第一章:〝子兎斬悪鬼事 ~Who Slashed the Ogre?~〟
EP7:〝鬼を斬れ、と彼女は言った〟
「羅門重工の、マユミ・羅門と申します」
テーブル席へと移ったジルとヘンリエッタの前で、その黒髪の女性がスッと頭を下げる。
その涼しげな顔立ちに、朱色の口紅と銀色の眼鏡がよく似合っていた。
彼女はどこか知的な雰囲気を纏っているが、微かに傭兵やゴーレムに関わる人間が持つ独特の匂いがする。
しかしジルはそれを顔に出さずに、微笑みを浮かべつつ自己紹介をする。
「俺はジル。こっちが傭兵のヘンリエッタで、俺はそのサポート役をやっている」
ジルが名乗るも、ヘンリエッタは黙ったままジッとその女性――マユミの顔を見つめていた。
慌ててテーブルの下でヘンリエッタの足を小突き、小声で注意する。
「ヘンリエッタ、自己紹介しておけ」
「ん、ヘンリエッタ……です」
そのヘンリエッタのぎこちない言葉にしかし、マユミは顔色一つ変えない。だけどもその眼鏡の奥の瞳には、ずっと冷たい光が宿っている。
ジルはその類いの目を良く知っている。
人を――人として見ていない者の目だ。
「随分と……若い傭兵さんですね」
マユミの言葉にジルが同意するように頷く。
そして、力強く言い切った。
「だが、腕は俺が保証する」
「そうですか。元Sランクの傭兵さんがそう仰るなら、安心です」
その言葉でこちらの素性はあらかた既に調べられていることに気付き、ジルは思わず苦い表情を浮かべそうになる。
随分と……仕事が早い。
そういう相手に誤魔化しもおためごかしも効かないことは分かっていたので、単刀直入に話に入った。
「とりあえず、依頼について聞かせてくれるか?」
「もちろんです。まずは我が社――羅門重工についてですが……こちらは説明不要でしょう」
それはある種傲慢な物言いなのだが、ジルに不快感はない。
羅門重工――それはこの大陸において、五大ゴーレム開発会社の一つに数えられるほどの大企業だ。知らないと言えば恥をかくのはこちらだろう。
羅門重工は、テュフォンの南の位置するガガスラ共和国からさらに南方にいったところにある、この大陸の中でも長い歴史を持つ古国、キヨトで生まれた。
元々は辺境の街の小さな整備工場だったという。
しかし羅門重工を牛耳る羅門一族の優れた技術と経営センスのおかげでみるみるうちに成長し、自社製のゴーレムを製造するに至った。
キヨト独特の技術と文化、そして美的感覚で作られた羅門重工製のゴーレムは、そのある種尖った性能とそれを体現するデザインによって一世を風靡し、今でも傭兵達の間で根強い人気を誇っている。
「名前で分かるように私は羅門一族に連なっておりまして、ゴーレム技師として設計および開発を担当しています」
マユミの言葉を聞き、ジルは納得がいった。
その知的な雰囲気と、血の匂いよりも油や鉄の匂いが染み付いている感じが、言われてみればゴーレム技師という言葉にピタリと当てはまる。
さらにそもそもの依頼内容を考えれば、彼女が依頼人であることは当然だろう。
「今回、傭兵さんにお願いしたいことはたった一つです。我が社から奪われた、最新型ゴーレム【RMHI-
マユミがタブレットを取り出し、そこにデータを表示させていく。
映っているのは、黒を基調としたカラーリングに、頭部にある角のような突起物が特徴的なゴーレムだ。全体的に装甲は薄く、代わりに両手には長さが違う二本の細長い反りの入った物理ブレードが握られている。
その姿はキヨトの伝承に出てくる、オーガに似た怪物――〝鬼〟のようにも見えた。
「これはマユミさんが開発したものか」
なんとなくそんな気がしてジルがそう尋ねると、マユミがゆっくりと首を縦に振った。
「……はい。十年掛けた私の最高傑作です」
「奪われたと言ったが、誰に? どこかのテロ組織か? それともどこかの企業の妨害工作か?」
最新型のゴーレムとなると、その重要性から狙う者も多い。しかし大企業の最新型となるとそのセキュリティは厳重であり、そう簡単に奪えるものとは思えない。
「いいえ。そのいずれでもありません。奪ったのは――【
その名を聞いた時に、ジルは思わず声を上げてしまう。
「ヨミ・アラガミ……あの、ヨミ・アラガミか?」
ジルはその男の名をよく知っていた。むしろ、知らない傭兵はいないだろう。
「ジル、知っているの?」
ヘンリエッタが不思議そうにそう聞いてくるので、ジルがそれを肯定する。
「もちろん知っているさ。ヨミ・アラガミは確か羅門一族の傍系で、羅門重工お抱えのゴーレム乗りだったはずだ。昔、戦場で何度もその名を聞いたよ。〝鬼斬りのヨミ〟〝散斬〟〝羅門の二本刀〟……まさに伝説的な傭兵だ」
第二次ヴァフロー戦役における、英雄的活躍。
北方蛮地における、オーガの族長クラスの討伐。
ガガスラ内戦において、政府軍における最高撃墜スコアを更新。
その輝かしい戦績について、傭兵なら一晩は語れるであろう。
「〝鬼すらも斬り捨てる〟と言われたその姿から、<オーガスレイ>というコールサインが付けられたほどだ。さらに彼の活躍までは、どちらかというと美術品のような扱いだった羅門重工製のゴーレムが、実戦でも使えると証明したことも大きい」
「その通りです。彼のおかげで、我が社のゴーレムの売上は飛躍的に伸びました」
他ならぬ、羅門一族のマユミがそう言うなら間違いないのだろう。
それからジルはとある噂を思い出した。確かヨミ・アラガミはその功績を認められ――羅門一族の娘と婚約し、正式に羅門一族として迎え入れられたはずだ。
そこで、気付かれないようにゆっくりとマユミの左手へと視線を向ける。その薬指には銀色の指輪が嵌まっていた。
まさか――そう思った瞬間、まるでこちらの心中を察したかのようにマユミが寂しげな微笑みを浮かべた。
「……ご想像通り、ヨミ・アラガミは私の夫です」
そう告白したマユミを見て、ジルは一瞬言葉に詰まってしまう。
なぜ、どうして。
様々な疑問がよぎる。
それに答えるかのように、マユミが悲しげな顔で語り始めた。
「もちろん、政治的な意味合いが強い婚約でした。ですが元々、私達はそうなる前からゴーレムを通してですが、交流をしていました。だから夫婦仲は悪くなかったですし、お互い愛し合っていたと思います」
「じゃあ、なんでその人はゴーレムを奪って逃げたの?」
ヘンリエッタが何の感情も声に入れずにそう問うた。
責めるわけでも、同情するわけでもなく。
それが心地良かったのか、マユミが笑みを取り戻す。
「そうですね……本当になぜなのでしょうか。あるいは我が一族に不満があったのかもしれません。あの人は私を愛してはくれましたが、羅門の家には恨みを抱いていましたから」
「大体の事情は理解できた。だが……」
それ以上を言葉にできずに、ジルが口を閉ざしてしまう。
確かに事情は分かる。最新型のゴーレムとなると、様々な最新技術が組み込まれているだろう。決して、奪われてそのままというわけにはいかない。
しかも外部ではなく、身内の犯行だ。
拿捕ではなく破壊せよという依頼内容にも、こうして裏ルートでしか依頼できない事情も納得できる。
だが――なぜその依頼を、強奪者の妻であるマユミが自ら出しているのかが分からない。
本来なら、ヨミの味方側であるべき存在である彼女が。
「そういう会社で、そういう一族なのです……羅門は。夫の不始末の責任は、妻が取るべきと」
「そう言われたら、納得するしかないが……貴方は本当にそれでいいのか?」
ジルがそう念押しする。敵対するゴーレムの破壊はつまり、その搭乗者の死を意味する。
愛する夫を、本当に殺してしまっていいのか。
しかしマユミはまっすぐにこちらを見つめ、はっきりとこう言い切った。
「構いません。あの人はきっと、死に場所を探しているのでしょう。鬼を斬りすぎて修羅となり、やがて復讐にかられ自らが鬼となった……そんな者に、もう帰路はないのですから」
「……なら、いいんだ。この依頼は正式に受けさせてもらう。それでいいか、ヘンリエッタ」
ジルがそう確認すると、ヘンリエッタはこくりと頷いた。
「大丈夫。私がちゃんとその人を殺すから、安心して」
ヘンリエッタのその言葉を聞いて――初めてマユミが動揺を露わにした。
それはジルでなければ見逃すほどの些細な表情の変化だったが、確かに見えた。驚きであり、同時に安心と喜びが含まれたような複雑な感情。
その意味を探ろうとするも、すぐにマユミは元の表情へと戻し、頭を下げた。
「お願いします。きっと貴方なら……鬼をも斬れるでしょう」
そうマユミがヘンリエッタへと告げる。
そんな彼女を見て、ジルは改めて思った。
やはり――この女……地獄を纏っている、と。
こうしてジルとヘンリエッタは、伝説的な傭兵――ヨミ・アラガミが駆る最新型ゴーレム【
しかし二人はまだ知らない。
この依頼が――決して一筋縄ではいかないことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます