EP9:〝<シューティングレッド>〟
テュフォン旧市街跡、郊外。
ジルは運転していたトラックを大岩の陰にある安全な場所へと停止させた。
「酷い有様だのう」
隣に座るラバンが、レムの視界を映しているモニターでヘンリエッタの動向を注視していた。
ジルもすぐにモニターを起動させ、確認する。
既に彼女達は旧市街跡に侵入していた。
砲弾で穴が空いた大通りを器用に跳びながら進んでいて、その一番奥には噴水と崩れた巨大ビルが佇んでいる。
見れば、周囲には破壊されたゴーレムがいくつも転がっていた。
そのどれもが、どんな攻撃を受ければそうなるのか分からないほどに融解し、何かによって胸部を貫通させられ、大穴が空いている。
激戦がつい最近行われたことが一目で分かった。
「<オーガスレイ>に返り討ちにされたか。だがそれにしては……」
ジルはその光景に違和感を覚えてしまう。
確かマユミさんから提供されたデータ上では、今回のターゲットである<オーガスレイ>には近接武器――しかも物理ブレードを二本のみしか装備していなかったはずだ。
しかしその辺りに転がっているゴーレムは、どう見ても物理ブレードでやられたような様子ではない。
「レム、そこのゴーレムを少し調べてくれ」
ジルがそう指示すると、ヘンリエッタが物陰で制止し、レムがそのすぐ横にあったゴーレムの残骸をスキャンしはじめた。
そのゴーレムは頭部が吹き飛ばされていて、胸部を中心に、高熱で炙られたような跡が残っている。内側から何かが溢れ出たように表面装甲が捲り上がっていて、異様な姿を晒していた。
『うーん、なんだろこれ。首の辺りは高濃度のエーテル残留があるから、エーテルキャノンか何かに撃ち抜かれたんだろうけど……こっちの胸の部分は変よ』
レムがスキャン結果をジル達のモニターへと映す。
「妙だな。これだとまるで――内側から熱が発生したようじゃないか。そんなこと有り得るのか?」
「ありえんな。熱暴走を起こしたとしても、ゴーレムの装甲を融解させるほどの高熱は構造上、絶対に起こり得ん。だがこの感じは……内部を循環するエーテルを無理矢理に燃焼させたようにも見える」
ラバンがそう補足し、ジルが頷く。
ゴーレムは今や戦場における主戦力となっている。当然、熱やエーテルに対する防御性能は高く、よほどのものではないと、こうは破壊はされないだろう。
そもそも内部を循環するエーテルに干渉などできるわけがない。もしそれを可能とする兵器があれば、間違いなく対ゴーレムどころか、あらゆる兵器に対する特攻兵器となるだろう。
それほどまでに、現代兵器はエーテルに依存している。
「いずれにせよ物理ブレードだけでこれは無理だ。そもそも<オーガスレイ>はエーテルキャノンの類いは装備していない」
『――なんでもいいよ。要は相手を倒せばいいだけでしょ?』
ヘンリエッタの言葉にジルは同意するも、一応釘を刺しておく。
「その通りだが、気を付けろ。マユミさんの情報が古い可能性がある。相手を見誤るな。厄介な射撃武器や未知の兵器を使用してくることも考慮しろ」
『やることは一緒だよ――避けて、斬るだけ』
ヘンリエッタが飛び出し、さらに加速して進んでいく。行く先々に無惨にやられたゴーレムが打ち捨ててあり、見る限り、そこから無事脱出できたものはいないだろう。
これだけやられていれば、<オーガスレイ>の賞金が跳ね上がっていることにも納得がいく。
そう考えながらも、ジルは違和感の正体を探っていた。
仮に<オーガスレイ>が情報にない未知の兵器を装備していたとして、果たしてここまでの破壊を作り上げることは可能なのだろうか。
いくら腕利きのゴーレム乗りでも、単機でここまでやれるとは到底思えない。さらに数日ならともかく、一週間以上戦い続けていることもおかしい。
補給はどうしている? なぜこの旧市街跡から移動しない?
第三国に逃げて、これまでの輝かしい戦歴と最新型のゴーレムという手土産があれば、どこでも仕事にありつけるだろう。
なのにそれをせず、ただひたすらここで賞金目当ての傭兵を撃墜し続けている。
まるで――何かを待っているかのようだ。
「移動しないのには理由があるはずだ。ここが自分にとって有利な戦場であるのは間違いないが、本当にそれだけか」
そんなはずはない。
もしくはこちらの想定以上に、この戦場が向こうに有利に働いているのかもしれない――ここから動く必要がないぐらいに。
「ラバン、旧市街跡の全体図をもう一度見せてくれ」
ジルの言葉を聞いて、ラバンがすぐにモニターへと旧市街跡の
出発前に一通り目を通しているが、現場を見るとやはり印象が違ってくる。
このテュフォン旧市街は古い時代に造られたもので、近年になると増築改築を繰り返した。その後、地域情勢の悪化に伴い、元々は要塞として造られた今のテュフォンに都市機能を移された。
結果として街全体が少々歪な構造となっている。
無秩序に建てられた古い建造物と道路が広がる市街地、それらを半ば強引に無視して造られた、街の中心にある噴水広場へと続く大通り。そしてかつては庁舎として使われていた巨大なビルがその広場の先に建っている。
旧市街跡に侵入するとなると、大多数の者がこの大通りを使い、そこから各地へと入っていく形になるだろう。その証拠に、戦闘の跡はこの大通り沿いに集中している。
「いや、それがそもそもおかしいんだ」
ジルが違和感の正体を口にしていく。
「相手は近距離戦闘を得意とする相手だ。なのに自分の長所を活かせる市街地ではなく、なぜこの大通りのような広い場所で戦う?」
そこから導き出される結論。それは――
次の瞬間、アラート音が鳴り響く。
モニターにはレムによって、高濃度の魔力反応に対する警告が表示されていた。
『避けて!』
レムの叫びと共に、ヘンリエッタが地面を蹴り、スラスターを全力で解放。横へと回避機動を行う。
先ほどまで彼女がいた位置を――極太の赤い光の束が通り過ぎていく。
「今のは……エーテルキャノンか!」
ジルがその奇襲の正体を一瞬で見抜いた。
「しかも、ただのエーテルキャノンじゃない。あの独特な赤色のエーテル光は……間違いなく違法改造されたものだ。あんなもんをぶっ放すアホを儂は一人しか知らん」
ラバンが呆れたような声で説明していると、ヘンリエッタが嫌そうな声を出す。
『あいつ……防壁にいたやつだ! レム、奥のビルの上!』
ヘンリエッタに指示され、レムが望遠機能で大通りの先、噴水広場の奥にある崩れた巨大なビルをスキャンしていく。
するとモニターに、崩れて露わになったビルのフロアにいる一機のゴーレムが映し出された。
真っ赤にカラーリングされたそのゴーレムには装甲はほぼなく、申し訳程度に表面板が貼られている程度だ。
その頭部も歪であり、まるで爬虫類を思わせるようなフォルムで、かつ通常のゴーレムではあまり見掛けない単眼カメラを採用している。
しかし何よりも異様なのは、その両手で構えているエーテルキャノンだろう。もはや元の形が分からないほどに改造を施されており、ゴーレムの背部にある巨大なエーテルドライブへと直接接続されている。
その脚部と、腰から生えた尻尾にも見えるパーツが、ビルの床へとまるで爪を立てるかのようにその機体を固定化させている。
もはや狙撃することしか考えていないその異様な姿と、狙撃手のくせにやけに目立つ真っ赤なカラーリングと単眼カメラ。
そんな特徴を合わせ持つゴーレムを扱う奴なんて、このテュフォンでは一機しかいない。
「……〝
ジルが口にしたその二つ名兼コールサインを聞いて、遮蔽物の陰へと飛び込んだヘンリエッタが、問い返す。
『誰それ?』
「テュフォンの傭兵で知らない奴はいない。コールサイン<シューティングレッド>、本名はグレン・ライオット……GRランクはC。だが、それはあいつの実力の半分も表していない」
さらにジルの説明をラバンが補足する。
「カカカ……あの女は間違いなくテュフォンで一番のゴーレム技師にして、最高峰の狙撃手だ。さらに本人自身のカリスマ性と相まって、今は半分犯罪者のような傭兵部隊を従えている。まさか……偶然ここに居合わせたわけではあるまいよ」
「ああ。これで全てのカラクリが分かった。この大通りがキルゾーンだ。ヘンリエッタ、すぐに脇道に入れ!」
ジルがすぐにヘンリエッタへと命令を飛ばす。
蓋を開けてみれば、シンプルな話だ。
なぜ単騎で一週間も無事だったのか――それは単騎じゃなかったからだ。
だから補給も受けられたし、数的不利になるはずの多数の傭兵達を撃退できた。
その戦術を考えてみる。
まずは狙撃手を大通りの奥に配置し、侵入してくる傭兵達を超遠距離から狙撃。おそらくそれを受けて傭兵達は狙撃を避けるべく散開し、脇道や横の市街地へと入っていくだろう。
ならどうするか。それもまたシンプルな話だった。
わざわざ狭い場所に、相手が数を減らして飛び込んできてくれたのだ。あとは数的有利を作って各個撃破すればいいだけ。
そこから逆算し、ジルが冷静に事実を伝えていく。
「ヘンリエッタ、油断するな。相手は<オーガスレイ>だけじゃない。間違いなく<シューティングレッド>の配下である傭兵部隊<
そうジルが警告した瞬間――ヘンリエッタへとオープン回線による通信が入ってくる。
聞こえてきたのは、艶のある女性の声だった。
『やっほー! 君、例の壁破りでしょ? いやあ、流石に同じ相手に三連続で狙撃を躱されたのは初めての経験でさ。お姉さんちょっとだけ激おこだから……ここで死んでいってね!』
『誰だか知らないけど、何度やっても当たらないよ?』
ヘンリエッタの返しを聞いて、通信先である女――<シューティングレッド>が楽しそうな笑い声が上がる。
『あはは、言うねえ! でも、いつまでそう強がっていられるかな?』
その通信と同時にヘンリエッタの目の前に、ジルの予測通り、分厚い装甲に覆われたゴーレムが何機も飛び出してくる。その全員が、赤い隕石のようなエンブレムを右肩に貼り付けている。
「やはりか」
しかし、なぜかジルは笑っていた。
確かにその戦術は間違っていない。おそらく大多数の傭兵はこの大通りを突破できず、市街地に逃げたところで伏兵や潜んでいる<オーガスレイ>にやられたのだろう。
だが今回は違う。
市街地での戦闘は――こちらが望むところなのだ。
だからジルはあえて言葉に感情を乗せずに、こうヘンリエッタへと指示を出した。
「こちらを罠に掛けたつもりのようだが……甘すぎる。さあ、存分にお前の力を見せてやれ、<ゴーレムラヴィ1>」
『了解――さあ、跳ねよう』
そのヘンリエッタの言葉が――激戦の始まりの合図となった。
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