僕が翼を広げられないのは

ナナシリア

僕が翼を広げられないのは

 県立何々高校とか、何々高校付属なんちゃらとか、そんな字面が目の前に広がっている。


 それぞれの高校に偏差値が書いてあって、それは五十代後半であったり六十代前半だったりした。


 その中で一つ、目につく高校があった。


 県立第一高校。偏差値――七十二。


 僕の学力はせいぜい偏差値六十代前半。今更勉強をしておけばよかったなんて嘆いてたって、どう頑張っても無理な高校だ。


 でもどこかでもう一人の僕が、恨めしそうに呟く。


 ——諦めるのか? 試す前から。僕はまだ戦えるのに。まだ飛べるのに。


 だけど、と僕は自分に言い返す。


 僕はこれまでの試験でも失敗してばかりだ。それなのに、突然第一高校を受けようと受験勉強をしても、合格は無理だ。


 それに、僕は落ちるのが怖い。また失敗して無様な思いをして、痛む心を抑え込みながら勉強をするのは嫌だ。


 僕がこれまで失敗していなかったなら、この高校を受けようと思えたのに。


 ——本当は、飛ばなくていい理由が欲しいだけなんだろう?


 そんなことは、とまた自分に言い返そうとしたが、図星に違いなかった。


 僕は飛ぼうとして落ちるのが嫌で、だから飛ばなくてもいい理由が欲しくて、自分に言い訳をしている。


 でも、だからどうしろと?


 怖いんだよ。だから飛べない。


 ——僕は卑怯でずるくて、臆病で意気地なしで、つまらない人間だ。そうやって自分が傷つくのを避けて挑戦をしないなんて言っているうちは。


 ——僕は変われない。


 ——まだぎりぎり届くかもしれない可能性があるのに、諦めるのか?


 僕のことを誰よりもわかっている僕自身だからこそ、僕の心に最も深く突き刺さる言葉を吐ける。


 ぎりぎり届くかもしれない可能性があるからこそ、届かなかったときの後悔とか、自分の矮小さとか、それらを思い知るのが怖い。


 失敗が怖くて飛び立つことのできない僕よりも、勇気を持って踏み出せる人がこの可能性を得るべきだった。


 僕は、この可能性に、この翼にふさわしい人間じゃない。


 ——僕のこれまでの人生、思い出してみろよ。


 上手くいかないことばかりだった。


 例えば、親の期待を背負って受けたテストで失敗して、親に慰められる無様な姿を晒すことになったり。


 例えば、部活動だとか学校行事だとか、本気になれない自分を、友達と比べて惨めに感じたり。


 ——でも、隣にはいつも誰かがいた。


 思い返してみれば、大失敗したあのテストでは、親は僕に期待をかけてくれたし、失敗してからも慰めてくれた。


 部活動では、友達が僕を積極的に活動に参加させようと励ましてくれた。


 学校行事でも、また別の友達が、適当な気持ちで参加している僕を咎め、それでも楽しませようとしてくれた。


 これからの人生に絶望したことや、これまでの人生の行動に対して後悔したことはあれども、これまでの人生をやってきて、人生そのものに後悔を感じたことはない。


 ——もし君が自分の可能性を信じて一歩踏み出したら、その先で何をしているか、気にならないか?


 僕は自分の言葉に突き動かされるように、これまでの成績表を取り出して、可能性を確認する。


 わずかながら、偏差値は上昇傾向だ。


 時にがくりと落ちたり、伸び悩んだりすることはあっても、最初の頃より少しずつ上がっている。


「やれる、かな」


 ほんの少しだけの勇気。


 自問自答の末、僕は勇気を絞り出した。

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僕が翼を広げられないのは ナナシリア @nanasi20090127

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