第3話

「あ、勇者さんようやく目を覚ましたんですね」

 この幼くて通りづらい声はレイン……!

「ハヤシ!今まで何してたんだ!今絶賛戦闘中だぜ!」

 この男が聞いて不愉快に感じるイケボはヒタクリ……!

「ワン!」

 この犬みたいな鳴き声はケン……!

「ウヒョヒョヒョヒョ!今更正気に戻ってももう遅いヒョ!4人まとめて血祭りに挙げてやるヒョ!」

 この甲高いオッサンみたいな声は……誰?

「催眠デビルよ、勇者さんをさっきまで催眠にかけていた張本人」

 レインは目を食い縛りながら両手に持った杖を、その催眠デビルに向けそう答えた、よく見たら他の2人も目を閉じたまま戦闘態勢を取り、森の上空を飛び回る催眠デビルに対峙している。

「ウヒョッ……!そうやって目を閉じていると避けれるものも避けれないッヒョ!」

 上空の催眠デビルの両手が紫色に光り、その光は複数の球となって下にいるレインに向かって一斉に降り掛かった。

「レイン危ない!」

 ハヤシはレインに向かって走り出す、ポケットに入れていた簡易的な杖を取り出して呪文を叫ぶ。

「防御魔法『マカクラ』!」

 青い光がハヤシとレインの周りを傘のように覆われ、雨の様に降り注いだ紫色の光弾を全て弾き飛ばす。

「催眠とか卑怯な技を使うだけあって実力は大した事ないな、お前」

「真っ先に騙されてたお前がイキってんじゃねぇヒョ!」 

 催眠デビルの目が赤く光り、奴の全身がぼやけて見え始める。さっきまで1人だった奴の姿が2人3人と増え始め、目で確認できるだけでも10人に変わっていた。

「くそ!まるで見分けがつかない、どこまでも卑怯な奴め」

「勇者さん!あいつの目を見てはダメ!」

「また催眠にかかってしまうぞハヤシ!俺らみたいに目を閉じるんだ!」

「ワン!」

 ハヤシの背後で仲間達からのアドバイスが飛び交う、だがハヤシは目を閉じる事なく、周りに飛び回る催眠デビルの方を睨む。

「でも目を瞑ってちゃ攻撃が当たらないだろ?このままじゃどっちみちやられるだけだ」

「じゃあどうすればいいんだよ!」

 焦りからかヒタクリは声を荒げてハヤシに問いかける、こいついつまで敬語使わないんだよとハヤシは若干文句を言いそうになるが今はそんな事を言っている場合ではない。

「簡単な話だ、ごり押しだよ」

 そう答えたハヤシは催眠デビルから背を向け森の中を走り、最初に自分達がいた場所――ハヤシが野糞をした場所まで戻り糞が突き刺さった『エンドレスワールドエンフォーサーオブエンブレムソード』を引き抜いた。

「『円月斬』!」

 ハヤシは上空に跳びかかり催眠デビルに向かって剣を振るう、手応えは無い、奴の分身が1つモヤのように薄れて消えていく。

「ウヒョヒョ!そんな無策で私の術に勝てるわけ無いッヒョ!」

 奴の両手から2つの紫色の光弾が放たれる、正確に言えば分身も含めて18弾の光弾が一斉にハヤシを襲う。

「数ばかり増えてるけどほとんどは幻覚だろ?」

 いくつかの光弾がハヤシの身体をすり抜ける、ハヤシは怯む事無く剣を振るい催眠デビルに切りかかった。

「『円月斬』!『円月斬』!」

 催眠デビルの分身が2つ3つと次々に消えていく、既にもう分身の半分が消えかかっていた。

「『円月斬』!!」

 剣から確かな引っ掛かりを感じる、ハヤシの目の前にいる催眠デビルは消え去る事無くコウモリのような右翼から血を流し、バランスを崩し地面に倒れ込んだ。

「はぁ……!やっと当たりを引いたみたいだな」

「ウヒョヒョ……あれだけ体力を消耗して傷一つ付けた程度で何言ってんだ」

 催眠デビルは余裕そうに笑い両手を天に掲げ、足元に魔法陣が展開された、魔物が使う大技の前触れだ。

「俺の本気の催眠を見せてやる……!」

 魔法陣が輝き出し、催眠デビルの分身が10人……50人……100人……もはや目視では確認できないほど数が増えていく。ハヤシは目を閉じ地面に剣を突き刺した。

「この分身は今までのただの幻とは違う……!こいつらが放つ光弾は全て本物だ!俺を本気にさせた事を後悔しろ!糞野郎!」

 空一面が紫色に光る、この数の光弾は流石に『マカクラ』程度の魔法では防ぎきれない。

「何言ってんだ、糞野郎はお前だろ」

 ハヤシは剣を抜き取り、無数にいる催眠デビルの中から背後にいる奴に振り向きざまに斬り掛かった、奴の腹から緑色の血が溢れ出る、周りに埋め尽くされていた奴の分身が次々に消え去り、残されたのは緑色の血を口から吐き、地面に倒れる本物のみ。

「馬鹿な……何でこの大量の分身の中から見つけられる……!」

 ハヤシは吐き捨てる様に笑い、右手に持っている『エンドレスワールドエンフォーサーオブエンブレムソード』の剣先を奴に向ける。

「お前がどれだけ分身を出したところでな、臭うんだよお前のその右翼からな」

 催眠デビルは横たわったまま右翼に手を触れた、ぐちょっと不愉快な手触りが確かに感じられる。

「く、くせぇ……これはまさか、お前の……!」

「あの催眠術がある限り俺たちはお前に勝てない、だがお前の居場所が分かる方法さえあれば勝てる、お前が最初に一発攻撃をもらった時点でお前の負けは決まってたんだよ」

「くっ……クソ……クソォ――――ッ!!」

 手に付いた糞を握りしめ催眠デビルの目が赤く光る、よろけながらも立ち上がり、最後の力を振り絞っているのだろう。

「もうお前は終わりだ」

 右手で持っているエンドレスなんとかを両手に持ち替え、刃を天に掲げる。

「『天地衝波』!!」

 刃を思い切り地面に突き刺す、それによって生まれる衝撃波が前方に集まり一つとなって大地を削りながら直進する。その先にいる奴は眼光を光らせ叫びながらこちらに手を向ける、奴の姿が2、3人に分身したがもう関係ない。

「ウヒョオオオオオオオオオオ!!」

 直撃した衝撃波は森の草木を薙ぎ倒しながら奴を遥か彼方に吹っ飛ばす。

「全治2週間ってところかな」

「ハヤシ……もしかしてあの催眠デビル倒したのか……?」

 背後からヒタクリが話しかける、そういえばヒタクリ達は目を瞑ってたから一部始終を見ていないんだったな。

「まあ、何とかね」

「すげぇ!どうやって倒したんだ教えてくれ!」

「私も知りたい……」

「ワン!」

 パーティメンバーから期待の眼差しがハヤシに向けられる、とてもじゃないが自分の野糞でマーキングして倒しましたとは口が裂けても言えないので、ハヤシは「まあ色々」と言って軽く誤魔化した。

「ところで勇者さん、剣の先にうんこ付いていますよ」

 突然、レインがハヤシが持っている剣を指差し触れられたく無い話題を振る、レインはこういう余計な事を顔色変えずに指摘する奴だった。

「うわっ本当だ臭え!ハヤシそれどこで付けたんだよ!」

「ワン!」

 (まずい……せっかく魔物を倒して良い感じでパーティと再会できたのにここで自分の品位を疑われる様な事はバラしたくない、幸い俺の野糞シーンは目を瞑っていて見てないみたいだし)

「あー……これはあの魔物が戦闘中に漏らしたうんこでさ、激闘を繰り広げてるうちにいつのまにか付いたんだよ、まいっちゃうよねホント」

「何だって!おいおい俺踏んだりしてねーかな」

 そう言ってヒタクリは自分の足を両手で持ち上げて慌てふためく、レインは目を細めてチッと憎悪丸出しの舌打ちを鳴らす、そんな仲間たちの様子を見てハヤシは本当の事言わなくて良かったとホッと胸を撫で下ろした。

「よし!じゃあこんな森さっさと抜け出そう!もうあんな思いするのはごめんだからな!」

 ハヤシの号令にパーティメンバー達は揃って「おー!」と声を出す。

 ハヤシは清々しい思いだった、決して出すもの出したからではない、自分のパーティメンバーが野糞中に置いていくような非道な奴らではなかったからだ、出発直後の彼らとの間にあった気まずい思いもいつのまにか無くなっているように感じた。

 (待ってていてくれエルミア……必ず魔王を倒して街に帰るからな……)

 そう、彼ら勇者パーティの冒険は始まったばかりだ、だってまだ2時間しか経ってないのだから……



「そういえば催眠にかけられてる時私の事地蔵女って言ってましたね」

「俺の事も犯罪者呼ばわりだったな」

「ワン」

「あ……そうかそれは聞こえてるのね……あの……うん……ごめん……」

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魔王城へ行く途中で野糞をしていたらパーティ全員に置いて行かれた件 法蓮草 @hourensou85c

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