第15話 20××年12月20日・答え合わせ
「嘘だ…ガイドさんは死んだはずじゃ…」
蘭堂は寝ぼけているのか確認する為に頬をつねったりしていた。
「そう思い込まされていた、というのが正しい。」
「思い込まされていた?」
「久野さんがこの事件から表向き退場した2番目の事件の時。久野さんの死亡を確認したのは共犯者と思われる坂口氏、管理人の不動夫婦だけだった。僕も久野さんが殺されるとは思わなかった故に気が動転していたんだろうね 、しっかりと確認を取らないまま久野さんという存在を被害者側にカテゴライズしてしまった。」
杏崎はやれやれというように両手をひらひらとさせる
「じゃあつまり、この事件には犯人が4人いる、と?」
「実際に手を下したのは坂口氏と久野さんだけだろうね。なぜ不動夫婦が僕らの食事に一服盛るなどせずに捜査に協力してくれたのは分からないが――」
言いかけたところに、横田と坂東に連れられて不動夫婦が現れた。
「噂をすればと言ったところか、この2人のうち、僕ら、というよりセンセイが言うには夫の当真氏をよく見かけたけれど妻の夕子氏はあまり見かけなかった。君たちもそうじゃないかな?」
賛同するように何名かが頷く
「おそらく彼女は久野さんの世話をしていたんだ。地下室でね。そうだろう?」
杏崎の問いかけに夕子氏が頷く
「僕らは昨日の0時頃、地下室に確認の為に行ったんだ。」
「確認?」
「そう、死体がちゃんと全員分あるかどうかの確認だ。そしてやはり死体の数は足りなかった。」
「それがガイド殿の死体だったと。」
「うん、つまり久野さんは2番目の事件で自分を被害者側だと思わせ、それを隠れ蓑に3番目以降の凶行に及んだという事さ。間違いないだろう?」
久野は神戸氏の方を睨んだままだが、不動夫婦は頷く。
「事件一件一件の推測を含めた解説も必要ならば話すけれど、何か聞きたいことは?」
エリナが挙手し前に出る
「先程30年前の事件の復讐者と言いましたけれど、彼女と30年前になんの関係があるのか教えていただいても?」
「ではまず30年前の清張松男氏殺人事件から教えよう。」
杏崎はメモを開き、大学教授のように話し始める。
「30年前、まだ天使邸が開かれていた頃。神戸氏の祖父、百津川教授、白烏大臣、須藤教祖、森栖氏、不動夫婦、坂口氏の宿泊していた天使邸に一人の招かれざる客が来た。それが清張氏だ。」
「招かれざるというのは?」
「清張氏は予約をしていなかったのさ、ただ百津川教授は彼の恩師だった故に、融通を効かせて彼を宿泊させた。そこが運命の分かれ目だったんだろうね、彼は土着信仰に関する研究をしていて、天使邸についても研究をしていた。そこで彼は、百津川教授、神戸氏の祖父、坂口氏、そして先代管理者である土井氏が犯したとある罪を明かしてしまったんだ。」
「俺の爺さんも入ってるのか。」
「ああ、きっと人生で最大の汚点だろうから、彼は墓場に持ち帰ったつもりだったんだろうがね。」
「それでその罪ってなんなんだ?」
「歴史的資料の密売だよ。彼ら四人は天使邸の資料の中でも価値のある3つの資料を売り払ったのさ。戦後の日本の建て直しという大義のためにね。」
「その清張氏はそれを暴いたと?」
「ああ。彼は恩師のその行為が許せなかった。故に不動夫婦と白烏氏を除いた数名を集めて百津川教授を糾弾した。それにより追い詰められた百津川教授は彼に暴行を加えた。負けじと清張氏もやり返すが百津川教授が周りの人間に協力を要請したことで多勢に無勢、無惨にも清張氏は殴り殺されてしまった。誰が最終的な原因となったかは不明だけどね。」
「…なんとも酷い話だ。」
ジョセフが手で額を抑えながら吐き出す。
「その後彼の遺体は、この島の海に重しをつけて沈められてしまった。おそらく皇族である坂口氏が関わっていた為に事件は隠蔽され、天使邸は30年間の封鎖という憂き目にあう。当人たちも口を閉ざし、墓場までこのことを持ち帰ろうとしていた。」
「そこでそれを許さぬと現れたのが復讐者たる久野さんって事か?」
「ああ、彼女の本来の名前は清張 夢、おそらく年齢も本当は30歳だ。清張氏が殺された年に生まれた彼の娘ということだね。間違いないかな?」
その頃には抵抗する体力も消えてきたのか、久野は大分大人しくなっていた。
「ええ…そうです。」
「どうやってこの事件を知ったのかは分からない、けれど彼女は復讐者として彼らを天使邸に集め殺害しようとした。たとえそれが孫であってもね。」
「それで俺にも白羽の矢が立ったと。」
「そういう事だね。ただ復讐対象だけを天使邸に呼び出したのではバレてしまう可能性が高い、そこで集められたのが僕とセンセイを除く6人だ。」
「じゃあ管理人さん達は?共犯者だった坂口さんは?」
「おそらく30年前の事を使って脅し、無理やり引き込んだのだろうね。どうなんだい?」
「私達は半分はそうです。坂口さんがどうだったのかは知りませんが…」
「やはりね、ちなみにもう半分というのは?」
「償いのつもりだったんです。自分たちはあの場所にいませんでしたが、それでも泊まっていた客の1人でした、ですから少しでも、復讐に染めてしまったことに対する償いだと思って協力していました…」
「嘘だっ!」
言い終わるか言い終わらないかで久野が叫ぶ
「ならなんでコイツらを毒殺なりしなかった!アンタらがコイツらを野放しにしたせいで!あと一人だったのに!」
その気迫に不動夫婦は黙ってしまう。確かに、彼らは自分たちを殺す事はいくらでもできたはずなのに何もしてこなかった。
「それは僕も気になっていた。なぜなんだい?」
「正直、自分たちにも分かりません。裁いてほしかったのかもしれません。」
「良心の呵責ってやつかな、僕にはあまり分からないが。」
「おそらく、そうなのでしょう。」
「話を戻させてもらいたいんだがいいか?探偵役と助手役、お前らってなんで呼ばれたんだ?さっき誤魔化しの為に呼ばれた6人に入れてなかったが。」
神戸氏が質問する。
「それはだね、僕達はそれぞれ別の人物が懸賞で当てたツアー券を譲り受けて来た本来招かれざる客なのだよ。」
「懸賞枠なんてあったのか?」
「おそらく久野さんが所属するツアー会社が作った2枠だったんだろうね、僕達は船でも館でも唯一の相部屋でね。久野さんの想定していなかったイレギュラーだったのさ。」
久野は否定でも肯定でもなく沈黙する。
「そして第1の事件が起きた。この時の下手人は坂口氏で、彼は砲天使の間で百津川教授を殺し、窓から脱出した。凶器のショットガンは部品に分けて洗面所に隠していたのを持ってきたんだろうね、トイレの便器の一つに傷跡があったのはそのせいだろう。」
「ストウが見ていたのは脱出した坂口さんだったのか」
「うん、以降犯人の影も形も見れなかったのはこの時は下手人が異なったからだろうね。」
「そういや坂口のオッサンは来るの遅かったしズボンが濡れてたけど、そういう事だったのか。」
「その点は取調で問いただした。まぁ誤魔化されたけども。」
「それで第2の事件ですね」
「うん、取調で僕達の危険性に気づいた久野さんは、ここで自分を表舞台から消すことを選んだ。無論調べられるとまずいから死亡確認を共犯者の3人に行わせた上でね。」
この工作こそが杏崎と自分を悩ませる原因となった為、秀逸だったと言える。
「じゃあその後なぜ坂口さんを?」
「姿を見られたこと、ズボンが濡れていた事といった失態を知って、これ以上共犯者としては邪魔だと思ったんじゃないかな、どうだい?」
「…概ね当たっています。」
言い当てられたことへの気持ち悪さか、それとも単純な不服か、久野は不快そうな声で答える。
「それからは夜闇に紛れたりして3人を始末。僕達が突き止めなければここで神戸氏を仕留めて復讐を遂げていたという訳さ。長々と話したけど納得したかい?」
聴衆と化していたエリナ達は概ね納得したような態度を見せた。長々と語る中、時刻は3時を回っていた。
「さて、僕の推理は終わった訳だが久野さん、何か言いたい事はあるかい?」
「今更何を言えと?」
「そうだな、30年前の事件を知ったきっかけを教えてくれないか?」
「…私の家は貧しかったんです。顔も知らない父親がいきなり失踪して、警察はまともに取り合いもしなかったし、そのまま失踪届が出されて、死亡扱いになったそうです。」
「おそらく9割坂口氏の影響だろうね」
「そうでしょうね、あのクズは天皇家のお陰で不祥事は無いものにされますから。」
今までの久野からは考えられない汚い言葉が出てきた。おそらくこちらが素なのであろう。
「母は私と兄を大学に行かせるため無理をして過労死し、それによってさらに苦労を味わったんです。何故こんなにも生まれながらにして苦しいのか、何故こんなにも苦しまなければいけないのか。理不尽への怒りが常に私には煮えたぎっていました。」
「それが復讐へと変わったと。」
「兄と共に父について調べていくうちに、天使邸に辿り着きました。そこからは早かったですよ。そこの夫婦と坂口を脅し、全ての真相を話させました。そして、私と兄と母がこんなにも苦しんでいる間ものうのうと積み上げた札束の上で暮らしている奴らが許せなかった。」
「ツアー会社に務めたのもその為かい?」
「ええ、この10年間私の半生は復讐そのものでした。ですが…それもこうやってあと1歩で届かなかった。」
神戸氏がかがみこんで項垂れている久野の顔を覗き込む。
「なんです?貴方を殺そうした相手に唾でもおかけになるつもりですか?」
久野は笑っているのか悔しいのか、なんとも歪んだ表情で神戸氏を見上げる。
「流石に俺もそこまで育ちは悪くないさ。ただそんなに落ち込むことはないって話だよ」
「は?」
「俺は親という存在から離れたくって15年費やして物理的には離れられた。でも結局、精神的には親の影響が残ってやがった。そりゃあ無力感は感じたさ、結局俺の人生は親の人生なのかもなって。」
「それがなんだって言うんです」
「でもさ、方法がなんであれ、目的がなんであれ、自分は目標に向かって心火を燃やして動くことのできるんだってわかっていれば、新しい人生ってのはいくらでも描けると思うんだよ。」
「…」
「人生はそう短くねえよ、まだ3分の1程度生きただけだ。だから、償って新しい門出をしてみようぜ。その時は手伝ってやる。」
「はぁ…貴方って嫌な人ですね。」
ため息を吐いた久野の言動からは、もはや激情は感じられなかった。
長かった7日間が終わり、ようやく雪が晴れた。
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