第40話「(エピローグ)神鬼の過去」

 これは神鬼が、鬼になる前と鬼になった後の話。


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 その男は恋人と暮らしていた。その男は決して不真面目ではないが、荒っぽい性格をしていた。

 ただ正義を信じていた。だからこそ、ある政治家の息子の闇パーティに連れ込まれた恋人が犯されたのを知って怒り狂った。関係者をあらゆる手段で一晩で殺してまわり、捕まった。

 彼は反省する気もなかったし、そもそも間違っているのは殺された側だと主張した。犯された恋人のことも考えろと主張した。

 だが彼の恋人は殺されたわけではなかったし、やりすぎな上に遺族に対しても真摯ではなかった。育て方が悪い、彼女を犯すのは間違ってるし奴らが悪いと彼は主張した。

 彼の正義は歪んでしまっていた。彼が殺したのはパーティに参加した犯罪者たちだけでなく、彼らの友人恋人に犯罪者たちの罪の動画を見せつけ、同罪だと殺して回ったからだ。勿論家にいた者は殺しにくい。犯罪者たちの端末から呼び出せた人間をひたすら殺して回ったのだ。

 裁判の判決は死刑だった。彼は死刑囚となり、恋人とも会えなくなった。もう何もかもどうでもよくなった彼は、牢の中からただ刑が執行されるのを待った。


 その頃、死刑囚を使ったある実験が行われていた。そのモルモットとして、隣の牢の死刑囚も連れていかれた。そいつは帰ってこなかったから刑が執行されたんだろうと感じていた。

 だがその男が連れていかれた時、新たな牢に入れられて薬を飲むように言われた。注射もされ何がなんだか分からないが、吐き気と頭痛と全身の痛みとでぐちゃぐちゃになった。拘束されていたから暴れる以外何も出来ない。

 これで死ねるのかと思ったが、中々死ねなかった。毎回糞尿でぐちゃぐちゃになりながら、定期的に薬を打たれる日々が続いて、何日経ったかわからない。気付けば白い肌は黒くなっていた。頭の痛みに触れると三つの突起があった。それでも薬を打ち続けられる日々が続いた後、白衣を着た研究者たちが雄叫びを上げた。

 成功だ! という言葉に何が何だかわからないが、これでもう用済みだろうと刑が執行されることを望んだ彼は、何故か拘束を解かれた事に疑問を持った。

 それが研究者たちの間違いだった。彼は殺すべきだったのだ。警備の者は慌てた。拘束を解くべきではなかったからだ。だが研究者たちは、今のその男が何をできるか興味津々だった。

 何が出来るか試して欲しいと言われ、とりあえず彼は研究者の顔を殴った。壁まで吹き飛んだ研究者は顔がぺちゃんこになっていた。慌てた研究者たちは、ただ……今の彼のようになりたいだけだと言った。男は研究者に近づき頭を掴んで念じた。


 すると掴まれた研究者が異様な姿になった。その研究者は笑顔になり喜んだ。警備の者たちは彼らを鬼と呼んだ。研究者たちは最初に死んだ一人を除いて彼に鬼にしてもらった。

 研究者たちは角が一本の鬼だったからか、そこまで強くなかったが、面白くなってきた彼は人々を鬼に変え、世界を変えるべく動く。腹が減った彼は牛肉を食べたが飢えが満たされない。豚肉、鶏肉、野菜、魚類。何を食べても腹が満たされないのだ。

 そこで試しに人間を食べてみた。生でだったが、彼の腹は満たされた。鬼は人を食えばいい。それがわかった彼は人を襲い、鬼に変えたり、食料にしたりした。彼は陸続きの様々な国を旅して回った。

 やがて鬼は増え人は減る。だがそれでも大量の人間がいたから困らなかった。より強い鬼と共に、最後に日本という国にやってきた。世間はまだ彼が元凶だと知らない、全部の鬼に関係があると言われていた時。たまたまこの国で鬼を作る瞬間を撮られた時、彼が元凶だったと知られた。

 ジーンキースという名だった彼は日本で神鬼と書いてジンキと呼ばれるようになった。

 そして紫蓮と出会う。神鬼は感動した。紫蓮の強さと技の全てに。そして、紫蓮を鬼に変えた時、初めて自分と同じ三本角の鬼になったこと。

 今まではどれだけ強くても鬼は二本角だった。だから神鬼は紫蓮を一鬼と名付け傍に置いた。

 紫蓮は人間だった頃の記憶が強く、神鬼を恨んでいたが、神鬼にとってそれすらも愛おしく思えた。この国なら最高の鬼が生まれる、そう感じた神鬼は旅をやめてこの国で活動することにしたのだった。


 鬼として暴れ続けた彼はいつも思い出していた。神鬼の出身国の人間である父と日本人の母のことを。

 父はいつも酒に酔いつぶれていた。だがしっかり働いて養ってくれる父は彼の憧れだった。

 母のおかげで日本語ができた彼は、母の正しい行いをしなさいという言葉を信じていた。正義は必ず勝つと教えられ、それを信じていた彼が歪んでしまったのはどうしてだろうか?

 それはきっと単純なことだろう。彼は自分の正義で勝つことが出来なかったのだ。あまりに残酷な世界に、力なく敗れた彼が鬼になった時、勝者側に回って味をしめたのは言うまでもない。

 これで勝てると信じた彼が人を自分の正義に巻き込んでいく、その姿はまさに神だっただろう。

 ただ一点、神鬼に誤算があったとしたら、それは紫蓮と出会ってしまったこと。紫蓮の正義に感動して、彼の事を友だと思おうとした神鬼は、こんな言葉をいつも言っていた。

 喧嘩するほど仲が良い。日本のことわざである。神鬼は紫蓮が向かってくる度にこの言葉を噛み締めていた。

 紫蓮は遠慮なく喧嘩してくれる。そしてこちらの全力にも怯まないでいてくれる。自分を受け入れてくれる紫蓮を大切に思っていた。

 だからこそ、最期に斬り殺される瞬間まで、その風景が嘘だと思っていた。友に殺されるはずがない、自分の正義が再び負けるなんてことはありえないと。斬られ意識を失う時、最後の最後にこう思った。いつか必ず生き返って自分の正義を取り戻すと。こうして悪の鬼のトップは死んだのだった。


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 神鬼の誕生には死刑囚を利用した人体実験が原因だった。研究所は今や跡形もなく、資料もほぼ残っていない・・・・・・・・。だが……。

 ある謎の男によって持ち出された研究所の資料にはこう書かれている。

 研究名『不老不死薬の作成及び人体実験の記録』と書かれたその資料には、様々な死刑囚に打ち込んだ、DNAの組織を破壊して作り替えるための試薬の名前がずらりと並んでいた。

 ほとんどが致死薬に近い。だからこその死刑囚を使った実験なのだ。神鬼は唯一の成功例。

 神鬼を作るためのパターンも載っていた。だがところどころ抜け落ちている箇所があり、薬品の名前はわかるがそれが現存する薬品ではないため、作り出された薬品だとわかる。

 薬品の作り方まではその資料にはなかった。ほとんどの資料が、研究所が燃えた時失われたからだ。

 不老不死を作る計画はある意味成功した。ただ彼らはもう人ではない。鬼は未だに世界中で人々を襲い、畏れられていた。


 いつか鬼の脅威のなくなる日を目指して、紫蓮たちは旅する。それはいずれ日本だけでなく、世界を鬼から救う旅になるだろう。

 カゲチヨたちのように鬼食いになってくれる鬼も現れるかもしれない。そうやって一大勢力となる彼らの未来を止められるものはいない、そう信じたい。

 紫蓮は占鬼の言葉を思い出す。いずれ一鬼としてでも戦わなければならない日が来るかもしれない。そんな日が来るとしたら神鬼が生き返った時くらいだろうと考えた紫蓮は沈む夕日を見つめた。

 鬼の世を完全に沈めるまで、この身の奥底の魂まで刀に乗せて、ただ鬼を斬るのみと心に留め、紫蓮は鬼としても人としても眠れぬ夜に身を委ねた。

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鬼狩り鬼 みちづきシモン @simon1987

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