第六話 少女と戦闘と提案

「おい、所属を言え。軍か?警察か?それともアイツ等の仲間か?」

 質問者は、内務省でも警察の人間でもない。そして軍人でもない。担当管区や部隊を聞かないのは、そもそも、このような状況下で、いの一番にテロリストか否かを聞いてこないのは、間違いなく政府の人間ではない。

となると、質問者はPMCか特務機関、或いは————外国の軍事組織に属する人間ということになる。それも、関東州(米国の裏庭)で行動できるほど、有名どころの組織の。

 これには特段、驚きも唖然というものもなかった。戦場や作戦地域となった市街で、そういう類の者と出くわすことは、なにも珍しい話ではないからだ。

私がこの危機的状況下に、指一本も動かせず、そして絶句したのは、別の問題に起因する。

 その問題とは、背後の人物が————少女だということだ。

 少女が声を苛つかせながら急かす。

「おい、もう一度聞く。所属はどこだ?言わなければ撃つぞ」

「民間人、民間人だ」

 彼女の脅しには真実味と同族の匂いがあった。最終警告を無視すれば、私がそうしてきたように、彼女も問答無用で、目前にある頭を吹き飛ばすだろうと思い、返答した。

「ガンライセンスを見せろ、余計なことをしたら殺す」

 彼女の指示に従った。左手をあげながら、右手でコートの内ポケットから、ライセンスを取り出す。

 体が奥の方から冷えるのを、臓器から血液、身の毛の一本まで、末端まですべて凍り付いていく感覚を覚える。冬風に吹かれたからでも、彼女の殺意におびえているのでも、戦場に恐怖しているのでもない。

関東州のみならず、PMCすらも、子供を兵士として扱っていることへの、愕然と悲嘆からだ。

「元軍人?」

 彼女が冷徹で、しかし少女らしい、高い声で言う。

機関銃欄の消去跡を見たようだ。

猜疑に満ちた口調で、最初より疑い深い口調で私に尋問する。

「お前、軍人か?それとも内務————」

 銃声と彼女の声が、それのみが聞こえる。まだ十代半ばの、私より幾分か若い少女の声と、市街地戦で兵士が、訓練された兵士同士が撃ちあう、断続的な銃声のみが私の耳に刺し込んでいた。

 その中に突として、明らかな、確かな異音が混ざったことを知覚する。

頭上で窓が開けられる音。窓枠に何か金属製のものを、装備品をぶつけた甲高い音。彼女の背後、電信館の中から聞こえる、階段を駆け下りる音……。

セーフティを外すときと同様な、不穏な微音が聞こえた。

 どうやら彼女は聞こえていないようだ。囲まれたことに気づかず、まだ、尋問を続けている。

「————どこの奴だ?退役か?それとも密偵か?」

 彼女が話し終えた直後—————私がガンライセンスをわざと落とした直後。窓から一人、飛び降りてくるのが聞こえた。

「撃つな!」

 私は少女に、そう叫びながら————叫んだつもりで、体を左に思い切りよじらせ、銃口を、彼女が私に向けていた、L-85の射線を逸らした。体の前面を天に向ける。

 右手にガンライセンスはもう無い。その代わりに、体を反転させたときに掴んだSIGがある。

 重心をずらされバランスを崩す少女と、東京の曇天、そして軽装のテロリストが、こちらへと急降下してくる女が、視界に入った。

 私は素早く、しかし冷静に、SIGを構える。

少女が受け身をとろうと、グリップから右手を外し、地面と体の角度を緩やかにする。ゆっくりと視界から消える。

 彼女の体が、射線から外れた瞬間。軽装の女の見開いた目が、諦観交じりの、あとを悟った表情が、すべてが鮮明に見えるところまで来た、そのとき————。

私は引き金を引いた。三発の9mm弾を、グレーの目をしたテロリストに、閃光と共に撃ち込んだ。

濁った水面に朱色が落ちた。軽装の女が銃創から鉛色の空に血を散らし、見開かれた目から涙滴を流しながら、私と少女のほうに、自由落下してくる。

 真横で転び、突っ伏した少女を蹴飛ばす。粗雑にどかしつつ、落下地点から逃れた。

軽装の女が鈍い音を響かせながら、コンクリートに激突した。

少女も私も下敷きにならずに済んだ。

 まだ別動隊がいる。電信館の中から、玉砂利が擦れるような、割れたタイルを踏んづける音が、フロントまで到達したことを告げる。

 接敵まであと数秒、持っているのは拳銃のみ————。少女から銃を奪う時間も、ここから他の建物まで逃げるような時間もない。最善手は————。

 血だまりの中に、スモークグレネードとナイフが浮かんでいるのを見つける。軽装の女が装備していたもののようだ。取るべき手段は決まった。

 敵が通りに出ようとする、コンマ一秒、0・数秒。私は咄嗟の判断でグレネードを投げた。

勢いよく広がる赤い煙が、あたりを包みはじめる。

 数的劣勢を覆せるかはわからない。だが、これしか方法はない。

私は拳銃を左手に、ナイフを右手に持ち、姿勢を低くして広がりはじめた煙幕の中へ素早く潜り込んだ。

できるだけ足音を出さぬよう動きながら、耳をたてる。

 一、ニ、三……四。敵は合計四人だ、何とかやれそうな数だ。

問題は全員を素早く、手際よく排除できる位置に来てくれるかどうかだ。じっと機を伺いながら、感づかれない限界のところで距離を保つ。

あと少し、ほんの少し固まってくれれば————。

攻撃の合図が、四人が固まるのを、足音を止める瞬間を待つ。

 揃った、理想的な位置だ。

私は一気に距離を詰め、手始めに、背後から一人の喉を切り裂いた。

刃先から、ぬるりとした血が手に伝う。首を裂かれ、血の海に溺れるような、息を吸おうと藻掻くも、流れこむ液体に阻まれる、喉音が聞こえる。

首を裂いたことがわかる前に、次の目標に刃を向ける。相手の正面、しかし、視界に入らない、低姿勢から喉元めがけて一突きし、素早く抜く。そして、心臓に突き刺した。

 バタリ、バタリと倒れる音が聞こえた。喉を切られたのも、ついさっき心臓を刺したのも、こと切れたようだ。

「おい!誰かいるぞ!」

 気づかれた。だが、ここまでくれば、二人も気づかれる前に殺せたのなら、こちらのものだ。

私は、目の前で銃を構え、私に背を向けていることに気づかず、見当違いな方向に銃口を向け、警戒している二人に、至近距離からヘッドショットを浴びせた。

 二人の頭蓋に、薔薇が咲くのと同時に、液晶質な物質が飛び散った。

左頬の汚れを拭う。コートが飛び散った脳味噌と血で台無しだ。

 拳銃をコートの裾で拭った。銃声はまだ鳴りやんでいない。

早いところ離脱しなくては。少女と逃げ……そして聞かなければならない。

何故、ここにいるのかを。何者なのかを。

 私は拳銃を予備のウエストホルスターに仕舞い、少女の元へ向かった。

先ほど殺したテロリストの亡骸や、それから溢れ出た残骸が、何回か足に当たった。一歩、足を進める度に、粘質で不快な音と、固形物を靴底で潰す生々しい感覚がした。

 コートに染み付いた血と硝煙の匂い、腕を振る度に地肌に触れる袖で凝固しつつある血液。それに眉を顰めながら歩いていると、あの場所に、少女を蹴飛ばし、テロリストが落下したあそこに、少女はいた。

 少女から敵意の類は消えていた。ただ、疑念は残っているようだが。

銃を握りながらも、銃口を下に向けている少女が問う。

「あの動き、四人を相手にして、あの殺し方、本当に民間人なのか?」

「今はそうだよ。ただ、少し前までは軍人だった。ガンライセンスのとおりね」

私の答えに少女がまた問う。

「じゃあ、敵ではない?テロリストでも、内務省の密偵でもないのか?」

 既に私と少女は相当近い位置にいた。CQBの戦闘範囲ほどの距離に。

彼女の顔がハッキリと見えた。黒髪に黒い目、透き通るように白いが、しかし、欧米や私のようなロシア系のとは違う、日系の肌。

ここまで私を近づけたなら、もう殆ど疑いもないだろう。

私は、ある意味、安堵とも言える心で少女に語り掛けた。

「そうだよ、ただの一般人。少なくとも君の敵じゃない。誤解させたならすまない」

 そう答えながらも、私は少女に対して『何処の少年兵』かという謎と共に、新たな疑問を抱いていた。

相当濃い煙幕の中、それも数十メートルほど離れた位置で、私の動きが見えたのかという。赤外線装置もつけていないのに、装置無しじゃ見える筈ないのに何故。

 だが、今はそれについて事細かに聞いている場合ではない。少しでも早く逃げなくては。

煙幕が消える前に、現に薄くなりつつある、少女と私が装具まで認識できるほど薄くなってしまっている煙幕が消える前に、安全なところへ逃れなければ。

「それより、今はここから逃げよう。そのうち内務省や警察が来れば混戦になる。そうなる前に逃げよう」

続けて、もう一つ理由を付け加える。

「拳銃だけでは自衛もできないから」

 私の提案に少女は答えなかった。その代わりに、大通りを、銃声が未だ響く方向を見て言った。

「武器があれば戦えるか?」と。

困惑から思考が止まる。拒絶でも了承でもなく、戦う意思を、それも私を巻き込もうとしている。

頭を働かそうと、状況を整理しようとする間も与えずに彼女は続けた。

「武器さえあれば、ライフルさえあれば戦えるか?戦えるなら、共闘してほしい」

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リコンストラクション <Reconstruction> 東杜寺 鍄彁 @medicine_poison

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