けする形で合意が得られた。


 おかげで今は<オーガスレイ>を孤立無援にどころか、包囲網に閉じ込めることが出来てしまった。

 

 あとはゆっくりと獲物を狩るだけ……のはずだったが、こうなってくると話が変わってくる。間違いなく、あの蒼炎操る悪鬼はこの即席の包囲網なぞ、易々と突破してしまうだろう。


 そしてそのことは、<シューティングレッド>だって分かっているはずだ。

 なのに通信機の向こうで、あの女がニヤニヤしているのが見える。


『だがまあどうしてもと言うなら、指揮権をそっちに譲るけど……どうだい――<バーゲスト>さん?』

「……その名は捨てた。今はただのオペレーターだ」


 ジルが煙草へと火を付けて、苦々しい顔でそう答えた。


 久々に聞いた自分のコールサインに、少しだけ心がざわつく。

 かつて――<バーゲスト>と呼ばれていた時の感覚が少しだけ蘇ってくる。


 あの頃は全てが眩しかった。全てが明るかった。

 それが闇の底の底へと墜ちる途中だったと知りもせず。


 ダメだ。今、考えることじゃない。

 煙を深く吸って、一緒に雑念を吐きだしていく。


 途端に思考がクリアになっていく感覚。


 今は過去に囚われている場合じゃない。

 

『で、どうする?』

「――さっさと指揮権をこっちに寄こせ、<シューティングレッド>」

『くくく……了解だよ、<バーゲスト>。聞いたね、お前ら! かの英雄<バーゲスト>がお前らの世話をしてやるって言ってるから、行儀良くやるんだよ!』


 同時に、ジルの前のモニターにヘンリエッタだけではなく残存する<デブリーズ>の位置情報が表示される。


 それを見て、ジルが素早く戦術を組み立てていく。


「<ゴーレムラヴィ1>、用意はいいな。あれに勝てるとすれば機動力で回避できる君しかいない」

『任せて』

「それからレム、五分稼ぐからその間に<ヴォーパルバニー>の出力を――

『へ? いいけど、大丈夫? それだとすぐにエーテル切れになっちゃうし、そもそもアレ相手に<デブリーズ>だけで五分もつとは思わないけど」


 その訝しげなレムの声に、ジルが短く答える。


「心配するな。俺に任せろ」


 その力強い言葉に、ヘンリエッタとレムが思わず目を目を合わせ、そして同時に頷いた。


『『了解――指揮官』』


 ジルが煙草の火を捻じ消すと、通信機を手に取る。


「行くぞ、お前達――鬼狩りの時間だ」

 

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