A.キチンと怒りましょう

「反省会をします」


「嫌よ」


「いやするんだよ。どう足掻いたって反省会無しじゃすまねぇだろうが、この状況。……おい、お前こっち見ろ!さっさと正面座れ、この馬鹿がっ!」


 駄々を捏ねてカップの片付けに移ろうとした高嶺を止めた俺は、溜息を吐きながら彼女の正面の席にドカッと腰を下ろす。


 痛む頭を抑えながらがジロリと視線を向けると、高嶺は相変わらずの無表情であらぬ方向を向いた。


「……立ち回りが雑だとか、考え方が脳筋だとか色々と言いたいことはあるけどな……まず大前提として依頼人の考え方を変えようとするな。特に今回の場合なんかは特に、だ」


「別に変えようと思ったわけじゃないわ。唯、あの子の自己犠牲を前提とした考え方はおかしいと思っただけよ」


「それは俺も思うけどな?……だがまぁ、相談された人間が、相談された人間の考えを否定するなんざ一番やっちゃ行けないパターンだ」


 性格にもよるが、人が他人に相談する時はただ話を聞いて欲しいだけの場合も多い。『相談』とは言っているものの、実際は唯愚痴を聞いて欲しいだけってのはざらにある。


 ……今回の場合はちょっと違うし、佐山は純粋に犯人が知りたいだけだと思うが、それでも彼女の選択を否定するのは悪手だ。彼女と対話してみて、不貞腐れたりしないだろうと確信はある。それにしたって虐められている側の人間を否定するのはNGだけど。


 被害者側からしてみれば、安全圏だと思って相談しに来た場所で攻撃を受けたのと何ら変わらない。例え、相手の為を思って叱咤したところで、相手に伝わらなければなんの意味もない。


 俺の問いには俺なりの考えや、この後の目算も込みでわざとやっているが、先程の高嶺は絶対に後々の事など考えてはいないと断言できるし、自分が言いたいことを言っただけに過ぎない。……不器用ながらも佐山を思っているのは、間違いないとは思うが、あの言動は間違いなく間違いだった。


「お前は出来る限り依頼主の味方でいてやれよ。一体どんな目的でこの部活を立ててるかは知らないが、絶対の正解を相手に押し付けるなんてやり方は直ぐにでも行き詰まるぞ」


 クチコミって言うものは需要も高いし、一番初めのコミュニケーションを取るに当たって判断材料として使われる比率が最も高い。だから、黒い噂がある人間は初対面で与える印象が悪くなるのだ。


 高嶺がこの部活をどうしたいのかは分からないが、この部活の知名度を上げつつ、依頼主を増やすためには必ず依頼主の『味方』であると言うことを知らしめていかなければならない。


「じゃあ、あの子がずっと自分から傷付きに行くのを傍観しろってことかしら?私、そこまで我慢強くないけれど」


「時期を待てって言ってんだよ」


 確かに佐山のあの考え方は、建前すら持たない悪意に直面した時、心に深い傷負ってしまう可能性が高い。可能ならそんな状況に陥る前に何とかするべきだと思うが、そこは本人の責任だ。


 考え方や価値観というものはよっぽどの事がない限り変わらない。例外もあるが、人間は痛い目を見なければ学ばない生き物でもある。


「佐山の考え方を変えるより、今は依頼を達成することだけ考えろ。そっちの方が遥かに労力が少ない上に得るものも多い」


「……私は依頼を損得で考えるつもりは無いわ」


「俺も別に損得で考える事が正しいとは思わないが、今回に関しちゃ俺の考えに従っといた方が無難だと思うぞ」


「_____へぇ」


 足を組んで俺の瞳を真っ直ぐ捉えた紫紺の瞳。状況が状況なら見惚れてしまう場合もあるかもしれないが、全身から溢れ出すプレッシャーが邪魔をして見惚れている余裕は無い。


 俺はその瞳を特に何の感情もなく見つめ返すと三つの指を立てて、彼女の視線を切るように前に出す。そして、立てた指のうちの一つである薬指をスっと折た。


「まず、一つ目。______シンプルに時間が足りない。もうちょっと早くに聞いてたら、進行遅らせたり出来たかもしれんが、もう既に相手方は止まらないとこ……いや、とこまで来てる」


 相手がエスカレートした後も姿を表さないのかどうかは分からないが、急がなければ佐山に直接的な被害が出るまでそう遠くない。


 俺たちと言う学内でそれなりの地位にいる存在が出張った今、数日ほどなら相手も萎縮するかもしれない。しかし、数日経てば手を替え品を替え、俺達の目を盗みながら佐山への加害は再開されるだろう。


 つまるところ、ちんたらと佐山の考え方な改善なんてやってる暇は無い、というのが一点。


「次に佐山自身の問題だ。よしんば彼奴の考え方が変わったとして、大した旨みがない」


「旨み?あの子が傷つかないで済むならそれで良いと思うけれど」


「それじゃ駄目だろ。もしも彼奴が躊躇いなく仕返しを出来るようになったとしても、次になんざ繋がらない。目には目を、歯には歯をとは言うが、お前と佐山っていうカースト上位者がそんなことしたら学校巻き込んで大揉めだぞ」


「それで何か問題があるのかしら」


 考え無しに全面戦争をする気だったらしい高嶺に、頭痛が更に増した様な気がしたが、その頭痛は一旦無視する。


「問題アリアリだろ。あのな、(仮)とは言え、お助け部なんて名前を使うなら、一を救うために千を切り捨てる行為なんざ選択肢に入れるな。佐山の為にもならないし、お前とこの部活の為にもならない」


「……」


「不満そうな顔するなって……」


 コイツ、やっぱりこの部活向いてないんじゃないだろうか?性格も短気だし、思ったよりも行き当たりばったりだし、大人っぽい雰囲気の癖に内面がガキだし……いまのところ良いところないよ。


「______最後に、その方法じゃ今回の件は根本的な解決にはならないってことだ」


「嫌がらせの原因を直接潰せば、解決は出来るんじゃないかしら」


「そう簡単に見つかるなら、佐山は俺たちに相談しに来たりなんかしない。……お前ならそのくらい分かってんだろ」


「……」


 他人を巻き込むことを恐れたのか、はたまた自分が虐められていると信じたくなかったのか。どちらにせよ、彼女の身に降り掛かっているいじめは、一個人では犯人を特定することが難しい所まで来てしまっている。


それはつまり、彼女は今まで一人でこの問題を解決しようと足掻いていたと言うことである。


直ぐにでも、誰かに助けを求めたかっただろう。だが、何よりも誰かを巻き込む事を恐れるであろう佐山と言う少女は、ずっと一人で誰にも話さず笑顔を保ってきた。


「今回の依頼も佐山から来たんじゃなくてお前から佐山の所に行ったんだろ」


「……どうして、わかったのかしら」


「はっ、俺は長年親友ポジやってきたんだぞ?その位佐山の性格を当てはめてシュミレートしてみれば簡単に分かるっての」


それ以外にも色々とこの結論に至った理由はあるが、態々ソレを懇切丁寧に説明してやる義理もない。


「良いか?お前は自分が思ってる以上に影響力があるんだよ。もしかしたら、嫌がらせの指示を受けてる下っ端達もお前が犯人を探してるって知れば、怯えて手を引く_____なんて未来も有り得る」


「……待ちなさい。私は確かに無愛想だし、完璧であるが故に近寄り難いとは思われてるかもしれない。でも、そんなに怯えられる謂れは無いわ」


 告白してきた男子数十人のメンタルをボコボコにした女が何を言ってるんだろうか。……校内での渾名の中に『言葉のナイフ博覧会』や『ハートブレイカー高嶺』と言った恥ずかしいあだ名があると言う事は黙っておいてやろう。


「いいか?お前と俺は校内じゃそれなりに恐れられてる存在になる。そんな俺たちが佐山を救おうと行動に出れば、寝返ろうとする存在は必ず現れる。その時に既に相手を叩きのめしてようもんなら、手に入れられたはずの情報すら取りこぼす可能性が高い」


「……ねぇ、さっきから言っているけれど、流石の私も貴方と同格レベルで恐れられているなんて事実は傷付くのだけれど……」


 俺がどの程度恐れられているかは知らないが、確実に俺より色んな人間から怯えられてそうなのは確かだ。まぁ、常日頃から仏頂面だしね、仕方ないよね。


「以上の三つの理由から暴力による解決は禁止だ。身を守る行為は仕方ないにしても、基本的には俺たちは非暴力、そして佐山の考えを絶対遵守だ」


「私はそんなに怯えられてないと思うけど、わかったわ。貴方にこの部の半分の権限を譲ったのも事実だし、今回は貴方の意見を尊重してあげる」


 何やら少し雰囲気が沈んでいる様な気がしなくも無いが、改めて意見のすり合わせが終わり俺たちも今日は大人しく解散することになった。

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