EP11:〝VS<オーガスレイ>〟


 無線から、ジルの叫びが聞こえてくる。


『どうなってる!?』


 僕の目の前で――今回のターゲットである<オーガスレイ>による一方的な戦いが繰り広げられていた。


『ぎゃあああああ!』


 両手両脚を切断され転がったゴーレムの頭部に剣を突き立て、<オーガスレイ>が吼える。


『アアアアアア!!』

 

 <デブリーズ>も必死に抵抗するけど、逃げながらの応戦で上手く連携が取れていない上に――そこは狭い道路が複雑に交差する、<オーガスレイ>が最も得意とする市街地。


 次々と、僕の目の前で<デブリーズ>が撃墜されていく。


『何がどうなっている。<シューティングレッド>と<オーガスレイ>は組んでいるのではなかったのか!?』


 どうやらジルも今、ここで巻き起こっている事態に理解が追い付いてないようで、混乱しているみたいだ。


 それが僕には不思議だった。


 やることは――何一つ変わっていないのに。


『目標発見――排除するよ』


 だから僕は迷いもせず、今まさに胸に剣を突き立てられようとしていた、<デブリーズ>の一機の前へと飛び出した。


 <オーガスレイ>の放った一撃を、掬い上げるように剣で弾く。


 響く甲高い金属音と、火花。


『た、助かった!?』


 背後からそんな言葉が聞こえてくるけど、無視。別に助けるつもりはなかったし、結果的にそうなっただけ。


 それよりも、問題は目の前の相手だ。


『……っ! 早く! 速く!』


 交差する剣の向こうで、<オーガスレイ>が何かを喚いている。


 何を言っているか僕にはさっぱり分からないけど、まあどうでもいい。

 一気にスラスターを噴かし、相手の間合いへと飛び込む。


『ヘンリエッタ! 気を付けろ! 奴は明らかに様子がおかしい!』


 ジルの指示を聞きながら、僕は再び剣を<オーガスレイ>へと薙ぎ払った。


『ダメだ……遅い。それでは遅すぎる。もっと、もっと速く!』


 しかし僕の一撃はあっけなく、相手が左手に持つ短い方の剣に弾かれてしまう。

 どう見ても、僕の一撃の方が重さも速さも上なのに。


 そこから流れるように、<オーガスレイ>が右手の長い方の剣を僕へと突き立てようと鋭い突きを繰り出す。


『エッタ! 回避!』

「分かってる!」


 レムの警告と同時に、僕はスラスターを使って無理矢理横方向へとスライド。風すらも断つその突きをギリギリで回避する。


 今のはちょっと危なかった。


 というか、これまでの戦ったどのゴーレムよりも動きが自然で滑らかだ。

 まるで……を相手しているみたい。


『奴は歴戦の傭兵だ。下手に真正面から相手すると、やられるぞ。上手く脚を使え』


  ジルのアドバイスを受けて、僕は追撃を放とうとする<オーガスレイ>の手前で地面を蹴って飛翔。


 <オーガスレイ>の横にある建造物の壁を蹴って、まるで三角を描くように移動し、僕は素早くその後ろへと回り込む。


 しかしそれを察知していたのか、奴は振り向きながら的確に回転斬りを僕へと放ってくる。


 これまでに見た誰の斬撃よりもそれは速く、そして鋭い。


 それを僕は剣で受けて、その反動のまま後ろへと一回転。


『うわ!?』


 丁度そこにいた、僕がさっき結果的に助けた<デブリーズ>の一機が構える盾に着地。


「ごめんね」


 それを思いっきり蹴って、<オーガスレイ>の方へと再度加速する。


『まだだ。まだそれでは……届かない』


 <オーガスレイ>が両手の剣をまるで翼の広げる鳥のように構え、迫る僕へとそれを交差させるように放った。


 それは正確に僕の首を狙ったもので、速すぎても遅すぎてもダメな、完璧なタイミングと間合いの一撃。


 この人は強い。それは何度か剣を交えただけですぐに分かった。

 そもそもこれまでの経験上、二回以上僕の攻撃を防いだ人はいない。


 でもこの人は当然とばかりにそれを弾き、いなしていった。

 

 ジルも〝上には上がいる〟って言っていたっけ。


 でも、だからこそ――


「届かないのは、そっち」


 僕はスラスターを全力で逆方向に噴射し、一気に減速。ピタリと空中で静止した僕の目の前を二本の刃が交差する。


 その瞬間、再びスラスターを噴かし、その刃をくぐるように加速。


 それはジルの言う〝ゼロ百の加減速〟を最大限に使った――だ。


『ほう!?』


 <オーガスレイ>が驚きが手に取るように分かる。


 相手が歴戦の傭兵だからこそ可能だった。

 完璧にこちらに合わせてくると確信していたからこそできた、刹那の制動。 


「バイバイ」


 僕は剣を払って隙だらけとなった<オーガスレイ>の首へと――加速した勢いのまま剣を叩き込む。


 はずだった。


『エッタ!』


 僕の剣が、弾かれた。


 視界の端には、二本の剣。

 剣があの位置では防御には間に合わない。


 じゃあ何で僕の剣を防いだ?


 そこまで考えて、ようやくそれの正体に気付く。


で弾いたの!?』


 レムの言う通り、それは<オーガスレイ>の機体の頭部にある角だった。てっきり、ただのアンテナか飾りだと思っていたけれども――それは僕の剣を弾くほどに鍛えられた、立派な武器だった。


『ダメか。お前でもダメか。いつまで……いつまで……』


 嘆く<オーガスレイ>が、空中で隙だらけとなった僕へと蹴りを叩き込む。


「っ!」


 衝撃が僕を襲う。一瞬、視界が暗くなり、全身に激痛が走る。

 まるでバラバラに引き裂かれたような感覚。


『ヘンリエッタ!』


 遠くでジルの声が聞こえる。

 あれ、僕……どうなったんだっけ。


 とそこまで考えて、僕はすぐに意識を取り戻す。


 <オーガスレイ>に蹴られ、横の壁へと叩き付けられた状態で、僕は止まっていた。


 それは致命的な隙だ。そしてそれを奴は見逃さない。


 二本の凶刃が僕へと迫る。


 しかし――


『うおおおおおおお!』


 僕の前に、盾を持ったゴーレムが飛び込んでくる。

 

 それはさっき助けてついでに盾を足場にした、あの<デブリーズ>の一機だ。その肩のエンブレムには、13という数字が刻まれている。


 彼の盾が<オーガスレイ>の剣を跳ね返す。


『だ、大丈夫か、兎!?』


 そう心配してくれるので、僕は素早く自分の状態を確認。


 うん、大丈夫だ。


「……平気」


 そう答えると地面を蹴って、壁際から脱出する。身動きできない場所は危険だ。


『お前か? お前なら届くのか?』


 <オーガスレイ>が、僕を庇ったゴーレム――<デブリーズ13>へと斬撃を放つ。的確に二本の剣で脚と腕を狙ったその攻撃を、あのゴーレムが避けられるとは思えない。


 僕もそれを止められる位置にはいない。


 その時、通信が入る。


『――これ以上は好き勝手やらせないよ』


 その声と同時に<オーガスレイ>が攻撃を中断し、バックステップ。


 彼の立っていた位置の横のビルの壁が爆発し、同時に赤いレーザーが通過する。


『ヘンリエッタ――まだ動けるか?』


 エーテルキャノンの余波を受けながら、ジルの言葉に僕は当然とばかりに返す。


「大丈夫」

『指示が遅れてすまない。少し交渉に手間取ったが、<シューティングレッド>及びその配下の<デブリーズ>と共同戦線を張ることとなった』


 ジルのその言葉を裏付けるように、再び、赤いエーテルキャノンが<オーガスレイ>へと放たれた。


 ビルすらも貫通するその一撃は、流石の<オーガスレイ>も回避に専念せざるを得ない状況へと追い込む。


 その隙に、<デブリーズ>達が立て直しをはかっている。


『目標は変わらない。ヘンリエッタ、<オーガスレイ>を討て。<シューティングレッド>と<デブリーズ>はお前の援護に回る』

「分かった」


 僕は剣を構えて、<オーガスレイ>を見据えた。


 さっきはやられかけたけど、もう負けない。

 ふつふつと体の奥から熱い何かが沸き上がってくる。


 これは多分、怒りという感情だ。

 僕は何に対してそんなに怒っているのだろうか。


 でも分かる。この感覚に身を任せれば――僕はもっと速く動ける。


 そんな気がするんだ。


『ちっ! 悪いけど、弾切れだよ。充填にしばらく時間掛かるから、それまでよろしくね、子兎ちゃん!』

 

 そんな通信と共に、<オーガスレイ>を狙うエーテルキャノンの連射が止む。


 それに僕は短く答え、地面を蹴った。 


「――了解」


 僕は愚直に、まっすぐ<オーガスレイ>へと突撃する。

 

『いつまで……いつまで……速く……早く!』


 なぜか苦悶するような声を挙げる<オーガスレイ>が、僕を迎撃するべく剣を構えた。また、あの鳥のような構えだ。


 きっと今度はフェイントも通用しない。


 だから僕はその手前で飛翔し、空中へと躍り出る。


 すると僕が立っていた位置を、背後にいた<デブリーズ>達が放ったエーテル弾が通り過ぎた。


 それは即興の連携だったけども、なかなか悪くない。

 あとは、奴がエーテル弾を避けようとした瞬間を狙うだけだ。

 

『早く――』


 なのに。


 <オーガスレイ>は避ける素振りすら見せず、なぜか右手の剣を――地面へと突き立てた。


 その行動の意味を、僕含めその場にいた誰も理解できなかった。


 だけども、ただレムだけがその異変に気付く。


『……っ! 全員、地面から離れて!』


 レムの警告と同時に――<オーガスレイ>を中心に、複数箇所の地面から蒼炎が噴き上がり、エーテル弾を掻き消した。


<デブリーズ>のうちの一機がその蒼炎に触れた瞬間、なぜかその内部から同じ色の炎が噴き出て、装甲を捲り上がる。


『バカな……あれは、まさか』


 ジルの呆気に取られた声が聞こえた。


『いつまで……いつまで……』


 嘆きながら<オーガスレイ>が剣を地面から抜き、振り払った。


 その軌跡に、蒼炎が宿る。


 どうやら――本当の戦いはここからのようだ。

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