エピローグ 20××年12月20日・一つの終わり
朝日が昇った後、本州から警察を載せた船が到着した。
どうやら杏崎が事件に巻き込まれている事を知った彼の叔父が、管轄を超えて協力を願ったらしく緊急で駆けつけたとの事だった。
杏崎は一人の警察官を見つけると声をかける。
「久しぶりだね、
「なぁにが久しぶりだバカタレ、お前が殺人事件に巻き込まれた知らせを聞いた姉さんから電話が何十本かかってきたと思ってるんだ。」
辰見と呼ばれたその男性はボサボサとした短髪に皺の寄ったスーツ、口だけ整えられた髭といった風貌の中年男性だった。
「心配をかけたのは悪かったと思っているよ、ただ僕は巻き込まれたんだからそこまで悪くないはずだろう?」
「こっちの胃に悪いんだ、管轄外もいいとこだったんだぞ。」
「それは母さんのせいだしね、僕には関係ない。」
「全く…ところでお前、今回も探偵として首を突っ込んだんだろう?取り調べるから洗いざらい話してもらおうか?」
「それは僕だけじゃ不十分だ、こちらのセンセイも一緒にお願いするよ。」
杏崎が自分の腕を引っ張って辰見の前に引きずり出す。
「貴方は?」
「ええと…私はこういうものでして…」
一応もっている名刺を差し出す、三文文士とはいえ、社会的に身分を示しやすいものは必要だと考えていたからだ。
「これはご丁寧に…小説家の方でしたか、うちの秋とどう言ったご関係で?」
「いや、たまたま知り合っただけの関係だったんですがね。杏崎君とは同室だったもので話す機会も多かったもので。」
「なるほどですな、コイツは目を離すと何をしでかすか分かりませんで、子守りを任せてしまったようで申し訳ない。」
「僕の扱いが酷くないかな。」
「妥当だ妥当!」
どうやらいつも振り回されているようだ、おそらく自分が出会う前にも似たようなことがあったのかもしれないと推測する。
「別に子守りとは思いませんでしたよ。年は離れているとはいえ、友人のような感じでしたから。」
「それならば良かった…全くコイツは本当に危なっかしいと言ったら…」
「それ以上僕に対する小言を言う前に取り調べて欲しいんだけれど?」
「自業自得だバカタレ!次は耳にタコを作ってやるからな!」
そんなやり取りの後、自分と杏崎、その他の人々は証言を取らされた。
久野さんと不動夫婦はそれぞれ殺人容疑と幇助罪により書類送検となるとの事だった。
取り調べの際にこの事件を小説に使っていいか聞いたが、しばらくはやめて欲しいと箝口令を敷かれたのもこの時であった。
帰りの船の中、部屋にいる気にもなれずデッキで一人物思いに耽っていると、何者かの足音が近づいてくる。
音の方向に目をやると、杏崎がこっちにやってきていた。
「考え事かい?」
「そんな所です。杏崎君は?」
「僕も似たようなものだよ。」
吹き付ける風の冷たさを感じながら、船に揺られる。
もう見えなくなった天使邸での惨劇がようやく終わったが、どうにもモヤが晴れきらなかった。
「センセイは本当に終わったと思うかい?」
「何がです?」
「天使邸の惨劇がだよ。僕としてはどうにもスッキリしきらない」
自分の心を読んだのかと思うほど同じ事を考えていたことに驚く。
「私も正直モヤが晴れないんです、理由は分からないんですがね。」
「この事件にはまだ未解決なところがあるのは確かだね。一つは密売された3つの資料の行方、当時の領収書は持ってきたが…解読には時間がかかる。」
そう言った杏崎がカバンから書類の束を覗かせる、墓を荒らしてまで掘り出した思い出が蘇った。
「アレ持ち帰ったんですか…」
「事件には直接関係ないってことで許可が出たんだ。」
杏崎は二ッと口角をあげて書類の束をしまい込む。
「それともう一つ、彼女の兄についてだ。」
「久野さんのお兄さんと言えば…彼女と共に清張氏の失踪の理由を調べた人ですね、その方がどうしたんです?」
「彼女は兄と調べたという所までは触れたが、その後の兄については触れていないんだよ。普通の生活に戻ったとも言っていないしね。」
思い返すと、久野の話から突如として兄は語られなくなっている。確かにあまりにも不自然だ。
「彼女から聞き出すタイミングは失ってしまったし、どうにもスッキリ出来ないまま帰ることになりそうだなぁ…」
「私も小説について考えなければ…」
「箝口令は可哀想だったね、でもまぁいずれ許可は出るだろうし、気長に待てばいいと思うよ。」
「そうですね…悲観せずにやってみます。」
「うん、センセイの単行本を楽しみにしているよ。」
「あはは…しがない三文文士に期待されすぎても困りますよ…」
「友人を信じずに何を信じるというのさ、きっとできると信じてるとも。」
杏崎はメモの1ページを破り、自分に手渡す。
「これは僕の電話番号とメールアドレスだ。もし何かあったり、僕の師匠に会いたいなら連絡してくるといいよ。」
「あの時の発言覚えてたんですね、ありがとうございます。じゃあ私も…」
名刺を取り出そうとすると杏崎がストップをかける。
「いや結構、名刺は叔父さんから譲ってもらったから大丈夫だよ。」
確かに名刺にはメールアドレスを載せていたが、一体いつそれに気づいたのだろうか。
「さて、寒くなってきたし戻ろうか。せっかく生きて帰る途中なのに体調を崩したら元も子もないからね。」
言い終わらないうちに立ち上がった杏崎の後に続き、自分も中に戻った。
翌日ようやく本州に戻った自分はまず夏山氏に無事を知らせる連絡をした。
案の定だが、胃の弱い彼は自分が事件に巻き込まれたことを聞き、心配しすぎて胃潰瘍が再々発してしまったそうで、電話に出た編集長は心配しつつも半分笑っていた。
結局事件は坂口氏といった特別な人間が関わっていた為に報道されることはなく、久野の裁判も秘密裏に進められたらしい。なんともやるせないと感じた。彼女が10年かけても、できたことは限られているのだ。
いつ連絡先を知られたのか、神戸氏から天使邸は再び封鎖されると後に連絡が来た。彼は買い取ってみせるとも言っていたが、その後話が進んだとも聞いていない。
杏崎とはその後は互いに忙しかったのもあってか、互いにしばらく連絡はなかった。
しかしそこから一年も経たないうちに再び彼と会うことになるのだが、それはまた別の話である。
これにて私、辻島 彰は一旦筆を置く。貴方とはまた次の機会でお会いすることとなるだろう。
天使邸殺人事件、完。
天使邸殺人事件 霧屋堂 @thanatos913
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