EP8:〝コールサインは<ゴーレムラヴィ1>〟
ガタガタと荷台が揺れる。
ときおり、石に乗り上げたのか車体が大きく跳ねた。
僕はゴーレム輸送用のトラックの荷台に、【ヴォーパルバニー】と共に乗って、風を感じていた。運転をしているのはジルで、その横にラバンが座っている。
向かうはテュフォンの南にある、テュフォン旧市街跡だ。
驚くことにあれだけ突破するのに苦労した外壁は、後日届いたギルド証を見せるとあっさりと通してくれた。
「うーん、本当にこの調整でいいのかな?」
レムの声を聞こえてきたので、僕は広がる荒野からゴーレムへと視線を向ける。その右肩にはこれまでになかった、兎をモチーフにしたエンブレムが描かれている。
レムはというと自身とゴーレムを接続し、最終調整を行っていた。
「ラバンがそうしろって言うからね。僕も賛成した」
僕はゴーレムの整備に関しては最低限はできるけど、細かい部分はほぼ人任せだった。レムも一応一通りできるらしいけども、それでも本職のゴーレム技師には敵わない。彼女はあくまでも修理ユニットなのだから。
だから、さて整備はどうしようかと困っていた時に、手伝いを申し出てくれたのがラバンだった。
元ゴーレム乗りの傭兵だったラバンは、引退後はゴーレム技師として長年働いていたらしい。それがなぜ内壁勤務になったかまでは知らないけども、その腕は確かだ。
まあきっちり整備費は取るというから、なかなかに抜け目ないジジイではある。
「出力を抑えることで継戦能力を上げることには私も賛成だけどもさ……エッタ、ちゃんと動かせそう?」
「多分、大丈夫。ジルにも無駄にスラスターを噴かずに脚を使えって言われたから、練習した」
凱風亭でマユミから依頼を受けてから、一週間が経っていた。
その間、僕はジルの前で何度かゴーレムを動かし、色々な指摘を受けた。その中でもまっ先に言われたのは、僕の戦い方の無駄の多さについてだ。
〝いいか、ヘンリエッタ。確かに君も君の機体も素晴らしい。スペックだけを言えば、最新型のゴーレムを遥かに凌いでいる。だけども、あまりになんというかオーバースペックすぎる〟
〝それって問題なの?〟
〝これまではどういう戦い方をしていたかは分からないが、これからは依頼によって長時間戦闘を行う可能性もある。今のまま戦えば、一時間もしないうちにエーテル切れを起こすだろうさ〟
〝……確かに〟
ジルが言うには、僕の戦い方――大容量エーテルドライブとスラスターによるゼロ百の加減速と空中機動で相手に接近し、一撃を叩き込む――という戦い方はあまりにもリスキーらしい。
それしか知らない僕からすると、不思議な話ではある。
「ま、研究所にいた時はエッタがゴーレム乗りとしては一番先輩だったもんね」
「うん。でもゴーレムに乗ったら、ジルの方が強いかもしれない」
そう思わせる何かを、ジルは持ちあわせていた。本人は決して乗りたがらないけども。
「そうかなあ」
「それにこれまでと違って整備費も掛かるし、エーテル補給も無限に受けられるわけじゃないから」
ジルには、〝傭兵にとって大事なのは強さだけじゃないぞ。依頼に合わせてセッティングを変え、いかに支出を抑えるかを考える必要がある〟と口酸っぱく言われた。
どれだけ強くてどれだけ早く依頼をこなそうとも、修理費やエーテル補給代などの支出が報酬を上回ってしまうと何の意味もない。
とはいえ、僕は他の戦い方を知らないし、今更できるとは思えない。
そこでラバンとジルが提案したのが――【ヴォーパルバニー】の出力を抑えることだった。結果として継戦能力は格段に上がったし、慣れれば機動力も技術でカバーできそうだった。
それに一応、射撃武器を装備する予定だったんだけども――
「はあ……僕ってそんなに射撃の才能ないのかなあ……」
ジルがどこから調達してきたゴーレム用のエーテルハンドガンを試射した結果、〝ああ……まあ、無理して使う必要はないな〟と言われ、結局採用されなかった。
「このゴーレムのコンセプトに合わないからね。代わりにこれがあるからいいんじゃない?」
そう言ってレムが、【ヴォーパルバニー】の左手に装着されている、何やら複雑な機構のガントレットを叩いた。
それはジルがハンドガンの代わりに用意してくれたもので、僕も使ってみて、凄く気に入った武器だ。
「まあ、射撃武器の代わりと言えば代わりではあるか」
「そうそう。戦い方の幅も広がるからいいと思うよ」
「うん」
それから僕は道路の先へと視線を向けた。
何もない荒野をまっすぐに貫く道路の先には、廃墟が見える。
崩れて斜めになったビル。倒れた鉄塔。打ち捨てられた車や戦車。
つい最近まで戦いがあったのか、ゴーレムやらなんやらの残骸が火と煙をあげている。
「あそこにいるんだね。鬼が」
僕は思わずそう呟いてしまう。
依頼者であるマユミの言葉と表情を思い出す。
あの人はずっと……今回の依頼の目標であり、そして自身の夫である男を、殺して欲しそうな顔をしていた。
だから、ジルがそれに困惑していたのが不思議だった。
殺して欲しいから依頼した。それ以上でもそれ以下でもない、シンプルな依頼と動機なのに。
なんて思っていると――運転席から通信が入った。
『レム、最終調整は終わったか』
「今終わったよ~、ジル。補給もばっちり!」
『了解だ。ヘンリエッタ、そろそろゴーレムに乗ってくれ。ブリーフィングを始める』
「分かった」
僕はゴーレムの胸を開くと、そこへと乗り込んでいく。両手両足を嵌めて、最後に頭部を展開。
「――感覚共有問題なし」
僕がそう報告すると、通信機からジルの声が響く。
『ではブリーフィングを始める。今回の依頼は、ターゲットである羅門重工製の最新型ゴーレムの破壊だ。目標は機体名【RMHI-
「了解」
『マユミさんから提供された情報によると、<オーガスレイ>はテュフォン旧市街跡に潜伏しているそうだ』
「確か、その人、強いんだよね」
『ああ。戦闘スタイルは君とよく似ている。基本的に射撃武器はサブでしか使わずに、近接戦闘を得意とする。その特徴から、複雑に入り組んだ都市内での近距離戦に特化しているそうだ。つまりこの旧市街跡は奴にとってぴったりな戦場ってことだな』
「有利なのはこっちも同じ。近接戦闘なら負ける要素はないよ」
『俺もそう思う。だが少し妙だ。いくら強く、かつ自分に有利な戦場にいるとしても、既に一週間以上も無事でいられるのは異常だ。調べたところ、俺達の他にも依頼を受けた傭兵達がいるが、それも次々と返り討ちにあっている。間違いなく……何か秘密がある』
ジルの忠告を受け、僕は頷いた。
「気を付けるよ」
『俺達は安全なところで待機しておく。サポートは任せろ』
「うん。あ、そういえば僕のコールサインはどうしよう? 元々使ってやつを使うのはマズいんだっけ」
僕がそう聞くと、ジルがすぐにそれに答えた。
『ああ、変えた方が無難だな。好きなコールサインを考えるといい』
僕は少し考えたのちに、レムが描いてくれたあのエンブレムを思い浮かべた。
髑髏の山の上に佇む、包丁を咥えた兎。
動物には全く興味ないけど、兎にだけはなぜか親近感が湧いていた。
でも、今ならそれがなぜか分かる。
兎は……いつも研究所で実験体として使われていたからだ。
そして僕は――このゴーレムに乗る為だけに造られた兎。
だから。
「……<ゴーレムラヴィ>。これでいい」
『そうか。良いコールサインだ。なら、出撃の時間だ――<ゴーレムラヴィ1>』
「了解。レム、出るよ」
「はーい」
僕はトラックの荷台を蹴って、前へと飛翔。トラックを追い越し、地面へと着地すると同時に脚で蹴ってさらに加速。
体全体が軋むような重圧が心地良い。
いつもよりも――なぜか余計に僕はこのゴーレムの中で〝母〟を感じていた。
眼前に、旧市街跡が迫る。
***
同時刻。
テュフォン旧市街跡中央付近、ストルム噴水広場。
「クソ……クソ! レジーナ! ラルフ! 返事しろ!」
崩れた噴水の傍を、一機のゴーレムがスラスターを噴かしながら走っていた。肩にはハイエナの顔が描かれたエンブレムが貼られてある。
「何が起きた!? 相手はたった一機はずだぞ!? なのに、なぜ!」
そのゴーレム――搭乗する傭兵、コールサイン<スカベンジャー3>であるリックが状況を把握すべく、ここまでのことを思い返す。
とあるルートから依頼され、その莫大な賞金に釣られて仲間二人とここにやってきたところまでは良かった。
どうせ相手は一機だとタカをくくっていた。どんなに強かろうと冷静に三機で囲めば倒せる相手のはずだった。
なので相手を包囲するべく一人別行動していたが、気付けば、大通りを進んでいた仲間二人はなぜかロスト。
自分は惨めにこうして逃げ回っている。
「クソ! クソ! やられてたまるか!」
そうリックが叫んだ瞬間――アラート音が響く。
「ひ、ひい!」
リックがゴーレムを反転させつつ、後ろへとラムゼ社製のエーテル機銃を向けて、乱射する。
青い礫を避けながら迫ってくるのは――頭部の角が特徴的なゴーレムだった。
「――遅い。遅い。遅い」
銀閃が煌めく。
しかしそれはあと一歩のところで、リックに届かない。
「バカが! 間合いをミスったな!」
目の前を細く長い、独特の形状を持つ刃が通り過ぎる。
リックはその瞬間に勝利を確信した。
あとはがら空きとなった相手の腹にエーテル機銃をぶっ放せばいいだけだ。
しかし。
「へ?」
高濃度の魔力反応を検出し、再びアラート音が鳴り響く。
リックの眼前、刃が通り過ぎた軌跡に、青いエーテル光が見えた。
次の瞬間。
その軌跡が――爆ぜる。
「あ……がッ――!」
炎がリックを襲う。
当然、ゴーレムは多少の炎を浴びたところで、何のダメージも受けない。
それがただの炎ならば――の話である。
その青く冷たい炎が、燃えないはずの、届かないはずのゴーレム内部へと着火する。
蒼炎によって次々と内部で生じるシステム異状に、リックは絶望するしかない。
なんだこれは。一体何が起こった。
直前のあの魔力反応はなんだ。あんな高濃度の魔力反応、今まで見たことがない。ただの物理ブレードであんな反応は絶対に起きないはずだった。
「なんなんだ……なんなんだよお前は!」
<オーガスレイ>が目の前で、ゆっくりと剣を正眼に構えた。
既にリックのゴーレムは操縦不能状態に陥っている。
もはや鋼の棺桶と化したゴーレムの中で死を予感しながら、リックはとある話を思い出していた。
確か聞いたことがある。
まだ魔導技術すらなかった時代。
人々は剣や槍、そして魔法と呼ばれるもので殺し合っていたという。
後に魔法は錬金術と合わさり魔導技術へと発展したが……今でもその古い技術を継承している者がいるという。
彼らはエーテルドライブ、魔導デバイスの補佐もなしにエーテルを操り、あたかもエーテル兵器のような現象を起こすらしい。
そんな、まるでおとぎ話のような存在をなんと呼んだか。
それを思い出し、リックが口にした。
「まさかお前、魔――」
その言葉を言い切る前に、リックが絶命。
蒼炎がゴーレムの胸部より噴き出す。
融解していくゴーレムから、<オーガスレイ>がトドメに刺した剣を引き抜いた。
「遅い……遅い……いつまで……いつまで」
揺らめく青い炎の向こうで慟哭する、角の生えたそのゴーレムの姿は――まさに〝鬼〟と呼ぶに相応しかった。
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