EP6:〝賞金稼ぎ〟


「それで……あの子は何者?」


 その問いにすぐに答えず、ジルが煙草に火を付けた。


「大体お前の予想通りだよ」

「そうかい。じゃああの子は……アリスとあいつの――」


 それ以上言うなとばかりにジルが首を横に振った。

 

「そんなことはどうでもいい。ヘンリエッタとは目的が一致しているから、手助けしているだけだ」

「まだ探しているとはね。君も存外、執着するタイプだ」

「うるさい。それよりも依頼だ」

「見返りは?」

「ヘンリエッタを連れてきた。それだけで十分だろ」

 

 キリスが少しだけ考え、それから頷いた。

 この喫茶店の店主をやっているのはあくまで趣味であり、表の顔にすぎない。


 彼の正体――それはギルドを通さない依頼……いわゆる裏依頼の仲介人兼情報屋である。


 色々と考えた結果……ジルはギルドで傭兵登録はしたものの、ギルドを通じた依頼に関してはあまり受けない方向でいくつもりだった。理由は様々だが、一番はヘンリエッタの存在をあまり表沙汰にしたくないからだ。


 ギルドを通した依頼は正式な依頼ということもあり、どうしても新人のうちはお堅く比較的安全なものが多い。しかしその分、外への露出も多くなり、身バレの確立が上がってしまう。


 だが裏依頼なら、依頼が依頼なだけに全てが極秘で進められる。

 もちろんその分危険は多い。しかしヘンリエッタの実力からすれば問題ないと考えていた。


「ふふふ……確かに十年ぶりの壁破りがあんな少女とはまだ誰も知らないだろうしね。しかも後見人がジルときた。傭兵業界が沸く情報だよ」

「だったら、依頼を回してくれ」

「そうだねえ……羅門重工が新型ゴーレムを発表していて、来週行われる試験演習でお披露目予定だったんだけど、これがどうにも色々きな臭くてね。丁度、それ関連の極秘依頼がある」


 それからキリスがタブレットをジルへと手渡した。

 そこにはとある依頼内容が映されていた。


「ほう……なるほど」


 その依頼内容と依頼者の名前を見て、ジルが目を細めた。


「ヘンリエッタちゃんの実力は分からないけど、君が後見人になるぐらいだ……それなりなんだろ? 初依頼にしては、少々ハードかもしれないけど」

「ヘンリエッタに相談してみよう」


 そうジルが返答したと同時に、ヘンリエッタが席に戻ってくる。

 そしてそのタブレットを見もせずに即答する。


「それでいいよ」

「話を聞いていたのか?」

「最後の部分だけね。だからジルが決めてくれたらいい」


 ヘンリエッタが当然とばかりにそう言い放った。どうせ、何がいいのかなんて分からないとばかりに。


「もし受けるなら、依頼人を呼ぶけども」


 キリスがそう聞いてくる。

 

「……そうだな、まずは話を聞いてからにしよう」

「了解した。連絡すればすぐに来ると言ってくれていたから、少し待っててくれ」


 それからキリスが奥へと引っ込んでいく。おそらく、依頼人と連絡を取っているのだろうと推測し、ジルは煙草を一口吸って、コーヒーを啜る。


 相変わらずここのコーヒーは美味い。


 すると、横にいたヘンリエッタがこちらを見上げてくる。


「ねえ、ジル。これってどういう依頼なの?」

「ん? ああ、そうだな。詳しくは依頼人から説明があると思うが、簡単に言えば……賞金稼ぎだ」

「賞金稼ぎ……?」

「賞金首――依頼人の定めた目標のゴーレム、を破壊あるいは拿捕をすることだ。そうすると賞金が貰えるって仕組みで、当然早い者勝ちだ」


 賞金稼ぎ――その依頼の性質上、不特定多数の傭兵が依頼に参加するので無駄足になることは多い。それでもその分かりやすい依頼内容のおかげか、傭兵――特に組織などに属していない独立傭兵にとても人気がある。


「ただ、こうして裏ルートで回ってくるやつは注意した方がいい」


 紫煙をくゆらせながら、ジルがそう忠告する。


「……なんで?」

「普通に考えたら、賞金首なんて大々的に喧伝した方がそれに参加する者も増えるし、依頼達成する確率が高くなるだろ?」

「うん」

「だがそうはせず、キリスのような斡旋者を通して限られた相手にしか依頼しないってことは……」


 それを聞いたヘンリエッタが少しの時間考え、答えを口にした


「表立って言えない事情があるか……よほどの実力者でないと倒せない相手かってこと?」

「その通り。そしてこの場合は――おそらくその両者だろうさ」


 ジルが先ほど見せてもらった依頼情報を思い出す。

 依頼内容と依頼主の名前からして、それはかなり厄介な依頼になりそうだった。


 しかしそれの全てが悪いわけではない。


「危険な依頼かもしれないが……ヘンリエッタの実力なら問題ないだろう。手っ取り早く実績を作るのに最適だし、キリスは情報屋も兼ねている。顔を覚えてもらって損はないさ」

「なるほど。じゃあサクッとその依頼をやっちゃおう」


 無表情ながらも、少し息巻いている様子のヘンリエッタを見て、ジルが苦笑する。それと同時に、少しだけ胸が痛くなった。

 

 母を探しているというヘンリエッタの目標を聞いた時、俺は何も言葉を返せなかった。


 まだ推測にすぎないから――そう自分に言い訳しながら。


 でも分かっていた。

 間違いなくヘンリエッタはアリスの娘であり、そしてアリスは多分もう――この街にはいないことを。


 だからそれを言わずに、こうして傭兵業をやらそうとしている自分の行動に良心の呵責を感じるのだ。


 いや、でもまだそう決まったわけではない。もしかしたら、ヘンリエッタのことを知ってアリスが帰ってくるかもしれない。


 そんな僅かな希望に縋る自分もいた。


 だからヘンリエッタの肩をポンと叩き、ソワソワしている彼女を落ち着かせるように声を出す。


「まあ、そう力を入れるな。まずは依頼人に話を聞いてから、受けるかどうかを判断しよう。おそらく厄介な事情があるはずだ」

「分かった」


 そうしてしばらく待っていると――店の扉が開いた。

 ジルが振り返ると同時に店内に風が吹き込む。


「……こんにちは、傭兵さん」


 風と共にやってきたのは――テュフォンでは見慣れない民族衣装を纏った、黒髪を結った美しい女性だった。足下の白い足袋と赤い鼻緒の草履がやけに印象的だ。


 その女性を見て、なぜだかは分からないがジルはこう思ってしまった。


 この女性は――何かしらの地獄を纏っていると。

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