EP10:〝首狩り兎〟


 僕が飛び込んだ脇道は、車二台がギリギリ通れそうなほどに狭い道路で、左右には五階建のビルが並んでいる。


 前から、やけに分厚い装甲を身に付けたゴーレム達がこちらへと突撃してきていた。その右手にはこれまた頑丈そうな盾を装備していて、左手には斧を握っている。


 その前衛三機は横に並ぶことで道路を隙間無く埋めていて、盾のせいか動く壁のような印象を受けた。


『エッタ、相手は五機! 前に三機、後ろに二機よ! どれもベルリッチ社の汎用ゴーレムの改造機だけど、前衛はバカみたいに装甲を積んでる! でも後衛はそうでもなさそうだから狙うならそっち!』


 レムがスキャンした結果を僕の視界へと表示させていく。見れば後衛の二機は確かに装甲が薄く、射撃武器しか装備していない。


『分かりやすいやり方だ。重装甲の前衛による突撃で、相手を大通りへと押し出すつもりだろう。後衛はその援護要員だ。無理矢理前衛を突破しようものなら、すぐに撃ち抜かれる――並のゴーレムならな』


 ジルの言葉に、僕は思わず笑みを浮かべてしまう。彼は本当に僕のことをよく分かっている。


「うん。そして残念ながら……僕は並じゃない」


 目の前に、三機の重装甲ゴーレムが迫る。


『君なら問題なくやれる』


 その言葉を聞いて、いつかあの壁の上でジルに、殺すなと言われたことを思い出した。


 僕にはその辺りの倫理観がよく分からない。

 ゴーレムに乗っている奴は全員殺していい相手だと思っているからだ。


「いいの? いつも通りやるけど」

『構わん。あの時とは違う。ここはもう戦場だ。手加減していたらこちらが死ぬぞ。だからいけ、<ゴーレムラヴィ1>。地面に縛られた奴等を嘲笑ってやれ』

「――了解」


 僕はギリギリまで引き付けたその前衛三機の目の前で、思いっきり地面を蹴った。


『な!?』

『飛んだ!?』


 下から驚きの声が聞こえてくる。


『バカが。空中では隙だらけなんだよ!』

『死ね!』


 空中へと躍り出た僕を、後衛二機が狙い撃つ。でも僕は既に、横にあるビルの壁へと――していた。


『……は?』


 ビルが破壊されるほどの力で壁面を蹴って、僕は再び加速。


 そのゴーレムにはあるまじき立体機動に誰も目がついていけず、後衛二機の狙撃はあらぬ方向へと飛んでいった。


『嘘……だろ?』


 もうそこは――僕が手に持つ物理ブレード〝ジャヴァウォック〟の間合いだ。


 斬甲刀と呼ばれるその大剣は、片刃でかつ分厚い刃を持つ。剣というよりも断頭台の刃のような印象を持つそれは、あらゆる装甲を叩き斬ってくれる。


『ばかな……速す――』


 加速を乗せた僕の一振りがあっけなく後衛にいたゴーレムの首を刎ねた。


 血とエーテル光が散る、いつもの光景。


『うわあああああ!?』


 パニック状態のもう一機へと、僕は剣を振った勢いのまま、蹴りを叩き込む。インパクトの瞬間にスラスターを一気に噴かし、衝撃をさらに追加。


 そのまま横の壁へと、叩き付けた。


 その衝撃に耐えきれず壁が破壊され、ビルが倒壊。


『ア……が……』


 倒壊したビルの下敷きとなったゴーレムから、苦悶の声が聞こえてくる。


『てめえええええ!!』


 ようやく前衛達が戻ってくる。


「レム、アレを使うよ」

『はいはーい』


レムの返事と共に、左手に装着されていたガントレットを起動。畳まれていた鉤爪状のブレードが五本、展開していく。


 これこそが、僕の新しい武器――〝チェーンドクロー〟だ。


『クソが、舐めやがって!』


 なんて叫んでいる先頭の機体へと、強襲。


『死ねえええ!』


 その機体は盾を構えて僕の剣を防ごうとしているけど、流石に僕も盾ごと斬れるとは思っていない。


 だからその上を飛翔し、相手の上で逆立ちになった状態で、左手に展開した五本の爪でその頭部を掴む。


『あ……』


 そのままスラスターを噴かし前へと弧を描くように一回転。頭部を無理矢理引き千切り、その背後へと着地した。


「残敵、二」

『あ、脚を狙え!』


 左手の中にある頭部を、迫る相手へとまるでボール遊びのように優しく投げる。


『ひっ!』

「バイバイ」


 怯んだ隙を見逃さない。僕の剣がその首筋へと吸い込まれていく。


 青い火花を散らし、ゴーレムがその膝を地面へとつけた。


「残敵、一」

『ね、姐さん! こいつヤバいです!』


 最後の一機が僕から距離を離しながら、どこから取り出したのかハンドガンをこちらへと向けていた。


 その距離は約三メートル。流石に剣も蹴りも届かない。


 でも問題はない。


 僕は雑に狙いをつけて――左手の〝チェーンドクロー〟を向けた。


 ただの爪状の武器に、〝鎖付きチェーンド〟と名付けられた意味。それは――


「レム、誘導よろしくね」


 そう言うと同時に、〝チェーンドクロー〟の機構を起動。

 すると〝チェーンドクロー〟から五本の爪が射出される。

 

 それぞれに取り付けられた小型スラスターからエーテルを噴き出て、〝チェーンドクロー〟本体と繋がれた鎖を引きながら、相手を襲う。


『ああああ!!』


 相手がそれを避けようと動きながらハンドガンを撃つも、まるで意志をもったかのように爪が空中で動き、放たれたエーテル弾を弾く。


「とりゃあああああ!」


 一時的に〝チェーンドクロー〟へと憑依したレムが叫ぶ。彼女が誘導してくれるおかげで僕の狙いが雑でも、それが外れることはない。


 五本の爪が、相手の胴体部へと突き刺さる。


 そうして鎖で繋がった相手を鎖の巻き上げ機能とスラスターを使い、僕は思いっきり引き寄せた。


『うわああああああ!?』


 相手がつんのめって、こちらへと無理矢理引かれたところで、僕は剣を構えた。


「おしまい」

 

 水平に薙ぎ払われた刃が、ゴーレムの首を切断。


 同時に、突き刺さっていた爪を左手へと戻す。


 気付けば敵は全滅。転がっているのは四つのゴーレムの首。


 ああ、またいつもの光景だ。


「――戦闘終了」


 僕がそう報告すると、ジルから冷静な声が返ってくる。


『よくやった。次はそのまま市街地をあのビルまで進め。狙撃手をそのままにしておくのは危険だ』

「了解」


 そうジルの指示に短く答え、僕は再び加速。


 相手がなんだろうと負ける気なんて、一切しなかった。


***


 ヘンリエッタのあまりに一方的な戦闘を、<シューティングレッド>は高所からずっと観察していた。


「……なんじゃありゃ」


 思わずそんな感想が出てしまう。そもそもの話、五機に囲まれて無傷でいられるゴーレムなんて存在しない。


 なのにあのゴーレムは一度も攻撃を食らわず、あっさりとこちらの小隊を全滅させた。狙撃して援護する暇すらなかった。


「いやいや……あれは想定外でしょ……」


 だけども、ある意味納得できる部分もあった。


 なんせ一週間前に気紛れで受けた防壁での仕事の際に、あの動きは一度見たからだ。


「私の射撃を連続で避けるだけじゃなくて、空を飛んだからねえ」


 超々遠距離からの狙撃を躱しただけじゃなく、空を駆け、防壁を文字通り飛び越したのを見た時は、感動すら覚えた。


 今度の壁破りは並じゃないな、と。


 とはいえ、こう早々と敵対するとは思ってもみなかった。


「しかし、どうにも偏執的なやつだね。執拗に首ばっかりを狙うなんてさ。なんかの童話に出てくる首狩り兎みたい」


 エンブレムからして、そういうことだろう。


「ヤバい奴が出てきたねえ」


 なんて言っていると、通信が入ってくる。

 その全てが、部下からの悲鳴だった。


『た、助けてください!』

『ひいいいいい!』

『あんなの勝てるわけねえってば!』


 それに対し、<シューティングレッド>が冷たく言葉を返す。


「傭兵が何を泣き言言ってんだい。とはいえあれはちと規格外すぎるから、お前ら適当に撤退しろ。これ以上は赤字になっちまうし、兎の相手はしなくていい」

『りょ、了解です!』


 元々、この依頼についてはあまり前向きではなかった。


 裏ルートから入った、とあるゴーレムの援護をしてほしいというその依頼は、その全てが胡散臭かった。だが報酬があまりに破格だったので、闇ルートで売り出されている、とある武器の購入資金目当てについ受けてしまったのだ。


「前金分からまだ足は出てないし……潮時か。とはいえ、負けっぱなしも性に合わないし、もう少し嫌がらせでもするか」


 それは依頼者に対する義理や義務感からではなく、単純な興味からだ。

 あの首狩り兎が、どこまでやれるかをこの目で見たかった。 


 しかし――事態は思わぬ方向へと向かう。


『ね、姐さん! 緊急事態です!』

『いやああああああああ! 熱いいいいいいいい!!』

『やめ、やめて! あああああああ!』


 再び部下達からの通信。聞こえるのは、先ほど以上の悲鳴と怒号。


「バカ野郎! 撤退しろって言っただろ」

『し、してます! あの兎も深追いしてこないのでいけると思ったら――うわあああああ』

「あん!?」


 何が起きている。

 次々と部下がロストしていく。


 見れば、あの首狩り兎はまっすぐにこちらへと向かっていて、戦闘をしている様子はない。


 なら――部下は誰にやられている?


「まさか」


 慌てて、ゴーレムに取り付けてあるスコープを部下達の撤退方向へと向けた。


 首狩り兎の進行方向。そこから蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う部下達がいる。だが問題はその部下達をまるで迎え撃つように動いている存在だ。


「……あの野郎!」


 それは――自分達が守るべき存在である、<オーガスレイ>だった。

 そいつは、撤退を許さないとばかりに部下達を斬り払い、時々蒼炎が噴き上がっていた。


「何やってんだてめえ!」


 通信機にそう叫ぶも、何も返ってこない。


「ちっ! やっぱりあいつ……


 会った時の様子からして、相手が普通じゃないのは分かっている。

 だが、まさか味方であるはずのこちらへと攻撃してくるとは思わなかった。


「そっちがそういうつもりなら……上等だ」


 怒りを露わにしながら、<シューティングレッド>がその砲口を、ゆっくりと動かしていく。


 その先で――ついに悪鬼と首狩り兎が激突した。

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