第五話 生存逃亡、激突
私はとっさに電信館の入り口の陰に、一番丈夫そうなところに身を隠す。
群衆が互いを押し合い、踏みつけ、圧し合いあいながら方々に散ろうと必死にばたつかせる足音と、鋭い銃声が壁の向こうから聞こえる。悲鳴は銃声と反比例して段々と途絶えていった。
そっと陰から通りの方を、乱射犯に見つからない程度に顔を曝して、見る。
黒シャツに赤いスカーフ、そしてAKを持った男女が、大体三十人程度。
アナーキストかコミュニスト、或いはボリシェヴィキの工作員……または、それに偽装した民族主義者か……。
どの勢力のかは見当付かないが、取り敢えず、テロリストだということと中央政府と連邦制を嫌っている連中だということはわかった。
ここから脱出しなくては。そう思い、通りとビルの中を見回す。
通りは占拠され、人質が数人、中心に集められている。
テロリストは各々、互いの死角を補填するように配置している。
できるだけ手薄なほうを走り抜ければ————私はコートに隠れた、レッグホルスターに仕舞ってある拳銃を取り、セーフティを解除する。
隠密で尚且つ迅速に行動できれば、監視が浅いところを狙えば、脱出できるかもしれない。と、動こうとした矢先————。
警戒の目が薄くなりがちなほう、私が逃げ道に使おうとした方向に、テロリストが発砲した。発火炎の向く先で、一人の男が足を抑え倒れ込むのが見えた。
あのルートはダメか。私は、再び脱出経路を探すが、見つからない。
通りは出ようものなら射殺、ビル内は非常口も裏口もないため脱出経路なし……。
仮に、銃砲店へ乗り込んで、装備を固めてテロリスト相手に正面突破を挑んでも、私一人だけでは分が悪すぎる。
物陰から通りを覗いたまま、動けないでいると、テロリストの中の一人が、恐らく、リーダー格であろう男が、リュックサックの中から拡声器を取り出した。
そして通りを一度、見回してから、最大音量で、拡声器のツマミを一番右にして、誰かへと、群衆へと語り掛け始めた。
「人民諸君、我々は赤色前線である。隠れている者がいれば、直ちに投降せよ。我々は無益な殺生を好まない。投降すれば、人道的扱いを保証する」
さっきから殺しまくってよく言う。従うものか。
拳銃を握りしめ、脱出と抵抗の手立てを探す。
テロリストが、再び語りかける。
「我々赤色前線は、連邦に蔓延る一切のブルジョワ階級の一掃と、支配から人民を解放することを目指し、行動している。諸君ら人民は敵ではない。直ちに投降せよ。投降すれば————」
人道的扱い。
再び、そう言おうとしたのだろう。だが、テロリストは言葉を口にする前に、新たな人質を得る前に死を賜った。
テロリストが、拡声器を持つ手を宙に舞わせ、胸から血を吹き出しながら、糸の切れた人形のように地に伏す。
銃声はしなかった、少なくとも私には聞こえなかった。
サイレンサーつきの大口径スナイパーライフルと、超遠距離射撃……。
このやり口は内務省でも警察でもない。陸軍の、それも特殊作戦のやり方だ。だが、軍がやったなど、この状況ではありえない。軍の展開がこんなに早いはずがない。
最初に対処するのは、警察か内務省の治安維持軍のはずだ……。
では一体だれが…?
テロリスト達は恐慌とし、混乱していた。リーダー格の突然の殺害に、音もなく手首を刎ねられ、胸を穿たれた死体に動揺していた。
人質に詰め寄り意味のない犯人探しをし、クリア済みの路地や屋内に乱射する。
指揮官不在の状態で統率はなくなりつつあった。徐々に配置、陣形が崩れ————。
監視の網に大穴が開いた。
彼らの目も耳も意識も、認知することのできない敵に向けられている。
今が脱出を臨める最後のときだ。
私は通りへと、網の大穴へと飛びこんだ。見つかれば、抵抗の間もなく蜂の巣にされる、乾坤一擲の逃亡に走った。
全か死かの賭けに出た私を待ち構えていたのは、ネオンのモザイクでも、銃弾でもなかった。
素早く動く小さな黒い影と、それが、私の胸に突撃してくるところ。反転しアスファルトへと急降下する視界。そして、よく聞きなれたM-4と、初めて聞く、後からL-85のそれだと知った銃声。私を迎えたのは、それらだった。
ほんの数秒で倒れ、銃撃戦が激化したことに、頭の処理が追い付かなかったが、本能的に、弾の飛び交うところではそうしろという生存本能から、すぐに起き上がろうとしたが。
頭が何かに突っかかって、体を起こせないことに気づく。
後頭部の冷たく固い感覚————、鉄棒の先で押さえつけられている感覚。
私は自然と拳銃を地面に置き、両手を挙げた。
背後の人物が、私に問いかける。
「所属を答えろ」
そう、背後から投げかけられた質問に————質問者の声に、私は言葉を失った。
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