before : 彼女の手を掴んだのは

「よーし、佐山!良い感じにタイムも安定してきてるぞ!この調子なら、次の大会も間違いなく高順位を目指せるぞ!」


「はい!ありがとうございます!」


 大会に向けてタイムの測定を行っていた私は顧問の先生から出たタイムの数値を聞いて、内心ほっと胸をなで下ろしました。


「……だが少し、前の測定よりも全体的に力んでいた感じもするぞ?身体の調子でも悪いのか?」


「い、いえっ……!もう直ぐテストが始まるので、ちょっと緊張していただけで……」


 外に出ない様に走ったつもりでしたが、顧問の先生からでも分かるくらいに身体が勝手に力んでしまっていたらしいです。自分で頑張ると決めたのに、メンタルを安定させることすら出来ない自分が情けなくなりましたが、先生に悟られないようにそれらしい理由を付ける。


「はっはっはっ、確かに佐山はあまり勉強が得意な方じゃなかったか!」


「……はい」


「佐山は推薦で入ってるんだから、そこまで成績の気にする必要も無いと思うが、もし勉強も頑張りたいって言うなら、何時でも先生を頼ってくれよ?先生は直接教えてやれないが……他の先生に取り次ぐ事くらいは出来るからな!」


「あ、ありがとうございます!」


「_______先生、ちょっとこっち手伝って欲しいです」


「_______お?いいぞ!それじゃあ、佐山はストレッチ念入りにしておけよー!」


 私の返事を聞いて、嬉しそうに頷いた先生は、二年生の私の先輩にあたる男子生徒に声を掛けられ、のしのしと別の場所へと去っていった。


 去り際に二年生の先輩が私をジロリと一瞥したが、先生の後に続く様に場を去っていく。


「_______あっ、あのっ……!!!」


「……」


「い、一緒に……!!!」


「……」


 ストレッチを手伝ってもらおうと、同じように身体を解している先輩や、同期の生徒に声を掛けるが、まるで私が見えていないかのように、私の横を通り抜けては別の人とペアを組んでいきます。


「……っ」


 私を避けるように遠ざかって行った他の生徒達を引き留めようと伸ばした手が、行先を失い空中で止まります。もう、何十回と同じ思いをしているのに、私は性懲りも無く手を伸ばしてしまいます。こんな事になっているのに、私はまだ今の目の前の現実が嘘であって欲しいと思ってしまっているのです。




 ________クスクス





 周囲から、私を嘲笑うかのように声が聞こえてきます。その声を聞くのが辛くて、逃げるように一通りの少ない旧校舎の中でも更に静かな、二階の空き教室へと逃げ込みました。


 旧校舎は鍵が壊れてしまっている場所が多く、所々鍵なしでも入れる教室があります。初めてあの場所から逃げ出した時から、ここは私の逃げ場所へと変わってしまっているのです。


「はぁ……」


 扉を背もたれにして膝を抱えた私の口から大きなため息が出てしまいます。


「……最近、ちゃんと練習出来てないなぁ……」


 顧問の先生のお陰で最低限の練習は出来ていますが、それ以外のトレーニングは疎かになっていますし、自分一人でどうにかしようにも、一人で出来るトレーニングなどたかが知れています。


「辛いなぁ……」


 ポツリと言葉が漏れ出てしまいます。ずっと無意識的に吐かないようにしていた弱音。それが、不意に出てしまったのです。


 ……駄目ですね、この程度で弱音を吐いていては。早く立ち上がって練習に戻らないと。


「_______あ、あれ……おかしいな……」


 立ち上がろうと、足に力を入れてみましたが、何故か立ち上がることが出来ませんでした。さっきまで、普通に立てて居たのに、何故か全身に力が入りません。


「______う、ぐ……」


 懸命に力を込めようとしてみても、足も手も上手く動いてくれません。それが何だか、悔しくて、情けなくて、すごく苦しいんです。


「_____あ、あれれ……」


 涙が頬を伝いました。……何で、自分が泣いているのか、私には分かりません。どんなに辛くっても、笑顔で居るって決めたのに、胸が苦しくて涙が止まりません。


 そこまで来て、私はようやく、自分が弱音を吐くのを無意識的に避けていたのかが分かりました。……私は、きっと心の底で分かってたんです。一度でも弱音を吐いてしまえばきっと止められなくなってしまうって。


「……誰か______」


 私には、どうしてこんなことになったのかが分かりません。だから、今、喉の奥まで出かかっているこの言葉が、本当に言っていい言葉なのか分かりません。


「_______助けてっ……」


 それでも、言葉だけでも吐き出して_______例え、誰も助けてくれないとして、私は願いに縋りたかったんです。





 _______カラカラカラ






 膝を抱えて蹲っていると、何故か突然、窓が開く音が聞こえました。


「________酷い顔ね」


「________え……?」


 涙を拭いながら、顔を上げると______。


「……全く、こんな埃っぽい場所で一人でいるから気分も落ち込むのよ」


 _________上から伸びているロープにぶら下がり、窓枠に足を乗っけている女子生徒が居ました。


「……あれ、え、外から……?」


「そうよ、外からよ。その位、見たらわかるでしょう?」


 していることは分かっても、なぜそうなったのかは分かりませんでした。


「______さて、それじゃあ、早速だけど依頼内容の確認からね」


「い、依頼……?」


 出した覚えのない依頼の内容を語られそうになった私は、首を傾げてしまいます。


「えぇ、そうよ。だって、貴方さっき『助けて』って言ったでしょう?」


「_____ゔぇっ!?聞いてたんですか!?」


「当たり前よ。だってここは、私の_______領域テリトリーだもの」


 胸を張ってニヤリと笑った女子生徒に、私は思わず固まってしまいます。


「________よいしょっと……」


 呆けている私を気にもとめず、教室へと飛び込んできた、その生徒は靴をコツコツと鳴らしながら、私の元へとやってきます。


「________ほら」


「……え」


 目の前に差し出された手を、呆然と見詰めます。


「……ほら、さっさと立ちなさい」


「え、えっと……」


「______まどろっこしいわね……」


「あっ______」


 彼女は戸惑っている私の手をいとも簡単に掴んで、無理やり立たせます。


「私の名前は、高嶺 希。お助け部(仮)の部長よ 。……貴方の名前は?」


「え、ええっと、佐山、茶南、です……」


「……そう。よろしく、佐山さん」


「よ、よろしくお願いします……?」


 突然の出来事であまり理解が追いつきませんでしたが________いつの間にやら涙は止まっていたのでした。


















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問1.彼女の気持ちを答えなさい。 あるたいる @sora0707

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