第20話 もう一緒にはいられない
ゴードウィンの攻撃で町や冒険者にかなりの被害が出てしまった。
多くの人が死んで、アイリスやセレスティアナさんもかなりの重傷を負ってしまっている。建物も、ゴードウィンと交戦した場所を中心に結構崩れてしまった。
アイリスとセレスティアナさんは町の診療所に運ばれて治療を受けている。でも、ハッキリ言ってかなり危ない状態であることに変わりはない。
アイリスは内臓が潰れていて、セレスティアナさんは片足がちぎれているのだ。そんな傷を治す魔法なんて第六階級以上の高度な回復魔法のみ。
そんな高等魔法を使うことのできる治癒術士は町にも、領主であるバネッサ家やメルーサ家にもいない。私は回復魔法との相性が悪いから使えるわけもないし論外。
さっき、この町の神父さんに同じようなことを言われたガデルドさんがぶっ倒れちゃった。このままだとアイリスが死ぬって言われたのも同じだからね。
私としてもアイリスを死なせたくはない。でも、転移魔法を使おうにも第六階級の回復魔法が使える治癒術士のいる王都の正確な座標が分からないから無理だし、何より私は魔王だ。勇者がいる王都に飛んだら即座に首を狙われそうで怖い。
……仕方ない、か。平穏な暮らしがしたかったんだけどな。私もずいぶんとお人好しになったものだ。
回復魔法は使えないけど、二人を治す方法ならある。
私が纏う闇には再生力があるから、闇の腕を伸ばして傷口を覆ってやればその部分が再生する。これならば死ななければ致命傷ですら癒やせるだろう。
でも、人前で闇を使えば私が魔王だとバレなくてももうこの町にはいられない。
だから迷ったけど、アイリスのためだ。覚悟を決める。
「ヴェイル。少し、そこを離れて」
「メランコリー? 一体何を……」
戸惑うようなヴェイルに横にずれてもらい、静かに目を閉じる。
「今までありがとうね」
「え……?」
言葉を待たずに足から闇を地面に移し、そこから闇の腕をいくつも発生させる。
「闇の魔力!? 魔族の力か!?」
「これは!?」
周りの人たちが驚いている。
目を閉じているから分からないけど、きっと化け物でも見る目で見られているんだろう。大丈夫、慣れている。
念のために腕には防御魔法を施し、妨害されないようにしてセレスティアナさんの足とアイリスのお腹に手を触れさせる。
攻撃魔法も得意だけど、それ以上にこういうちょこまかとした再生も得意な私だ。魔王軍の誰よりも傷の治りが早かった実力を見せてあげよう。
私の闇の手が触れている場所から黒紫の光が漏れ、みるみるうちに二人の傷が治っていく。
「メランコリー……すごい……」
ヴェイルの呟きが聞こえる。
どうやら害はないと分かってもらえてるみたいで、攻撃を受けた様子はなかった。これなら防御魔法を解いてもいいかな。
魔法を解除したことでより二人の治癒に専念できる。
と、そろそろいいかな。
闇の手を離して目を開くと、アイリスの傷は完治してセレスティアナさんの足も元通りになっていた。
体力も一緒に回復させておいたから二人とも体を起こして怪我していた場所を目を丸くして見ている。
「どういうこと……?」
「完治してる……! すごい!」
アイリスは嬉しそうに何度か自分のお腹を叩いていた。
二人の顔を見ていると、こっちもなんだか嬉しくなってくる。でも、それもここまでかな。
面倒事にならないうちに退散しよう。アイリスたちとは戦いたくないからね。
視界の端でセレスティアナさんが杖に手を伸ばしていたから、持たれる前に踵を返して部屋の扉の前まで歩く。
「あ、ちょっと!」
「メランコリー待って!」
アイリスとヴェイルの呼び止める声が聞こえるけど、きっと今の私は酷い顔をしている。
そんな顔を見られたくないから、俯いて呪文詠唱を口にして魔法を発動させた。
「“オプショナル・ジャンプ”」
これでお別れかな。短い間だったけど、楽しかった。
「さようなら」
ベッドから降りようとするアイリスを最後に見て、転移魔法が発動した。
とりあえず座標はルーシーとやらがいたあの洞窟にしたけど、さぁここからどうしようか。
「どこか別の辺境地にでも行こうかな。いや、仙人みたいな暮らしをするのもありか」
山の上とかに家を建てて、近くの森で狩猟をして畑で野菜を育てて暮らす。魔王とはかけ離れた暮らしだけど、それがまたいい。
次元歪曲魔法で隔離できたらいいんだけど、それはそれで寂しいしそんな魔法は使えないから諦めよう。
「とにかく、明日のことは明日考えよう」
やっぱり少なからず傷ついているみたいだ。
ちょっと鼻の頭が痛くなってきたから、これ以上難しいことを考えるのはやめにして早めに寝ることにしよう。体が痛くなりそうだけど、ベッドはとりあえずこの岩場でいいかな。
巻き込まれ魔王の異世界生活~逃げ出した魔王は百合ハーレムを作ってゆっくりしたい~ 黒百合咲夜 @mk1016
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